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空に咲く花

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 ある日、石神さんが俺の大隊にいらして、一体のデュールゲリエを連れて来られた。
 腰までの長いストレートの黒髪で、鼻は高いが東洋系の美しい顔をしている。
 デュールゲリエはほとんどが銀色の鏡面の顔で髪も無いので、特別な機体であることはすぐに分かった。

 「桜、こいつはデュールゲリエの中でも特別な機体だ。名前を《無量》とした」
 「はい!」
 「デュールゲリエたちにも心があり、若干の個性もあることはお前も知っているな?」
 「はい! 実際に自分の「桜隊」にも配属されたデュールゲリエたちがいますので、よく理解しているつもりです」
 「そうか。でもな、この《無量》はその中でも特別なんだ。お前はデュールゲリエのネイムドの意味を知っているか?」
 「はい、誰か特定の人間のために自分の存在を規定する、ということですよね?」
 「ほう、ヤクザだったお前もなかなか洒落た言い方をするようになったな」
 「とんでもありません」

 石神さんが笑いながら褒めて下さった。
 俺は石神さんの影響もあり、学が無いにも関わらず本を読むようになった。
 千万組の連中はみんなそうだった。
 親父の千両弥太は以前から本は結構読んでいた。
 うちにはそういうわけで蔵書は膨大にあり、俺もすぐに読むようになった。
 そのことが、石神さんとの会話に表われているのかもしれない。

 「ただな、《無量》には誰も相手を指定していねぇんだ」
 「え、どういうことです?」
 「《無量》に、自分で相棒を決めるように伝えてある。まあ、伝えるって言うか、そういう指示を設定したってことだけどな」
 「はぁ、でもそれはどうしてですかい?」
 「自由恋愛だよ!」
 「はい?」

 俺がマヌケな顔をしていたので、石神さんに頭を引っぱたかれた。

 「ディディには乾さんのために役立つように言った。綾も同じであいつは諸見だ。でもどうだったよ? ディディも綾も、相手を愛するようになったじゃねぇか!」
 「え、あれはそういうプログラムなんじゃ?」
 「違ぇよ! お前、愛するってどうすればいいって言えるのか?」
 「はい? あ、ああ、難しそうですね」

 また引っぱたかれた。
 石神さんのお顔が険しくなっている。
 石神さんはウスットロいのが大嫌いだ。
 まあ、それでも聞けばちゃんと教えて下さる優しい方なのだが。

 「どういう世話をするってことは教えられるよ。機械の整備だの家事だのな。ああ、セックスの技術だってなぁ。あ、お前も欲しい?」
 「いえ、自分は結構です」
 「ゲイも作れるぞ?」
 「勘弁して下さい」
 「そう?」
 「はい」

 話が逸れたとまた引っぱたかれた。

 「紅なんてよ、最初は羽入に対抗心バリバリだったじゃねぇか」
 「あ、そうでしたよね! いきなりバトルでしたもんね!」
 「そうだろう? でもな、ディディも綾も、ああ、小春もよ。すぐに相手を愛するようになった。紅なんて、今じゃ羽入にメロメロだろうよ。俺にも蓮花にも分からねぇ。そういうプログラムは組めねぇんだからな。まあ、人間と同じ感性・知性は持たせてはいるよ。でもそれは価値観というもののデータセットだからな」
 「石神さんのそういうものが基底にあると聞いてます」
 「まあ、俺の体験や考え方はあるけどよ、でもその他にも美しい人間の話はゴマンと入れている。全デュールゲリエには「虎」の軍の仲間を大切にするようにはしてあるよ。だからあいつら、最初のうちはすぐに特攻しやがってた。俺と蓮花が苦労して安易に死ぬなと命じてもダメで、俺たちがデュールゲリエたちが死ぬと悲しいのだと教えてからようやくな。それでも今でも仲間を護るために死んでしまう。これは「愛」の根底なんだな」
 「なるほど」

 石神さんは、ルーシー(ルー)とハーマイオニー(ハー)、ハオユーとズハンには命じた相手をその都度に特別に大切にするようにされていると語った。
 でも、四人のデュールゲリエにも、「愛」の感情が芽生えることが分かったとおっしゃっていた。
 そのうちに特定の相手を見つけてもやりたいのだと。

 「だからな、デュールゲリエに自分で愛する者を見つけさせてやりたいんだよ。仲間意識はもう十分以上にあるからな。そのために《無量》を創った。基本は他のデュールゲリエと同じだ。でもパートナーを自分で選ぶことを命じてある」
 「ようやくバカな自分にも分かりました。そういうことなんですね。素晴らしいことですね」
 「おう! お前の「桜隊」に預けるからな。宜しく頼むぞ」
 「はい、でもあの、自分はどうすればいいんで?」

 また引っぱたかれた。

 「何も必要ねぇよ! 唐変木のお前なんかに恋愛指南なんか出来ねぇだろうがぁ!」
 「はい!」
 「まあなぁ、でもお前の大隊はむさくるしいからなぁ」
 「はぁ、すいません」
 「ダメだったら他のとこに移す」
 「はい!」

 石神さんは笑って《無量》を宜しく頼むとあらためておっしゃった。

 「あの石神さん、ところで《無量》っていうのはどういう意味なんで?」

 また引っぱたかれるかと思ったが、石神さんが微笑んで言った。

 「人間には理解出来ない、計り知れないほどに大きいことだ。俺は「愛」をそう考えている」
 「!」
 「俺も蓮花もよ、《無量》のことは楽しみにしてんだ。一体どんな相手を選ぶのかってなぁ」
 「はい、承知致しました!」
 「お前かもな」
 「え、いえ、自分などは」
 「まあ、そうなったらつまらんからな」
 「アハハハハハハ!」
 「ワハハハハハハ!(なんなの?)」

 《無量》は立ち去って行く石神さんに深く頭を下げて見送っていた。

 「じゃあ、《無量)、みんなに紹介するよ」
 「はい、桜様、宜しくお願い致します」

 《無量》が明るく微笑んだ。
 美しい笑顔だった。



 

 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「桜隊」の皆様はどなたも真剣に訓練をされ、また石神様を崇拝し尊敬されていることがすぐに分かった。
 気性の荒い方もいらっしゃるが、全員が優しい方々なのも分かった。
 機械である我々デュールゲリエに対する感覚は様々ではあったが、概ね大切にされている。
 一緒に訓練をすることも多く、仲間であるという意識はどなたも持っていて下さっている。
 何度か戦場へも行き、私のことも認めて下さるようになった。

 私には一つの使命があった。
 それは、愛する方を選ぶこと。
 しかし、それがどういうことなのかは分からなかった。
 自分で決めるということだけが分かっていた。
 誰でも良いのだけれど、「誰か」であった。
 それがまだ分からない。

 私が生まれ、蓮花様が私に話して下さった。

 「《無量》、前にね、アメリカから日本の石神様の所へいらした女性がいたの」
 「はい」
 「レイさんという綺麗な方。そのレイさんがね、言っていたのよ。「私は恋をするためにここへ来た」と」
 「そうなのですか」
 「本当はね、ロックハート家のために石神様のお力をお借りする目的だったの。だからいろいろなお役目があったの。でもね、レイさんの中心は「恋をするため」。ね、素敵でしょう?」
 「私にはまだ分かりません」
 「そうね、それを見つけるようにあなたには期待しているの」
 「はい、必ず見つけます」
 「焦る必要はないわ。そういう方がいつか見つかるといいわね」
 「はい!」

 蓮花様のお話は理解は出来なかったが、そうするのだということだけは分かっていた。
 もっと言えば、我々デュールゲリエには全てそういう「心」がある。
 特定の誰かにはならないが、仲間を大切にする気持ちだけは根底にあるのは分かっている。
 蓮花様がお話し下さったレイ様は、愛する石神様のために死んだのだと聞いた。
 石神様を御守りするために、御自身の身体を爆散させたのだと。
 まだ私には分からないが、そのお話が私の中に深く沁み込んだ気がする。

 私はその最期の光景を想像してみた。
 だから一つだけ分かったことがある。
 大切な方のために死ぬことだ。
 「愛」とはそういうものなのだと、私は考え始めていた。
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