上 下
2,774 / 2,840

復讐者・森本勝 XⅠ

しおりを挟む
 桜から、森本の死を知らされた。
 蓮花にもこれから知らせると言われた。
 あいつはまた激しく泣くのだろう。

 《ハイヴ》攻略作戦は成功したが、森本と、川尻の小隊に2名の戦死者を出した。
 幸いにデュールゲリエたちが楯になってくれたお陰で、聴覚やその他の負傷を負った人間たちも治療出来る範囲に留まった。
 川尻の小隊は全員が鼓膜を損傷し、全身の血管やリンパ管、神経がダメージを受けた。
 内臓を損傷した者や骨折を来した者もいたが、全員「虎病院」で治療出来た。
 最初の《地獄の悪魔》の超震動は弱く、二度目の攻撃ではデュールゲリエたちが楯となって川尻たちを護ったからだ。
 川尻たちを庇ったデュールゲリエたちは、全員が粉砕された。

 森本の死は、桜の希望によって全「虎」の軍に知らされた。
 全員が、森本という男が何であったのかを知った。
 躊躇なく仲間を見捨てるとうそぶいていた男が、仲間を護って死んだのだ。
 森本という男への誤解の後悔が多くの者の胸に刻まれ、その死を悼まない者はいなかった。
 森本は「虎」の軍の軍葬となり、多くの兵士たちが森本を弔いに集まった。
 あれだけ嫌っていた連中が、涙を流しながら森本を讃え、謝罪し、その死を悲しんだ。

 軍葬の後で、ストライカー少佐とマクレガー大佐が俺に謝罪したいと言って、面会を求めて来た。
 俺は「ヘッジホッグ」の居室へ二人を入れた。
 俺に敬礼をした後で、深々と頭を下げて二人が言った。

 「モリモトという人間を見誤っていました」
 「「虎」の軍というものがどういう軍隊なのかをあらためて思い知りました」

 俺は二人を責める気は全くない。
 部下を、そして軍を思っての当然の行動であり感情だ。
 大切に思うのならば、森本への怒りは当たり前のことだった。
 そう二人に話した。

 「でも、タイガーはそうは考えていらっしゃらなかったんですよね?」
 「そうじゃないよ。俺は本当にあの時に言ったとおりだ。森本が自分で示したんだ。言葉の向こう側にある、本当の自分の魂の清冽さをもって、今回の行動に出たんだ。多分、森本自身だってあの時は何も分かってなかったと思うぞ」
 「しかし、森本大尉(特進階級)は実に勇敢でした。大事な仲間を救うために、自分の命を投げ捨てた」
 「まあな。でもな、森本が本当にどう考えていたのかは分からんよ。あの瞬間に、森本が決意しただけだ。まあ、自分の命を惜しむ人間じゃなかったのは分かっていたけどな」
 
 ストライカー少佐とマクレガー大佐がうつむいた。

 「自分たちは、それを信じてやれませんでした」
 「それでいいよ。人間の心は見えない。だから言葉にするんだしな。でも、言葉だってその人間の本当の心をいつも語っているわけじゃない」
 「タイガーにはどうして分かっていたんですか?」
 「俺がそうしたいと思っているからだよ。大事な仲間のために、いつだって何でもしてやりたい。まあ、出来ないことばかりだけどな」
 「「!」」

 二人が衝撃を受けていた。
 もちろんこの二人もそう思っている男たちのはずだった。
 それでも分からないのが人間の心だ。
 俺は多くの大切な人間を喪って来た経験から、二人よりも多少感ずることがあっただけだ。

 「今回は森本の他にも二人の人間を死なせてしまった。デュールゲリエたちもな。俺は諸見と綾も助けられなかった。でもな、俺たちは戦いを辞めない。今後も死んでいく者は大勢いるだろう。でも、俺たちは生きるために戦っているんじゃない。大事なものを守りたいだけだ。そうだろう?」
 「「はい!」」

 二人が立ち上がって敬礼した。




 その後で、千石が俺の所へ来た。
 千石は酷く落ち込んでいた。
 俺の前に出て、土下座をしたまま何も言わなかった。

 「千石、お前、人間の重さを知ったか」
 「……」
 
 千石はただ、床に顔を押し付けたままだった。

 「森本がどうして「仲間を見捨てる」と言い続けていたか分かるか?」

 それはストライカー少佐やマクレガー大佐にも話さなかったことだ。

 「……」

 「森本は、復讐者になりたかったんだよ。それはあいつが言っていた通りだ。あいつは自分の中心に、愛する婚約者の復讐を置きたかった」
 
 千石はまだ床に顔を向けている。

 「では、どうしてそれを口にしていたのか、だ。お前はどう思う?」
 「その通りにするためでしょうか」
 「そうじゃねぇよ。森本自身が、そう出来ない自分を知っていたからだ」
 「!」

 千石が顔を上げて俺を見ていた。
 見開いた目に涙を浮かべながら。

 「あいつはどうしたって優しい奴だったんだ。仲間が出来れば仲間のために何でもしたい男だった。あいつが整備や雑用を率先して受け持ち、周囲の人間にアドバイスしていたことを知っているか?」
 「はい、後からいろいろな人間に聞きました」
 「森本はよ、仲間のために死ぬ自分を知ってたんだ。でも、あいつは復讐者になりたかった。だからよ、口ではそうなるって言ってたんだよ。愛する婚約者のための、そういう自分になりたかったんだ。なろうとしていたんだよな」
 「石神さん!」
 「周りから嫌われて、相手にされなくなりたかったんだ。そうじゃねぇと、仲間を大事にしてしまう自分になっちまうからな」
 「森本、お前は……」
 
 千石を立たせた。
 全身を震わせ、慟哭していた。

 「森本はいい男だった。なあ、そう思うだろう?」
 「はい!」

 千石が涙を拭い、俺を見た。

 「なあ、千石。「虎」の軍は最高だぜ。まったくなぁ。俺みたいなチャランポランな人間が上に立ってるのによ、どうしてみんないい奴らばっかりなんだ」
 「それは石神さんが立ってるからですよ」
 「よせよ。俺はお前らの誰にも死んでほしく無い。だけどよ、こうしていつだってみんな死んでいくんだ。勘弁しろよ」
 「石神さん、自分が何とかしますよ」
 「おう、そうかよ」
 「もっと強いソルジャーたちに育てます。必ず! 観てて下さい」
 「ああ、頼むぜ、本当にな」
 「それでもみんな死にます」
 「おいおい」
 「それが「虎」の軍って奴じゃないんですかね」
 「本当に勘弁してくれ」

 千石が俺に敬礼した。

 「自分も必ず死にます!」
 「お前なぁ」
 「では、失礼します! やることが幾らでもありますんで」
 「頼むぞ!」
 「はい!」

 千石は颯爽と出て行った。





 森本の死は、全軍に伝えられた。
 それとは別に、千石が自分の森本への誤解と失敗と激しい後悔を語り、「虎」の軍の本質を確信したと語った。
 ストライカー少佐とマクレガー大佐も同様の自分たちの不明と森本への謂れのない言動として謝罪もした。
 自分が戦友を見捨てると言っていた森本が、最後は戦友を救って死んだことは、全「虎」の軍が心に刻んだ。
 桜も指揮官、上官として森本の心を思い遣ることの出来なかった後悔を語った。
 仲間を護って死んだデュールゲリエたち、そして《無量》の「死」についても話した。

 俺たちは大切な者のために戦い、大切な者を喪っても戦い続けるのだ。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

処理中です...