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復讐者・森本勝 Ⅷ

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 「森本少尉、今日は飲みに行きましょうよ!」
 「川尻さん、自分などに関わるとみなさんに嫌われますよ」
 「何言ってんですか! 言いたい奴には好きに言わせればいいんです。俺は森本少尉は嫌いじゃないですよ?」
 「そんな、どうしてですか」
 「だって! 堂々と上官に逆らう奴なんて滅多にいませんって!」
 「何言ってんですか」
 「そうでしょ? 森本少尉は自分の信念をお持ちだ。俺はそれを尊敬してるんです」
 「本当に何言ってんですか」

 訓練が終わった後で、今日も川尻が森本を誘っていた。
 この「桜隊」に森本が入ってから、ずっとそうだ。
 多くの人間から嫌われている森本を、何故か川尻は好きになったようで森本にいつも話し掛け、一緒にいたがった。
 森本の方が自分に親し気にしてくる川尻のことを持て余し、自分から遠ざけようとしていた。
 それはもちろん森本に関われば、川尻の立場を悪くするという森本の思い遣りであることは、俺にも分かっていた。
 そういう優しさのある男だ。

 森本のことは石神さんからも頼まれていた。
 森本を取り巻く事情はもちろん分かっている。
 自分の命を惜しんで仲間を見捨てる奴だとみんなが思っている。
 そして、その通りの行動をした。
 だが、石神さんは決して自分のために生きている男ではないとおっしゃっていた。
 俺も森本を見ていてそう思う。
 最愛の婚約者を目の前で殺され、森本はその復讐のために「虎」の軍に入って来た。
 そういう奴が、自分大事のクズであろうはずがない。
 仲間を見捨てると公言している森本に同意するつもりはないが、石神さんはこうおっしゃっていた。

 「言葉っていうのはよ、そのロジックじゃねぇんだ。その言葉の向こう側にあるものが、本当のことなんだぜ」

 俺は石神さんのその言葉を、胸に刻もうと思った。

 森本がいい奴なのはすぐに分かった。
 真面目に訓練に取り組むのはもちろん、その他のことでも非常に献身的だった。
 訓練後の訓練場の整備は班分けして交代で行なう。
 武器の整備もそうだ。
 森本は率先して常にそうした整備の中にいた。
 周囲の連中の中にはそれが表面的に取り繕う媚のようにも映っている奴らもいたが、俺にはそうは思えなかった。
 仲間を大事に思わない奴と言う人間も多かったが、決してそうではないことが分かっていた。
 上級ソルジャーである森本は、よく他の人間にアドバイスしていた。
 反発されることも多かったが、森本は臆することなく続けていた。
 
 川尻は逸早く、森本のそういう真面目さ、優しさに気付いたようだ。
 俺の部隊でも孤立しかけている森本に接近し、食事や酒に誘っていた。
 訓練中も森本によく話し掛け、一番森本からアドバイスも受けて喜んでいた。
 川尻のお陰で、森本も徐々に部隊に受け入れられるようになっても来た。
 まだまだ森本を嫌う人間も多いが。
 森本のアドバイスに従う者が徐々に増えて来る。
 表面では反発されることも多いが、実際にアドバイス通りに動けば、森本の言う通りだったと分かる。
 それは、森本が周囲の人間をよく見ている、ということだ。
 上級ソルジャーであり、本来は自分の小隊を任される少尉階級ではあったが、最初の頃は森本への悪感情を考えて小隊は持たせなかった。
 森本自身も俺に自分には部下は持てないと言っていた。
 それは決して責任放棄ではなく、自分などの部下になれば、そいつらが色眼鏡で見られることを考えていたのだ。
 でも、そろそろ俺は森本に小隊を任せたいと考え始めていた。





 ある時、川尻を呼んで森本のことを聞いた。
 「ほんとの虎の穴」に誘い、一緒に飲んだ。

 「お前から見て、森本はどういう男だ?」
 「はぁ、なんか暗い人ですね」
 「ワハハハハハハハ!」

 川尻も微笑んでいた。
 それだけ正直に言うということは、暗いからダメだという心は無いということだ。
 川尻は森本の本当の良さを十二分に理解している。
 川尻は言葉を続けた。

 「でもあの暗さって、森本さんの優しさだと思うんですよ」
 「ほう」
 「この世で自分の命よか大切な人を喪ったんだ。だったら明るいわけはねぇです」
 「そうかもな」
 「石神さんみたいな特別なお人はね、また違うんでしょうが。でも、石神さんだって心の中じゃどうなってんのか」
 「そうだな」

 川尻の言うことはよく分かる。
 壮絶な悲しみを抱いた人間は、心の中に途轍もない闇を抱える。
 その上で明るく振る舞えるかどうかは別な問題だし、ある意味でどうでも良い問題だ。
 でも、一つ確かなことがある。
 本当に悲しみを抱いた人間は優しい。

 「石神さんは優しい方ですよね」
 「その通りだな」
 「森本さんも優しいですよ。上級ソルジャーになったって雑用を引き受けようとするし、みんなに教えて強くしようとしてる」
 「そうだよな」
 「森本さんを嫌っている奴らが多いのに、一切躊躇しないんですよ。やっぱ、俺はあの人は好きだなぁ」
 「そうか。でも、もしもお前が森本に本当に見捨てられたらどうする?」
 
 川尻が笑って言った。

 「そんなもの! 森本さんが助けに来ないのなら、それが正しいんですよ。俺が死んで当然ってことですんで、何も無いですよ。むしろ、そうなったなら絶対に助けに来ないで欲しいですね」
 「じゃあ、お前はそういう時に、森本が来ると思っているのか?」
 「いいえ、分かりません、何しろ石神さんの前でも、軍事裁判で自分が追い出されることになったとしても、あの人は自分の言い分を曲げませんでしたからね。でも、本当に来ないで欲しいですよ」
 「そうか」

 川尻の言う通りだろう。
 森本は、その一点に関しては自分の信念として公言している。
 それは曲げられることは無いだろうと俺も思っていた。
 川尻が続けて言った。

 「それにね、森本さんには生きてて欲しいです。お辛い生き方ですけど、それを貫いて欲しいですね。自分のように安い人間のことなんか放っておいて、石神さんのために戦って欲しいですよ」
 「ああ、そうだな」

 


 俺は森本のことを思った。
 真面目で優しく、そして辛そうに生きている森本。
 川尻の言う通り、あいつは良い奴だ。
 そして、俺も森本のことを本当には分かろうとしていなかった。
 そのことを後で思い知ることになる。
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