上 下
2,765 / 2,808

復讐者・森本勝 Ⅱ

しおりを挟む
 森本勝だった。
 森本とは以前に少し関りがあってから知っている。
 森本は嬉しそうに俺に挨拶をしてきた。
 俺の隣で千石が少し硬い表情になっていた。

 「石神さん! お久し振りです!」
 「おう、森本か。お前も千石の訓練を受けていたんだな」

 千石の訓練、つまり「花岡」の上級技を伝授するためには、それなりの上官からの推薦が必要だった。
 だから森本は、部隊の中で優秀な人材となっていたことを示している。

 「はい! 自分も早く上級ソルジャーになりたいんで!」
 「森本! 勝手に石神さんに話しかけるんじゃない!」

 千石は少し顔を歪ませて言っていた。
 それで俺にも分かった。
 千石は決して自分の感情で他人と接しない。
 あくまでも、常に「虎」の軍、そして俺のために優秀な兵士を作り上げることだけを考えている。
 その千石が森本を毛嫌いしていた。
 その理由は俺には心当たりがあった。
 そして千石は自分の悪感情を隠そうともしない。
 つまり、千石は森本を合格にするつもりはないのだ。
 俺はそれに気付かないフリで、千石に声を掛けた。

 「千石、いいんだ。森本と話させてくれ」
 「石神さんがそうおっしゃるなら」

 千石がそう言って引き下がった。
 俺の言うことには素直に従う。
 まあ、森本は嫌われる奴だ。
 仕方がない。

 「どうだよ、調子は」
 「はい、結構いいですよ! 石神さん、ちょっとご覧になってもらえますか?」
 「ああ、いいだろう」

 千石がまた森本を止めた。

 「おい、森本。石神さんはお忙しいんだ。勝手なことを言うな」
 「何言ってんですか! 石神さんがいいっておっしゃったでしょう!」

 森本が大きな声を出したので、何人かがこっちに来た。
 一応ここでは千石の方が上官だ。
 今の口の利き方は確かに問題がある。
 そして即座に他の人間が動いたのは、ここでも森本が嫌われていることを示している。

 「おい、森本!」
 「お前、また千石少佐に御迷惑を!」

 森本が引っ張って行かれそうになったが、森本が抗った。
 森本に手を掛けた男がぶっ飛ばされる。

 「おい、森本!」
 「なんだよ! こいつらが先に手を出したんだろう!」
 「いい加減にしろ!」

 茜と葵が、何が起きているのか分からずに驚いていた。
 説明してやりたいが、結構根の深い問題があった。

 「森本、もうやめろ。俺がちゃんとお前を見ていてやる」
 「はい! お願いします!」
 「石神さん!」
 「千石、いいから訓練を続けてくれ」
 「分かりました」

 千石も引っ込み、休憩を終えて全員に組み手をやらせた。
 相手は自由に選べるようで、森本は先ほどぶっ飛ばした男と遣り合った。
 当然、お互いに相手を潰そうとしている。
 千石も当然注視していた。
 森本を嫌ってはいても、何かあれば自分が止めるつもりだ。
 ソルジャーは荒っぽい連中も多い。
 軍人の中にも多いが、それ以外の組織から来ている奴らの中にはとんでもない連中がいる。
 森本もそういう人間だった。

 相手が左のジャブを放ち、森本との距離を制御しようとした。
 ボクシングをやっていた奴のようだ。
 近接戦闘ではボクシングの様式は有効であることが多い。
 素早いジャブはかわそうとすれば防御も決まったパターンになり、攻撃手段を制約される。
 しかし森本はそれを無視するように顔の前面をガードしながら前に出た。
 相手は森本のレバーに右ストレートを狙う。
 ボクサーの良い連携だった。
 森本がガードを開き、口から何かを霧のように吹いた。
 相手が思わず顔を手で拭う。
 目を閉じたその瞬間に、森本が右フックをこめかみ、左ストレートでストマック、右足でレバーへの前蹴りを放つ。
 見事なコンボだった。
 相手は地面に沈み、呻いている。
 見ていた千石が駆け寄る。

 「森本! 何を吹いた!」
 「水ですよ」
 「お前! これは組み手だぞ!」
 「だからなんです? 要は相手をぶちのめす訓練でしょうが」
 「何を言ってるんだ!」

 他の組み手をしていた連中も手を止めて集まって来る。
 森本が格闘技以外の手段で相手を倒したことを見ていた者たちがいたのだ。
 その他の人間も何事かとこちらを見ていた。

 「森本、この訓練は「花岡」を中心に技を鍛え上げるものだ。相手を汚い手段でぶちのめすことではない」
 「千石さん、こいつは自分をぶちのめすつもりでしたよ」
 「だったら格闘技で相手しろ」
 「格闘技ってなんです? 要は相手を殺す手段でしょう」
 「だったら武器や「カサンドラ」を使ってもいいってか? 何でもアリならば、そういうことだろう!」

 千石が正論を言う。
 しかし森本は怯まなかった。

 「用意出来ればそうしますね。今は「カサンドラ」が無いんで、手に入るもので対応しました」
 「貴様!」

 俺は黙っていた。
 森本と千石がどうするのかを見ていた。
 しかし千石はとうに森本を扱うつもりは無かったようだった。

 「森本! お前はここを去れ! お前に教える技は無い!」
 「分かりました。では、これで」

 森本は軽く頭を下げて訓練場を出て行った。
 千石の決定に逆らうつもりは無いようだった。
 茜と葵は心配そうにその背中を見ていた。
 千石が俺に頭を下げて来た。

 「石神さん、申し訳ありませんでした。お見苦しいところを」
 「いいよ、ここでのことは全部お前に任せているんだ。お前の思うようにやればいい」
 「はい。森本は才能はあるんですが、どうにも規律と協調性が」
 「そうか」
 「私がもっと器が大きければ良かったんですが」
 「だからお前に任せるんだって。お前が判断し、お前が導け」
 「はい!」

 千石は訓練に戻った。
 森本に倒された奴も大した怪我ではない。
 俺は茜たちを連れて、森本の後を追った。

 あの日のことを思い出していた。
 森本勝と最初に出会った日のことだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...