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天丸の再起 Ⅶ

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 トラが話を終えて、天丸の方を見た。
 天丸は黙って聞いていた。

 「最近の状況はこんな感じだけどな」

 トラが天丸のコップに酒を注いだ。

 「まあ、そんなことはどうでもいいんだ」
 「え?」
 
 トラは「そんなこと」と言った。
 天丸は「虎」の軍の重要な作戦を聞いていたつもりだろう。
 でも、トラにとっては、もっと大事な話があって来たのだ。

 「俺はお前のことがずっと心配だった。だから今日、ここへ来た」
 「トラ!」
 「我當会も《ハイヴ》もな、お前のことに比べればなんでもねぇ」
 「おい、トラ」
 「お前、大丈夫か? 聖はここに来るのに、俺には何も言わなかったよ。突然ここに来たいって言っただけだった。鍛錬をしたいんだってなぁ。でもな、聖もお前のことが心配でここに来たんだと思うぞ?」
 「……」

 トラは俺の心を分かっている。
 こいつほど優しい奴はいない。
 だから分かっている。
 そして俺は口にはしなかったことを、トラは真直ぐに言った。

 「天丸、お前のことが大事だ。だから来た。お前が辛くてしょうがねぇのが分かっているからだ。聖も、もちろん虎白さんや虎蘭も虎水も、お前のことが心配でしょうがねぇ」
 「トラ……」
 「おい、天丸。俺たちの戦いは、「業」をぶっ殺すことじゃねぇぞ! 大事な人間のために何かやることなんだ! お前もそうなんだろう、天丸!」
 「トラぁ!」

 トラが天丸の隣に行って肩を組んだ。

 「お前が辛そうにしてるとよ、俺たちは心配でしょうがねぇ。お前が決着を付けなきゃならないことだから、みんな手出しも出来ねぇ。だけどよ、おい、お前のことが大好きなんだよ! お前のことが心配なんだよ!」
 「トラ!」

 トラが辛そうな顔をしていた。

 「俺にもさ、幸せでしょうがない時があったよ。本当に人生で最高に幸せで。親父とお袋と一緒に暮らしてた時な。お前たちとも一緒だった。貧乏でしょうがなかったけどよ、あの日々は最高だ。それに……」

 トラが言葉を詰まらせた。
 俺には分かっている。
 奈津江との時間だろう。

 「でもな、もう戻れねぇ。あの日あの時は過ぎ去った。喪ってしまった。絶対に失くしたくはなかったのになぁ。でもしょうがねぇ」
 「トラ……」

 天丸も思い出しているのだろう。

 「失くしちまったけどよ、俺たちは確かにあの日あの時を持っていたんだ。だったらな! あの大事な日が俺たちの中にはある。だからよ、今だって堂々としてねぇとなぁ」
 「トラ……」
 
 トラが「待ってろ」と言い、奥に行って戻って来た。
 小さな桐の箱を持っていた。

 「西安でな、みんなが集めてくれたんだ。《刃》に襲い掛かった妖魔の欠片だ。蓮花の研究所でやっと解析して分別出来た。天豪の遺伝子配列がなんとか見つかったよ。やっぱり天豪は俺たちの味方だったんだな」
 「!」
 「妖魔の身体は死ぬと崩れ去る。でも、ほんの一部が残ることもある。それを拾い集めて蓮花が必死に解析してくれた」
 「なんで……」
 「なんでだと? おい、みんなお前のことが大事なんだって言っただろう。ようやく分かったからよ、お前に持って来たんだ」
 「トラ……みんな……」
 「拾い集める連中も必死でやってくれたんだ。ソルジャーやデュールゲリエたちだけじゃねぇ、石神家の人間も何人も来て探してくれた」
 「!」

 誰もそんなことは天丸に言っていなかっただろう。 
 トラがまた天丸の肩を組んだ。

 「なあ、天豪の墓を建てよう」
 「え!」
 「やっとあいつを弔ってやれるな」

 「トラ、墓はどこに建てるんだ?」
 「ここでいいだろう。天豪は仲間なんだからな」
 「!」

 天丸が大粒の涙を零していた。
 目を見開いたまま、涙を流した。

 「俺が虎白さんに頼んでやるよ。天丸、ここに墓を建てていいか?」
 
 天丸は泣きながらうなずいた。

 「おし! じゃあ、早速行くかぁ!」
 「トラ、今からかよ?」
 「ああ、虎白さんも酒を飲んでるだろう。気分がいい時にな」
 「あ、ああ……」

 あの人が酒で甘くなるとは思えないが。
 でも、トラだってそんなことは分かっている。
 天丸のために、今動くのだ。
 俺たちも心配になって、トラと一緒に家を出た。
 もちろん天丸も一緒だ。

 



 「虎白さん!」
 「おう、なんだよ、こんな時間に」

 虎白さんはまだ起きていた。
 別に酔ってはいなかった。
 浴衣も乱れておらず、まるで俺たちが来るのを待っていたかのようだった。
 異常に勘のいい人だ。

 「お願いがありまして」
 「なんだ?」
 「天豪の遺体があります。西安で集めたものの解析が終わりまして。それで、ここに天豪の墓を建ててやりたいんですが」
 「あんだと!」

 虎白さんが怒鳴った。
 みんなビビったが、トラは平然と見ていた。
 と思ったら、やっぱりちょっとビビっていた。
 それでもトラが声を張り上げた。

 「あのですね!」
 「待ってろ!」

 虎白さんが奥へ入って行った。
 桐の小さな箱を持っていた。

 「これも墓に納めてくれ」
 「これは?」
 「天豪の髪だ。うちに落ちていたのを集めた」
 「「「え!」」」
 「!」
 「お前から天丸に渡してもらおうと思ってたんだ。ちょっとしかないけどよ。一緒にしてくれよ」
 「虎白さん!」
 「あんだよ!」

 天丸が土間の地面に膝をついて号泣していた。

 「おい、起きろよ。おい、高虎!」

 トラも泣きながら天丸を起こした。

 「なんだよ、お前らは!」

 そう言った虎白さんも涙ぐんでいた。

 「天丸、辛かったな。でもこれでけじめにしろ。もうウジウジしてるんじゃねぇぞ」
 「虎白さん! ありがとうございました……」
 「いいって。おい、俺はもう寝るからな。墓の件は明日誰かに話しておくよ」
 
 虎白さんはそう言って背中を向けて奥へ行った。
 肩が震えていた。
 天丸はずっと頭を下げていた。





 翌朝、石神家の墓所に行った。
 他の人間では無く、虎白さん自身が案内してくれた。 
 鍛錬場の向こう側に墓所はあった。
 大きな墓石があり、周囲に無数の墓石が建っていた。
 中には刀が一本だけ刺さっているものもある。
 
 「気が向いたらよ、一緒に鍛錬に来れるようにここに墓があるんだ」
 「そうなんですね」
 「虎影の墓は京都だけどな。まあ、そんな連中も多いよ」
 「そうですか」

 戦場で死んで、そのままになっている者も多いのだろう。
 虎白さんは東の一角へ向かった。
 
 「石神家の墓場なんだけどな。中には一緒に戦って死んだ連中も多い。そういう奴らはここらへんに埋めてんだ」
 「はい」

 虎白さんが真新しい墓石を示した。

 「ここでいいだろう?」
 「この墓石は?」
 「ああ、天豪の墓にしようと思ってな。天丸も死んだらここにな」
 「虎白さん!」

 天丸が叫んだ。

 「まあな、用意はしてたんだ。高虎が言い出しそうな気がしてたからなぁ」
 「虎白さん!」

 今度はトラが叫んだ。

 「じゃあ、坊主を呼んで葬式にすっかぁ。ああ、でも、お前んとこの墓もあるんじゃないのか?」
 「はい、妻の墓が。でもここに移しますよ」
 「おい、いいのか?」
 「はい。俺もここに入るんで。一緒にしていいですか?」
 「もちろんいいけどよ。まあ、そっか」

 虎白さんは天丸に墓に刻む内容を聞いて先に帰った。

 「おい、天丸。いい場所だな」
 「ああ、そうだな。日が当たって景色もいい」
 「そうだよな。俺たちはこんなことしか出来ねぇけどな」
 「ありがとう、トラ……」

 翌日には石屋が来て、墓石に「光賀家」と彫った。
 天豪の葬儀が行なわれ、石神家のみなさんが全員集まった。
 まあ、経を読んで納骨しただけの簡素なものだったが、みんなが天豪の死を悼んでいるのは分かっていた。
 午後には鍛錬をし、いつも通りだった。
 トラはもう誰よりも強く、以前のようにボロボロにはされなかった。
 天丸も何かが違っていた。
 懸命に鍛錬をしていたが、明るい顔だった。
 トラのお陰だ。

 翌日、トラは帰った。
 虎白さんに「虎影より強くなったな」と言われ、上機嫌だった。
 俺は虎影さんのことは知らないけど、トラは確かにとんでもなく強くなった。
 俺も頑張らねぇと。

 「じゃあな、天丸。しっかりやれよ!」
 「おう! トラ、本当にありがとうな」
 「なんでもねぇ。また来るからな」
 「ああ、待ってるぜ」

 「聖、しばらくここにいるか?」
 「ああ、あまりあちこち行けねぇからなぁ」
 「まあ、そのうちに戦場にも出てもらうしな。そんなに先じゃねぇよ」
 「ああ、楽しみにしてるぜ!」

 トラが虎蘭を呼んで抱き締めた。
 耳元で何か囁き、虎蘭が赤い顔をして嬉しそうになった。




 

 トラは明るく笑って、「タイガーファング」に乗った。
 あいつはどうしてこうも優しく、周りの人間を喜ばせるのか。
 みんなあいつが大好きだ。
 トラのために何でもしてぇ。
 命さえも。
 だってよ、俺たちは命なんかよりも上のものをトラに貰ってんだ。
 だからな。
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