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娘を思う手紙 Ⅱ

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 夢中で弾いていて、もう12時前になっていた。
 ちょっとしたコンサートの時間を過ごした。
 二人をリヴィングへ連れて行った。
 俺は栞と桜花たちを橘さんたちに紹介した。
 アラスカでの皇紀の結婚式で、一応顔合わせはしていた。
 橘さんが士王と千歌を見て、優しい顔になった。
 自分も子を産んだ母として、何か感ずるところがあるに違いない。
 士王が橘さんに抱き着きそうになったので、桜花が慌てて抱き留めた。
 あいつ、橘パイまで狙ってやがったか。
 ふー。
 桜花が隅に連れて行き、何か士王に言い聞かせていた。
 橘さんは気にせずに千歌の手を握り、小さな掌を見詰めていた。

 「千歌はピアニストになれますかね?」

 俺が冗談で言うと、真剣な顔で言われた。

 「今からピアノを弾かせればね」
 「そうですか」

 まあ、才能なんてそんなものだ。
 小さな頃からの努力の積み上げに過ぎない。
 でも栞と桜花たちが顔を突き合わせて「ピアノ、買いましょう」と小声で話し合っているのが聴こえた。
 世界的なピアニストに言われたのだから、無理もない。
 ロボが橘さんと二宮さんに挨拶に行き、橘さんもロボの頭を撫でていた。
 橘さんが動物を撫でるのは珍しい。
 手を嚙まれたり爪で引っ掻かれるのを嫌うからだ。
 でも、ロボにだけは最初から警戒は無かった。

 斬は「あいつは斬」とだけ教えた。
 別に橘さんも気にしない。
 二宮さんはおずおずと頭を下げた。
 今の斬は士王と千歌がいるのでやさしいおじいちゃんに「近い」。
 物騒な雰囲気はどうしても消しきれないが。

 俺の右側に橘さんと二宮さんを座らせ、みんなで肉蕎麦を食べた。
 肉蕎麦とはいえ、天ぷらも豊富にある。
 自由に大皿から取るようにしているが、橘さんたちには別途皿に盛って好きなように食べさせた。
 蕎麦はまだ暑いのでせいろだ。
 器に特製のだし汁が入っている。
 肉は蕎麦と一緒にザルに乗せてある。
 蕎麦粉は信州の「蕎麦旬菜こすげ」から取り寄せたものだ。
 弾力と腰が違う銘品だ。
 橘弥生が一口食べて、夢中ですすり始めた。
 二宮さんも同じだ。
 良かった、口に合ったようだ。
 俺が二枚目を聞くと、二人とも食べると言った。

 「トラ、本当に美味しいわ」
 「それは良かった。二宮さんもどんどん食べてくださいね」
 「はい、ありがとうございます。もう、こんなに美味しいお蕎麦は初めてです」
 「あそこのムッサイじじぃが、意外にも腕のいい蕎麦職人なんですよ」
 「そうなんですか! どうりで!」

 栞が大笑いした。
 桜花たちは必死で口を押さえて顔を背けて全身を震わせていた。
 斬は聞こえているのだろうが、無視して士王に蕎麦を食べさせている。
 まあ、本当に美味い。
 口に入れると蕎麦の豊潤な香りが拡がり、噛むと程よい感触がありのど越しもいい。
 今日は双子がそば粉を打つところから始めているはずだ。
 二人はわざわざ信州のお店まで行って習っている。
 流石に全ては教えてもらってはいないが、そば粉からのやり方は分かったようだった。
 だからそば粉を時々買って来ている。

 双子が本格的な料理をますます追及している。
 俺が蕎麦やうどんが好きなので、美味い物を作ろうとしてくれている。
 俺も蕎麦やうどんは好きだが、流石に自分で粉から打つところまではやっていない。
 双子はそば粉を挽くところから研究している。
 石臼まで買った。
 うちには本格的な調理用具がどんどん増えている。
 そのうちにもっと美味い蕎麦が喰えるようになるのだろう。

 「トラ、やけにお肉が多いのね」
 「こいつら、肉が主食で蕎麦は薬味ですからね」

 あさましく肉を奪い合う連中を見て、二宮さんが驚いていた。
 橘さんは前に見ているので普通だ。
 肉には軽く片栗粉を振って焼いていて、汁と絡まるようになっている。
 だが子どもたちは肉をそのまま口に入れ、蕎麦は圧倒的に割合が少ない。
 まあ、それでも大量に食べてはいるのだが。
 士王が段々肉量が増加しているのがちょっと心配だ。

 「士王、野菜も食べな!」
 「亜紀姉は肉一択じゃんか!」
 「ふん! さっきサラダを一杯食べたんだよ」
 「ウソつけぇ!」

 斬が大皿から大量の肉を奪い、士王の前の皿に盛った。

 「斬さん!」
 「これは士王のものじゃ」

 子どもたちの目が光り、士王の前の皿から肉を奪おうとする。
 全員が腕を指で突かれ、悲鳴を挙げて離れた。
 斬に経絡を突かれたのだ。

 「タカさん! 北斗神拳は禁止にして下さい!」
 「「花岡」じゃねぇ」
 「そんなぁ!」
 「斬、「お前はもう死んでいる」って言ってねぇぞ」
 「お前はもう死んでいる」

 桜花たちが爆笑した。
 橘さんは何のことか分からない顔をしている。
 二宮さんは不思議そうに見ている。
 亜紀ちゃんたちは呻きながら、また肉の奪い合いに戻った。

 「トラ、相変わらずにぎやかね」
 「まあ、ちょっと前は夕飯だけの争いだったんですけどね」
 「そうなの」
 「斬が来てから、戦火が広がりまして」
 「あの蕎麦職人の方?」
 「ええ、あいつ、蕎麦屋の隣で整体師もしてまして」
 「そうなの」

 栞が爆笑し、桜花たちはまた顔を背けて必死に笑いを耐えていた。
 咳き込んだ椿姫の鼻から蕎麦が飛び出ていた。

 大満足の食事が終わり、斬と子どもたちは庭に鍛錬に出た。
 亜紀ちゃんだけは残り、俺たちに飲み物を淹れてくれる。
 栞は上で千歌の授乳を済ませてから下に戻って来た。
 みんなで寛ぐ。
 二宮さんが俺に礼を言って来た。

 「今日は美味しいお食事までいただいてしまいまして」
 「いいんですよ。二宮さん、お父様はお元気ですか?」
 「え、父をご存じなんですか?」
 「ええ。15年前にね」
 「え!」

 二宮さんと共に、橘さんも驚いていた。
 やはり橘さんは、それを知って二宮さんを俺の家に連れて来たわけではないようだ。
 亜紀ちゃんも知らない話だ。

 「実は二宮さんのお母さんに会ったことがあるんですよ」
 「母にですか!」

 二宮さんが驚いて、そして涙を流し始めた。
 やはり二宮さんにとって、母親への思いは特別なのだろう。

 「ピアニストになられたんですね。まさか俺もまた二宮さんにお会いするとは思ってもいませんでした」
 「あの、石神さんはどうして母に?」
 「俺は港区の病院で働いているんです。そこに入院して来たお母さんと会いました。本当に優しい、素敵な方でした。あなたのことを最後まで思っていましたよ」
 「……」

 俺は語り出した。
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