上 下
2,715 / 2,806

挿話 : 斬と士王のお留守番

しおりを挟む
 石神様がみなさんと出掛けられた。
 士王様や斬様、みんなでお見送りした。
 石神様のハマーが見えなくなるまで、士王様は見詰めていた。

 「お父さん、行ったね」
 「そうですね」
 「じゃあ、おじいちゃんと僕でお母さんとお父さんのこの家を護らなきゃね!」
 「まあ、士王様! 頼もしいことを!」
 「うん!」

 士王様がニコニコされ、斬様がその頭を優しく撫でられた。
 栞様はまだ入院中で、ここには士王様、斬様と私たちが残っている。
 千歌様をお産みになられた栞様はまだ動かない方が良い状態で、今週一杯は入院される。
 その間、士王様のお世話を私たちでしっかりとしなければならない。
 斬様には護衛をしていただく。
 斬様がいらっしゃれば、大抵のことは大丈夫だ。
 また、斬様には士王様や私たちの訓練まで指導頂いている。
 この機会に斬様から出来るだけのことを教えていただきたいとみんな考えている。

 栞様が千歌様を生まれる直前に、「業」の襲撃を受けた。
 幸い石神様がお傍にいらっしゃったので、何事もなく撃退出来た。
 流石は石神様。
 ざまぁ、「業」め。
 お前などに石神様がしてやられるわけがなかろう!
 ワハハハハハハハ!

 私と睡蓮で朝食を作ろうとした。
 すると、石神様が稲荷寿司をご用意して下さっていたのを見つけた。
 朝早く出掛けられたのに、私たちの分まで作って下さっていたとは。
 有難くて涙が出そうになった。
 石神様はお忙しいのに、常に他の人間のことを思って下さる優しい方だ。

 「睡蓮、ありがたく頂きましょう」
 「ええ、本当にありがたいことです」

 美味しい朝食を作ろうと、私がコッコさんの卵を貰いに行った。

 「こんにちは!」
 「みなさん、こんにちは! 卵を頂きますね」

 最初は怖かったが、すぐに慣れた。
 コッコさんたちは私から離れて鍛錬(?)を始める。
 結構見事な組手だ。
 8時になり斬様と士王様が庭での鍛錬を終えて来られた。
 私と睡蓮でおかずだけご用意した。
 卵焼き、カツオの炙りもの、豆腐の吸い物、サラダ。
 士王様も斬様も、お出しした物は全て召し上がる。
 斬様にお好きなものを聞くのだが、いつも「なんでも良い」とおっしゃり、その通りに食べられる。
 石神様などは聞けば何かおっしゃるのだが、斬様は違う。
 それは斬様がアラスカにいらっしゃる時からそうだった。
 前に、栞様にお聞きしたことがある。

 「おじいちゃんは前からそうなのよ。昔の男はね、威張ってるわけじゃないんだけど、作る人間が悟って行かなきゃいけないのよ。そういう関係を築いて行ったのが、昔の夫婦であり家族なの。でもね、あの人は古臭い考え方をするくせに、何でも話し合いたいって人なのよ」
 「ああ、石神様はそうですね。いつも私どもにまで何でもお聞きになります」
 「そうでしょう? 私も不思議に思っていたんだけど、「人の心は見えないからな」って前に言ってた。多分、そういうことで何か悲しい経験があるんでしょうね」
 「なるほど、石神様はそういう方ですね」
 「だから何でもあの人には言って話してあげて。そうするとあの人も喜ぶから」
 「はい、分かりました。斬様はこちらで考えていく、ということですね」
 「そうそう。でもね、聞いてみてもいいのよ? おじいちゃんも時々自分の希望を言うから」
 「そうなのですか!」
 「多分あんまり言わないけどね。でも、本当にあの人の言う通り、人の心は見えないからね」
 「はい、分かりました!」

 斬様が食事を終えられ、また庭に出ようとなさった時、士王様がちょっと顔を曇らせた。

 「どうした、士王?」
 「うん……」

 毎日の日課は決まっており、朝食前と後で斬様と士王様が庭で鍛錬される。
 お昼前に私たちの誰かと士王様が病院の栞様の所へ行く。
 斬様も大抵御一緒だ。
 あちらで昼食を食べ、大体士王様は残り、斬様は適当な時間にこちらへ戻り、鍛錬を続けられる。
 夕方にまた斬様と一緒に士王様をお迎えに行く。

 でも今朝は士王様が庭での鍛錬を嫌がっているようだ。

 「士王様、具合が悪いのですか?」

 拝見したところ、顔色は良い。

 「そうじゃないんだけど」
 「はい?」
 「おじいちゃんとおさんぽにいきたいな」
 「!」
 「なんじゃ?」

 私はハッとした。
 そういえば、石神様は士王様をお連れになって、よく散歩にいらしていた。
 お帰りになると士王様は楽しそうに笑っていらした。
 石神様は誰とでも楽しく過ごされる方だ。
 でも大勢の人間と一緒にいらっしゃるので、士王様とは散歩などの中で二人のお時間を過ごされているのだろう。
 士王様は斬様ともそういう時間を過ごしたいに違いない。

 「斬様!」
 「なんじゃ?」
 「士王様と散歩に行っていただけませんか!」
 「なに?」
 「石神様と士王様が時々いらしてました。だから斬様とも士王様は一緒に出掛けたいのだと思います」
 「わしがか?」
 「そうなのです!」

 思わず大きな声を出してしまったが、士王様がニコニコと笑っていらした。
 やはりそういうことなのだろう。

 「わしは散歩などせんのだが」
 「私がご一緒します!」
 「そ、そうか。頼む」

 斬様は士王様のためならば何でもする。
 そういうことで、三人で出掛けた。
 石神様たちが出掛けた時には栞さまとこの家を護るなどとおっしゃっていたけど、やはりお寂しいのだろう。
 私たちも、士王様にはまだまだ甘えて頂きたい。





 「石神様の散歩のコースは大体決まっております」
 「そうなのか」

 私は案内役に徹し、斬様と士王様のお二人で会話できるようにした。
 お二人は私の後ろで「花岡」の話をして楽しそうに歩いている。
 時々士王様や斬様が鋭い突きや蹴りを見せるので、近くにいた方々が驚く。
 老人と幼い子どもが本格的以上の技を見せるためだ。
 まずは近くの公園のベンチだ。

 「暑いな」
 「……」

 ベンチは直射日光に照らされ、火傷するくらいに熱かった。
 
 「こ、ここでいつも自動販売機のジュースを飲むのです」
 「お前、正気か?」
 「は、はい……もうしわけありません……」

 座るのは辛かったので、自動販売機の前の木陰で立ったまま三人で飲んだ。
 斬様はお茶、士王様はつぶつぶオレンジ、私はアイスコーヒーを。
 斬様が士王様に美味しいかとお聞きになり、士王様が笑顔で美味しいと言った。
 斬様のお顔が綻んだ。

 スズメが20羽以上集まって来た。
 斬様が少し警戒される。

 「スーの一族だよ!」
 「なんじゃ、それは?」
 「ルー姉とハー姉が怪我したスズメを助けたの! その時にちょっと「花岡」を教えたんだって!」
 「なんじゃと?」

 私も初めて聞いた。
 そのうちにカラスが来た。
 
 「スズメも餌になるか。憐れな」

 斬様が呟くとスズメたちのためにカラスを追いやろうとなさった。
 その瞬間に一羽のスズメが飛び立ち、カラスの首が切れて落ちて来た。

 「!」

 斬様が驚いている。

 「今のは「龍刀」か! まだまだ未熟じゃが」
 「そうでしたよね!」
 「ね、スーの一族は強いでしょ?」
 「そうじゃなぁ」
 「スゴイですね!」

 マジですか……
 ジュースを飲み終えて、また移動する。

 「次はどこじゃ?」
 「そ、ソフトクリームでございます!」
 「そうか」

 駅前まで歩いた。
 しかし、斬様はソフトクリームを召し上がるだろうか。
 駅前の広場でいつものお店に行った。
 暑いので何人か先に並んでいた。
 先に座っておいてもらおうとしたが、士王様が一緒に並びたいとおっしゃった。
 斬様も一緒に並んだ。

 「お待たせしました! あぁ! 鬼盛りの旦那と一緒にいらっしゃる可愛らしいお坊ちゃん!」
 「こんにちはー」
 「はい! こんにちはでごぜぇますです! 今日も鬼盛りですかい?」

 私が笑って普通のものを三つと言った。

 「鬼盛りとはなんじゃ?」
 「ああ、大盛なんですよ。石神様がいつもそれを注文なさるんです」
 「そうなのか。ではわしは鬼盛りにしてくれ」
 「え、いいんですか?」
 「士王が足りなければ食べさせるのじゃ」
 「なるほど!」

 「ヘイ! 鬼盛り一丁! 毎度でごぜぇます!」

 斬様が出て来た鬼盛りを受け取った。

 「……」

 確実に三人分ある。
 バランスをくずすと零れそうだ。
 暑いのでどんどん溶けていくため、斬様がどんどん口に入れて行った。
 石神様がご覧になったら、さぞ喜ばれたろうに。

 「おじいちゃん、このソフトクリーム屋さんは日本一美味しいんだって!」
 「そうか」
 「美味しいよね!」
 「おう、そうじゃな!」

 周囲を歩いていた人たちがお店に並んだ。

 「ありがとー、カワイイ坊ちゃん!」

 みんなが笑い、斬様も笑っていた。
 ソフトクリームを食べ終え、家に戻ろうかと思った。
 暑い中を士王様は大丈夫だろうか。
 
 「士王様、もう帰りましょうか?」
 「うん……」
 「あれ? どこか行きたい場所でも?」
 「あのさ、『猫三昧』に行かない?」
 「え!」

 私は知っているけど、斬様がいる。
 斬様はとてもお似合いにならない!
 絶対無理!

 「猫三昧とはなんじゃ?」
 「いえ、斬様はお知りにならなくても!」
 「おじいちゃん、行こ?」
 「士王様! あそこは斬様にはとても!」

 斬様の御機嫌が絶対に悪くなるので、必死に止めた。

 「なんじゃ、士王が行きたいのなら行こうではないか」
 「猫殺しですか!」
 「なんでじゃ!」

 斬様が意地になられ、結局三人で行くことになった。
 駅前にお店があるので近かった。
 お店に入ると、店長さんが出て来た。

 「ああ! 猫神様のお子さん!」
 「こんにちはー」
 「はいはい、ようこそ! どうぞどうぞ!」
 
 後ろから斬様が入って来られる。

 「む! 猫死神!」
 「なんじゃ!」

 私が大丈夫だからとお話しした。
 中へ上がると、ネコたちが一斉に緊張する。

 「にゃんこー」

 士王様がお座りになると、ネコたちが斬様を警戒しながら士王様のお傍に寄って来る。
 士王様はニコニコしてネコたちを撫でて行く。

 「この店はなんじゃ?」
 「はい、ネコを愛でるお店です」
 「なんじゃ?」
 「お分かりにならなくても。とにかくお座り下さい」
 「ふん」

 斬様は士王様と少し離れて座られた。
 そちらへは1匹も行かない。
 みんな士王様のお傍に行き、私にも数匹が来た。
 カワイイ。

 士王様はコーラをもらい、私はアイスティ、斬様はお茶をもらった。

 「猫死神がいても、やっぱり猫神様のお子さんだねぇ」
 「……」

 店長さんが眼を細めて士王様を見ていた。

 三人で帰る。
 士王様はご機嫌だった。

 「いつもね、あそこに行くとお父さんがロボに怒られるの」
 「そうなのか」
 「ロボがね、お父さんをポカポカ叩いて泣くんだよ」
 「ほう、そうか」

 ご興味は無いはずだが、斬様は士王様の話を微笑みながら聞いていらっしゃる。
 栞様もこのようであったのだろうか。
 他の方々は斬様のことを冷酷な方だと思っていらっしゃる。
 でも、栞様や士王様は違う。
 私たちも、斬様のお優しさを知っている。
 石神様も。

 「帰ったら、栞様のところへ行きましょうね」
 「うん! お父さんからお母さんのことを頼まれてるからね!」
 「そうですね!」

 斬様が嬉しそうに笑っていた。
 お優しい笑顔だった。





 病院で椿姫と交代し、栞様に「猫三昧」に三人で行った話をした。

 「猫死神!」

 栞様が爆笑され、斬様が苦い顔をなさっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...