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みんなで御堂家! Ⅴ

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 御堂の家に戻るとすっかり遅くなってしまった。
 子どもたちが手伝うことなく、バーベキューの支度が出来てしまっていた。
 澪さんがしきりに恐縮していたが、菊子さんに笑って早く席に着くように言われた。
 澪さんの扱いも随分と変わって来ている。
 御堂家の嫁という立場以上に、総理大臣・御堂正嗣を支えるファーストレディとしてみんなで支えているのだ。
 実際に澪さんも重要な仕事が増えて来た。
 超絶人気の御堂の妻としての顔も定着し、あちこちに呼ばれるようになった。
 「虎」の軍とのつながりもあり、各国の首脳や大使館とも交流している。
 専任の秘書もいるので迷うことは無いが、最初はさぞ気苦労も多かっただろう。
 申し訳ない。

 食事が始まるとまた正巳さんが上機嫌で焼き物を始める。
 子どもたちもノリノリで正巳さんの焼いてくれたものを美味しそうに食べて行く。
 ジャングルマスターも来るかと思っていたが、《御虎シティ》の事務所に戻ったそうだ。
 あいつも多忙だ。
 ロボは澪さんに様々な刺身や焼き物をもらい、大喜びで甘えている。
 澪さんが出すと、幾らでも喰う。

 「ロボちゃん、甘エビも食べる?」
 「にゃー!」

 正巳さんが大満足で戻って来た。
 子どもたちは独自にワイワイと食べ始める。

 「お疲れ様でした」
 「楽しかったよ! あー、やっと出来た」
 「アハハハハ」

 菊子さんも嬉しそうだ。
 正巳さんが以前にも増してお元気だからだ。

 「正巳さんには国政の調整をいろいろとありがとうございます」
 「わしが政調会長なんてなぁ。まあ、出来るだけやらせてもらっているよ」
 「御堂がお陰でちょっとは楽してますよ」
 「そうだったらいいんだがな。石神さん、わしもやるからね」
 「はい、お願いします」

 子どもたちは大量の食材を制覇し、ようやく落ち着いて来て俺たちのテーブルに来る。

 「石神、久し振りにやるか?」
 「ああ、そうだな!」

 子どもたちは悟って大喜びだ。
 亜紀ちゃんと柳が家に入ってギターとヴァイオリンを持って来た。
 御堂が誘ったということは、またあいつもこっそり練習していたのだろう。
 何も言わずに、御堂が俺の作曲した『御堂』を弾き始めた。
 俺はそれに合わせてギターを鳴らしていく。
 『御堂』は全体は静かなバラードだが、中盤でドラマチックに盛り上がる。
 御堂の物静かで品の良さの中にある、熱い魂を表現したわけだ。
 俺が最初にこの曲を披露した時、御堂は大層喜んでくれた。
 少々恥ずかしがったが、自分のためにこのような曲を創ってくれた俺に感謝していた。
 それを密かに練習していたか。
 
 全曲が終わり、御堂は肩で息を吐きながら笑っていた。

 「御堂、良かったぞ」
 「石神こそ、流石だな」

 他のみんなが拍手した。
 柳が御堂に駆け寄って嬉しそうな顔で話していた。
 俺は澪さんに話しかけた。

 「あいつ、相当練習してました?」
 「いいえ、私は知りませんでした」

 おかしそうに笑っていたので、澪さんも知っていたことが分かった。

 「御堂にまだまだ仕事をさせても大丈夫そうですね」
 「まあ!」

 澪さんが笑った。

 「おい、石神! 勘弁してくれ」
 「まだまだ余裕だよなぁ」
 「おい!」

 みんなが笑った。
 その後で俺がギターを弾き、何曲かの後で御堂が俺にリクエストをした。

 「石神、弾いて欲しい曲があるんだ」
 「おう、なんだ?」
 「フランソワーズ・アルディのさ」
 「ああ、『もう森へなんか行かない』か!」
 「うん、大丈夫か?」
 「もちろんだぁ!」

 俺は喜んで弾いて歌った。

 ♪ Nous n'irons plus au bois, Les lauriers sont coupes,(もう森へなんか行かない 月桂樹の樹は切られてしまった) ♪

 歌い終わると御堂が拍手をし、他の子どもたちも手を叩いた。

 「懐かしいな」
 「そうだな。久し振りに弾いたよ」
 「よく歌詞を覚えていたな」
 「まあ、一度覚えるとな」

 御堂が微笑んでいた。

 「お父さん、今の曲って何かの思い出があるの?」
 「いや、石神と学生時代によく聴いていたんだよ」
 「そうなんだ!」

 亜紀ちゃんが自分のスマホで誰かと話していた。

 「ええ、そうです! 御存知の曲ですか!」
 「おい! お前、また!」

 橘弥生だろう。
 まったく。
 双子がいつの間にかソニーの録音機を持っていた。

 「……」

 俺は亜紀ちゃんを呼んでテーブルに座らせた。

 「御堂、話してもいいだろう?」
 「しょうがないなぁ」
 「「?」」

 亜紀ちゃんと柳が不思議そうな顔をしていた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 俺は学生時代に御堂のマンションによく入り浸っていた。
 二人で楽しく話すことも多かったが、お互いに何も言わずにただ一緒にいることもあった。
 俺が時々ギターを持ち込むようになると、御堂がよく俺のギターを聴きたがった。
 クラシックの好きな御堂のために、俺が弾くのは主にクラシック曲が多かった。
 ある日、学食で御堂が興奮気味に俺に言った。

 「石神、フランソワーズ・アルディの『もう森へなんか行かない』って知っているか?」
 「ああ、有名な曲だよな」
 「あの曲は最高にいいな!」
 「おお、そうか」

 あれは柴葉典子が亡くなった連絡を聞いた後だった。
 落ち込んでいた御堂が、久し振りに興奮していたのでよく覚えている。
 御堂と柴葉典子が付き合っていたのかどうかは分からない。
 でも、親し気に学食で二人で話している姿を何度か見ていた。
 しかし、柴葉典子はアフリカへ研修に行っている中で、後に有名になるエボラ熱に感染して死んでしまった。

 「昨日、喫茶店にいた時に流れていたんだ! 感動して店の人に聞いたら教えてくれた」
 「そうか。じゃあ、ギターで弾いてみようか?」
 「出来るのか!」
 「ああ」

 その日の夕方、御堂の家に行ってまたギターを弾いた。
 俺もよく知っている曲なので、銀座の山野楽器で楽譜と歌詞を手に入れて歌詞を覚えておいた。
 御堂は部屋を暗くし、俺の手元だけにライトを当てた。
 そんなことをするのは初めてだった。
 俺は笑ってギターを調弦し、弾き始めた。
 御堂は途中で手で口を押さえていた。
 涙が流れていた。
 弾き終えて、俺は大丈夫かと御堂に尋ねた。

 「ああ、済まない。石神、ありがとう」
 「いや、いいけどさ。お前、そんなにこの曲が好きになったのか」
 「あ、ああ。そうだね。この曲は好きだよ」
 「そっか」

 それ以上、御堂に聞けない雰囲気があった。
 御堂は何度も俺に礼を言い、その後はいつも通りに俺が夕飯を作り二人で食べて、また二人で過ごした。
 俺がその日の御堂の感動の謂れを知ったのは、随分と後になってのことだった。





 後に青と再会し、明穂さんのことで親しく話すようになった。
 その中で、青の妹の典子さんの話も出た。

 「お前の友達の御堂だったか、あいつには悪いことをしたな」
 「なんだよ、御堂も気にしてねぇよ」
 「そうか。ああ、いつか渡してもらいたいものがあるんだ」
 「なんだ?」
 「典子がな、一枚のレコードを大事にしていたようでな。日記にも書いてあったんだ」
 「え?」
 
 青が話したのは、典子さんの日記に御堂とのことが書かれていたというものだった。
 典子さんが御堂のことを好きだったのはもちろん知っていたが、そのうちに二人でよく会うようなったと。
 典子さんはその喜びを日記に記し、御堂との会話も多く残されていた。
 その中で、御堂からプレゼントをもらったとあった。
 それは、典子さんが好きな歌があると御堂に話し、いつかレコードを買いたいのだと言ったことだった。
 すると御堂が数日後に典子さんにプレゼントしたのだと。
 それがフランソワーズ・アルディの『もう森へなんか行かない』だった。
 御堂は歌謡曲やポップスには興味が無く、聴いてもいないようだった。
 ただ、歌手と曲名を典子さんから聞いていたので、自分のレコードを探す中でついでに買ってプレゼントしたようだ。
 典子さんは涙を流す程に喜び、日記にもその感動を書いて残した。
 青は典子さんの部屋で大切に飾られていたそのレコードの謂れを知り、どうしようかとも考えたそうだ。
 しかし当時は御堂へ妹を奪われたかのような気持ちもあり、結局連絡しなかった。

 「今となってはな、典子の気持ちになんなきゃなって」
 「おう、そうかよ」
 「典子が一番大切にしていたものだ。あいつに渡してやってもらえないかな」
 「俺に任せろ!」

 俺は青から典子さんのレコードを受け取り、御堂へ送った。
 もちろん青から聞いた話も添えた。
 御堂はもう澪さんと結婚し、柳や正利も生まれていた。
 今、どういう気持ちで受け取るのかは分からんが、俺は典子さんと青の心をもって御堂へ送った。

 すぐに御堂から連絡が来た。

 「石神、ありがとう」
 「いいよ。今更なんだけどな、青がお前に持っていてもらいたいってさ」
 「そうか、大切にするよ」

 御堂はそれから、フランソワーズ・アルディの『もう森へなんか行かない』を毎年、典子さんの命日に聴いているそうだ。
 澪さんには話していると聞いた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「今日はその命日だな」
 「石神、覚えていたか」
 「ああ。お前がこの曲を弾いて欲しいと言ったからな」
 「……」

 みんなが黙っていた。
 御堂の心を思って、何も言わなかった。
 だから御堂が喋った。

 「僕はこの曲を聴いたこともなかったんだ」
 「そうだってな」
 「聴いてみて、どんなに美しい曲なのかを知った。石神に弾いてもらったよね?」
 「ああ、弾いたな」
 「石神から典子さんのレコードを送られて、また聴いてみた。本当に美しい曲だよな」
 「そうだな」
 「柴葉さんに教えてもらった」
 「うん」
 「ありがとう」

 誰に感謝したのかは言わなかった。
 みんな分かっている。

 俺はもう一度弾き語った。
 澪さんが御堂の腕を組んで微笑んでいた。
 御堂が語れないものを、この曲が全て物語っていた。
 御堂も微笑んで俺を見ていた。
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