上 下
2,708 / 2,806

栞の出産 Ⅳ

しおりを挟む
 外では石神さんが残党を狩っているのが分かった。
 とんでもないスピードでどんどん斃している。
 強力な武器を持った連中も多いが、それをほとんど使わせない。
 石神さんでなければ、結構な被害が出ているだろう。
 先ほどまでは俺と二人で対応していたが、石神さんだけで十分なことが分かった。
 ならば、俺は石神さんに試されるために呼ばれたのだろう。
 《デモノイド》相手の戦闘は合格ということか。
 それで本試験は、この院内に侵入する敵だ。
 恐らくは「強さ」だけではない。
 気配を押し殺すことに長けている連中だ。
 それをどのように捉え、撃破するのか。

 俺は気配で捉えることを辞めた。
 そこに拘れば、恐らく敵の侵入を許してしまう。
 俺の気配感知の能力では足りない敵だろう。
 だから俺は数を数えた。
 病院内に侵入し、それなりの速さで踏破して来るはずの敵。
 その動きをイメージしながら数えた。
 45を数えた時、廊下に「無影斬」を放った。
 血飛沫が飛び散り、4体の気配が現われた。
 斬さんが病室から出て来る。
 俺が「無影斬」を撃った反対側に向かって技を撃って、一人を霧散させた。

 「そっちにもいましたか」
 「お前はまだ甘いな」
 「斬さんは気配が分かったのですか?」
 「ふん! お前はもっと戦場に立つべきだ」
 「はい」

 斬さんは恐らく、俺と同じく敵の動きを読んでいた。
 俺もやったわけだが、斬さんは完全に読み切っていたのだ。
 だから戦場での経験が必要なのだと言っている。
 気配を辿っての戦闘は、限界があるのだ。

 石神さんが来た。
 廊下に出ていた斬さんと話す。

 「終わったか」
 「ああ、こいつは一人漏らしたぞ」
 「そうか。他の4人は斃したんだな?」
 「そうじゃ。お前、あいつらはどうやって分かった?」

 斬さんが俺に向かって聞いた。

 「そろそろ来る頃かと。だから技を撃ちました」
 「ふん!」

 石神さんが笑っていた。
 
 「斬、なかなかいいじゃねぇか!」
 「ふん!」

 俺が気配だけで戦っていないことを、石神さんも分かってくれた。
 斬さんはまた部屋へ戻った。
 石神さんが俺について来いと言い、斬さんが入った部屋へ導かれた。






 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 石神さんが俺に栞さんを紹介した。

 「磯良、俺の妻の一人の栞だ。斬の孫でもある」
 「栞さん、初めまして。お会い出来て光栄です」

 栞さんはお綺麗な人だった。
 出産間近のようで、お腹が大きい。

 「磯良君ね。護ってくれてありがとう」
 「自分など必要ありませんでした。最後に一人撃ち漏らしましたし」
 「いいえ、あなたは十分にやってくれたわ。この病院はね、以前に私も勤めていたの」
 「そうなんですか」
 「だからね、どこも壊されなくて良かった。磯良君が来てくれたお陰よ」
 「そんな。でも、少しでもお役に立てたのなら嬉しいです」
 「うん、ありがとう。おじちゃんもあなたを信頼していたわ」
 「いいえ、斬さんのお陰で助かったのは俺の方です」
 
 栞さんが笑っていた。

 「あなたはすぐに反対側にも攻撃をするつもりだったでしょう?」
 「……」
 「おじいちゃんはせっかちだから。それに自分もやりたかったのよ。私とお腹の子を狙って来る奴を絶対に許せなかったから」
 「ふん!」

 斬さんは俺を見ないでいたが、少し微笑んでいるように見えた。
 それに、栞さんも只者ではないことが分かった。
 先ほどの戦闘を全て把握している。
 相当な遣い手だと感じた。

 「まあ、遅い時間になった。栞は寝てくれ。斬はどうする?」
 「わしは戻る。士王がいるからな」
 「磯良、こいつ、士王の前じゃ全然態度が違うんだよ。こんな仏頂面じゃなくてニコニコしてんだ」
 「ふん!」

 栞さんが笑った。
 俺はまた別な部屋へ連れられた。
 すぐ近くの部屋だ。

 「静かにな。ここには響子がいる。今は眠っているからな」
 「分かりました」

 石神さんが小声で俺に話している。
 部屋へ入ると、大きなベッドに誰か寝ていた。
 石神さんが手招き、そっと近づいた。

 「おお、レイが大人しいな」
 「レイ? どこにいるんですか?」
 「ああ、俺にも見えないんだ。でも、初めての人間が来ると、もっと波動が違うんだぜ。レイが警戒するんだな」
 「あの、もしかしたら、さっき俺の傍に来たかもしれません」
 「マジか! どうだったんだ?」
 「いえ、あの、吼えられただけなんですけど」
 
 石神さんが口を押さえて爆笑していた。

 「お前、レイに気に入られたんだな」
 「そうなんですか?」
 「間違いねぇ。まあ、響子を見てくれ」
 「はい」

 美しい白人の女の子が眠っていた。
 身長は高そうだが、まだ幼さが残っている。
 少し寝顔を見てから、石神さんに連れられて部屋を出た。
 1階の自動販売機まで行き、二人でシートに腰を下ろした。
 石神さんが缶コーヒーを渡してくれる。

 「悪かったな。お前に栞と響子を見せて置きたくてよ」
 「はい、ありがとうございます」
 「響子は最大の機密事項だったんだ。俺が最も大事にしている人間でよ。だからなるべく響子の存在は秘密にされてきた。でも、流石にもうな。敵は響子の存在を知り、襲ってくるようにもなった」
 「でも、響子さんのガードは万全ですよね」
 「まあな。あのレイがいる限りは何も出来ないだろうよ」
 「そうですね。あ、鬼族も動いていましたよね?」
 「ああ、分かったか。あれは院長のガーディアン「鬼理流」の眷族だ。数億はいるようだぞ」
 「そんなにですか!」
 「でも、「業」の数には遠く及ばない。相手は京を確実に超えるからな」
 「!」
 「早乙女もまだお前たちには話していないだろう。前に「御虎シティ」が1兆を超える数で襲われたことがある。「業」も大分無理をしたようだが、それだけを送り込めるようになったということだ」
 「世界人口を軽く超えますよね」
 「そうだ。「虎」の軍も数の問題は何とかしようとしている。「業」の使うゲートは短時間で膨大な数の妖魔やライカンスロープ、バイオノイドを送り出す。だからその対抗手段として、今、日本中に拠点を展開しているところだ」
 「はい、早乙女さんからも聞きました。「アドヴェロス」は「虎」の軍と今後は共闘していくだろうと」
 「ああ、国内は「アドヴェロス」に任せたいんだけどな。だからトップハンターの磯良の実力を見ておきたかったんだ」
 「そういうことなんですね」

 俺は石神さんから礼を言われ、家に帰った。
 自分がそれほど役立ったとは思わなかったが、あの石神さんが頭を下げて「ありがとう」と言ってくれたことが嬉しかった。






 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 栞は予定通りに出産し、無事に「千歌」が生まれた。
 亜紀ちゃんたちもすぐに来て、もちろん斬も士王と一緒に来た。
 生まれたばかりの「千歌」を抱き上げ、あいつ、涙を流しやがった。
 「花岡家」に士王が生まれたことは、斬にとって悲願とも言える喜びだっただろう。
 しかし、新たに千歌が生まれ喜ぶ姿を見れば、単に曾孫の誕生を喜ぶジジィであることが分かる。
 「花岡家」としてだけではなく、人間として愛する栞の子が愛おしいのだ。 
 調子に乗った響子が千歌を抱き、落っことすところだった。
 もちろん読んでいた俺がちゃんと抱き上げた。
 斬が蒼白な顔をし、栞が宥めた。
 桜花たちにも抱くように言ったが、斬の顔を見て遠慮した。
 まあ、すぐにもちろん世話をするに決まっているのだが。

 「おい、お前の歌を聴かせてくれ」
 「あ?」

 斬が珍しく、そんなことを言った。
 千歌はまだ目が開いていないが、聴覚はある。
 亜紀ちゃんがギターを抱えていた。
 斬に頼まれたらしい。
 俺は喜んでバッハの『シェメッリ歌曲集 リートとアリア』をギターで弾き、歌った。
 そして即興で『夜羽』『銀世』そして『千歌』を弾いた。
 亜紀ちゃんが廊下に出た。
 誰かと電話している。

 「もしもし、亜紀です!」
 「!」
 
 橘弥生に電話していた。
 もう笑って止めもしなかった。

 栞は病室を病院の規格の特別室に移し、一般の見舞いも受け入れるようになった。
 院長はもちろん、病院の人間がひっきりなしに訪れた。
 青たちも来てくれ、是非「般若」で祝いをして欲しいと言った。
 俺は有難く受け入れ、六花が戻ってからやらせてもらうと約束した。

 また先の楽しみが増えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...