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六花の出産 Ⅲ : 銀世

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 よしこの案内で産院まで問題なく着く。
 後ろからでかい排気音で大型バイクが続々とついて来る。
 一応、万一のための警護の意味もあるのだが、連中は六花の出産への喜びが99%だ。
 産院はそれほど大きなものではないので、後から来た連中は駐車出来ない。
 外の道路に溢れたまま、大騒ぎしている。

 「総長! 万歳!」
 「どうかお元気なお子さんを!」
 「気合ですぅ!」
 「「紅六花」ぁ! 闘魂!」

 よく分かんねぇ。
 近くにいた人たちが何事かとこちらを見ていた。
 だが、「紅六花」の連中と分かると、一緒に手を振ってくれた。
 地元で愛されている奴らで良かった。
 特別移送車からよしこが転がり出て後部ドアを開け、吹雪が手を繋いで六花が降りて来た。
 一層の歓声が沸く。

 「「紅六花」総長! 一色六花様ぁ!」

 大騒ぎだ。
 近所迷惑だ。

 「みんなぁ! 行ってくるぞぉ!」

 六花は笑顔で手を振った。
 なんなんだろう?
 「紅六花」の連中はずっと万歳三唱をしている。
 俺も一応手を振ったが、何の反応もねぇ。
 いいもん……

 俺と六花、吹雪とよしこ、タケが一緒に産院に入った。
 他の連中は迷惑なので帰るか外にいろと命じた。
 まだ六花は歩けるので、自分の足で移動させる。
 俺が一応六花の腰を抱いている。
 柔らかな身体が心地よい。
 世界最強の女の一人なのだが。

 「大丈夫か?」
 「うん、まだ平気」

 連絡を受けていた看護師たちが来て、六花をストレッチャーに乗せた。
 一旦病室へ入り、俺たちもベッドを囲って椅子に座った。
 吹雪はずっと六花の手を握っていた。
 しばらく掛かるだろうから、一旦吹雪は帰そうと考えていた時。

 「トラ!」
 「おう!」

 六花が俺を呼び、俺はすぐに破水を悟り、ブザーを押した。
 すぐにまたストレッチャーが来て、六花を運んで行った。
 タケとよしこはまた大騒ぎだ。
 よしこは電話で外の連中に知らせている。
 なんなんだと思いながらも、しょうがないので好きなようにさせた。
 俺たちは分娩室に移動し、前のシートに座って待った。
 タケとよしこは立ったままウロウロと歩いている。
 よしこは時々電話している。
 うっとうしい。
 俺は吹雪にスマホの画面でロボ動画を見せて楽しませていた。
 ロボピンポンやロボ散歩の動画。
 吹雪はキャッキャと笑っていた。

 しばらくして、俺は一度吹雪を帰そうと思った。
 ここにいても仕方がない。
 俺がよしこに頼もうとした時、廊下の奥から誰かが来るのが見えた。
 分娩室は廊下の奥にあり、関係者以外が来ることはあり得ない。
 タケとよしこも気付き、身構えた。
 しかし、俺は殺気を感じていない。

 近づいて来て着物を着た女性だと分かる。
 胸に何か風呂敷に包んだものを抱いている。
 その瞬間、俺には分かった。
 立ち上がって出迎えた。

 「響さん!」
 「「!」」
 「?」

 タケとよしこはその名前を知っている。
 吹雪は分からずとも雰囲気で察し、ニコニコして響さんを見ていた。
 響さんはニッコリと微笑んで、胸に抱いた包を俺に差し出した。

 「響さん、お久し振りです」

 響さんは何も言わずに微笑んでいる。
 そして吹雪を見て一層優しい笑顔になりながら、頭に手を乗せた。
 吹雪が喜んだ。

 「こんにちは!」

 元気よく挨拶すると、響さんが優しく吹雪の頭を撫でた。
 そして、もう一度俺に包を渡そうと手を伸ばして来た。

 「何ですか?」
 
 響さんは何も言わずに微笑んで俺に手を伸ばしたままだった。
 俺は包を受け取り、その場で風呂敷を解いた。
 桐の20センチ四方の真四角の箱が出て来た。
 俺はそれをシートに置いて、そっと蓋を開けた。
 透明な水晶のような透明の珠が入っており、その中に銀色の卵型の何かが入っていた。

 「響さん、これは?」

 響さんが微笑んで分娩室を指差した。
 その瞬間に、大きな赤子の鳴き声が響き渡った。

 「生まれた!」
 「総長!」

 タケとよしこが叫ぶ。
 俺もそちらを見て響さんに振り返ると、もう消えていた。
 タケたちもそれに気付く。

 「石神さん!」
 「……」

 俺の中に、ずっと浮かんでいた名前が不思議な珠と繋がった。





 六花と子がそれぞれ処置を受けて分娩室を出た。
 母子とも問題なく、夜中になって六花は子どもを抱いた。
 タケとよしこがまだ残っていた。
 吹雪と他の連中は取り敢えずタケの店に帰した。
 きっと大騒ぎだろう。

 「トラ、名前……」
 
 俺は子どもが生まれる時に、響さんが現われた話をした。
 そして、しばらく前から俺の頭の中に浮かんでいる名前を口にした。

 「最初に、銀色の世界の夢を観たんだ。美しい世界だった」
 「そうですか。でも、なんだか私にも頭に浮かんで来るようです」
 「そうか。それからな、《銀世(ぎんせい)》という名前がずっと浮かんでいる。ああ、俺たちの子どもの名前だとは思ってもいなかったんだけどな」
 「《銀世》!」
 「でも、六花の出産が近付くにつれて、その名前がどんどん大きくなって行くような気がして来た。もちろんお前と一緒に話し合って決めようと思っていたけどな」
 「うん、《銀世》がいいよ!」
 「そうか。じゃあそうしようか」
 「トラ、あれやって!」
 「あれ?」
 「命名! ってやつ!」

 俺は笑って立ち上がった。

 「命名! 《銀世》!」

 三人が手を叩いた。
 夜中だから静かにしろと言った。

 「あ!」
 「どうした?」
 「紙に書いて!」
 「あ、ああ」
 「タケ! 準備してるな!」
 「はい! じゃあ、石神さん、一旦帰ってからにしましょうか」
 「おい、もう遅い時間だろう!」
 「トラぁーーー!」
 「もう寝ろ! 明日の朝に書いてやる!」

 六花がごねて、今日中にやらされることになった。
 六花と銀世を特別移送車に乗せた。
 明日の出産予定だったので、書の準備は気が回らなかったようだ。
 よしこが連絡し、ミカたちが急いで用意するように言われていた。
 六花は横になり、銀世は俺が抱いて帰った。
 よしこは今度こそ安全運転で進んだ。

 



 俺は「紅六花」ビルに帰ってすぐに書の準備をさせられた。
 六花と銀世はもう寝室で横になっている。
 下ではどんちゃん騒ぎだ。
 俺もちょっと飲みてぇ。
 タケとよしこがコワイ顔でリヴィングで俺を待っている。
 思い出してよしこに亜紀ちゃんたちに知らせてくれと頼んだ。

 「そうでしたぁ!」
 「お前ら、本当に六花のことばっかりよな」
 「ワハハハハハハハ!」

 すぐにラインで回すと言った。
 すぐに亜紀ちゃんたちや蓮花、アラスカからお祝いの電話が来たが、よしこが今俺が忙しいと言って全部切られた。
 俺は笑って楮紙に生年月日と俺と六花の名、そして《銀世》の名を書いた。
 よしこが俺から奪い取って下に駆けて行った。






 下から大歓声が聞こえた。
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