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挿話: 夏みかん Ⅱ

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 河合さんが帰って、私も少し庭で鍛錬をした。
 3時のお茶の時間になったので、みんなでリヴィングへ上がった。
 今日はジェラートにしている。
 斬さんには日本茶を淹れ、私たちはアイスコーヒー、士王にはホットミルクを用意した。

 「柳さん、さっき河合さんから夏みかんを頂いたんですよ」
 「え、そうなの! 食べたい!」
 
 斬さんはやっぱりいらなくて、桜花さんたちは喜んで食べると言った。

 「はい! ルーとハーはどうする?」
 「うーん、いらない」
 
 双子の味覚はタカさんに近い。
 きっとタカさんに美味しいものを食べさせたくてそうなっていったのだろう。
 私も自分で買うほど好きではないのだが。

 外皮を剥いて、お皿に盛って出した。
 みんなで食べる。

 「あ、瑞々しいね! この季節だと珍しいよ」

 やっぱり果物に詳しい柳さんが喜んだ。
 睡蓮さんは栞さんについていなかったけど、桜花さんと椿姫さんも美味しいと言っていた。
 ルーとハーは見向きもしないでジェラートを食べている。

 「そうだ!」

 私は砂糖を持って来て、剥いた実にかけて食べた。

 「そういうのあるんだ。亜紀ちゃん、私もちょっといい?」
 「どうぞどうぞ! 桜花さんと椿姫さんも!」

 みんなで砂糖を掛けて食べた。
 みんな味が変わって美味しいと言っていた。
 士王も気に入ったようで、4房も食べた。

 「こういうの、初めてだよ」
 「ええ、私が子どもの頃に、お母さんがやってくれたんです」
 「そうなんだ!」

 柳さんが聞いて来たので、私はお母さんとの思い出を話した。
 他のみんなもワイワイと話しながら楽しんで食べている。
 ルーとハーはさっきの鍛錬のことなのか、斬さんと夢中で話していた。
 柳さんは私の話を聞いて感動してくれた。

 「そういうのいいね!」
 「ええ! 夏みかんってあれ以来ほとんど食べてないんですけど、あの時の味を懐かしく思い出しちゃって」
 「そっか。そうだよね!」

 まだまだ夏みかんはいっぱいある。
 斬さんと熱心に話している双子に声を掛けた。

 「ねえ、ルーとハーも食べない?」
 「うーん、後で食べようかな」
 「うん、好きに食べてね」

 なんだかみんなに食べて欲しくなった。
 タカさんにも少し召し上がって欲しい。
 嫌いかなー。

 お茶の後でまたみんなで鍛錬をし、私と柳さんは途中で抜けて夕飯の買い物へ出掛けた。





 買い物から戻るとみんな鍛錬を終えて部屋の中へ戻っていて、双子がフレッシュジュースを飲んでいた。
 見ると桜花さんと椿姫さんも一緒に飲んでいる。
 斬さんと士王も小さなコップで飲んでいた。

 「あ、おかえりー!」
 「暑かったでしょー! ジュースを作ったから飲んで!」
 「うん、ありがとう」

 柳さんと一緒にグラスでもらった。
 クラッシュした氷も入っていて冷たい。
 一口飲んで分かった。

 「あ、夏みかん?」
 「そうだよー! 亜紀ちゃんが砂糖を掛けてたって聞いたから、ジューサーではちみつを混ぜてみたの」
 「ハッチはちみつだよー!」
 「うん、美味しいね!」

 夏みかんの爽やかさは薄まったけど、これはこれで美味しい。
 キッチンの脇に、河合さんが持って来た段ボール箱が畳んであった。

 「あれ、残りは?」
 「ああ、全部使っちゃった。これが一番美味しいよ」
 「夏みかんって、やっぱ酸っぱいもんね」
 「え、全部使っちゃったの?」
 「うん。あれ、亜紀ちゃんまだ食べたかった?」
 「そうなの! ごめん、もういいって思っちゃってた!」

 ルーとハーが慌てていた。
 私の顔が思わず変わったからだろう。
 でも、そうだ、私が好きなだけ食べてって言ったんだ。
 慌てて笑顔を作った。
 
 「うん、いいよ! 美味しくって良かったね!」
 「うん、亜紀ちゃん、ごめんね?」
 「いいって。あ、私ちょっとシャワー浴びて来るね」
 「う、うん。行ってらっしゃい、夕飯は先に作っておくね」
 「すぐに戻るから」

 柳さんが私を見てた。
 私は心配させないように、微笑んで小さく手を振って部屋を出た。





 廊下に出ると自然に涙が出て来た。
 こんなことで情けない……
 ロボが部屋を出て来て、私の腰に足を伸ばして来る。
 ロボは誰かが悲しんでいると、必ず慰めに来てくれる。
 私はしゃがんでロボを抱き締めて泣いた。

 




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 「おう、戻ったぞ」

 タカさんが7時過ぎに帰って来た。
 私と柳さんでお酒のつまみを作り始めていた。
 ルーとハーはテーブルで防衛システムの検討をしていた。
 他の人たちはお風呂に入っている。
 今日はタカさんのお帰りはもうちょっと早いと聞いていたけど、何かあったかな?
 タカさんがロボを左手に抱いて階段を上がって来る。
 何か大きな手提げ袋を右手に持っていた。

 「あれ、タカさん、それは何ですか?」
 「ああ、ちょっと喰いたくなってな。果物を買って来たんだ」
 「そうなんですか。珍しいですね」
 「俺だってフルーツが喰いたい時はあるよ!」
 「アハハハハハハ!」

 冷やさないでいいということなので、一度キッチンに置いた。
 タカさんにヒレカツを揚げ、キャベツの千切りを添えて出した。
 味噌汁は赤味噌のシジミだ。
 タカさんが美味しそうに食べてくれる。
 お食事の後で私がコーヒーを淹れて出すと、タカさんが言った。

 「おい、買って来たフルーツを出してくれ」
 「は、はい」

 手提げ袋は明治屋のものだった。
 包装紙を外すと、ボール箱から濃厚な香りが漂ってきた。
 これは!

 「亜紀ちゃんも、喰えよ。柳もさ。ルーとハーもどうだ?」
 「タカさん、夏みかんですか!」
 「ああ、季節は遅いんだけど、明治屋にはあったよ。ちょっと急に喰いたくなってなぁ」
 「タカさん!」

 タカさんが笑って言っていた。
 思わず涙が出てしまった。
 季節外れの夏みかんを探して、タカさんが遅くなったのが分かった。

 「おい、どうしたんだよ!」
 「だ、だって!」
 「夏みかんごときでなんだ!」
 「だって! これ、私のために買って来て下さったんですよね!」
 
 タカさんが笑っていた。

 「そうだよ。柳が心配して電話して来てな。亜紀ちゃんが寂しそうな顔をしてたって」
 「柳さん!」
 
 柳さんも笑っていた。
 反対にルーとハーが慌てていた。

 「え、亜紀ちゃん! 私たちやっぱ悪いことしてたの!」
 「亜紀ちゃん、ごめん!」

 「違うの、そうじゃないのよ!」

 柳さんが私の代わりに二人に事情を話した。
 河合さんから夏みかんを頂いて、お母さんとのことを思い出しただけなのだと。
 柳さんには話したけど、ルーとハーには何も言っていないので二人は全然悪くない。
 むしろ、みんなが美味しく頂けるように考えて工夫してくれただけなのだ。
 でも、二人が泣き顔で私に謝って来た。

 「そんな大事な思い出があったなんて!」
 「亜紀ちゃん、本当にごめんなさい!」
 
 タカさんが笑ってみんなで食べようと言ってくれた。
 私は柳さんにお礼を言った。

 「亜紀ちゃんがショックを受けてたみたいだから、石神さんに電話したの」
 「そうだったんですか。タカさん、お手数をお掛けしました」
 「何言ってんだよ。石神家は思い出を大事にするんだって言ってるだろう! 柳から話を聞いて、亜紀ちゃんが動揺しているのはすぐに分かったからな。なら、俺はこうするに決まってるだろう」
 「タカさん!」

 また涙が出て来た。
 本当にみんな優しい!

 「おい、どうやって喰うんだよ。俺も食べてみたいよ」
 「はい、すぐに用意します!」

 斬さんがお風呂から上がって来た。
 桜花さんたちも「虎温泉」から帰って来た。
 みんなで夏みかんを食べる。
 ルーとハーが遠慮してちょっとしか食べないので、私がもっと食べてと言った。

 「あ、美味しいね!」
 「ほんとだ! 甘くて爽やかだよね!」
 「ウフフフフフ」

 桜花さんたちもまた美味しいと言ってくれた。

 「じゃあ、睡蓮の分も残してな。あとは響子と栞にも食べさせるか」

 私が手を挙げた。

 「私、持っていきますね!」
 「おう、悪いな。頼むよ」
 「はい!」

 斬さんが士王に一口もらっていた。
 士王がニコニコしている。
 ああ、私もきっと、お母さんにあんな顔をしていたのだな。
 
 普段は思い出さないこともある。
 でも、記憶はふとした折に、私に大切なものをまた見せてくれる。
 そして、温かな人たちの中で、また素敵なものが生まれて行くのだ。

 タカさん、大好き!
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