上 下
2,695 / 2,806

不死者の軍「グレイプニル」 Ⅵ

しおりを挟む
 降下してから4時間が経った。
 まだ地下1キロといったところか。
 《ハイヴ》は様々だが、2キロ以下ということはない。
 俺と聖で強襲した《ハイヴ》では一気に最下層まで穴を空けて突入した。
 今回は《ハイヴ》の内部構造と研究機器などを詳細に調べるため、下層への侵入を慎重にしていたため、これだけの時間を要している。
 それでも、俺の感覚では相当に早い。
 レベル7のこの《ハイヴ》は、中にいる敵も相当に強いし多い。
 最上層の《地獄の悪魔》は予想外だったし、その下の敵も《地獄の悪魔》ではなかったが、各々が強い連中が配備されていた。
 それらを「グレイプニル」の兵士が簡単に平らげて行ったのだ。
 ルイーサが何となく不満そうな顔をしていたので黙っていたが、俺は「グレイプニル」の兵士たちに満足していた。
 一度休憩をさせてやりたかった。

 「おい、そろそろ休憩にしないか?」
 「必要無い。あ奴らは1ヶ月はこのまま活動出来る」
 「俺が腹減ったんだよ!」

 ルイーサが苦い顔をして食事の用意を命じた。
 何が出て来るかと思ったが、10人が掛けられるでかいテーブルが用意され、次々に皿が並べられていく。
 どっから持って来た?
 椅子は俺とルイーサの分だけだ。
 離れた場所で温められた料理が盛られて行く。
 そういう用意まであった。
 ここは戦場なのだが。

 「おい、こんな豪華な食事なのかよ!」
 「美獣を連れているのだ。当然だろう」
 「俺、いつもレーションか握り飯だぞ?」
 「それは食事ではないな」
 「おい!」

 どれほど無駄な荷物を持って来ているのか。
 まあ、「グレイプニル」にとっては何のこともなかっただろうが。
 俺は食事を始めたが、ルイーサが不満げな顔をしている。
 他の連中は士官たちが打ち合わせをし、他の兵士たちは各々次の準備をしている。
 全然休憩じゃねぇ。
 何事か考えているルイーサに問うた。

 「何か感じているのか?」
 「そうではない。わが僕たちの不甲斐なさだ」
 「おい、十分にやっているだろう」
 「遅すぎる。もう最下層の敵を平らげている予定だった」
 「それは無理だぜ。ここはレベル7のハイレベルの《ハイヴ》なんだ」
 「ふん、われにとっては他愛のない遊園地よ」
 「そうだってよ、これで十分以上だぜ」
 「美獣に言われては仕方がないな」

 そうは言ってもルイーサは機嫌が悪かった。
 ルイーサは攻略のスピードが遅いと感じているようだったが、俺が連れているデュールゲリエたちの調査の進捗を考えると丁度良かった。
 まあ、俺がルイーサに頼んだのは《ハイヴ》の攻略だったので、不満は分かるのだが。
 単に敵を撃破して《ハイヴ》を潰すだけならば、もっと早く終わっているに違いない。
 だが、なるべく研究施設やシステムを破壊しないで行くやり方なので、このペースは十分に早いのだ。
 一度床に穴を空け、下の階層をある程度把握してから本格的な大穴を空ける。
 そうやってここまで来たのだ。
 機材や構造を無駄に壊さないためには必要な措置だった。

 食事を終え紅茶を飲んでいると、やはりルイーサが我慢できずに叫んだ。

 「美獣、ここからはわれがやる」
 「おい、重要な施設を破壊してもらっちゃ困るんだ」
 「われに任せよ。お前が満足するようにやる」
 「大丈夫かよ?」

 ルイーサが微笑んで立ち上がった。
 その美し過ぎる顔を見ては、俺も強くは言えなかった。
 やはり、この女にも惚れているのだ。

 ルイーサが立ち上がったことで、「グレイプニル」の400人全てが壁の端に整列した。
 俺には分からないが、ルイーサの眷族はルイーサから特別な指示を何らかの方法で受け取れるようだった。
 それは「グレイプニル」の動きを観ていると分かる。
 時々、指揮官のヴェンダーの指示とは違う動きがあり、その度にヴェンダーがルイーサに向けて頭を下げていた。
 恐らくはヴェンダーや兵士同士も何らかの意思疎通の手段があるのだろうと感じた。
 ノスフェラトゥの特殊性だ。

 ルイーサが「グレイプニル」の兵士たちに向かって言った。

 「お前たちには失望した。われの連れ合いである美獣がいるというのに、何たる体たらくか」

 おい!

 「美獣もお前たちの力を見くびっている」
 
 びってねぇよ!

 「ここからは一気に行くぞ」

 ルイーサの言葉で「グレイプニル」の全員が姿勢を一層正した。
 何をするのかとも思ったが、もうこうなってはルイーサに任せるしかない。
 この《ハイヴ》はいろいろと調べたかったのだが、ルイーサに任せるしかないかと思い始めていた。
 ルイーサから立ち上る闘気が尋常な量ではなかったからだ。
 ルイーサがあのスケールメイルの豪奢なドレスのまま空中に跳ね、舞を舞った。
 そして床の中心に立ち、両手を伸ばして下に向けた。
 ルイーサの身体が輝き、「グレイプニル」の連中が感嘆の唸り声を挙げた。
 その瞬間、ルイーサの足元が爆発し、轟音が響き続けた。
 数分それは続き、ルイーサの輝きが納まる頃に轟音も消えた。
 ルイーサは空中に浮いたままであり、その足下に20メートルの真円の穴が空いていた。
 十メートル以上の厚さの床は、切断面が鮮やかに磨き上げられたかのような切り口になっていた。
 「グレイプニル」の全員がルイーサのことを褒め称えていた。
 ルイーサは両手を拡げ、皆を黙らせた。

 「美獣の血のお陰で、これほどの《ローザヘル(薔薇地獄)》を撃ち出せたぞ。皆、観たであろうな」

 また歓声が響く。

 「美獣、お前にわれの最上の戦いを捧げよう! われらは必ず勝つぞ!」

 大歓声。

 「お、おう」

 よく分かんないんですけどー。
 下層に行ったデュールゲリエの一体が戻って来て俺に言った。

 「石神様、中心部が全て消滅しています」
 「ああ、そうだな」
 「恐らくは重要な施設や機材は中心部に多くあったようでして」
 「あ?」
 「今回の作戦の調査面では、もうあまり成果は出ないかと」
 「……」

 貫通した円の縁に立ち、ルイーサは上機嫌でニコニコと笑っている。

 「おう、まあ出来るだけ頼むわ」
 「かしこまりました」

 ルイーサが俺に寄って来た。
 ニコニコだ。

 「美獣、どうした? 何かあったか?」

 デュールゲリエが俺に報告に来たので聞いているのだろう。

 「ああ、何でもねぇ。一瞬で最下層まで大穴が空いたんで驚いているようだぜ」
 「フフフ、当然だ。われの力を振るったのだから」
 「流石だな!」
 「あまり褒めるな。まだまだ全力でもないのだしな」
 「そうなのかよ!」

 俺、泣きてぇよ!

 「最下層の大妖魔も殺してくれたぞ。呆気ないものだな」
 「ここのは随分と強かっただろうに!」
 「フフフ、われの前では何ほどのものでもない。一瞬だ」
 「そうなのか! すげぇな!」
 「ワハハハハハハハ!」

 あのー、だからー。

 「まあ、われに任せておればよい。今回は美獣は楽しんでくれ」
 「おう! ありがとうな!」
 「よいよい」

 楽しくねぇんだけどー。
 《ニルヴァーナ》の情報を掴みたかったんだけどー。
 まあ、俺と聖の時もひでぇもんだった。
 最初はしょうがねぇか。
 しかし、うちにはぶっ壊す一方の連中が多すぎだぜぇ。





 俺とルイーサで最下層まで降り、ひしゃげて無様に死んでいる5体の《地獄の悪魔》見た。
 ルイーサと大笑いし、俺はルイーサを抱き締めて褒め称えた。
 ルイーサが満足そうな顔で俺にキスをした。
 もう、これでいいや。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...