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未来への希望 XⅨ

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 みんなが「虎温泉」から戻り、「幻想空間」のつまみを作り始めた。
 いつも通り野菜が結構余ったので、鷹が中心で美味いつまみを作って行く。
 ナスのガーリックバター(絶品、双子にレシピを覚えさせた)。
 ピーマンの刻みタコ詰め炒め(表向きは栞の好物)。
 シシトウとタマネギとニンジンの焼物、チーズ掛け。
 ジャガイモの明太マヨネーズ。
 アスパラのパン粉撒き揚げ、

 双子が巾着タマゴや肉系(ほとんど唐揚げ)を作って行く。
 俺は適当に半端な柵を切ってお造りを作った。
 虎蘭がキッチンの外で楽しそうに見ていた。

 「石神家に戻って大丈夫かよ?」
 「え、うちの食事も美味しいですよ?」
 「まあ、本当にそうだよなぁ」
 「大丈夫です」
 「そっか」

 石神家は素朴ながら素材が絶品なのと調理法が丁寧な食事だ。
 うちではああいうものは難しい。
 何よりも素材が段違いだ。
 虎蘭も料理は出来るのだが、普段自分の家でやっているやり方が、ここでは随分と違う。
 釜で飯を炊くところからして、違うのだ。
 まあ、うちではあっちでは喰えないものを喰わせてやろう。

 みんなで「幻想空間」に移動する。
 
 亜紀ちゃんが早速、さっきの久留間流の技について斬に聞いていた。
 斬は面倒がらずに亜紀ちゃんに説明する。

 「経絡を打つ技じゃ。人体には幾つも打たれればまずい場所がある」
 「そうなんですか!」
 「一般に知られる急所は、ある程度の力で打たなければならない。じゃがあの技は指先で完成する。そういうものを探し体系付けたのが「久留間流」じゃ」
 「知りませんでした! あんなに痛いのは滅多にありません!」
 「フン、お前は油断していた」
 「え?」
 「指が触れる程度と思っていたじゃろう」
 「はい、そうですね!」
 「敵が行なうことは常に大砲と思え。素直に喰らう奴があるか」
 「なるほど!」

 士王も目を輝かせて聴いていた。
 自分の祖父がどれほど偉大な人物なのかと尊敬しているのだ。

 「タカさんも知ってたんですよね?」
 「まあな」
 「教えてくださいよ!」
 「お前は指先で手足をぶっ飛ばすだろう!」
 「ワハハハハハハハ!」

 まあ、そういうことだ。
 経絡を突くなどというのは、俺たちの戦闘では必要無い。

 桜花たちは茜と葵と仲良く話していた。
 茜たちが「救護者」になると知って、胸が熱くなったようだ。
 桜花たちも茜が保奈美を慕い、それを救えなかったことは知っている。
 その二人が挫折せずに、もっと先へ進もうとしている。
 茜たちは口には出さないが、保奈美の死に殉じ、多くの人間を救出する中で死にたいのだ。
 その気持ちを桜花たちも分かっている。

 栞と鷹は斬や俺たちの鍛錬を興奮して話す士王の言葉を聴いていた。
 幼いながら、士王はしっかりとした話し方をするようになった。
 うちの子どもたちは喰い。
 ロボはおやつを食べ終えると虎蘭に甘えに行った。
 隣にいる響子が額をなでるとゴロゴロと御機嫌だ。
 亜紀ちゃんがニコニコして俺に言う。
 
 「タカさん、そろそろ」
 「またかよ!」
 「だって、ここで飲もうってタカさんが言ったんじゃないですか」
 「関係ねぇだろう!」

 別に俺が話したくて「幻想空間」で飲むわけじゃねぇ。
 亜紀ちゃんが虎蘭に、ここでは俺の泣ける話を聞けるのだと言う。
 そんなんじゃねぇ。

 「高虎さんのお話ですか!」
 「そうですよ! 今までもみんな最高なんです!」
 「へぇ!」

 「あなた」
 「タカトラぁ」

 「もう、しょうがねぇな!」

 俺は虎蘭を真直ぐに見て、そして語り出した。
 虎蘭に伝える大事な話があった。
 他の人間にも知って欲しい話があった。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 ある、特別な土地があった。
 その土地は他の土地とは違い、少々変わっていた。
 その土地から出て行った一族の男がいた。
 全員がその男を慕っていて止めたのだが、男は運命なのだと行って里を離れた。

 年月がたち、男には男児が生まれた。
 しかし、その男児こそ男が言っていた「運命」だった。
 余りにも大きな運命を背負っているために、何度も男児は死にそうになる。
 男は自分が出て行った里に連絡した。
 もう関わるつもりは無かったのだが、他に手は無かった。
 男は恥も外聞もなく、何か出来れば頼むと頼んだ。
 もちろん男を慕う里の人間たちは全力で男児のために奔走した。
 




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「タカさんと石神家のことですね」
 
 亜紀ちゃんが言った。
 もちろん、他の人間にも分かっている。

 「そうだ。俺は多くの人間に助けられて来た。後から知ったことも多い。俺は親父とお袋、そして石神家にはどんなに感謝しても足りねぇ。こんな俺のためにな」
 「タカさん……」

 俺は話を続けた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「虎白、虎影の息子が大変なんだってな」
 「ああ、相当ヤバいらしい。医者には見放されてるってよ」
 「そうか。何でもするぜ、言ってくれ。虎影の息子ならば、いずれ石神家の当主だ。絶対に助けるぞ」
 「頼む。医者がダメなら他の連中だ。吉原龍子を探そうと思う」
 「あの拝み屋か!」
 「そうだ、だけどあいつ、どこにいるのか分からねぇ。でも怒貪虎さんが伝手を持ってる」
 「ほんとかよ!」
 「俺もさっき知った。怒貪虎さんにも相談したら、教えてもらえたんだ」
 「流石だな、怒貪虎さんは!」

 虎白は虎葉と話し、虎葉が娘夫婦の虎頼(こらい)と貢虎(こうこ)を使いに出すと言った。
 二人の間には女児が生まれていたが、危急の事態に虎白と虎葉は信頼できる虎頼たちに頼むつもりだった。
 虎影の子の危機と知り、虎頼と貢虎は一切の躊躇なく引き受けた。

 「子どもは俺が預かる」
 「はい、お願いします」

 虎葉が約束し、二人は微笑んだという。

 吉原龍子は伝説の拝み屋で、その力と共に、ネットワークの優秀さで知られていた。
 拝み屋でありながら、特殊能力を有する人間や家系と交流し、まとめ上げている。
 しかし、ほとんどを旅の中にある吉原龍子はなかなか捕まえられなかった。
 当時は携帯電話などはない。
 虎頼たちは怒貪虎さんの伝手で、当時吉野にいた吉原龍子に接触することにようやく成功した。
 敵が多いために一見の人間とは決して会わないという吉原龍子も、怒貪虎さんの名前を出すとすぐに会ってくれた。
 吉野の修験道の有名な寺で三人は邂逅した。

 「石神家の剣士かい」
 「そうだ。俺らの大事な問題だ」
 「話しな」

 虎頼と貢虎は懸命に事情を話した。
 隠すことなく、虎影が現当主であり、その嫡男が医者にも手が出せない難病なのだと伝えた。

 「ああ、虎影の子かい。じゃあ、ついに……」
 「え?」
 「何でもないよ。その子のことは人間ならば、誰にとっても無関係じゃない。分かったよ、あたしも手を貸すよ」
 「頼む!」
 「でもね、言っておくけどあたしはあまり直接は手が出せないんだ」
 「そんなことを言わずに頼む! あんたの評判は知っている。この日本でも有数の術士じゃないか!」
 「ダメなんだよ。その子はあまりにも運命がでかい。あたしがあまり近くに行くと歪みが出るんだ」
 「どういうことだ?」
 「運命の交差は人間の理屈じゃないんだよ。それにあたしも狙われてるのさね。だから一所にはあまり長くは居ないんだ。厄介な敵なんだよ」
 「そうなのか! だったら俺たちが護る! 必ず護って見せるぜ!」
 「ああ、石神家の剣士なら頼もしいね。是非そうして欲しいさね」
 「おう、任せろ!」

 その日から吉原龍子と虎頼、貢虎の三人は行動を共にした。
 吉原龍子の敵は、かつて仕事で敵対した者たちが多かった。
 呪殺を妨げられた連中や、逆に吉原龍子によって誅された組織もある。
 しかし、それだけではないようだった。
 そうした現世の敵は、石神家の剣士にとって何ほどのことも無い。
 吉原龍子が真に警戒しているのは、もっと強大な者だと一緒に行動していた二人は悟って行った。

 吉原龍子は三輪山や他に幾つかの山の霊場に篭り、護摩を焚き祈祷をし、護符などを作った。
 また吉原龍子のネットワークを使って道間家にも協力を頼み、当主道間宇羅を石神高虎のもとへ連れて行った。
 宇羅もまた石神高虎の運命を知り、協力を惜しまないと約束した。
 あの最高峰の神社の神官の家系である百家までも吉原龍子が動かし、虎頼と貢虎を驚かせた。
 虎頼と貢虎は全てが順調に進んでいると感じた。

 「吉原さん、上手く行きそうか?」
 「ああ、道間宇羅が来てくれたからね。でも、まだ足らない」
 「え?」
 「まあ、安心おし。あの高虎にはどうやら大黒丸の縁がある。それにそれだけじゃなさそうだけどね」

 虎頼と貢虎も、「大黒丸」のことは知っていた。
 強大な妖魔であり、決して人間は逆らえない。
 しかし、吉原龍子はその「大黒丸」以上の存在を口にしていた。

 「それはどういうものなんだい?」
 「あたしにもよくは分からないよ。大黒丸以上の存在なんて……ああ、これは何でもない。聞き流しておくれ」
 「あ、ああ」

 虎白には逐次虎頼たちから報告が行っていた。
 万事上手く行っていると、石神家の剣士たちも安心した。





 そして吉原龍子が八ヶ岳の山小屋にいたときに、それが起きた。
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