2,687 / 2,840
未来への希望 XⅧ
しおりを挟む
俺だけが気付いていた。
他の人間は子どもたちの喧嘩喰いを見てはいない。
「お!」
斬が亜紀ちゃんの右手の前腕を指で軽く突いたのが見えた。
その瞬間、あの亜紀ちゃんが絶叫したのだ。
「いったぁぁーーーい!」
亜紀ちゃんが叫んで箸を取りこぼした。
斬が笑っていた。
ようやく他の全員が亜紀ちゃんたちを見る。
亜紀ちゃんは右手を押さえて斬を睨んでいる。
まだ痺れて動かないようだ。
「「「北斗神拳!」」」
「にゃ!」
亜紀ちゃん以外のノリの良い子どもたちとロボが叫んだ。
全員が呆然としている間に、斬は悠々と肉を平らげる。
「いたぁ! まだ動かないですよ!」
「フン!」
双子と柳が警戒する。
俺は虎蘭の所へ行った。
「あれは久留間流の技だよな?」
「よく御存知で。今は後継者もいませんが」
「石神家だけか」
「そうですね。明治の頃にうちに喧嘩売って来ましたから」
「ボコボコか」
「はい」
石神家には相当な数の他の流派の技が伝わっている。
主に怒貪虎さんが集めたものが多いが、時々道場破り的に向かってくる連中もいた。
当然負けて、技を奪われる。
というか、石神家の剣士は初見でおおよそのことが分かるのだ。
まあ、そうは言っても石神家によって鍛えられることが多かった。
数多の秘儀や武技が石神家の剣士たちによって示され、その流派の展開に大いに感謝された。
その意図は、もっと強くなってまた挑んで来いという戦闘狂のそれだったが。
また、その流派の専門的な追及が新たな発展をすることもある。
それをまた「虎眼」によって解析し、奪うのだ。
俺も虎白さんたちから、そうした石神家に伝わる各流派の技も教わっていた。
当主として当然の務めだということだ。
斬はどこであの技を知ったのか。
まったく熱心な奴だ。
亜紀ちゃんはまだ痛む右手で苦戦していた。
弱っているため、ここぞとばかりに双子に肉を奪われる。
「あーん」
みんなで笑って見ていた。
斬が満足して俺たちのテーブルに来た。
士王を膝に乗せていろいろ食わせる。
「お前、「北斗神拳」を知ってたか」
「なんじゃそれは」
「ちゃんと、「お前はもう死んでいる」って言ったか?」
「フン!」
仏頂面をしようとしたが、士王を乗せているので笑顔だった。
自分でも気づいていないのかもしれない。
「久留間流をどこで知ったんだよ?」
「フン、お前も知っていたか」
「まあな。人体の経絡を特殊なタイミングで打つものだよな?」
「そうじゃ。お前の敵には通じんがな」
「人間相手にもほとんどな。「花岡」ならばもっと効率的だ」
「花岡」は人体を破壊しながら戦える。
久留間流は面白いとは思うが格闘技としては威力に欠ける。
指先で相手を制する面白さということだが、実戦ではスポーツ的にならざるを得ない。
殺す技術としては甘いのだ。
もちろん、相当な遣い手になればまた違うのだろうが。
でも、決してケンシロウにはなれねぇ。
殺す技が少ないのだ。
亜紀ちゃんが肉を奪われ続け、必死な形相になっていた。
斬が士王を降ろして行った。
俺も付いて行く。
虎蘭も来た。
斬が虎蘭に言った。
「虎蘭、お前は治せるか?」
「はい」
虎蘭が亜紀ちゃんの左肩を何カ所か押した。
「あ! いたくなぁーい!」
「ウフフフフ」
「虎蘭さん、ありがとう!」
「いいえ」
亜紀ちゃんが復帰し、子どもたちはまた楽しそうに肉を奪い合った。
斬もまた参戦し、すぐに亜紀ちゃんの胸を指で突く。
「ンッギャァァァァァァー!」
亜紀ちゃんが引っ繰り返って叫んだ。
斬が喰いたくもない肉を口に入れて大笑いした。
楽しそうな斬は珍しい。
斬も笑って亜紀ちゃんの腰と左足首を押した。
「おい、こいつが喰わないと肉が余るんだよ!」
「分かった」
亜紀ちゃんが涙目で斬を睨んでいた。
治療してもらったと思い込んだ亜紀ちゃんがまた叫んだ。
「あ、身体が動かない!」
「獲物が狩人を信用するな」
「『チェンソーマン』!」
「ああ、それと、お前はもう死んでいるぞ」
「だからやめてぇー! そういうのもういいからぁー!」
俺が笑って背中と腿の何カ所かを押してやった。
亜紀ちゃんが「イタタタ」と言いながら起きる。
俺たちはテーブルに戻った。
鷹が士王にハマグリを焼いてやっていた。
醤油を少し垂らして食べさせる。
「おいしい!」
「そう、良かった」
「ありがとう、鷹さん!」
「うん」
平和だぁー。
まったく、一体どこの家で楽しいファミリー・バーベキューで秘伝格闘技が応酬されるんだ。
食後はまた「虎温泉」に入った。
士王が大喜びだ。
あまり機会の無い鷹パイと滅多に会えないだろう虎蘭パイが主な標的だ。
亜紀ちゃんや双子もレアなのだが、それほど興味はねぇ。
あちこちで引っぱたかれる士王と栞を連れて早目に上がった。
斬も一緒について来る。
リヴィングで休んだ。
「おい、斬」
「なんじゃ」
「栞の子がもうすぐ生まれる」
「ああ」
「お前、名前を付けてくれよ」
「!」
斬が驚いて俺を見た。
こいつのこういう顔は珍しい。
栞が微笑んで斬を見ている。
「フン、お前が付ければいいだろう」
「いや、栞とも話し合ったんだ。士王の名も、元々はお前の望みだっただろう。字は俺が宛てたがな」
「お前が付けた名じゃ。わしは関係ない」
「俺も栞もお前に付けて欲しいんだよ」
斬が目を閉じた。
「お前は歌が上手いな」
「そうか」
「お前の歌は良い。それにお前の中には歌が埋まっている」
「ほう」
斬も気付いたか。
「《千歌(せんか)》。どうじゃ」
「おお、いいな!」
「おじいちゃん、いいよ!」
「そうか。好きにしろ」
あの冷酷無残な斬が、顔をそむけて少し恥ずかしがっているかのような表情だった。
「《地獄少女》じゃなくて良かったぜぇ」
「なんじゃそれは!」
「おまえんち、物騒なのが多いじゃん」
「ふざけるな!」
「ワハハハハハハハ!」
本当に良い名だと思った。
栞も気に入ったようだ。
栞の子は女の子だ。
斬はその名に俺を込めてくれた。
何よりも、この斬が俺の歌がいいと言ってくれたことが嬉しかった。
《千歌》か。
栞が斬の肩に手を置いて礼を言っている。
士王も嬉しそうに笑っている。
斬も笑顔になっていく。
千歌の未来が明るいものになるように思った。
斬のお陰だ。
他の人間は子どもたちの喧嘩喰いを見てはいない。
「お!」
斬が亜紀ちゃんの右手の前腕を指で軽く突いたのが見えた。
その瞬間、あの亜紀ちゃんが絶叫したのだ。
「いったぁぁーーーい!」
亜紀ちゃんが叫んで箸を取りこぼした。
斬が笑っていた。
ようやく他の全員が亜紀ちゃんたちを見る。
亜紀ちゃんは右手を押さえて斬を睨んでいる。
まだ痺れて動かないようだ。
「「「北斗神拳!」」」
「にゃ!」
亜紀ちゃん以外のノリの良い子どもたちとロボが叫んだ。
全員が呆然としている間に、斬は悠々と肉を平らげる。
「いたぁ! まだ動かないですよ!」
「フン!」
双子と柳が警戒する。
俺は虎蘭の所へ行った。
「あれは久留間流の技だよな?」
「よく御存知で。今は後継者もいませんが」
「石神家だけか」
「そうですね。明治の頃にうちに喧嘩売って来ましたから」
「ボコボコか」
「はい」
石神家には相当な数の他の流派の技が伝わっている。
主に怒貪虎さんが集めたものが多いが、時々道場破り的に向かってくる連中もいた。
当然負けて、技を奪われる。
というか、石神家の剣士は初見でおおよそのことが分かるのだ。
まあ、そうは言っても石神家によって鍛えられることが多かった。
数多の秘儀や武技が石神家の剣士たちによって示され、その流派の展開に大いに感謝された。
その意図は、もっと強くなってまた挑んで来いという戦闘狂のそれだったが。
また、その流派の専門的な追及が新たな発展をすることもある。
それをまた「虎眼」によって解析し、奪うのだ。
俺も虎白さんたちから、そうした石神家に伝わる各流派の技も教わっていた。
当主として当然の務めだということだ。
斬はどこであの技を知ったのか。
まったく熱心な奴だ。
亜紀ちゃんはまだ痛む右手で苦戦していた。
弱っているため、ここぞとばかりに双子に肉を奪われる。
「あーん」
みんなで笑って見ていた。
斬が満足して俺たちのテーブルに来た。
士王を膝に乗せていろいろ食わせる。
「お前、「北斗神拳」を知ってたか」
「なんじゃそれは」
「ちゃんと、「お前はもう死んでいる」って言ったか?」
「フン!」
仏頂面をしようとしたが、士王を乗せているので笑顔だった。
自分でも気づいていないのかもしれない。
「久留間流をどこで知ったんだよ?」
「フン、お前も知っていたか」
「まあな。人体の経絡を特殊なタイミングで打つものだよな?」
「そうじゃ。お前の敵には通じんがな」
「人間相手にもほとんどな。「花岡」ならばもっと効率的だ」
「花岡」は人体を破壊しながら戦える。
久留間流は面白いとは思うが格闘技としては威力に欠ける。
指先で相手を制する面白さということだが、実戦ではスポーツ的にならざるを得ない。
殺す技術としては甘いのだ。
もちろん、相当な遣い手になればまた違うのだろうが。
でも、決してケンシロウにはなれねぇ。
殺す技が少ないのだ。
亜紀ちゃんが肉を奪われ続け、必死な形相になっていた。
斬が士王を降ろして行った。
俺も付いて行く。
虎蘭も来た。
斬が虎蘭に言った。
「虎蘭、お前は治せるか?」
「はい」
虎蘭が亜紀ちゃんの左肩を何カ所か押した。
「あ! いたくなぁーい!」
「ウフフフフ」
「虎蘭さん、ありがとう!」
「いいえ」
亜紀ちゃんが復帰し、子どもたちはまた楽しそうに肉を奪い合った。
斬もまた参戦し、すぐに亜紀ちゃんの胸を指で突く。
「ンッギャァァァァァァー!」
亜紀ちゃんが引っ繰り返って叫んだ。
斬が喰いたくもない肉を口に入れて大笑いした。
楽しそうな斬は珍しい。
斬も笑って亜紀ちゃんの腰と左足首を押した。
「おい、こいつが喰わないと肉が余るんだよ!」
「分かった」
亜紀ちゃんが涙目で斬を睨んでいた。
治療してもらったと思い込んだ亜紀ちゃんがまた叫んだ。
「あ、身体が動かない!」
「獲物が狩人を信用するな」
「『チェンソーマン』!」
「ああ、それと、お前はもう死んでいるぞ」
「だからやめてぇー! そういうのもういいからぁー!」
俺が笑って背中と腿の何カ所かを押してやった。
亜紀ちゃんが「イタタタ」と言いながら起きる。
俺たちはテーブルに戻った。
鷹が士王にハマグリを焼いてやっていた。
醤油を少し垂らして食べさせる。
「おいしい!」
「そう、良かった」
「ありがとう、鷹さん!」
「うん」
平和だぁー。
まったく、一体どこの家で楽しいファミリー・バーベキューで秘伝格闘技が応酬されるんだ。
食後はまた「虎温泉」に入った。
士王が大喜びだ。
あまり機会の無い鷹パイと滅多に会えないだろう虎蘭パイが主な標的だ。
亜紀ちゃんや双子もレアなのだが、それほど興味はねぇ。
あちこちで引っぱたかれる士王と栞を連れて早目に上がった。
斬も一緒について来る。
リヴィングで休んだ。
「おい、斬」
「なんじゃ」
「栞の子がもうすぐ生まれる」
「ああ」
「お前、名前を付けてくれよ」
「!」
斬が驚いて俺を見た。
こいつのこういう顔は珍しい。
栞が微笑んで斬を見ている。
「フン、お前が付ければいいだろう」
「いや、栞とも話し合ったんだ。士王の名も、元々はお前の望みだっただろう。字は俺が宛てたがな」
「お前が付けた名じゃ。わしは関係ない」
「俺も栞もお前に付けて欲しいんだよ」
斬が目を閉じた。
「お前は歌が上手いな」
「そうか」
「お前の歌は良い。それにお前の中には歌が埋まっている」
「ほう」
斬も気付いたか。
「《千歌(せんか)》。どうじゃ」
「おお、いいな!」
「おじいちゃん、いいよ!」
「そうか。好きにしろ」
あの冷酷無残な斬が、顔をそむけて少し恥ずかしがっているかのような表情だった。
「《地獄少女》じゃなくて良かったぜぇ」
「なんじゃそれは!」
「おまえんち、物騒なのが多いじゃん」
「ふざけるな!」
「ワハハハハハハハ!」
本当に良い名だと思った。
栞も気に入ったようだ。
栞の子は女の子だ。
斬はその名に俺を込めてくれた。
何よりも、この斬が俺の歌がいいと言ってくれたことが嬉しかった。
《千歌》か。
栞が斬の肩に手を置いて礼を言っている。
士王も嬉しそうに笑っている。
斬も笑顔になっていく。
千歌の未来が明るいものになるように思った。
斬のお陰だ。
0
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる