上 下
2,680 / 2,806

未来への希望 XⅠ

しおりを挟む
 病院へ出勤し、いつも通りの日常に戻った。
 響子は元気そうで、大体茜と葵と一緒にいる。
 六花がいなくて響子も寂しいはずだが、茜たちがいるので明るく笑っている。
 有難いことだ。
 茜の身体は大分酷かったのだが、一江と大森が上手くオペをしてくれ、順調に回復へ向かっている。
 だが、本来は死んでもおかしくない重傷だった。
 保奈美が庇ってくれたお陰で最悪の事態は免れたものの、保奈美の身体も切り裂かれ、《刃》の攻撃は茜にも及んだ。
 茜の身体の前面は無残にズタズタになり、胸や腹に幾つも深い創傷を負った。
 手足はそれ以上に酷く、一江と大森の二人掛かりで何とか繋ぎ止めた。
 一江たちの高度な技術があってこそだった。
 最初は意識もなく、覚醒してからもベッドに寝ていることしか出来なかった。
 神経も寸断されていたので、無理に動くことも禁じられた状態で、茜は保奈美を喪った悲しみに泣き続けていた。
 葵がボディを換装され病院に来て、ようやく落ち着いて来た。
 二人の友情は壮絶な悲しみと苦しみを乗り越えさせた。
 徐々に身体は快方へ向かったが、茜はまず響子のことを思った。
 響子が思いもよらずに保奈美と諸見たちの死にショックを受けたことを知ったからだ。
 動かない身体で、懸命に響子を慰めてくれた。
 しばらくはゆっくりとしか歩けなかった。
 まあ、ここまで回復したことが本来は奇跡なのだが。
 そんな身体でも、毎日響子のために車椅子でよく来てくれていたそうだ。
 響子の深い絶望は、実際に目の前で最愛の保奈美を喪った茜の慰めによって、ようやく和らいだ。
 茜と響子の深い絶望と愛情を思うと、俺も胸が熱くなる。
 保奈美の死はもちろん響子のせいではなかったのだが、響子は自分の力が及ばなかったと考えてしまっていた。
 茜こそ、自分の力不足で保奈美が死んでしまったと思っていたのだが、それでも響子のために慰め、話し相手になってくれた。
 茜は自分の胸が引き裂かれる思いを押し込めて、響子を慰めてくれた。
 あいつは、自分のことを考えずに、ひたすらに響子のために動いてくれているのだ。
 そして更にあいつらは響子の目の前で俺に言った。
 今後は自分と葵は「救護者」になりたいのだと。
 自分たちは、今後負傷した仲間、そして戦乱で苦しむ人たちを助けたいのだと。
 俺は茜と葵を尊敬する。
 ああいう人間たちが「虎」の軍なのだ。
 未来への希望を抱き続ける、真に高貴な魂を持つ者たちだ。





 「響子!」
 「タカトラ!」
 「トラさん!」
 「石神様」

 響子の部屋にいた3人が俺の顔を見て喜ぶ。
 担当のナースもニコニコして俺に響子のデータを手渡して来た。
 それを見ながら響子に話した。

 「来週は栞もここに入院するから、宜しくな」
 「うん!」
 「お前はこの病院のベテランだからな!」
 「そうだよ!」
 「響子、スゴイね!」
 「まあね!」

 まあ、栞の方がベテランなのだが。

 「響子、体調はどうだ?」
 「大丈夫だよ」
 「六花も元気そうだぞ」
 「うん、知ってる!」

 六花は毎日響子と電話で話している。
 あいつも響子のことが気になるのだ。
 まあ仲良しの二人なので、幾らでも話すことはあるようだ。
 今は動画での通話も出来、タケたちも一緒に話すそうだ。
 しばらく響子と話し、俺は自分の部屋へ戻った。

 午前のオペを終え、俺はオペ看をしてくれた鷹と遅めの昼食を青の店に食べに行った。
 連日になったので、青が喜んだ。

 「お前、毎日来いよな!」
 「無理言うな!」
 「来い!」
 「バカヤロウ!」

 鷹が笑い、俺たちは常連席のカウンターに案内された。
 この時間でも、うちのナースたちが多くいるし、昼食の混雑を外した近隣の会社員たちも多くいる。
 テーブル席はほとんど空くことが無い。
 外のテラス席で、暑さを我慢して食べている人たちもいる。
 今でも「般若」は大繁盛だ。

 「石神先生、お身体は大丈夫ですか?」
 「実はまだ本調子じゃねぇんだ。気合を入れれば幾らでも動くんだけどよ」
 「無理しないで下さいね」
 「鷹は優しいよな! でもさ、栞と士王が来るからって、うちに斬を呼んじゃったじゃない」
 「アハハハハハハ!」
 「虎蘭も呼んだんで、一応相手してもらってるんだけどさ」
 「そうなんですか」
 「そうなんだけどな」
 「はい?」

 俺は鷹に虎蘭との関係を話した。
 もちろん鷹は六花から先に聞いてはいるのだが、俺の口からちゃんと話しておきたかった。
 虎蘭が妊娠していることもちゃんと話した。

 「虎曜日、作っておいて良かったですね」
 「おい!」
 「私もちゃんとお願いしますね」
 「おう!」

 もう、今更の話か。
 まあ、俺の口からはそうは言えないのだが。
 二人でアサリのリゾットとアスパラの生春巻き炒め、生ハムのサラダを食べた。
 食事が終わる頃にカスミがかき氷はどうかと言って来たので、それも貰った。
 青がホットコーヒーを淹れてくれる。

 病院へ戻ると柳が来ていた。
 響子が起きるまで間があるので、『緑翠』で「虎好」を注文させた。
 柳に取りに行ってもらうつもりだったが、俺の注文と知るといずみが届けると言ってくれた。
 夏休みなので、毎日店に立っているそうだ。
 「虎好」は30個頼んである。
 折角なので、他にも10個ほど追加すると喜んでくれた。
 すぐにいずみが持って来る。
 俺の部屋を知っているので、直接届けてくれた。

 「いつもありがとうございます!」
 「いや、こちらこそ。どうだ、店は?」
 「大繁盛ですよ! この病院の方々もしょっちゅう来てくれますし、遠くからもよく!」
 「そうか、良かったな!」
 「石神先生のお陰です!」
 「いや、俺は何でもないよ」

 一江に頼んで宣伝してもらっている。
 それもあるだろうが、やはり『緑翠』が美味いのだ。

 「デパートからも出店のお話があるんです」
 「そうか。考えているのか?」
 「でも、うちでは賄いきれなくて」
 「そうだよな。親父さんがメインだもんなぁ」

 従業員はいるのだが、まだ修行中だ。
 商売を拡大して味を落とすのをよしとしないのだろう。

 「まあ、いずみがいるから将来は安泰だけどな!」
 「はい、頑張ります!」

 いずみが嬉しそうに頭を下げて帰った。
 柳に頼んで、栞たちに家に届けてもらった。
 戻る頃に、丁度響子も目を覚ますだろう。

 悲しいことはあるが、俺たちは未来へ向かって行くしかないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...