2,669 / 2,840
夢のあとに Ⅵ
しおりを挟む
病院からタクシーで家に帰ると、玄関で双子が泣きじゃくって俺に抱き着き、俺も笑って二人を両脇に抱えて2階に昇った。
ロボがノリで俺の肩に上がり、一緒にニャーニャーと鳴いた。
ロボとは蓮花研究所からずっと一緒にいたのだが。
夕飯の前に亜紀ちゃんと柳が戻り、大阪から皇紀まで来た。
三人とも俺に抱き着いてまた泣く。
もちろん蓮花の研究所で俺が目覚めた後でみんなと会ってはいたが、家に戻ったのはこいつらにもまた格別なのだろう。
久し振りに石神家が全員集まったのだ。
俺にも感動はあった。
夕飯は双子が中心になって豪華なフレンチを食べた。
朝から準備してくれていたらしい。
美味い食事をしながら、楽しく話した。
亜紀ちゃんと柳はアフリカでの戦場の話をする。
「アフリカもどこも大混乱ですね。中南米と違って、幾つも完全に「業」に乗っ取られた国もあって」
「南アフリカ共和国は「虎」の軍側です。今回も補給などで結構お世話になりましたよ」
「補給って、ほとんど肉だろう!」
「「ワハハハハハッハハハ!」」
双子も何度か戦場には出ている。
基本的には国内での襲撃の際の出撃だったが、アフリカでの《ハイヴ》攻略の時などに、亜紀ちゃんと柳のサポートに出ていた。
夕飯の後で「幻想空間」に集まり、あらためて俺は保奈美との夢の旅路の話をした。
みんな黙って聞いていてくれた。
俺は思い出しては語り、随分と聞きにくい話になった。
時系列が前後し、また先ほど話したことに付け加え、理解してもらったのかも怪しい。
でもみんな、何も言わずに俺の話に聞き入ってくれた。
朝方まで話し、やっと俺は語り終えた。
それでもやはり語り尽くせない。
思い出が次々と湧きあがり、尽きることが無かった。
思った通り、こいつらにも仄かな保奈美の記憶があるようだ。
ずっと一緒に働いていた鷹や一江たちほどではないようだが。
亜紀ちゃんが言った。
「タカさん、保奈美さんの遺骨はここに置いてあるんです」
「ああ、聞いているよ」
俺が目覚めるまで、納骨を待っていたのだ。
本当は真っ先に保奈美の遺骨を見るべきだったのだろうが、俺にその勇気が無かった。
あの夢の旅路があったから、別れは十分に済ませているはずだったのだが。
それでも、俺は保奈美の死を目の前にする勇気が無かった。
奈津江の時には、既に墓に入っていた。
それでも俺は身が引き裂かれるほど辛かった。
「どこにあるんだ?」
「はい、レイの部屋に」
子どもたちも考えていただろう。
俺の部屋とも思っただろうが、結局レイの部屋にしたようだ。
二人とも、俺のために死んだ女たちだからだ。
「じゃあ、行くか」
「大丈夫ですか?」
「ああ」
俺は独りでレイの部屋へ行った。
亜紀ちゃんが心配そうに少し離れてついて来る。
ドアを開けると祭壇が組まれ、保奈美の遺影が花に囲まれて見えた。
子どもたちが毎日供えてくれていたのだろう。
その前に、骨壺があった。
俺がいつ目覚めるのか分からなかったので、諸見と同じく荼毘に付した。
俺は線香を焚き、般若心経を唱えた。
そして骨壺を抱き、その冷たさにやはり泣いた。
俺の奥底で嵐が吹いたが、奈津江を喪った時とは違う。
俺たちは夢の旅路を経て、きちんと別れを告げたのだと自分に言い聞かせることが出来た。
「タカさん……」
亜紀ちゃんがドアの向こうで俺を心配そうに見ていた。
「ああ、大丈夫だ」
俺は優しく保奈美の骨壺を戻し、微笑む保奈美の美しい遺影を見詰めた。
「いい写真だな」
「はい。パムッカレで一緒だった「国境なき医師団」の方々に保奈美さんの写真を全部頂きました。その中から」
「そうか、ありがとうな」
「いいえ……」
俺は部屋を出てドアを閉じた。
また「幻想空間」へ戻った。
みんなが心配そうに俺を見ていたが、俺が普通に入って来たので安心した顔になった。
「タカさん、竹流君が会いたがっているんですけど」
「ああ、そうか」
言われてやっと気づいた。
竹流は自分が大きな失態を犯したと思っているのだろう。
可哀想に。
「保奈美は西野と名乗っていたそうだな」
「はい。ご両親が離婚され、母方の姓に変わったようです。佐野さんが調べて下さいました」
「佐野さんか」
「だから竹流君も気付かなくて」
「そうだろうよ。大体、保奈美の話もあいつにはしてなかったしな」
「ええ」
保奈美のことは「虎」の軍には関係ない。
だから聖や一部の人間にしか話していなかった。
竹流には何の責任も無い。
そればかりか、竹流は保奈美に「花岡」を教え、最新の「Ωコンバットスーツ」までやったのだ。
保奈美はそれによって何度も《刃》の猛攻に耐えることが出来た。
竹流には感謝しかない。
俺はアゼルバイジャンに飛んだ。
竹流と保奈美が一緒に訓練をしたという荒野で会った。
俺を待っていた竹流は俺の姿を見て、地面に身を投げ出した。
あの物静かな竹流が号泣していた。
言葉にならず、ただ嗚咽を漏らし涙を流した。
こいつはずっと苦しんでいたのだろう。
俺は竹流を抱き起して抱き締めた。
「ここで保奈美を鍛えてくれたんだな」
恐らく大技も撃ったのだろう。
地面があちこち崩れ、大きな穴が空いていた。
「ありがとうな」
「神様……」
竹流を地面に座らせ、俺も前に座った。
まだ泣いている竹流に、俺はまた保奈美との20年の歳月を語った。
俺の話を聞いて行く中で、竹流も徐々に落ち着き、真剣に俺の話を聞いた。
「竹流、だからな、もういいんだ。保奈美とは十分過ぎるほどの時間を過ごした。俺たちは幸せだった」
「神様……」
「お前には保奈美の話もしていなかった。だからお前には何の責任もねぇ。そればかりか、お前が保奈美に「花岡」を教え「Ωコンバットスーツ」をやったお陰で保奈美は何度も危地を脱したんだ。ありがとうな」
「でも、西野さんは……」
「いいんだ。もういい。十分過ぎる。あれは最高の夢の旅路だ。俺も保奈美ももう思い残すことは無いよ」
「はい……」
竹流は無理矢理納得しようとした。
いや、そういう態度を俺に見せようとした。
俺の心を必死に汲み取ろうとしてくれた。
俺は竹流を連れて竹流の部屋へ行った。
竹流にギターを借り、フォーレの『夢のあとに』を弾き語りした。
竹流は黙って目を閉じて聴いていた。
♪ Helas! Helas! triste reveil des songes Je t’appelle, o nuit, rends-moi tes mensonges, Reviens, reviens radieuse, Reviens o nuit mysterieuse!(なんと、なんと、悲しき夢からの苦い目覚めか 夜よ、我は呼び求めん、かの幻影を取り戻さしめと 戻りたまえ、輝かしきものよ 戻りたまえ、恩寵の夜よ!) ♪
美しき夢は終わった。
俺たちは、まだここにいる。
ここに戻って来たのだ……
ロボがノリで俺の肩に上がり、一緒にニャーニャーと鳴いた。
ロボとは蓮花研究所からずっと一緒にいたのだが。
夕飯の前に亜紀ちゃんと柳が戻り、大阪から皇紀まで来た。
三人とも俺に抱き着いてまた泣く。
もちろん蓮花の研究所で俺が目覚めた後でみんなと会ってはいたが、家に戻ったのはこいつらにもまた格別なのだろう。
久し振りに石神家が全員集まったのだ。
俺にも感動はあった。
夕飯は双子が中心になって豪華なフレンチを食べた。
朝から準備してくれていたらしい。
美味い食事をしながら、楽しく話した。
亜紀ちゃんと柳はアフリカでの戦場の話をする。
「アフリカもどこも大混乱ですね。中南米と違って、幾つも完全に「業」に乗っ取られた国もあって」
「南アフリカ共和国は「虎」の軍側です。今回も補給などで結構お世話になりましたよ」
「補給って、ほとんど肉だろう!」
「「ワハハハハハッハハハ!」」
双子も何度か戦場には出ている。
基本的には国内での襲撃の際の出撃だったが、アフリカでの《ハイヴ》攻略の時などに、亜紀ちゃんと柳のサポートに出ていた。
夕飯の後で「幻想空間」に集まり、あらためて俺は保奈美との夢の旅路の話をした。
みんな黙って聞いていてくれた。
俺は思い出しては語り、随分と聞きにくい話になった。
時系列が前後し、また先ほど話したことに付け加え、理解してもらったのかも怪しい。
でもみんな、何も言わずに俺の話に聞き入ってくれた。
朝方まで話し、やっと俺は語り終えた。
それでもやはり語り尽くせない。
思い出が次々と湧きあがり、尽きることが無かった。
思った通り、こいつらにも仄かな保奈美の記憶があるようだ。
ずっと一緒に働いていた鷹や一江たちほどではないようだが。
亜紀ちゃんが言った。
「タカさん、保奈美さんの遺骨はここに置いてあるんです」
「ああ、聞いているよ」
俺が目覚めるまで、納骨を待っていたのだ。
本当は真っ先に保奈美の遺骨を見るべきだったのだろうが、俺にその勇気が無かった。
あの夢の旅路があったから、別れは十分に済ませているはずだったのだが。
それでも、俺は保奈美の死を目の前にする勇気が無かった。
奈津江の時には、既に墓に入っていた。
それでも俺は身が引き裂かれるほど辛かった。
「どこにあるんだ?」
「はい、レイの部屋に」
子どもたちも考えていただろう。
俺の部屋とも思っただろうが、結局レイの部屋にしたようだ。
二人とも、俺のために死んだ女たちだからだ。
「じゃあ、行くか」
「大丈夫ですか?」
「ああ」
俺は独りでレイの部屋へ行った。
亜紀ちゃんが心配そうに少し離れてついて来る。
ドアを開けると祭壇が組まれ、保奈美の遺影が花に囲まれて見えた。
子どもたちが毎日供えてくれていたのだろう。
その前に、骨壺があった。
俺がいつ目覚めるのか分からなかったので、諸見と同じく荼毘に付した。
俺は線香を焚き、般若心経を唱えた。
そして骨壺を抱き、その冷たさにやはり泣いた。
俺の奥底で嵐が吹いたが、奈津江を喪った時とは違う。
俺たちは夢の旅路を経て、きちんと別れを告げたのだと自分に言い聞かせることが出来た。
「タカさん……」
亜紀ちゃんがドアの向こうで俺を心配そうに見ていた。
「ああ、大丈夫だ」
俺は優しく保奈美の骨壺を戻し、微笑む保奈美の美しい遺影を見詰めた。
「いい写真だな」
「はい。パムッカレで一緒だった「国境なき医師団」の方々に保奈美さんの写真を全部頂きました。その中から」
「そうか、ありがとうな」
「いいえ……」
俺は部屋を出てドアを閉じた。
また「幻想空間」へ戻った。
みんなが心配そうに俺を見ていたが、俺が普通に入って来たので安心した顔になった。
「タカさん、竹流君が会いたがっているんですけど」
「ああ、そうか」
言われてやっと気づいた。
竹流は自分が大きな失態を犯したと思っているのだろう。
可哀想に。
「保奈美は西野と名乗っていたそうだな」
「はい。ご両親が離婚され、母方の姓に変わったようです。佐野さんが調べて下さいました」
「佐野さんか」
「だから竹流君も気付かなくて」
「そうだろうよ。大体、保奈美の話もあいつにはしてなかったしな」
「ええ」
保奈美のことは「虎」の軍には関係ない。
だから聖や一部の人間にしか話していなかった。
竹流には何の責任も無い。
そればかりか、竹流は保奈美に「花岡」を教え、最新の「Ωコンバットスーツ」までやったのだ。
保奈美はそれによって何度も《刃》の猛攻に耐えることが出来た。
竹流には感謝しかない。
俺はアゼルバイジャンに飛んだ。
竹流と保奈美が一緒に訓練をしたという荒野で会った。
俺を待っていた竹流は俺の姿を見て、地面に身を投げ出した。
あの物静かな竹流が号泣していた。
言葉にならず、ただ嗚咽を漏らし涙を流した。
こいつはずっと苦しんでいたのだろう。
俺は竹流を抱き起して抱き締めた。
「ここで保奈美を鍛えてくれたんだな」
恐らく大技も撃ったのだろう。
地面があちこち崩れ、大きな穴が空いていた。
「ありがとうな」
「神様……」
竹流を地面に座らせ、俺も前に座った。
まだ泣いている竹流に、俺はまた保奈美との20年の歳月を語った。
俺の話を聞いて行く中で、竹流も徐々に落ち着き、真剣に俺の話を聞いた。
「竹流、だからな、もういいんだ。保奈美とは十分過ぎるほどの時間を過ごした。俺たちは幸せだった」
「神様……」
「お前には保奈美の話もしていなかった。だからお前には何の責任もねぇ。そればかりか、お前が保奈美に「花岡」を教え「Ωコンバットスーツ」をやったお陰で保奈美は何度も危地を脱したんだ。ありがとうな」
「でも、西野さんは……」
「いいんだ。もういい。十分過ぎる。あれは最高の夢の旅路だ。俺も保奈美ももう思い残すことは無いよ」
「はい……」
竹流は無理矢理納得しようとした。
いや、そういう態度を俺に見せようとした。
俺の心を必死に汲み取ろうとしてくれた。
俺は竹流を連れて竹流の部屋へ行った。
竹流にギターを借り、フォーレの『夢のあとに』を弾き語りした。
竹流は黙って目を閉じて聴いていた。
♪ Helas! Helas! triste reveil des songes Je t’appelle, o nuit, rends-moi tes mensonges, Reviens, reviens radieuse, Reviens o nuit mysterieuse!(なんと、なんと、悲しき夢からの苦い目覚めか 夜よ、我は呼び求めん、かの幻影を取り戻さしめと 戻りたまえ、輝かしきものよ 戻りたまえ、恩寵の夜よ!) ♪
美しき夢は終わった。
俺たちは、まだここにいる。
ここに戻って来たのだ……
1
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる