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夢のあとに Ⅳ
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川尻が諸見に教えたという場所へ案内してくれた。
荒れ地を進み、森に入った奥に、その場所はあった。
ハンヴィで走りながら、諸見と綾がどういう会話を交わしたのかを考えていた。
多分、諸見が黙って運転して走り、綾が諸見に話し掛け、諸見が短い返事をする。
そんなあいつらの姿が浮かんだ。
そして二人が微笑んでいる。
この草原に来て、きっと綾が喜んだだろう。
喜んだ綾を見て、諸見も嬉しかったに違いない。
「忘れな草か……」
諸見のスケッチブックにあった。
あいつの唯一の趣味で、スケッチと水彩画を多く遺していた。
その中で、忘れな草の群生地で綾を描いたものがあった。
美しい綾が、諸見の筆致で更に美しく、優しく微笑んでいた。
諸見には綾がいつもそう見えていたのだろうと感じられた。
諸見と綾の家の遺品の整理に俺も立ち会った。
東雲が中心に、元千万組の数人と一緒に片付けた。
俺に何度も遺品の指示を聞いて来たが、その度に視界が潤んでろくな指示が出せなかった。
質素に暮らしていた諸見たちだが、膨大なスケッチと水彩画があったのは覚えている。
何枚か額装され、その中にここで綾を描いたものがあった。
「ここがいいな」
「諸見と綾の場所ですか」
「そうだ。美しい場所だ。それに、きっと二人にとって思い出深い場所だろうよ」
「はい、多分そうですよ。ここで花が咲くころには、よく二人で来ていたようです。俺なんかに、しょっちゅういい場所を教えてもらったって言ってました」
「そうだな、川尻のお陰だな」
「いえ、自分なんて」
俺はこの川尻が新宿で死んだ川尻義男=ヨシの弟であることが分かっていた。
ヨシと俺たちは呼んでいたが、実はヨシの葬儀でも川尻とは会っている。
川尻はずっと泣いていて、俺と亜紀ちゃんにはろくに目を向けなかったので気付いていないだろう。
ヨシと同じく、川尻も優しい男のようだった。
俺はこの忘れな草の群生地に諸見と綾の墓を建てる指示を出し、俺が図面を引いた。
忘れな草の群生地を見下ろす場所に、小さな家を建てる。
東雲たちが自分たちにやらせて欲しいと言った。
俺の家の増築を任せた連中だ。
諸見のために、是非自分たちに建てさせて欲しいと。
今はその全員が重要な任務に就いており、特に東雲は司令官クラスとして特別な地位にいた。
それでも諸見と綾の霊廟となる家の建築をどうしてもやりたいと言った。
俺は特別に許可し、任せた。
もちろん他にも人員が集まり、誰もが希望してのことだった。
千万組の連中を多く選んで任せた。
設計は《御虎シティ》からわざわざパピヨンが来て、俺の図面を更に素晴らしい物にしてくれた。
彼も希望してのことだった。
諸見と綾が《アヴァロン》を散策していた時に、偶然出会ったのだとパピヨンが言っていた。
数こと言葉を交わしただけだったが、忘れられない二人だったと言っていた。
諸見が俺のことを尊敬しているのだと言い、パピヨンのその街を褒め称えた。
諸見と綾の名前を聞き、《御虎》シティの建設の際に再会したのだと。
パピヨンは忘れな草の草原を実際に観て、すぐに図面のアイデアを出した。
赤い尖った屋根の平屋の家。
忘れな草の草原に向かった面は大きな嵌め殺しのガラスが充てられたリヴィング。
小さな扉が脇にあり、ウッドデッキに出られる構造だった。
それに二人の寝室と、諸見のアトリエ。
バスルームは広めに作られ、キッチンも豪華だ。
アトリエには諸見が使っていた画材一式が納められ、ここで綾を描いた水彩画が額装され飾られた。
工事は突貫で行なわれ、約一ヶ月ほどで完成した。
完成した二人の家を見て、俺はまた涙を流した。
本当にこういう家に二人を住まわせてやりたかった。
寝室に特別な場所を作り、二人の遺骨を納めた。
綾の記憶の一部を持たせたデュールゲリエを置き、墓守とした。
「《虎槍》、ここを頼むな」
「はい、お任せ下さい」
諸見の最終奥義《虎槍》をデュールゲリエの名とした。
俺にはそんなことしか出来なかった。
「石神様、諸見様と綾は幸せだと思います」
《虎槍》は最後に俺にそう言った。
それがデュールゲリエたちが共有する綾の少しの記憶から来るものかどうか、俺には分からなかった。
ただ、その言葉に少し救われた。
蓮花も出来上った二人の家を見に来た。
そして俺に綾の記憶の一つを見せてくれた。
二人が初めてこの場所に来た時の記憶だそうだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
諸見さんは車の運転が出来るようになると早速ハンヴィを借り、休みの日に自分を誘って出掛けてくれた。
お友達になった川尻さんが、綺麗な花の群生地を教えてくれたそうだ。
諸見さんが恥ずかしそうにそう言い、そこを目指した。
森の中の開けた場所に、一面に青い花が咲いている。
諸見さんと二人で、美しい光景に息を飲んだ。
「綺麗……」
私は思わず目を輝かせて眺めていた。
「本当に綺麗ですね! 諸見さん、ありがとうございます」
「いいえ。自分も人から教わっただけで」
いつも諸見さんは自分の手柄などにしない人だ。
誰かのお陰で自分が何とかなっていると考えている。
そんな諸見さんが好きだった。
二人でしばらく眺めた。
諸見さんに用意した弁当をお出しした。
諸見さんが小さく礼を言って、おにぎりを頬張った。
私はずっと花を見ていた。
本当に美しい草原だった。
「忘れな草ですね」
私がそう言うと、諸見さんが驚いたように私を見た。
花の話など、今までしたことが無かったからだ。
「そうなんですか。自分は花のことはさっぱりで」
「ウフフフ」
諸見さんが食事を終え、私は濡れたタオルで諸見さんの手を拭いた。
口の周りを拭こうとすると、諸見さんが恥ずかしそうにして断った。
「自分でやりますから」
「いいじゃありませんか」
私は笑って諸見さんの口を拭いた。
今日は是非そうさせてもらいたかったのだ。
諸見さんが真っ赤になって口を拭かせているので、愛おしさが募った。
そして、珍しく諸見さんから話し掛けられた。
「あの」
「はい」
「自分はこんななんで。今日は他にお見せ出来る場所を知らなくて」
「え?」
「あの、すみません」
思わず笑ってしまった。
諸見さんのことが本当に愛しい。
「じゃあ、ここでゆっくり見ましょう」
私がそう言い、諸見さんの隣に腰かけた。
二人で美しい「忘れな草」を眺めた。
諸見さんが「ちょっと」と言い、車からスケッチブックを出して来た。
花を写生し、私に断ってから私のことも描いて下さった。
諸見さんを愛する気持ちを隠さず、ずっと諸見さんを見ていた。
描き終えて、諸見さんは私をまたハンヴィに乗せた。
適当に車を走らせる。
特殊なGPSが付いているので、道に迷うことはない。
私も常に方向は把握している。
でも、他にはあまり美しい場所は無かった。
私は帰りに、もう一度「忘れな草」を見たいとお願いした。
諸見さんが微笑んで「そうですね」と言ってあの場所へ戻ってくれた。
陽が翳って来ていた。
二人で薄暗くなるまで、花を眺めていた。
「この景色は、決して忘れません」
「そうですか」
「本当に、今日はありがとうございました」
「いいえ、不調法でどうも」
私は我慢できずに諸見さんを抱き締めた。
諸見さんの身体が緊張で硬くなるのが分かった。
そういうことすらも愛おしかった。
「!」
「すみません、諸見さん。しばらく、こうして」
諸見さんは声も出ず、ただ数度頷いた。
基地へ戻る車の中で諸見さんに言った。
「諸見さん、「忘れな草」の花言葉を御存知ですか?」
諸見さんは困ったような顔をされた。
「いいえ、自分は本当に何も知らなくて。でも、「忘れない」ということでしょうか?」
私は思わず微笑んだ。
私が何を言っても、諸見さんはいつだって真剣に考えて応えてくれる。
「その通りです。「私を忘れないで」。でも、他にもあるんです」
「それは?」
「真の愛」
「……」
諸見さんのお顔が輝いた。
車を停めて私の方を向いた。
「綾さん……」
「はい……」
私は諸見さんに口づけをした。
諸見さんは目を閉じて受け入れて下さった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
綾の記憶を見せてもらい、涙が止まらなかった。
蓮花も泣いていた。
「あいつら、本当に幸せだったんだな」
「はい。この世ではなかなか辿り着けない、幸せな中にいたようです」
「そうだな。あんな二人はいないだろう」
「はい。本当に美しい二人でした」
「そうだな」
諸見、もうお前は戦わなくてもいい。
ここで綾と幸せに過ごしてくれ。
綾、諸見を大事にしてくれてありがとう。
お前のことも絶対に忘れない。
お前たちは俺たちの中に永遠に生きるのだ。
お前たちの真の愛を忘れないぞ。
荒れ地を進み、森に入った奥に、その場所はあった。
ハンヴィで走りながら、諸見と綾がどういう会話を交わしたのかを考えていた。
多分、諸見が黙って運転して走り、綾が諸見に話し掛け、諸見が短い返事をする。
そんなあいつらの姿が浮かんだ。
そして二人が微笑んでいる。
この草原に来て、きっと綾が喜んだだろう。
喜んだ綾を見て、諸見も嬉しかったに違いない。
「忘れな草か……」
諸見のスケッチブックにあった。
あいつの唯一の趣味で、スケッチと水彩画を多く遺していた。
その中で、忘れな草の群生地で綾を描いたものがあった。
美しい綾が、諸見の筆致で更に美しく、優しく微笑んでいた。
諸見には綾がいつもそう見えていたのだろうと感じられた。
諸見と綾の家の遺品の整理に俺も立ち会った。
東雲が中心に、元千万組の数人と一緒に片付けた。
俺に何度も遺品の指示を聞いて来たが、その度に視界が潤んでろくな指示が出せなかった。
質素に暮らしていた諸見たちだが、膨大なスケッチと水彩画があったのは覚えている。
何枚か額装され、その中にここで綾を描いたものがあった。
「ここがいいな」
「諸見と綾の場所ですか」
「そうだ。美しい場所だ。それに、きっと二人にとって思い出深い場所だろうよ」
「はい、多分そうですよ。ここで花が咲くころには、よく二人で来ていたようです。俺なんかに、しょっちゅういい場所を教えてもらったって言ってました」
「そうだな、川尻のお陰だな」
「いえ、自分なんて」
俺はこの川尻が新宿で死んだ川尻義男=ヨシの弟であることが分かっていた。
ヨシと俺たちは呼んでいたが、実はヨシの葬儀でも川尻とは会っている。
川尻はずっと泣いていて、俺と亜紀ちゃんにはろくに目を向けなかったので気付いていないだろう。
ヨシと同じく、川尻も優しい男のようだった。
俺はこの忘れな草の群生地に諸見と綾の墓を建てる指示を出し、俺が図面を引いた。
忘れな草の群生地を見下ろす場所に、小さな家を建てる。
東雲たちが自分たちにやらせて欲しいと言った。
俺の家の増築を任せた連中だ。
諸見のために、是非自分たちに建てさせて欲しいと。
今はその全員が重要な任務に就いており、特に東雲は司令官クラスとして特別な地位にいた。
それでも諸見と綾の霊廟となる家の建築をどうしてもやりたいと言った。
俺は特別に許可し、任せた。
もちろん他にも人員が集まり、誰もが希望してのことだった。
千万組の連中を多く選んで任せた。
設計は《御虎シティ》からわざわざパピヨンが来て、俺の図面を更に素晴らしい物にしてくれた。
彼も希望してのことだった。
諸見と綾が《アヴァロン》を散策していた時に、偶然出会ったのだとパピヨンが言っていた。
数こと言葉を交わしただけだったが、忘れられない二人だったと言っていた。
諸見が俺のことを尊敬しているのだと言い、パピヨンのその街を褒め称えた。
諸見と綾の名前を聞き、《御虎》シティの建設の際に再会したのだと。
パピヨンは忘れな草の草原を実際に観て、すぐに図面のアイデアを出した。
赤い尖った屋根の平屋の家。
忘れな草の草原に向かった面は大きな嵌め殺しのガラスが充てられたリヴィング。
小さな扉が脇にあり、ウッドデッキに出られる構造だった。
それに二人の寝室と、諸見のアトリエ。
バスルームは広めに作られ、キッチンも豪華だ。
アトリエには諸見が使っていた画材一式が納められ、ここで綾を描いた水彩画が額装され飾られた。
工事は突貫で行なわれ、約一ヶ月ほどで完成した。
完成した二人の家を見て、俺はまた涙を流した。
本当にこういう家に二人を住まわせてやりたかった。
寝室に特別な場所を作り、二人の遺骨を納めた。
綾の記憶の一部を持たせたデュールゲリエを置き、墓守とした。
「《虎槍》、ここを頼むな」
「はい、お任せ下さい」
諸見の最終奥義《虎槍》をデュールゲリエの名とした。
俺にはそんなことしか出来なかった。
「石神様、諸見様と綾は幸せだと思います」
《虎槍》は最後に俺にそう言った。
それがデュールゲリエたちが共有する綾の少しの記憶から来るものかどうか、俺には分からなかった。
ただ、その言葉に少し救われた。
蓮花も出来上った二人の家を見に来た。
そして俺に綾の記憶の一つを見せてくれた。
二人が初めてこの場所に来た時の記憶だそうだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
諸見さんは車の運転が出来るようになると早速ハンヴィを借り、休みの日に自分を誘って出掛けてくれた。
お友達になった川尻さんが、綺麗な花の群生地を教えてくれたそうだ。
諸見さんが恥ずかしそうにそう言い、そこを目指した。
森の中の開けた場所に、一面に青い花が咲いている。
諸見さんと二人で、美しい光景に息を飲んだ。
「綺麗……」
私は思わず目を輝かせて眺めていた。
「本当に綺麗ですね! 諸見さん、ありがとうございます」
「いいえ。自分も人から教わっただけで」
いつも諸見さんは自分の手柄などにしない人だ。
誰かのお陰で自分が何とかなっていると考えている。
そんな諸見さんが好きだった。
二人でしばらく眺めた。
諸見さんに用意した弁当をお出しした。
諸見さんが小さく礼を言って、おにぎりを頬張った。
私はずっと花を見ていた。
本当に美しい草原だった。
「忘れな草ですね」
私がそう言うと、諸見さんが驚いたように私を見た。
花の話など、今までしたことが無かったからだ。
「そうなんですか。自分は花のことはさっぱりで」
「ウフフフ」
諸見さんが食事を終え、私は濡れたタオルで諸見さんの手を拭いた。
口の周りを拭こうとすると、諸見さんが恥ずかしそうにして断った。
「自分でやりますから」
「いいじゃありませんか」
私は笑って諸見さんの口を拭いた。
今日は是非そうさせてもらいたかったのだ。
諸見さんが真っ赤になって口を拭かせているので、愛おしさが募った。
そして、珍しく諸見さんから話し掛けられた。
「あの」
「はい」
「自分はこんななんで。今日は他にお見せ出来る場所を知らなくて」
「え?」
「あの、すみません」
思わず笑ってしまった。
諸見さんのことが本当に愛しい。
「じゃあ、ここでゆっくり見ましょう」
私がそう言い、諸見さんの隣に腰かけた。
二人で美しい「忘れな草」を眺めた。
諸見さんが「ちょっと」と言い、車からスケッチブックを出して来た。
花を写生し、私に断ってから私のことも描いて下さった。
諸見さんを愛する気持ちを隠さず、ずっと諸見さんを見ていた。
描き終えて、諸見さんは私をまたハンヴィに乗せた。
適当に車を走らせる。
特殊なGPSが付いているので、道に迷うことはない。
私も常に方向は把握している。
でも、他にはあまり美しい場所は無かった。
私は帰りに、もう一度「忘れな草」を見たいとお願いした。
諸見さんが微笑んで「そうですね」と言ってあの場所へ戻ってくれた。
陽が翳って来ていた。
二人で薄暗くなるまで、花を眺めていた。
「この景色は、決して忘れません」
「そうですか」
「本当に、今日はありがとうございました」
「いいえ、不調法でどうも」
私は我慢できずに諸見さんを抱き締めた。
諸見さんの身体が緊張で硬くなるのが分かった。
そういうことすらも愛おしかった。
「!」
「すみません、諸見さん。しばらく、こうして」
諸見さんは声も出ず、ただ数度頷いた。
基地へ戻る車の中で諸見さんに言った。
「諸見さん、「忘れな草」の花言葉を御存知ですか?」
諸見さんは困ったような顔をされた。
「いいえ、自分は本当に何も知らなくて。でも、「忘れない」ということでしょうか?」
私は思わず微笑んだ。
私が何を言っても、諸見さんはいつだって真剣に考えて応えてくれる。
「その通りです。「私を忘れないで」。でも、他にもあるんです」
「それは?」
「真の愛」
「……」
諸見さんのお顔が輝いた。
車を停めて私の方を向いた。
「綾さん……」
「はい……」
私は諸見さんに口づけをした。
諸見さんは目を閉じて受け入れて下さった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
綾の記憶を見せてもらい、涙が止まらなかった。
蓮花も泣いていた。
「あいつら、本当に幸せだったんだな」
「はい。この世ではなかなか辿り着けない、幸せな中にいたようです」
「そうだな。あんな二人はいないだろう」
「はい。本当に美しい二人でした」
「そうだな」
諸見、もうお前は戦わなくてもいい。
ここで綾と幸せに過ごしてくれ。
綾、諸見を大事にしてくれてありがとう。
お前のことも絶対に忘れない。
お前たちは俺たちの中に永遠に生きるのだ。
お前たちの真の愛を忘れないぞ。
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