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夢のあとに Ⅱ
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俺の身体は二週間で復調し、石神家の剣聖たちも盛岡へ戻った。
他の基地などにいてくれた剣聖たちも戻る。
京都からの移動の途中で、虎白さんが蓮花研究所へ立ち寄った。
虎蘭は先に石神家へ戻っている。
俺も虎白さんと話したかったので、丁度良かった。
「タイガーファング」が蓮花研究所の敷地に降り、俺が出迎えた。
「よう」
「虎白さん、いろいろとお世話になりました」
「いいよ。俺たちは当主のために生きてんだからな」
「俺、当主なんですか?」
「ワハハハハハハハ!」
昼時だったので、蓮花が俺たちのための食事を作ってくれた。
俺の好きな太刀魚の天丼を作ってくれる。
他にナスの天ぷらやマイタケの天ぷらも乗せてある。
でかい丼を二人で掻き込んだ。
蓮花は自分は仕事があると言って、出て行った。
俺と虎白さんに自由に話させたいと考えたのだろう。
蓮花は「虎」の軍でもトップの人間の一人なので、知ってはならない話などない。
だが、敢えて俺たち二人にしてくれた。
それは、石神家の内情までは立ち入らないという配慮なのだろう。
「京都で麗星をいじめてないでしょうね」
「バカ言うな。何で俺が」
「だって、天豪のことであんなに怒鳴ってたじゃないですかぁ!」
「そうだったか?」
「もう!」
まあ、分かっている。
あの時、虎白さんは頭に血が昇り切っていた。
虎葉さんの技が盗まれ《刃》という強大な敵を生み出してしまった。
そのことで、麗星へきつい言葉を投げてしまった。
天豪のことは麗星も知らず、招き入れた俺たちもまったく気づかなかったことなのだ。
だから、本来は麗星に落ち度はない。
あるのは俺の責任だけだ。
そういうことは麗星も分かっていることだが、虎白さんは済まなかったと思っていたのだろう。
だから自分が道間家の護りに入ってくれた。
もちろん詫びはしなかっただろうが。
でも、もちろん麗星も分かっていた。
麗星から、道間家での虎白さんの話は聞いている。
毎日油断なく敷地を見回り、蓑原など道間家の人間を鍛え上げてくれたのだと。
食事に関しては毎回「美味い」と言っていたそうで、最後の日には虎白さん自らが作って麗星たちに食べさせたそうだ。
何が出たのかと思ったが、意外にも京料理で麗星たちを驚かせた。
天狼と奈々も可愛がってもらったようで、夜羽などは虎白さんに抱かれると上機嫌で笑っていたと。
天狼は常に虎白さんの傍を離れたがらず、相当懐いていた。
そういうことが、虎白さんの詫びだった。
「随分と麗星たちが世話になったようですね」
「何もしてねぇよ。ただ、あそこは居心地がいいな」
「そうですね」
「虎影の墓もあるしな」
「はい」
毎日墓所に行っていたようだ。
それはそうだろう。
俺は西安で天豪らしき《地獄の悪魔》を見たと聞いた。
報告でも聞いてはいたが、本当に天豪だったのかどうかは今となっては分からない。
しかし、虎白さんは確信があるようだった。
「多分よ、あいつはどうにもならなかったんだろうよ。だけど、最後に俺たちの側に着こうとした」
「はい」
「天丸はまた鍛錬を始めているよ。天豪らしき奴のことは一応伝えた」
「ええ、聞いてます。また随分と無茶をしているそうですね」
「いいんだよ、別に。俺らの剣技は無茶な奴ほど伸びるしな」
「ほどほどにお願いしますね」
「まあ、あいつもどっかの戦場で死ぬんだろうな」
「そうですね」
虎白さんが話題を変えた。
「諸見って奴のことは聞いた。俺も一度会いたかったな」
「最高の奴でしたよ」
「そうだろうな。デュールゲリエの綾も最高だ」
「はい」
俺は気になっていたことを虎白さんに聞いてみた。
「今回、《刃》は三体出ました。虎白さんはまだいると思いますか?」
「分からねぇけどな。でも、何となく打ち止めって気がするぞ」
「それは?」
「もっといるなら、それも出して来ただろうよ。西安とこの研究所は分かる。西安は誘い込んで俺たちの戦力を摺り潰していくためだし、まず俺たちの強い戦力を削るために出て来たんだろうよ。それと、この研究所は最重要拠点だしな。《刃》に手が出ないと思い込んでいたんだから、ここで一気に使わない手はねぇ」
「そうですね。パムッカレに現われたのは想定外でしたが」
「出来ればフィリピンとアゼルバイジャンにも出したかったろうよ。もしかしたら、三カ所で戦闘が終われば移動するつもりだったかもしれん」
「最後はアラスカですか」
「まあ、その前にうちだったろうけどな」
「そうですね」
石神家は今後の戦闘で厄介な敵になると向こうも思っていたはずだ。
もっと言えば、大阪や俺の病院、それに六花の故郷、ニューヨークなどもある。
《刃》は「虎」の軍にとって最悪の敵だったのだから、運用するのであれば一気に俺たちの拠点を潰したかったろう。
虎白さんの言う通りだと思った。
実際に大阪と俺の病院はその後に襲われている。
《刃》を撃破されたのは、「業」の側でも想定外の出来事だったはずだ。
これほどに早く俺たちが対抗手段を講ずるとは思ってもいなかっただろう。
ただ、諸見と綾、そして保奈美を喪ったことは俺にとっては大きなことだったが。
「業」にその狙いはあったのだろうか。
多分そうだろうと思った。
あいつらには「予言者」がいる。
保奈美と諸見、綾を喪った俺は、本来は大いに乱れていただろう。
虎白さんが俺に笑って言った。
「ところでよ」
「はい?」
「虎蘭とはヤッたのかよ?」
「虎白さん!」
「どうだ、いい女だったろう?」
「もう! まあ、そうですね。あいつもいい女です」
「そうだな。これであいつも、満足だろうよ」
「そうですかね」
「人間はよ、愛を知らなきゃいけねぇ」
「はい」
虎白さんらしからぬ言葉だったが、虎白さんの愛の大きさはよく知っている。
虎白さんが恐ろしく強いのは、その愛が巨大だからだ。
「お前に受け入れられなくても良かったんだけどよ」
「ちょっと!」
「あいつがここへ来たかったんだよ。許した俺に感謝しろ」
「もう、いい加減にして下さいよ!」
「ワハハハハハハハ!」
虎白さんが大きく笑い、立ち上がった。
「じゃあ行くな」
「はい、お世話になりました」
「バカ、これからだよ!」
「はい! 宜しくお願いします!」
虎白さんが石神家へ戻った。
日常が戻った。
俺はあの保奈美との長い年月を懐かしく思い返すようになっていた。
あれは忘れ得ぬ、美しい夢だったのだ。
他の基地などにいてくれた剣聖たちも戻る。
京都からの移動の途中で、虎白さんが蓮花研究所へ立ち寄った。
虎蘭は先に石神家へ戻っている。
俺も虎白さんと話したかったので、丁度良かった。
「タイガーファング」が蓮花研究所の敷地に降り、俺が出迎えた。
「よう」
「虎白さん、いろいろとお世話になりました」
「いいよ。俺たちは当主のために生きてんだからな」
「俺、当主なんですか?」
「ワハハハハハハハ!」
昼時だったので、蓮花が俺たちのための食事を作ってくれた。
俺の好きな太刀魚の天丼を作ってくれる。
他にナスの天ぷらやマイタケの天ぷらも乗せてある。
でかい丼を二人で掻き込んだ。
蓮花は自分は仕事があると言って、出て行った。
俺と虎白さんに自由に話させたいと考えたのだろう。
蓮花は「虎」の軍でもトップの人間の一人なので、知ってはならない話などない。
だが、敢えて俺たち二人にしてくれた。
それは、石神家の内情までは立ち入らないという配慮なのだろう。
「京都で麗星をいじめてないでしょうね」
「バカ言うな。何で俺が」
「だって、天豪のことであんなに怒鳴ってたじゃないですかぁ!」
「そうだったか?」
「もう!」
まあ、分かっている。
あの時、虎白さんは頭に血が昇り切っていた。
虎葉さんの技が盗まれ《刃》という強大な敵を生み出してしまった。
そのことで、麗星へきつい言葉を投げてしまった。
天豪のことは麗星も知らず、招き入れた俺たちもまったく気づかなかったことなのだ。
だから、本来は麗星に落ち度はない。
あるのは俺の責任だけだ。
そういうことは麗星も分かっていることだが、虎白さんは済まなかったと思っていたのだろう。
だから自分が道間家の護りに入ってくれた。
もちろん詫びはしなかっただろうが。
でも、もちろん麗星も分かっていた。
麗星から、道間家での虎白さんの話は聞いている。
毎日油断なく敷地を見回り、蓑原など道間家の人間を鍛え上げてくれたのだと。
食事に関しては毎回「美味い」と言っていたそうで、最後の日には虎白さん自らが作って麗星たちに食べさせたそうだ。
何が出たのかと思ったが、意外にも京料理で麗星たちを驚かせた。
天狼と奈々も可愛がってもらったようで、夜羽などは虎白さんに抱かれると上機嫌で笑っていたと。
天狼は常に虎白さんの傍を離れたがらず、相当懐いていた。
そういうことが、虎白さんの詫びだった。
「随分と麗星たちが世話になったようですね」
「何もしてねぇよ。ただ、あそこは居心地がいいな」
「そうですね」
「虎影の墓もあるしな」
「はい」
毎日墓所に行っていたようだ。
それはそうだろう。
俺は西安で天豪らしき《地獄の悪魔》を見たと聞いた。
報告でも聞いてはいたが、本当に天豪だったのかどうかは今となっては分からない。
しかし、虎白さんは確信があるようだった。
「多分よ、あいつはどうにもならなかったんだろうよ。だけど、最後に俺たちの側に着こうとした」
「はい」
「天丸はまた鍛錬を始めているよ。天豪らしき奴のことは一応伝えた」
「ええ、聞いてます。また随分と無茶をしているそうですね」
「いいんだよ、別に。俺らの剣技は無茶な奴ほど伸びるしな」
「ほどほどにお願いしますね」
「まあ、あいつもどっかの戦場で死ぬんだろうな」
「そうですね」
虎白さんが話題を変えた。
「諸見って奴のことは聞いた。俺も一度会いたかったな」
「最高の奴でしたよ」
「そうだろうな。デュールゲリエの綾も最高だ」
「はい」
俺は気になっていたことを虎白さんに聞いてみた。
「今回、《刃》は三体出ました。虎白さんはまだいると思いますか?」
「分からねぇけどな。でも、何となく打ち止めって気がするぞ」
「それは?」
「もっといるなら、それも出して来ただろうよ。西安とこの研究所は分かる。西安は誘い込んで俺たちの戦力を摺り潰していくためだし、まず俺たちの強い戦力を削るために出て来たんだろうよ。それと、この研究所は最重要拠点だしな。《刃》に手が出ないと思い込んでいたんだから、ここで一気に使わない手はねぇ」
「そうですね。パムッカレに現われたのは想定外でしたが」
「出来ればフィリピンとアゼルバイジャンにも出したかったろうよ。もしかしたら、三カ所で戦闘が終われば移動するつもりだったかもしれん」
「最後はアラスカですか」
「まあ、その前にうちだったろうけどな」
「そうですね」
石神家は今後の戦闘で厄介な敵になると向こうも思っていたはずだ。
もっと言えば、大阪や俺の病院、それに六花の故郷、ニューヨークなどもある。
《刃》は「虎」の軍にとって最悪の敵だったのだから、運用するのであれば一気に俺たちの拠点を潰したかったろう。
虎白さんの言う通りだと思った。
実際に大阪と俺の病院はその後に襲われている。
《刃》を撃破されたのは、「業」の側でも想定外の出来事だったはずだ。
これほどに早く俺たちが対抗手段を講ずるとは思ってもいなかっただろう。
ただ、諸見と綾、そして保奈美を喪ったことは俺にとっては大きなことだったが。
「業」にその狙いはあったのだろうか。
多分そうだろうと思った。
あいつらには「予言者」がいる。
保奈美と諸見、綾を喪った俺は、本来は大いに乱れていただろう。
虎白さんが俺に笑って言った。
「ところでよ」
「はい?」
「虎蘭とはヤッたのかよ?」
「虎白さん!」
「どうだ、いい女だったろう?」
「もう! まあ、そうですね。あいつもいい女です」
「そうだな。これであいつも、満足だろうよ」
「そうですかね」
「人間はよ、愛を知らなきゃいけねぇ」
「はい」
虎白さんらしからぬ言葉だったが、虎白さんの愛の大きさはよく知っている。
虎白さんが恐ろしく強いのは、その愛が巨大だからだ。
「お前に受け入れられなくても良かったんだけどよ」
「ちょっと!」
「あいつがここへ来たかったんだよ。許した俺に感謝しろ」
「もう、いい加減にして下さいよ!」
「ワハハハハハハハ!」
虎白さんが大きく笑い、立ち上がった。
「じゃあ行くな」
「はい、お世話になりました」
「バカ、これからだよ!」
「はい! 宜しくお願いします!」
虎白さんが石神家へ戻った。
日常が戻った。
俺はあの保奈美との長い年月を懐かしく思い返すようになっていた。
あれは忘れ得ぬ、美しい夢だったのだ。
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