上 下
2,664 / 2,840

夢のあとに

しおりを挟む
 朝に目覚めると、もう虎蘭はベッドにいなかった。
 時間は午前6時過ぎ。
 もう、あいつは鍛錬を始めているのだろうと分かった。
 だがそれも短い時間で、大体俺の傍にいることも分かっていた。

 虎蘭は、朝食の時間には俺を迎えに来た。
 今日は車椅子を用意しているので、きっと蓮花に言われたのだろう。
 こいつはどこでも俺を抱きかかえることしか考えていない。
 病人の扱いを知らないのだ。
 ただ、純粋な俺に対する思いがあるだけだった。

 午前中に聖が来てくれた。
 俺が朝食を終えたところで、こいつはいつでもタイミングがいい。
 聖も瀕死で、「タイガーファング」での移動だ。
 虎蘭が聖を連れて来た。
 自分の足で歩いてはいるが、フラついている。
 まだ身体は壊れたままなのだ。
 虎蘭がしょっちゅう俺の傍にいるのは、俺の護衛を中心に考えていることだと理解していた。
 いつまた「業」の襲撃があるとも限らない。
 その万一に備えて、常に俺の傍にいてくれる。
 だが、聖を案内すると虎蘭は部屋を出て行き、俺と聖の二人にしてくれた。
 聖と俺の時間を邪魔しないでくれる。

 「よう!」
 「トラぁ!」

 聖がいきなり涙を零した。
 ベッドの俺の脇に近寄り、頭を下げた。

 「トラ、済まない! 八木保奈美を救えなかったぁ!」
 「聖、分かってるよ。それはもう仕方ねぇ。お前が突っ込んでダメだったんだ。他の誰でも無理だったってことだ」
 「トラぁ! でもお前は俺に任せてくれたぁ!」
 「お前が最高だからな。でも無理なことはどうしようもねぇ。俺の方こそお前に相当な無茶をさせてしまった。すまん」
 「そんなこと! トラ、お前が俺に頼んだのに!」
 「だからもういいんだって。それに、保奈美とは最高の別れを済ませた。だからもういいんだ」

 俺は眠っている間に、保奈美と20年も連れ添った話をした。
 聖は最初は信じられないような顔をしていたが、俺が詳細にいろいろな話をしていくと、やがて納得してくれた。

 「親父の時にもあったんだ」
 「ああ、ここを襲って来た時か」
 「そうだ。あの時も親父と別な空間で会うことが出来た。保奈美とは20年だぞ。こんなにしてもらったら、満足以外はねぇよ」
 「トラ、本当にそうなのか?」
 「当たり前だぁ!」

 やっと聖が笑ってくれた。
 こいつは俺のことに関しては、絶対に勘違いをしない。
 本当に俺が大丈夫だと分かってくれたのだろう。

 「聖、俺たちは精一杯にやった。それでも届かないことは多い。それはしょうがねぇよ。俺たちはそういう世界で生きてんだ」
 「そうだな……」
 「諸見と綾のことも聞いているか?」
 「ああ。あの二人も助けたかった」
 「そうだな。最高の二人だった。だから最高に輝いて逝った」
 「……」
 「聖、俺たちはこれからも大切な人間を喪って行くだろう。でも俺たちは止まらない」
 「そうだな」
 「これからも頼むな」
 「ああ、任せろ!」

 聖がまた泣きながら言った。
 聖も痩せていた。
 俺たちはボロボロだ。
 俺は話題を変えた。

 「聖、「虎」の軍を再編成する」
 「なんだ?」
 「これからは、10億の妖魔など簡単に蹴散らす強さを持つ」
 「「魔法陣」か」
 「いや、それだけじゃねぇ。いつ、どこを襲われてもそれが出来る体制を作る」
 「どうすんだ?」
 「世界中に俺たちの拠点を置くよ。ソルジャーも増やすし全員を強くする」
 「そっか」
 
 「業」はゲートを使う。
 それによって、俺たちは常に後手に回ることになる。
 だから少しでも早く対応するためには、拠点が必要だ。
 もう一つ考えていることはあるのだが、そちらはまだ話さない。
 実現可能かどうか、分からないためだ。

 聖には、各国の傭兵団に声を掛けてもらうつもりだった。
 今、傭兵業界は賑わっている。
 各地で戦争、内乱が多発しているためだ。
 それに、「業」の側に完全についている国もある。
 そういった国は自国の兵士を信頼出来ず、金で雇える傭兵を使うことも多い。
 そして傭兵には正義もクソッタレもねぇ。
 納得できる金を払うと言って来た方に着く。

 「「業」が今後何をして行くのかを徹底的に世界に周知する。金払いのいい方へ着くというこれまでの常識は覆されるんだ」
 「そうだな。金を貰っても結局殺されるんだからな」
 「ああ。それに、いよいよ「業」のあの作戦が展開されるだろうしな」
 「ウイルスか」
 「佐野さんが捕えてくれた「ボルーチ・バロータ」の奴から、ついに情報を得た。ウイルスの増産が始まったようだ」
 「こっちの準備は?」
 「まだだ。実際にウイルスを研究しないとならないからな。だから初期段階でなるべく早く取り掛かりたい」
 「そっちの方は俺には何も出来ないけどな。でも感染者を捕まえることは任せてくれ」
 「いや、それは特別なチームを組む。お前には戦闘を主に担ってもらうことになるよ」
 「任せろ。もうどんな敵でも撃破してやる」
 「頼むぞ」

 聖は落ち着いて来て、俺に保奈美との思い出を話してくれた。

 「それほど話したことは無いんだ」

 まあ、聖は俺以外とは全員とそうだった。
 むしろ話をしたことのある人間の方が貴重だ。

 「トラが危ないって、「ルート20」の井上さんから呼ばれたことがあってよ」
 「ああ! 木村から聞いたよ。大野組の時だろ? 俺も全然知らなかったんだ」

 木村を攫った大野組と揉めていた時だ。
 俺が木村を取り返したが、大野組は俺を狙って道具を集めていた。
 それを井上さんが知って、密かに俺を護衛する段取りを組んでくれた。
 その時、喧嘩が強い聖も呼ばれたのだ。
 保奈美は四六時中俺と一緒にいたがり、何度も聖と顔を合わせるのでおかしいとは思っていたが、ああやって二人が俺を守ってくれていたのだ。

 「あの時、保奈美と話すこともあった。保奈美はお前のことを絶対に護りたいので、俺に力を貸して欲しいと言っていた」
 「ああ、そうだったか」

 保奈美と聖は特に俺の周囲をずっと護ってくれていた。

 「一緒にトラの周囲を見張っててさ。トラのことを二人で話したりした。あいつ、本当にトラのことが大好きでさ。俺も楽しかったんだ」
 「そうか、お前、保奈美と話してたんだな」
 「うん」

 聖の珍しい他人との交流だった。

 「いい女だったな」
 「その通りだ。最高の女だった」

 俺が聖と一緒に傭兵になると決め、保奈美と別れた。
 俺がもっと保奈美のことを考えていれば、こんなことにはならなかった。
 あの世界で過ごした20年間のように、俺と保奈美はきっと……

 「トラ、大丈夫か?」
 「もちろん。お前こそ大丈夫か?」
 「当たり前だぁ!」

 二人で笑った。

 聖と一緒に食事をし、聖はアラスカへ戻って行った。
 すぐに傭兵勧誘に動き出してくれるだろう。






 俺の身体は数日で何とか動かせるようになったが、風呂はいつも虎蘭と一緒に入った。
 そして夜は一緒のベッドで眠った。
 徐々に俺の身体は戻り、虎蘭を本気で攻めて失神させた。
 そういう関係になっても、虎蘭は必要以上に俺に甘えて来ることは無かった。
 まあ、そういう女らしい行動はあまりよく知らないのかもしれない。
 しかし、尖っていた雰囲気が少し和らいだ気がする。

 俺は虎蘭の愛によって、帰還したこの世界に自然と馴染むことが出来た。
 保奈美との夢の時間は俺の中に確かにあったが、俺は自分が存在するこの世界に帰って来たのだ。
 甘美な夢は終わり、俺は本当に為すべきことを再開する。

 夢のあとは俺にどうしようもない寂寥をもたらしたが、俺はそれを表に出すことは出来なかった。






 ただ、無性に寂しかった。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

処理中です...