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石神虎蘭 Ⅱ

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 食堂まで虎蘭に抱えられ、俺は椅子に座らされた。
 蓮花がスープを作ってくれていた。

 「今の状態が分かりませんので、取り敢えずこれをお召し上がりください」
 「ああ、ありがとう」

 腹筋と背筋が衰え、椅子に座っているのも難儀した。
 虎蘭に肩を支えられたが、生憎腕が上がらなかった。

 「おい、悪いが喰わせてくれ」
 「はい!」

 虎蘭が笑顔で俺の手からスプーンを奪い、俺の口に運んだ。
 動こうとしていた蓮花も驚いていた。

 「お前がやんのかよ!」
 「はい!」

 蓮花も笑って見ていた。
 蓮花が俺の肩を持って身体を支えた。
 スープは温めに仕立ててあった。
 虎蘭は温度を確かめずにスプーンを口に持って来た。
 まあ、石神家の連中が看護なぞ出来るわけがねぇ。
 それでも、虎蘭が俺の身体を精一杯に世話しようとしている心は分かった。
 蓮花が、先ほど俺に報告出来なかったことを話した。

 「聖さんは一時倒れて重い症状でした。今は回復されていますが」
 「あいつには無茶をさせてしまったな」
 「いいえ、保奈美様を御救い出来ず、大層お嘆きでした」
 「そうか。聖は今、どんな状態なんだ?」
 「先週やっと起き上がれるようになられたと」
 「そんなにだったか」
 「はい。お身体のご負担はもちろんですが、やはり石神様から頼まれた保奈美様のことを悔いていらっしゃったせいかと」
 「……」

 あいつには本当に無理をさせてしまった。
 聖は自分の身体も厭わず、無謀な動きをしたのだろう。
 俺が頼んでしまったばかりに。

 「聖をここへ運べるかな?」
 「はい! 手配いたします!」

 聖はアラスカの「虎病院」にいるそうだ。
 最高の警備態勢であいつを護るためだ。
 それに聖が負傷していることを敵に知られない目的もあっただろう。
 俺と聖の「虎」の軍の最大戦力が無いと知れば、「業」も強襲作戦を強行したかもしれない。

 俺が食事をしているのを見ながら、蓮花は俺が眠っている間に、大阪と京都の道間家、そして俺の病院が狙われたことを話した。
 大阪は海戦型ジェヴォーダンの群れが侵攻し、皇紀が撃退したと。
 風花は出産間近で、戦闘には出ていない。
 大阪湾から3000キロからの距離で200体のジェヴォーダンを瞬時に壊滅させたと知った。
 まあ、あいつなら難儀も無かっただろう。
 京都の道間家は妖魔10億での猛攻だったようだが、虎白さんが常駐しており道間家の人間たちと難なく制した。
 麗星の「大赤龍王」も凄まじかったそうだが、何よりも虎白さんの超剣技がそれ以上に壮絶だったそうだ。
 驚いたのは病院で、3億ほどの妖魔の群れだったようだ。
 それが上回る数の「鬼」が出て来て呆気なく撃退したと。
 院長の「鬼理流」か。
 六花や鷹が出撃する間も無かったそうだ。
 蓮花やアラスカも緊急事態を把握していたが、何もすることも無かった。
 いよいよ病院まで狙われたか。

 亜紀ちゃんと柳は今もあちこちの戦場を回っている。
 時折帰って来て、俺の病院に入院している茜を見舞っていると聞いた。
 双子は家を護っている。
 茜は全身の創傷と骨折で重傷だったようだが、今は回復に向かっている。
 精神的なショックも、徐々に和らいで来たそうで安心した。
 葵と響子が傍にいるせいだと聞いた。
 響子から聞いたという「予言」の話が大きいようだ。
 俺も初めて聞いた。
 むしろ落ち込む響子を茜が慰めているそうだ。
 アラスカ「虎の穴」、パムッカレ、フィリピン、アゼルバイジャンの基地に攻撃は無かった。
 《御虎》シティや六花の故郷も無事だ。

 蓮花の作ったスープが身体に沁み渡って行くのを感ずる。
 俺の肉体がどんどん力を取り戻していく。
 まだ上手く筋肉を動かせないが、そう遠くなく元に戻るだろう。

 「栞様と士王ちゃんは、一旦アラスカへ戻しました」
 「そうか。俺が回復したらまた戻してくれ」
 「はい!」

 この研究所が狙われたのは、士王がいたからかもしれなかった。
 「虎」の軍の最重要拠点であることも大きかったろうが。
 万一のことを考え、蓮花が指示してくれたのだろう。

 虎蘭たち剣聖はここで万一の防衛任務に就きながら、ブランたちの訓練指導もしてくれていた。
 石神家式ではあったが、ブランたちには刺激的に実戦を学ぶいい機会になった。
 石神家の人間はみんな無愛想なのだが、虎蘭は違う。
 明るく優しい奴なので、ブランたちも喜んで厳しい鍛錬をしていたようだ。

 俺の身体はしばらく自由には動かず、筋肉が戻るまで虎蘭の世話になることが多かった。
 蓮花もジェシカも忙しく、手伝いたがったが俺が断った。
 それに虎蘭も俺の世話をしたがった。
 トイレは根性で自分で始末したが、風呂は虎蘭に洗ってもらう。
 あいつも裸で一緒に風呂に入った。
 俺と同じで全身傷だらけだ。
 そして、俺と同じくそれを何とも思っていない。
 
 「高虎さんの傷の数には劣りますね」
 「ワハハハハハハハ!」

 劣る、と言った。
 虎蘭にとって、傷は何のこともないものなのだ。

 「お前はもっと女の恥じらいを持て」
 「アハハハハハ!」

 一緒に湯船に浸かり、俺が気分よく歌を歌うと黙って目を閉じて聞いていた。

 「高虎さんは音楽がお好きなんですね」
 「そうだな。俺と切り離せないものだな」
 「私にも教えてくださいよ」
 「自分で好きな音楽を聴けばいいんだよ」
 「だから、そういうの、教えてくださいって」
 「『TORA』のCDを聴け」
 「ああ!」

 虎蘭も知っていた。
 持っていて時々聴くそうだ。

 「なんだよ、じゃあいいじゃんか」
 「うーん」
 「なんだよ?」
 「さっきの歌って、なんて言う歌なんですか?」
 「フォーレの『夢のあとに』という歌だ」
 「いい曲ですよね!」
 「そうか?」

 もう一度歌ってやった。

 ♪ Dans un sommeil que charmait ton image Je revais le bonheur, ardent mirage,(お前の姿に見惚れる眠りの中で 俺は幸せな夢を見た、燃え盛る幻想を) ♪

 ♪ Tu m’appelais et je quittais la terre Pour m’enfuir avec toi vers la lumiere, (お前が俺を呼ぶと、俺は地上を離れて お前と一緒に光の方へ駆け出したのだ) ♪

 俺は歌い終わり、歌詞の意味を虎蘭に教えてやった。
 虎蘭にも、俺が歌った理由が分かった。

 「保奈美さんとの夢なんですね」
 「そうだな。あいつとは20年も連れ添ったんだ」
 「幸せでしたか?」
 「もちろんだ。あんなに幸せで長い時間は俺の人生の中では無い。全部保奈美が俺にくれたんだ」
 「保奈美さんもですよ」
 「なんだ?」
 「高虎さんに、最高の幸せな時間をもらったんです」
 「そうだといいな」
 「そう言ってたでしょう?」
 「え?」

 何故虎蘭がそれを知っているのかと一瞬思ったが、そうではなく虎蘭の勝手な確信だった。

 「そうに決まってますって」
 「……」

 虎蘭が俺を見詰めていた。
 熱く、そして眩しい視線だった。

 「そうだな」

 俺が言うと、虎蘭が俺を前から抱き締めて来た。

 「高虎さん。私もどうしようもなく高虎さんが好きです」
 「おい、俺は多くの女と繋がっているろくでもない男だぞ」
 「そりゃそうですよ。高虎さんは多くの女を夢中にさせるんです」
 「何言ってやがる」
 「虎白さんに言われました」
 「なんだ?」
 「《刃》との決戦の直前に。生き延びたら高虎さんの子を産めと」
 「あの人はぁ!」

 二人で笑った。

 「でも、戦闘前の真っ赤になっていた私の中で、その言葉で綺麗な光が浮かんで来たんです」
 「なんだ?」
 「私の本心なんだって。そう分かりました」
 「そうかよ」

 若く真直ぐな虎蘭らしい愛の告白だった。
 俺たちは長いキスをした。
 
 その晩、俺たちは結ばれた。
 虎蘭は獣のように叫び、俺にむしゃぶりついた。
 俺はまだ動かしにくい身体で、虎蘭の嵐を見詰めていた。
 雄々しい雌虎は俺を抱き締め、激しく吼え立て、やがて静かに眠った。
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