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石神虎蘭

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 目覚めると、ベッド脇に虎蘭が立っていた。
 俺をジッと見詰めていて、やがて破顔した。

 「高虎さん!」
 「お前か」

 意識ははっきりしていたが、身体が上手く動かなかった。
 神経がまだ覚醒していないのだ。
 それに身体全体に力が入らない。
 でも、すぐに自分がどこにいるかを把握し、恐らく蓮花が駆けつけて来ることは分かっていた。
 それほどに意識に問題は無かった。

 「どれくらい眠っていた?」

 俺は自分が長く眠りに付いていたことも分かっていた。

 「一ヶ月ほどです。いつ起きるのか誰にも分からずに心配していました」
 「そんなにかよ……」

 20年も保奈美と暮らしていたのだ。
 まあ、一ヶ月は短いのかどうか分からんが。

 「良かった。みんな目覚めるとは言っていたのですが、私は心配で」
 「悪かったな。すっかり世話になった」
 「いいえ、とんでもない」
 「お前、ずっとそこにいたのか?」
 「まあ、そうでもないですよ。でも、この研究所で私が一番ヒマでしたから。よく見に来てました」
 「そうか」

 多分、そう暇なことも無かっただろう。
 アラスカの「虎の穴」の指令本部が、俺が眠っている間の防備を石神家に頼んだのだろうと思った。
 虎蘭に確認すると、やはりその通りだった。
 蓮花の研究所に虎蘭と虎風(とらかぜ)さんと虎義(こぎ)さんの三人が配備された。
 重要施設だからだ。
 京都の道間家には、なんと虎白さんが行っているらしい。
 天豪のことで虎白さんは麗星を怒鳴りつけていたので、麗星はさぞ複雑な気持ちだったろう。
 だが、きっと虎白さんはそのことを悔いている。
 だから自分が自ら護りに行ったのだ。
 天豪のことは、麗星のせいではない。
 見抜けなかった俺たちの責任なのだ。

 虎蘭たちが《刃》を降したことは確信している。
 聖もそうだ。
 保奈美は死んだが。

 「おい、《刃》をちゃんと殺したんだろうな?」
 「もちろん。私が初撃と止めを」
 「そうか、やったな」
 「でも、保奈美さんは……」
 「ああ、知っている」

 不思議とそれほどの悲しみは湧いて来なかった。
 悲しい思いはもちろんだが、保奈美とは20年も一緒に連れ添ったのだ。
 別れはきちんと終えた。
 虎蘭も、それ以上は何も言わなかった。

 「おい、身体が上手く動かせねぇ。手伝ってくれ」
 「いえ、もう少し寝てて下さい。今、蓮花さんが来るでしょうから」
 「そうか、そうだな」

 蓮花は予想通り、大泣きの状態で部屋に入って来た。
 いつもの着物ではなく、白衣の姿だ。
 急いで飛んで来たのが分かる。
 ベッドの俺の頭を抱いて子どものように泣き喚いた。
 しばらくそうさせていたが、やっと動かせるようになった右手で蓮花の首を抱いた。

 「おい、心配をかけたな」
 「いいえ! いいえ! いいえ!……」

 蓮花はそれだけを叫んでいた。
 ジェシカもやって来て、ミユキやブランの連中まで押しかけて来た。
 剣聖の虎風さんと虎義さんもいる。
 ロボが飛んでベッドに来た。
 俺の顔を舐めまくる。
 ちょっと魚臭いので、食事をしていたのだろう。
 ロボには俺が必ず目覚めることが分かっていたので、心配はしていなかったようだ。
 なんとなく、そんな気がした。

 「よう、会いたかったぞ」
 「にゃー!」

 ようやく蓮花が俺から離れた。
 涙を拭い、俺を笑って見ている。

 「石神様、八木保奈美様が亡くなられたことはもう知っておられるのですね」
 「ああ。後でそのことを話す。先に戦闘の概要を教えてくれ」
 「はい」

 蓮花が話した。

 「西安では石神家の方々が、難なく《刃》を討伐されました。ここでの戦闘は石神様のお陰で一人の犠牲者も無く。そしてパムッカレでは「虎」の軍の基地は無傷です。避難民の方々が戦闘に巻き込まれ、124名の犠牲者が」
 「そうか。ソルジャーとデュールゲリエは?」
 「デュールゲリエは50体が破壊され、そのうちの23体はボディを換装し戻りました。ソルジャーは……」

 蓮花が言葉に窮した。

 「誰が死んだ?」
 「はい、18名が。その中に諸見さんと綾が……」
 「ああ、知っている」
 「御存知だったのですか!」
 「保奈美から聞いた。立派な最期だったとな」
 「保奈美様が! はい、本当にその通りでございました」

 蓮花が少しホッとした顔をしていた。
 俺に諸見達のことを伝えるのが、一番辛かったのだろう。

 「諸見さんは保奈美様を御救いするために、《刃》の正面に立たれました。綾が高速で諸見さんの前に進み《桜花》で自爆致しました。その一瞬の隙に諸見さんが「虎槍」で《刃》を破壊致しました。諸見さんはその時に刺し違えたのでございます。斃すまでには至りませんでしたが、《刃》は戦力を大きく減じ、侵攻を止めました。しかし再生しながら一撃を放ち、保奈美様と避難民の多くが……」
 
 「そうだったか」

 諸見と綾はもういない。
 理解はしていても、俺の中に空いた空洞はまだ埋められなかった。
 聞きたいことはまだまだあったが、俺は一度解散にした。
 蓮花に食事の用意を頼んだ。
 虎蘭だけが残った。

 「高虎さん、起きられますか?」

 俺は自分で立ち上がろうとしたが、やはり身体に力が入らなかった。
 笑って虎蘭に助けを借りた。
 立ち上がって分かったが、随分と痩せていた。
 筋肉が衰え、動かせなかったことが分かった。

 「一ヶ月も寝たきりだったからな」
 「はい」

 徐々に尿意を催して来た。
 トイレに行くのでデュールゲリエの誰かを呼ぶように言ったが、虎蘭が笑って言った。

 「私が手伝いますよ」
 「おい!」
 
 虎蘭は笑いながら俺を抱きかかえた。
 俺の下を脱がせ、トイレに座らせた。
 身体を支えている。

 「お前、目くらい閉じろよ!」
 「いいじゃないですか」
 「このやろう!」

 まあ、恥ずかしがる俺でもない。
 そのまま済ませると、虎蘭が俺の先端を優しくトイレットペーパーで拭った。
 
 「男はそんな必要ねぇんだぞ?」
 「そうなんですか?」

 虎蘭はまた笑って俺の下を戻し、また抱きかかえた。

 「高虎さん、食事は出来そうですか?」
 「ああ、段々腹が減って来た」

 虎蘭が、俺が眠っている間は点滴も入れなかったと教えてくれた。
 久留守が来て、俺の血が眠っている間も俺の身体を維持すると言っていたそうだ。
 俺が保奈美との旅を続けていることを久留守は分かっていたのだろう。
 だから、少しでも刺激をしないように言ってくれていたのだ。
 まあ、栄養の補給が無かったせいで俺の筋肉は衰えたのだろうが。
 でも生命維持がどのように為されていたのかは、皆目見当もつかない。





 多くの大切な者を喪ってしまったが、俺たちの戦いは終わらない。
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