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愛の旅路 Ⅲ

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 俺も一人前として認められるようになり、徐々に第一外科部のホープと認められて行った。
 修行は蓼科部長自らのオペの技術習得に移って行った。
 「奇跡の外科医」として世界中に知られている蓼科部長のオペの手腕は、俺にとって最高の修行となった。
 一切の淀みなく動いて行く両手。
 患部への果敢な執刀。
 美しさと荘厳さが重なった見事なオペだった。
 その蓼科部長の直接の指導により、それが俺にも宿りつつあった。

 「お前ならばと思っていたよ」
 「まだまだです!」
 
 毎回笑って俺のオペを褒める蓼科部長に、本当に自分の未熟さを毎回感じていた。





 蓼科部長の直接指導が終わり、俺は保奈美にプロポーズした。
 まだ自分では未熟さを痛感してはいたが、蓼科部長からそろそろけじめを付けろと言われた。
 俺もこれ以上保奈美を待たせるつもりもなかった。
 サンシャイン60の最上階の会員制のバーラウンジ。
 二人で豪華な食事とワインを楽しんだ。
 そして保奈美にプロポーズし、指輪のケースを見せた。
 20カラットのダイヤモンドの婚約指輪を奮発した。
 途端に保奈美が涙を零す。

 「トラ!」
 「待たせてしまったな。保奈美、俺と結婚してくれ」
 「喜んで! 私からもお願いします!」
 「ああ、宜しくな!」

 翌日、蓼科部長に報告すると喜んで下さった。
 数日後にはわざわざお宅にまで呼んでくれ、奥さんの静子さんと一緒に祝って頂いた。
 蓼科部長のお宅には、何度も保奈美も連れて来ている。
 俺だけの時はその数倍あり、ほとんど家族のように接して下さっていた。
 お二人が本当に嬉しそうに祝って下さった。
 
 「お前もやっと結婚か」
 「はい、お猿の怖い人がなかなか一人前にしてくれなかったんで」
 「なんだ、石神!」
 「まあまあ」
 
 静子さんが大笑いしながら止めてくれた。
 保奈美は笑いを堪えていた。
 蓼科部長は病院内でも相当偉い人だ。
 笑っちゃまずい。
 蓼科部長を茶化すのは、俺だけの特権だった。
 
 山口のお袋にも報告し、保奈美と二人で挨拶に行った。
 お袋も保奈美のことは知っていたので、喜んでくれた。
 南原さんたちも喜んでくれ、歓待された。
 二泊させてもらい、保奈美は南原さんや陽子さんと左門とも仲良くなれた。
 一緒にゴルフまでさせてもらい、保奈美はどんどん上手くなったが、俺はまあ酷いもんだった。
 練習場で南原さんが丁寧に指導してくれたが、思い切り打ったボールが真上の鉄骨に跳ね返り、後ろの左門の顔スレスレをぶっ飛んで行った。
 みんなが引き攣りながらも笑ってくれた。

 「コースに出るのは、また今度にしようか」
 「そうして下さい」

 陽子さんがマジで大笑いしていた。

 結婚式では蓼科部長夫妻が仲人を引き受けてくれ、大勢の人たちに祝われた。
 御堂や山中、花岡さんも参列してくれ、「ルート20」の連中も呼んだ。
 一種異様な奴らだったが、精一杯に俺たちを祝う姿に、他の出席者たちも笑顔になってくれた。
 茜と武市が終始大泣きで、槙野とイサはそれ以上に泣いていた。
 井上さんが俺たちの家を建ててやると言い、天丸はタイマンを俺に申し込み、無茶苦茶だった。
 御堂が友人代表の挨拶をしてくれた。
 聖まで来てくれた。
 他人と慣れないあいつが、御堂や山中とも楽しそうに話していた。
 上機嫌だった。
 お袋はずっと嬉しそうに笑っていた。
 そうすることが出来て、俺も嬉しかった。
 俺と保奈美は結婚し、幸せな結婚生活を送った。

 しばらくは俺のマンションで生活し、いずれ家を建てようと話し合った。
 俺も保奈美も毎日幸せだった。
 茜がよく遊びに来て泊って行った。
 昔以上に保奈美に夢中で、茜が来ると家の中が一層明るくなった。

 「お前、よく大型免許を取ったよなぁ」
 「はい! 女将さんのお陰なんですよ!」

 茜の驚くべき定食屋の話を聞き、俺も保奈美も大笑いしながら感心した。
 「ルート20」の他の連中もよく遊びに来たし、俺たちも連中の所へ遊びに行った。
 保奈美と二人の時にも、いつだって楽しく話した。
 昔の思い出も幾らでもあり、また病院での話も多かった。
 
 「ねえ、新しくオペ看に配属された峰岸鷹さんって、物凄くガッツがあるの!」
 「ああ、知ってるよ」
 「顔立ちも綺麗だしね。それにね、トラのことを神様みたいに崇拝してるのよ?」
 「え、俺を?」
 「うん! トラが鷹の最初のオペ室作りを手伝ってあげたんでしょ?」
 「まあ、あれは他の新人ナースにもやってるけどな」
 「それに、オペの時にもいろいろ気遣ってくれたんだって」
 「あいつは頑張ってるからな。実家が有名な料亭じゃない。そこを飛び出してナースになりたいって奴だからな。根性が違うよ」
 「うん、私もそう思う。楽しみだよ」

 保奈美も鷹のことを気に入って、可愛がるようになった。
 鷹も保奈美に懐いていた。
 やがて蓼科部長が院長に就任することになり、俺は第一外科部長に推薦された。

 「トラ! スゴイじゃない!」
 「いや、断るつもりだよ。斎木先輩とかいるしさ」
 「え、断っちゃうの?」
 「俺は出世には興味ないしな。斎木さんの方が相応しいしよ」
 「そうなんだ」

 保奈美はそれ以上何も言わなかったが、この件は蓼科部長が強く推し、ついに俺の昇進が決まった。

 「何度も断ったんだけど、あのおサルは強硬でよ」
 「いいじゃん! 期待されてんだから、それに応えないと!」
 「まあ、そうか」
 「そうだよ! ねぇ、お祝いしなきゃ!」
 「えー、別にいいよー」
 「ダメだって! あたしが仕切るからね!」
 「おい、あんまし大げさにしないでくれな」
 「えーと、御堂さんでしょ。あとは」
 「御堂は忙しいよ」
 「聞いてみるから! 山中さん、花岡さん、あとは鷹と、あー、トラを慕ってる人は多いから、結構な人数になっちゃうなー」
 「だからぁ!」
 「ウフフフフフ」

 銀座のエスコフィエを貸し切って豪華な昇進祝いになった。
 俺は恥ずかしかったが、みんなが喜んでくれ、やって良かったと思った。
 ブサイクな一江が隅で暗かったので、俺が引き寄せていろんな話をした。
 俺の右腕にするとみんなの前で言うと、一江が青い顔をしていた。
 斎木が拍手をし、全員が祝った。
 一江が泣いた。




 俺たちは、明るい未来に向かっていることを実感し、本当に幸せだった。
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