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パムッカレ 緊急防衛線 XⅧ

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 蓮花研究所での戦闘は終わった。
 俺が《刃》を斃して、すぐにブランたちやデュールゲリエたちが残存戦力を駆逐し、敵はいなくなった。
 蓮花に他の戦地の状況を確認しようとしたその時、俺は背後に気配を感じた。

 振り向いた俺は激しく動揺した。

 「保奈美! どうしてここにいる!」

 誰かが運んだのかと一瞬思ったが、連絡もなく来るはずもない。
 それも一瞬で悟った。
 俺は全てを悟った。

 「お前……」

 保奈美が微笑んでいた。
 保奈美は最高に美しかった。

 「トラ、やっと会えた」
 「うん……」

 保奈美は死んだのだ。
 だが、保奈美は幸せそうに笑っていた。
 俺たちが別れた、あの高校時代の若々しく輝く美貌の保奈美の姿で。
 保奈美が俺に言った。

 「トラ、一緒に旅してくれないかな?」
 「もちろんだ。どこまでも行こう」
 「嬉しい!」

 俺たちは旅立った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「石神様ぁ!」

 蓮花が急に叫んだので驚いた。
 私と士王は蓮花たちと一緒にいる。
 おじいちゃんはすぐに駆け付けてくれ、戦闘に入っていた。
 目の前の大スクリーンで、あの人の戦闘が映されていた。
 強敵であったはずの《刃》を呆気なく降し、そして突然、あの人が倒れた。

 「ミユキ! すぐに石神様を御救いして! 急いでぇ!」
 「蓮花、何があったの!」
 
 蓮花が滂沱の涙を流している。
 あの常に冷静な蓮花が激しく取り乱していた。

 「石神様が! 石神様がぁ!」
 「蓮花、落ち着いて! 何があったの!」
 
 ジェシカがコンソールで確認している。

 「石神さんは御無事です! バイタルはちゃんとあります!」
 「本当に!」
 「はい! 外傷も無いと思われます!」
 「じゃあ、どうして突然意識を喪ったの!」
 「それは分かりませんが……」

 蓮花が泣きながらジェシカからコンソールを奪い取った。
 すぐに様々な確認をしている。

 「確かに! 石神様が生きておられる!」
 「蓮花、どうなってるの!」
 「お身体は正常のようです。ただ、意識を喪われています! ミユキ! まだなのですか!」
 
 ミユキがやっと到着した。
 前鬼と後鬼も一緒だ。
 三人とも慌てているのが分かる。

 「今運びます!」
 「すぐに! ああ、待って! 今移動車を回します!」
 「石神様に外傷はありません! あ」
 「どうしたのですか!」
 「笑っておられます! 石神様が嬉しそうなお顔で!」
 「!」

 蓮花がコンソールを操って、自動走行車を回した。
 3分程で到着し、ミユキがそっとあの人を横たえた。

 「石神様……」

 あの人の状況は蓮花にも分からないようなので、私も出迎えに行った。
 戦闘は終了していたが、念のために士王はジェシカに任せて残した。
 運ばれたあの人は、確かに眠っているようだった。
 あの人の寝顔はよく分かっている。
 とても幸せそうな顔をしている。
 こういう時、翌朝にはいつも上機嫌で素敵な夢を観たのだと話してくれた。
 ならば、きっと……

 蓮花が脳波の測定をすると言った。

 「待って、蓮花。この人は、何か夢を観ている」
 「栞様、それはよろしいのです! 何か衝撃でお身体に変調があると……」
 「違うの。きっと楽しい夢を観てる」
 「なんですと?」

 蓮花が私を驚いた顔で見ている。
 若干、検査を拒む私に不信はあったが。

 「蓮花、もう一度あの人が倒れる前の映像を確認して。何かあったのかもしれない」
 「分かりました。《ロータス》、聞きましたね!」
 《はい、蓮花様。すぐに精査致します》
 「急ぎなさい!」
 《かしこまりました》

 20分後、量子コンピューター《ロータス》が報告した。
 その間にも蓮花はあの人の脈を摂り、CTやMRIなどの準備を進めていた。
 待っている間に蓮花が、《ロータス》がこれほど時間が掛かるのはおかしいと何度も呟いていた。

 《捉えました》
 「随分と遅かったですね!」
 《申し訳ありません。0コンママイナス24乗の僅かな時間ですが、ようやく未知の存在を確認致しました》
 「未知の? 映像を出しなさい」
 《映像は結ばれておりません。複数の霊素観測レーダーの複合的な解析です。鮮明なものは作成できませんが、CGで再構築いたします》
 「出しなさい」

 《ロータス》がスクリーンに投影した。
 ブレていて確かに鮮明では無かったが、女性のように見える。

 《全ての観測データを統合して、ようやく結像出来ました。更にフィルターを通すことで予測出来る可能性があります》
 「言いなさい」
 《40%の確実性ですが、八木保奈美の姿の可能性が。最後に会った綾のデータからの推測です》
 「なんですって!」

 全員が驚いた。
 既にパムッカレで保奈美さんが発見され、その後に戦闘で亡くなられた連絡は受けている。
 あの人にはまだ伝えられていないのだけど。
 どうして死んだはずの保奈美さんが!

 「栞様、これは一体……」
 「分からないわ。でも、あの人は保奈美さんと会っているのかもしれない」
 「それは!」
 「前にもあったの。短い時間だったけど、あの人のお父様の虎影さんが襲って来た時」
 「あの異空間での邂逅ですか!」

 蓮花もあの人から聞いている。
 その通りだ。
 短い時間だったけど、あの人はこことは別な空間で虎影さんと会って会話したのだ!

 「それでは今、石神様は保奈美様と!」
 「分からない。でも、あの人の顔がこんなに穏やかに笑っている。私はだから」
 「はい、医療機器も一切の異常は認めていません。本来は脳波の測定と反応を確認したいところですが」
 「脳波の異常は確認してもいいと思う。でも、パッシブの刺激は避けて」
 「かしこまりました!」
 「それと、出来るだけ静かな場所に。出来るだけ保奈美さんと一緒の時間を邪魔しないで」
 「はい!」

 自分でも理由は分からないが、私はそう思った。
 今、二人は大切な邂逅をしている。
 何故かその確信があったからだ。
 保奈美さんは20年もあの人を追って戦場を巡っていた。
 どれほどの思いだったことか、私にも分かる。
 ならば、あの人も自分を探していたと知った保奈美さんは、必ずあの人に会いに来たいだろう。
 蓮花が脳波測定の準備を始めた。
 CTやMRIも通したかっただろうが、私が止めた。
 検査で異常が無いことを確認し、あの人をいつもの部屋へ運んでベッドに横たえた。

 あの人の状態はすぐにアラスカへも知らされたけど、私と蓮花が無事を保証した。
 亜紀ちゃんや柳さん、ルーちゃんとハーちゃんが来た。
 ジェイさんと月岡さんは、あの人の部屋の前で額を床に打ち付けて謝っていた。
 私が話し、みんなにそっとしておこうと言った。
 ロボだけが一緒に寝た。
 ロボは特別だ。
 きっとあの人にとって悪い影響は無いと思った。

 あの人は幸せそうに眠っていた。
 保奈美さんの死をどう伝えようか、みんなで悩んでいたが、あの人の寝顔が大丈夫だと伝えているようだった。
 みんなが、そう思えた幸せそうな笑顔で眠っている。

 三日が経っても、あの人は目を覚まさなかった。
 その間に、様々な人たちが見舞いに来た。
 ターナー大将、御堂君、院長ご夫妻、早乙女さん一家、一江と大森さん、おじいちゃんも来た。
 みんな、部屋の入り口であの人をそっと見て帰った。
 早乙女さんの久留守君が言った。

 「主様は別な世界にいらっしゃいます。必ず戻りますので、見守って下さい」
 「そろそろ栄養を入れなければなりませんが」

 蓮花が幼い久留守君に敬語を使っていた。
 久留守君が尋常でない存在であることを知っているのだ。

 「必要ありません。主様の御血が全てを賄いますので」
 「なるほど、そういうことなのですね」
 「こちらではなるべく刺激を与えぬように。今、主様はとても大切なお時間をお過ごしです」
 「そうなのですか」

 蓮花も私たちも、その言葉を信じた。
 普通でないことが起きているのだけど、みんな自然と受け入れた。
 私たちはその間に、「業」の襲撃を警戒した。
 あの人が眠っていることを知られてはならない。
 聖さんも身体が不調で寝込んでいる。
 今、「虎」の軍は最大戦力を喪っているのだ。
 何かあれば石神家のみなさんを頼ることになるだろう。
 実際、各基地には石神家の剣聖の方々が常駐している。
 ここには剣聖の人たちが3人来ている。
 一人は虎蘭さんだ。
 毎日あの人の部屋を覗いている。
 私にはその心がよく分かった。
 道間家には虎白さんが行っているそうだ。
 今回の天豪君のことは知っているので、麗星さんは複雑だろう。
 茜ちゃんは、あの人の病院へ入院した。
 葵は蓮花の研究所で機体を新たにして、茜ちゃんの傍に付いている。
 茜ちゃんのショックは大きいだろうけど、みんなで何とか支えて欲しい。





 あの人は、眠っている。
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