上 下
2,629 / 2,840

天丸と天豪 Ⅳ

しおりを挟む
 明らかに常軌を逸した存在。
 体長4メートル以上、体重凡そ1.5トン。
 上腕の太さは1メートルを超え、前腕も太い。
 太ももは150センチで、筋肉の束がうねっている。
 おまけに頭部に角があり、獰猛な牛のような顔だ。
 これまで天丸が相手にして来たのはあくまで人間であり、体躯に関しては天丸以上の人間はいなかっただろう。

 それでも天丸は立ち向かった。
 妖魔は、最初は天丸の攻撃を受けるだけだった。
 顔面にパンチは届かないが、天丸が見事な飛び蹴りを見舞った。
 天丸の身体能力はすさまじい。
 強烈なパンチやキックを次々に見舞って行く。
 人間相手であれば、殺しているほどの勢いだ。
 しかし、そのどれもが全く通じていない。
 天丸の顔が必死になった。
 天丸がローキックに切り替えた。
 人間相手ならばハイキックになる。
 妖魔の太腿ではなく、膝関節を狙って撃ち続けた。
 妖魔は相変わらず受け続け、やはりダメージは無い。
 天丸は半歩近づいて、膝を曲げて飛び蹴りを妖魔の膝関節に見舞った。
 ガキンと音がして、妖魔が初めて体勢を崩した。
 しかし、その直後に右腕の一振りで天丸は吹っ飛んだ。
 ガードも意味を為さない強烈なものだった。
 リング外でのびている天丸に声を掛けた。

 「おい、大丈夫か?」
 「あれは無理だぜ」
 「そうだな」

 俺は笑ってリングに上がった。
 先ほどとは違い、妖魔は瞬間に移動する。

 「ほう、速くなったな」

 俺は笑って振り向きもせずに後ろ蹴りを見舞った。
 視覚ではなく気配察知だ。
 妖魔が吹っ飛ぶ。
 リング外へ飛び出して動かなくなる。

 「すげぇな! それが「花岡か!」
 「いや、普通の立ち技だよ」
 「なんだと!」

 笑っていると、麗星と天豪が降りて来た。

 「おい、天豪! リングへ上がれ」
 「はい!」

 天豪もコンバットスーツへ着替えてリングへ上がって来る。
 俺に一礼し、腰を引いて両手を前に出して構えた。
 足は横に開いている。
 典型的なレスリングのスタンスで、膂力の強い天豪には合っている。
 相手の攻撃を受けるスタイルであり、その攻撃を掴めば天豪はいかようにでも料理出来るのだろう。
 天丸の試合を見たことがあるが、その時には重心を低く取り足を前後にしたスタンスだった。
 総合格闘技のスタンスであり、タックルや立ち技に対応しやすいものだ。
 恐らく天豪も総合格闘技の技を教育されているだろうから、完全に俺に対するスタンスなのだろう。
 こいつは、あらゆる格闘技に精通しているのが分かる。

 俺は前に飛び出し、タックルではなくそのまま天豪の両腕の間に入った。
 天豪は驚いていたが、即座に俺を掴みにかかる。
 その両腕を指で突いた。
 急所だ。

 「ウッ!」

 小さく呻いて身体を後退させる。
 俺は前に踏み出して天豪の胃に掌底を撃ち込んだ。
 天豪が吹っ飛んで転がった。
 苦しがっていたが、すぐに立ち上がる。

 「おい、無理すんな」
 「大丈夫です!」

 天豪が無理矢理に笑った。
 無理な笑顔だったが、本当に嬉しそうだった。

 俺は今度は黙って立っていた。
 天豪が遠慮なく攻めて来る。
 ローキック、ジャブ、フック、ハイキック、どれも俺が余裕で捌いた。
 天豪の瞳が輝き、右フックを撃って来た。
 俺は前に出てかわし、そこへ左のアッパーが来る。
 天豪の必殺技であることが分かった。
 空中に跳ねてかわすと、前に出た天豪が無数の攻撃を仕掛けて来る。
 俺は回転する足と手でまた捌いた。

 「面白いことをやるな!」
 「スゲェです!」

 俺も嬉しくなり、天豪に攻撃を仕掛ける。
 リズムを崩し、天豪を翻弄する。
 トップスピードで攻撃し、天豪が無防備になる。
 軽く当てるだけなので、天豪にダメージは無い。
 しかし、天豪には俺が一撃で沈められることが理解出来ていた。

 「じゃあ、行くぜ!」

 右手の鉤突きを撃った。
 即座に左のフックから、連続して技を繰り出した。
 48手の攻撃が天豪を翻弄する。
 最後に中段蹴りで天豪をリングの外へ弾き出した。

 「参りました!」

 天豪が笑って戻って来た。

 「石神さん、やっぱスゴイですね!」
 「お前もなかなか面白いな。あの右フックと左アッパーのコンビネーションは面白かった」
 「俺の隠し技なんですよ。初見でかわされたのは初めてです」
 「アッパーを受けたら、次の攻撃があったんだろう?」
 「まあ、そうです。避ける奴はいなかったんですけどね」
 「ワハハハハハハハハ!」

 天丸もリングへ上がって来た。

 「トラ、最後の技はなんだ!」

 やはり、こいつも気付いていた。

 「ああ、《奈落》という技だ。聖と一緒に回避不能、防御不能の技を考えた」
 「聖か! ああ、あいつも強かったよなぁ」
 「トラさん、あれは凄いですね。まったく防御出来ませんでした」
 「だからそういう風に考えたんだって」
 「感動しましたよ」
 「そうか」

 三人でシャワーを浴びて着替えて上に上がった。
 麗星が庭の東屋で冷たいお茶を出してくれた。
 天狼と奈々が来て、俺に甘えた。

 「麗星、天豪のことは何か分かったか?」
 「はい、「流観」の素質はあったのですが。でも、道間の者としてはそれほどとは」
 「そうか」
 「トラ、構わない。俺なんかは何の素質も無いんだしな」
 「そうですよ、トラさん。俺たちはどんどん鍛え上げて行くだけです」
 「そうか」

 俺は二人を見た。

 「おい、やっぱりお前たちの格闘技の才能は凄いぞ」
 「そうですか!」
 「特に天豪な。お前なら、さっきの《奈落》も他の技も教えれば習得出来るぜ」
 「是非!」
 
 「ガハハハハハハハ!」

 天丸が大笑いした。
 天豪も笑っている。

 「おい、トラ。もうよせ。俺たちはとっくに覚悟を決めてんだ」
 「なんだよ」
 「お前、天豪にまた総合格闘技をやらせたいんだろう」
 「そりゃ、あんな才能があったらなぁ」
 「バカ! もう格闘技なんて未練はねぇ。俺たちはお前の下で戦いたいだけだ」
 「お前らなぁ」

 天豪も言った。

 「石神さん、ありがとうございます。石神さんが優しい方だって、親父からはいつも。でも、俺も親父と同じですよ。もう決めたんです。俺たちは「業」と戦います」
 「お前らにソルジャーとしての才能が無くてもかよ」
 「はい! そんなもの関係ありません。でも、努力してきっとお役に立ちますよ」

 呆れた奴らだ。
 麗星が俺の肩に手を置いて笑っていた。

 「あなたさま、やっぱりそうですよ」
 「そうだったな」
 「御自分が幸せになりたい方々ではないです」
 「そうだな、バカだかんな」
 
 麗星が言った。

 「天豪さん、さきほどのお話は嘘でございます」
 「なんですって?」
 「天豪さんには途轍もない才能がおありでした。道間家の歴史の中でも相当上の部類です。特に「流観」の才はとても! また他にも「牙波」や「流魂」、「背闇」など、幾つもの素養をお持ちです」
 「あの、なんだか分かりませんが、俺にも才能があるんですか?」
 「はい! 道間家で鍛えても良いのですが、旦那様がもっと良い場所で鍛えて下さるでしょう」
 「本当ですか!」

 俺も笑うしかなかった。
 先ほど天豪を連れて行こうとする麗星に、天豪には才能が無いと伝えるように言ったのだ。
 こいつらには日の当たる普通の道を歩んで欲しかった。

 「おい、天丸。お前も才能はあるから安心しろ」
 「ほんとか!」
 「ああ、最初にやったでかい妖魔な。あいつはお前にある術をかけていた」
 「だから攻撃が通じなかったのか!」
 「そうじゃねぇよ! お前の攻撃なんぞあんな程度だ。そうじゃなくってな、お前が恐怖し、委縮するようにしたんだ。でもお前は突っ込んで行った」
 「あ、ああ。なんだ、俺は弱いのか」
 「今の肉体ではな。でも、精神は違う。お前は一流の戦士の魂を持っている。何者にも屈しない、鋼の精神だ」
 「そうか!」
 「まあ、昔からお前はそうだったよな」
 「ああ!」

 天丸はいつも突っ込んで行った。
 それでやられても、いつも笑っていた。
 負けない男、それが天丸だった。

 俺は天狼と奈々と少し遊び、天丸たちは蓑原たちの訓練を見学した。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...