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西安 潜入調査 Ⅳ

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 アラスカから、石神様のお言葉として、西安全体が「業」に侵食されている可能性を示唆された。
 そのお陰で僕たちの「嫌な感じ」が、そういうものだと考えることが出来た。
 その前提で街を観察すると、更に予感が増して来るのが分かった。
 単なる「感じ」が具体的な方向性を得ることで、関連する事象を正確に捉え出したのだ。
 この街は自由な生産活動をしているというよりも、何か一つの目的に覆われて動いている感じがする。
 本来は様々な人間の思惑や嗜好で動いているはずが、何らかの意図や制約があるように思える。
 僕たちが作戦を実行すれば、やがて明らかになって行くだろう。

 4トントラックはすぐに分かった。
 荷台に回り、周囲に監視が無いことを確認してロックを解除した。
 僕たちの暗号通信で開くように設定されている。
 僕が扉を開け、5万の《スズメバチ》を発進させる。

 今回の作戦は、《スズメバチ》による情報収集だ。
 西安市内全域と《ハイヴ》のある山中にばら撒く。
 音声はもちろん、電磁波や電話、ネット回線のデータも全て収集する。
 それらは暗号通信でアラスカの《ウラノス》に集められ、データセットを作って行く。
 あらゆる情報から、《ハイヴ》のことを調べて行くのだ。
 僕とズハンは《スズメバチ》の情報解析によって、現地で行動する役割だった。

 《スズメバチ》たちはあらゆるセンサーに加えて、自己判断で移動、擬態、隠伏の機能が備わっている。
 攻撃力よりも、今回はそういう盗聴の装備になっている。
 加えて、光学迷彩や電磁波遮断の隠密性能も高い。
 事前に配置場所はセッティングしてある。
 《スズメバチ》は独自に侵入方法を解析し、普段は入れない場所へも侵入していった。
 発電所や機密の高い重要施設も政府の施設、そして重要人物の住居や事務所などにも楽々と進入して行った。
 軍事基地でさえも、《スズメバチ》たちが侵入方法を解析してどんどん潜り込んで行く。
 まあ、通信網を全て盗聴出来るので、その成果が大きくなるだろう。
 僕たちはホテルへ戻り、進捗を監視していた。

 10時間で一通りの《スズメバチ》の潜入が完了した。
 あとはデータが《ウラノス》に送られ、情報を統合していくだろう。
 石神様がこの方法を提案された。
 このような方法で諜報活動をされれば、防ぎようがないだろう。
 高度な暗号化の仕組みも《ウラノス》にかかれば呆気なく解読される。
 実際に、潜入を初めてから、既に有用な情報が幾つも把握された。
 僕たちは次の段階に移行した。
 




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 西安の三合会の人間が全員脱出したと連絡が来た。
 わざわざ報告していることと、この短時間に決意したことに驚いた。
 本当に出来る連中だ。

 「ハオユー、あの車はどうする?」

 アストンマーチン・DBSのことだ。

 「うん、自動操縦で移動させよう」
 「そうだよね! 石神様が選んで用意して下さったものだもんね!」
 「ああ」

 アストンマーチンには高度なAIが装備されており、自動操縦で指定の場所まで走行できる。
 運転手がいないことに気付く人間もいるかもしれないが、サイドウィンドウはスモークで見えない。
 一応フロントウィンドウには運転手を投影出来るので、バレることはないだろう。

 僕たちは三合会が用意した西安市内のビルにトラックを移動させた。
 ビルの敷地横に駐車場もある。
 二人でトラックから殲滅戦装備の機体をビルに運んだ。
 ズハンと一緒に組み立てて、準備が整った。
 アラスカに通信し、全ての準備が整ったことを知らせ、待機する。

 僕たちが西安に来てから26時間。
 事態が急変した。

 アラスカから連絡が来た。
 僕たちの脳内に直接繋がる秘匿回線だ。

 「ハオユー、ズハン、西安市内で無差別憑依が始まった」
 「「!」」
 「市民の80%が敵だ。しかも、恐らくそのうちの1割は解析の結果、《デモノイド》だ。そいつらは恐らく潜伏していたんだろうけどな」
 「なんですって!」
 「残りの2割は判別不明だ。だが、恐らく全員が「業」の側だと思っていい」

 霊素観測レーダーでの解析結果だ。
 ばら撒いた《スズメバチ》が情報を収集していたのを、恐らく察知して強硬手段に出たのだ。
 最悪の事態だった。

 「中国は戸籍の無い人間も多い」
 「はい黒孩子(ヘイハイズ)ですね」
 「それらが「業」に流された可能性が高い。今西安にいるのはそういう連中だろう」
 「分かりました」
 「お前たちはすぐに撤収しろ。殲滅戦装備以外は放棄して構わない」
 
 事態は急変していた。
 僕は自分の考えを問うてみた。
 それも、僕の《ウィスパー》によるものだろう。
 これまで町を見回った感覚と今の情報から導かれたものだ。
 
 「判別不明の20%というのは、もしかしてバイオノイドではないでしょうか」
 「なんだと!」
 「ここをパンデミックの起爆としていることは考えられませんか!」
 「!」

 アラスカの指令本部はすぐに検討すると言って、一旦通信を切った。
 1分後にまた通信が来る。

 「虎と話し合った。お前の言う通りの可能性が高いと虎が判断した」
 「分かりました」

 僕は更に司令本部に提案した。

 「司令本部に提案があります」
 「なんだ?」
 「殲滅戦装備で、一度《ハイヴ》を攻撃しては如何でしょうか」
 「バカを言うな! それは危険過ぎる!」
 「いいえ。《シャンゴ》を投下し、《刃》が出て来るかを確認するだけです」
 「それでも危険だ!」
 「虎の御判断を」

 「……」

 今度は10分程待たされた。
 その時間は、僕とズハンの安全を討論したために割かれた時間だと感じた。
 即断即決が「虎」の軍の特徴だ。
 有難かった。
 結局、司令本部は僕たちの提案を受け入れてくれた。
 石神様からの御指示ということで、威力偵察の具体的な方法まで指示された。
 やはり、僕たちの安全策を検討していた時間なのだ。
 
 「虎からは、くれぐれも無理をするなと言われている。必ず生還しろと」
 「分かりました!」

 作戦は、僕とズハンでの《ハイヴ》の威力偵察と、西安の破壊の二方面作戦になった。
 これから「虎」の軍の宣戦布告が通達され、西安市全体の破壊が行なわれる。
 我々が入手した証拠が中国政府に開示され、同時に中国政府の裏切り行為を糾弾する。
 その間に「虎」の軍がアラスカから来て、西安市を壊滅させる。
 《ハイヴ》の破壊は別だ。
 あそこを落とすには、相当な戦力が必要になる。
 僕たちの出撃の許可と共に、ある作戦が立てられた。
 石神様がとんでもないことを発案されたのだ。

 僕とズハンは殲滅戦装備を装着した。
 既に《スズメバチ》は引き上げ、回収ポイントへ向かわせている。

 「ズハン、無理はしないようにね」
 「ハオユーもね。石神様からの厳命だから」
 「うん!」

 ズハンが嬉しそうに笑った。
 僕たちのことを石神様が気に掛けて下さったからだ。

 僕たちは、太白山の《ハイヴ》の威力偵察へ向かう。
 主な目的は《刃》の存在の有無を確認することだ。
 石神様は、まだ《刃》がここにいると考えておられる。
 「業」のゲートは様々な場所へ妖魔たちを送り込めるようだが、恐らく《刃》に関してはここに留めていると。
 それは、「虎」の軍をここへ惹き付けるためであり、強力な戦力を送り込むことで《刃》に迎撃させるつもりだろうと。
 最強戦力の聖様を一蹴した《刃》は、「虎」の軍のどのような戦力も迎撃できると考えている。
 だから、石神様や他の精鋭を出来るだけここへ誘い込んで斃すつもりなのだ。
 僕たちは、それを確認しようとしていた。

 僕たちは意気揚々と《ハイヴ》に向かった。
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