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西安 潜入調査 Ⅱ

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 ニューヨークから空路で中国へ渡った。
 パスポートなどは、「虎」の軍で用意された。
 僕とズハンは人間として正規なルートで中国へ入国する。
 今は車で西安市へ向かっていた。

 「クレアが大分怒ってたようね」
 「ああ、無理もないよ。大事な「家族」を殺され掛けたんだ」
 「うん。自分が復讐に行くって石神様にまで頼み込んだらしいわ」
 「そりゃ相当だよなぁ」

 ズハンもちょっと怒っている。
 僕たちデュールゲリエのAIは、石神様をデータセットの中心核にしている。
 通常のAIのデータセットとは異なるものなのだが、要は思考のパターンの基礎となるものということでは同じだ。
 AIは膨大なデータセットの量と質によってそれぞれの性能が決まる。
 多くの場合は人間が情報を分類し、データを積み重ねて行くものがデータセットと呼ばれるものだ。
 その情報がどのようなものかによって、AIの性能が決まると言っていい。
 例えば樹木のことを教えるのに、数万の植物について「これは何という木」「どこに植生がある」「寿命は」「花は」、そういったことを細々とデータの分類をし、データセットにする。
 そうするとAIは樹木についての受け答えが出来るようになり、グラフィックを描けるようにもなる。
 昔は開発企業でそういう作業を行なっていたが、あまりにも時間と労力がかかるので、いまではデータセットを作る会社もある。
 まあ、その実態は不法入国者を安い賃金で雇い、毎日膨大なデータの仕分けをしていることも多い。
 あるドイツのデータセット企業では、8割が不法就労者とのことだ。
 そして運が悪ければ一日中首吊り死体を見せられることもある。
 それらがどれほどおぞましいのかをセットしていくのだ。

 僕たちデュールゲリエは、石神様の思想を中心にしている。
 そのために、蓮花様が石神様に様々なご質問をし、また亜紀様たちが伺ったという石神様のお話がデータ化されていった。
 今も石神様の言動がデータセットに加わっている。
 石神様のお考えが、最も正しく美しいというセットをされているのだ。
 その他にも、それらの情報の周辺にある情報も。
 そうすることで、石神様の「御像」が僕たちの中に結ばれ、思考の中心核となっている。
 もちろん他のAIのように、他にも様々なデータセットも使われている。
 でもそれらも、石神様のお好きな御本や映画、歴史などが中心となった。
 その他にも軍事関連のデータも多い。
 その上に「花岡」を中心とした戦闘能力が加わり、私たちは《デュールゲリエ(硬戦士)》として仕上がっている。
 だから、クレアの怒りもよく分かるのだ。
 石神様の大切な親友の聖様を傷つけて、僕もズハンも怒っている。
 ましてや、聖様の家族であるクレアの怒りは一層だろう。
 僕たちは相互に連携しているけれども、個別の環境による思考も感情もあるのだ。
 一様にならないことで、一層の複雑なデータセットが出来上がっていく。
 特に僕とズハンには、最新の技術で「第六感」のようなものが備わっている。
 石神様の「戦場の勘」というものが、少しずつルー様とハー様によって解析されて実装が実現しつつあるのだ。
 今はまだ実験段階なのだが。

 「石神様のために、少しでも多くの情報を入手しなければね」
 「そうだね。がんばろう」
 「うん!」

 僕とズハンは西安に向けて移動している。
 サビロブルーのアストンマーチン・DBSに乗っている。
 こんな高級車に乗っているのも、僕たちがニューヨークの金持の華僑の子どもたちという設定だからだ。
 僕もズハンも、人目を引く美しい容姿に作られていた。
 僕は身長180センチで、頭髪は後ろと横を刈り上げて上と前髪を長く垂らしている。
 目鼻立ちは欧米人のようで、眉と瞳が黒いことで中国系に近づけている。
 ズハンも僕に似た顔立ちで、目元は僕よりも切れ上がり、クールな印象になっている。
 ズハンは肩までのストレートの髪型だ。
 僕はヒッキーフリーマンの麻のスーツで、ズハンはシャネルのシルクの上下にエルメスの薄い革のジャケットを羽織っている。
 近く本土へ帰って仕事をする予定なので、様々な土地を回っているということになっている。
 仕事は貿易関連と言っているので、情報を集めるには怪しまれないだろう。
 アストンマーチンはもちろん様々な改造を施しており、ある程度の武装もある。
 僕たちは長安区を目指していた。

 西安は古くからアジアの重要な地域であり、長安の都もここにあった。
 今も中国の重工業の要であり、国策として重要視されている都市でもある。
 更に、ここには中国の大陸間弾道弾の多くが秦嶺山脈の太白山を中心とした地下トンネル網に配備されているのだ。
 だから石神さんは西安の割譲に拘った。
 無暗に核ミサイルを撃たせないという意図もあったのだ。
 石神さんは、「業」との戦いとは別に、世界中から核ミサイルを一掃する活動も続けていらっしゃる。
 我々「虎」の軍には核ミサイルも意味をなさないが、そういうこともあって、各国に廃棄を促している。

 「西安に入ったよ」
 「うん。ハオユー、運転を替わろうか?」
 「大丈夫だ。まずはホテルへ行こう」
 「うん」

 ソフィテル・レジェンド・ピープルズ・グランドホテル・シーアン。
 そのオペラスイートを予約していた。
 一泊25万円程度で、超高級ホテルだ。
 僕たちは疑似的に食事も出来る。
 潜入捜査のために、そのような義体に作られていた。

 チェックインし、キャビンボーイが荷物を運んで部屋へ案内してくれた。
 僕たちの美しさに見惚れている。
 特にズハンを見ていた。

 「まあ、いい部屋だね」
 「そうね」

 僕たちはさり気なく、満足そうにして多目のチップを渡した。
 ボーイは嬉しそうに恭しく受け取って部屋を出た。
 怪しまれないように、少し部屋で過ごしてホテルを出る。

 「まずは三合会の人間と会うか」
 「うん、「荷物」を受け取らなきゃね」

 僕たちは待ち合わせのホテル近くの高級中華料理店へ向かった。
 三合会には、《スズメバチ》を運んでもらっている。
 中国国内で怪しまれずに運ぶために、流通に通じている三合会に運搬を任せた。
 今回の作戦の要となる積み荷は、決して覗かないように言っている。
 4トントラックで運ばれているはずだった。

 ホテルから歩いて移動したが、街の様子が何かおかしい。
 中国、西安は初めて来たが、雰囲気が尋常ではないのだ。
 都市にはいろいろな人間がいる。
 それぞれの意図や思考で動いているわけだが、この街ではその雰囲気がおかしい。
 石神様の「勘」はまだまだ我々の中に再現出来てはいないが、僕は何かを感じていた。

 「ズハン、この街はおかしいね」
 「うん、なんか嫌な雰囲気がある」
 「気を付けよう」
 「うん」

 僕たちは、早くも戦場の気配を感じ始めていた。
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