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双子と磯良 Ⅵ

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 石神姉妹と池袋で出会った翌日。
 今日は土曜日だ。
 俺は昼前に起きて胡蝶に電話した。

 「磯良!」

 胡蝶が嬉しそうにして電話に出た。

 「ああ、ちょっと相談があってさ」
 「何! すぐに行くから!」
 「いや、別に来なくていいよ」
 「行くから!」
 「……」

 俺は諦めて二人分の昼食を作った。
 米を炊き、鰆を三枚に下ろして半身ずつ下処理をしてムニエルにした。
 ショウガを摺おろし、大葉を刻んで豆腐の薬味を作る。
 大根を細切りにして味噌汁を。
 キュウリの浅漬けを切っている間に、胡蝶が来た。
 明るいベージュのキュロットスカートに、薄いピンクのサマーセーターを着ている。
  
 「あ! いい匂い!」
 「まあ、入れよ」

 胡蝶を座らせ、野菜サラダを盛り付けて一緒に食事にした。

 


 「夕べ、早乙女さんの仕事の後で、外食をしたんだ」
 「うん」

 胡蝶は嬉しそうに鰆のムニエルを食べている。

 「そこで、石神姉妹に会った」
 「!」
 
 胡蝶がご飯を口に入れて呑み込んだ。
 少し警戒した目で俺を見る。

 「見張られてるの?」
 「いや、そうじゃない。偶然だよ。毎月通っている家が池袋にあるらしい。二人の楽しみなんだとも言ってたな」
 「誰だろう?」
 「それは分からないよ。でも、その店で、今度俺に手料理をご馳走して欲しいと言われた」
 「へぇ」

 胡蝶は俺が監視されていないことが分かって安心した顔になった。

 「おい、俺は困ってるんだぞ」
 「いいじゃない。磯良の料理って美味しいし」
 「あの二人の喰う量を見ただろう。一体どれだけの量を用意すればいいんだよ」
 「普通でいいんじゃない? あの異常に合わせる必要はないよ。美味しいものを普通に作ればいいじゃん」
 「え?」
 「昨日も、ちゃんと自分たちで調整してその家に行ったんでしょ?」
 「あ、ああ」
 「だったら、そういうことだよ。あの二人も、自分たちの食欲の異常さは分かってるんだって。足りないから暴れるってことはないと思うよ?」
 「そうかなー」
 
 胡蝶は笑って味噌汁を飲んだ。
 嬉しそうな顔をした。

 「ほら、こんなに美味しいんだもん! 大丈夫だって」
 「分かったよ」

 俺も胡蝶に微笑み返した。
 こいつに相談して良かったと思った。
 次女ということもあり、胡蝶は自由な思考を持っていた。
 俺はその自由さにこれまで何度も救われて来た。

 「ありがとう」
 「いいえ!」

 食事を終え、俺が洗い物をしていると胡蝶が立ち上がった。

 「じゃあ、シャワーを借りるね!」
 「どうしてだよ?」
 「あ、磯良はちょっと匂う方が好き?」
 「何言ってんだよ! もう帰れ!」
 「アハハハハ!」

 自由過ぎる女だった。
 美しい胡蝶が笑い、魅力的な胡蝶を前にして俺は自制心を総動員して耐えた。




 俺は駅まで胡蝶を送り、そのまま「アドヴェロス」の本部へ行った。
 土日と祝祭日は基本的に早乙女さんは休みだ。
 もちろん、事件が起きれば出動する。
 しかし、「アドヴェロス」は攻性の組織だ。
 事件を待っているよりも、情報を収集してこちらから襲撃することの方が多い。
 先日の板橋区のガスタンクなどは、例外の事件だ。
 但し、「アドヴェロス」はとにかく対応が早い。
 早乙女さんの連携の素晴らしさだが、自衛隊の対妖魔の特殊部隊を即座に動かすことが出来る。
 いつもはちょっとのんびりした雰囲気の早乙女さんだが、実際には切れ者だ。
 まあ、あの時は咄嗟のことだから、「アドヴェロス」のトップハンターの俺が駆り出されたわけだが。
 俺たちが担う「特殊案件」の事件は圧倒的に東京都内が多い。
 そして、攻性でいられるのは、実に優秀な索敵人がいるためだ。
 どのような人物なのかは、俺も知らされていない。
 俺たちの中核であり、非常に重要な人物だから、万一にもその正体が知られてはならないからだ。
 コードネームで「便利屋さん」と呼ばれている。
 それに最近では「虎」の軍の《霊素観測レーダー》が大半の情報を捉えている。
 早乙女さんの奥さんの雪野さんが、《ピーポン》を使って解析してくれている。

 俺はなるべく、土曜か日曜に本部に顔を出すようにしている。
 早乙女さんがいない間に異常が無いかを確認するためだ。
 妖魔事件は短時間で大きな被害をもたらす場合がある。
 その経験が、俺にこういう行動を取らせていた。

 「なんだ、磯良! また来たのか」
 「早霧さん、こんにちは」

 40代前半の筋骨逞しい人だ。
 本部の寮に住んでいて、ここに来るとよく顔を合わせる。
 明るく、俺のような子どもにも対等に付き合ってくれる。
 
 「今のところ、特に事件はないぞ。「便利屋さん」からも、警戒レベルの情報すらない」
 「そうですか」
 「お前も真面目だなぁ。俺たちがいるんだから、何かあれば連絡するって」
 「いいえ、性分なもので」
 「じゃあ、訓練に付き合えよ」
 「いいですよ」

 早霧さんは剣士だ。
 特殊能力もその凄まじい剣技にある。
 名前は知らないが、古くからある凄まじい剣術らしい。
 最初に見せてもらった時には驚いた。
 斬るだけではなく、破壊する剣技だった。
 一緒に出動した現場で、洋上200メートル先の漁船が、岸からの早霧さんの剣技で粉砕された。
 中にいた連中も、すべて無数の肉塊になっていた。

 「散華」という技だと教えてもらった。
 俺の「無影刀」とも似ているが、爆散させる技だった。 
 
 俺たちは本部内の道場へ向かった。

 その時、警報が鳴った。
 俺と早霧さんは作戦室に急いだ。





 「磯良君、来てたんだ!」
 
 情報処理官の成瀬さんがいた。

 「はい、状況は?」
 「「便利屋さん」からで、横須賀に豪華客船で乗り付けたようよ。洋上を大きく迂回して来たから、それで探知が遅れたって」
 「じゃあ、北海道からの?」
 「うん。間違いないわね「

 成瀬さんは苦い顔でそう言った。
 数か月前、北海道で「業」による「無差別憑依」が起こった。
 妖魔を人間を選ばずに無差別に体内に入れ込む攻撃だ。
 以前にも何度かあったが、最初は1割程度の成功率だった。
 それから徐々に成功率を伸ばし、今は8割を超える。

 成功率は、失敗した人間は醜く変身したまま死ぬからだ。
 その数と、撃退された数によって計算される。

 いつ、どこでそれが起きるのかが分からず、世界中が恐れている。
 それが「業」の狙いでもあるのだろう。
 「虎の軍」は、特殊な《霊素観測レーダー》を開発した。
 他の人間には分からないだろうが、それは驚くべき技術だ。
 つまり、妖魔の観測を可能としたということになるためだ。
 ごく一部の人間に、それが出来る者はいる。
 しかし、それを「レーダー」にしたということは、機械での探知を可能としたということだ。

 「虎の軍」は超絶の技術を持っている。

 「「便利屋さん」から続報! 妖魔の数はおよそ400体! レベル5の災害級が12体いるわ!」
 
 その場に集まった「アドヴェロス」のハンター・メンバーが驚いた。
 
 早乙女さんが到着した。
 自宅からここまで、超高速移送車がトンネルで繋がっている。
 成瀬さんから詳しい状況を聞いていた。

 「みんな! 今回は過去最大の数に加え、災害級が12体確認されている。キング・オーガ8体、バジリスクタイプ3体、スーパー・トロール1体。特にバジリスクタイプには注意が必要だ! 気を付けてくれ!」
 
 キング・オーガはオーガ・タイプを指揮する。
 自身も相当な能力を有し、瞬間で音速を超える移動をし、その怪力は小さなビルなら一撃で崩壊させてしまう。
 バジリスクタイプはもっと厄介で、口から吐く有毒ガスは、吸い込んだ人間を硬直させ数日で全身の筋肉を硬化させて死に至らしめる。
 スーパー・トロールは全長100メートルほどの巨体で、もうこうなると怪獣だ。
 歩くだけで甚大な被害が出る。

 いずれも、世界でも稀にしか見なかったタイプだ。
 それが横須賀に集結している。
 
 「今回は「アドヴェロス」結成以来の強大な敵だ! 外からも有力な応援を頼んだ。みんなも無理をせずに頑張ってくれ」
 
 「今回は私の出番ですかね」

 十河さんが前に出て言った。

 「はい、念のために今回は同行を願います」
 「分かった」

 全員が真剣な顔で早乙女さんと十河さんを見ていた。
 十河さんの能力は凄まじい。
 恐らく、横須賀一帯を消滅させる力がある。
 だが、その能力は、十河さんの命を縮める。
 高齢の十河さんにとって、それは死を意味していた。

 「でも、応援を頼んだ二人が、きっと何とかしてくれます」
 「分かった。でも、もしもの場合はこの力を使わせて下さい」
 「お願いします」


 俺たちは「CH-53K キングスタリオン」輸送ヘリに乗り込んだ。
 ハンター13名のうち、十河さんを含めた6名と成瀬さんたちの情報部隊も乗り込む。
 この「キング・スタリオン」自体が現場の指揮本部となる。
 ハンターは俺、十河さん、早霧さん、愛鈴さん、葛葉さんだ。
 「アドヴェロス」の常任ハンターの半数の出撃となる。
 残りの半分は待機だが、それはこの大規模な侵攻ですらが「陽動」の可能性があるからだ。




 30分程で現場に到着した。
 既に、地獄の釜の蓋が開いていた。
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