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刃 Ⅲ

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 皇紀の処置を終えた一江と大森がオペ室へ入って来た。
 オペ中に外から人間が入って来るのは通常の病院の規定を冒しているが、今は緊急事態だ。
 俺と院長は聖の処置を懸命にしていた。
 輸血は十分に用意してある。
 各種薬も十分にある。
 処置の速さだけが必要だった。

 「一江! 俺の血を聖に輸血しろ!」
 「はい!」
 
 一江は躊躇なく俺のスラックスを降ろし、皮膚を消毒してからシリンジの針を俺の腿の静脈に刺した。
 方法も量も指示しなかったが、一江は全てを承知していた。
 俺の血がどういうものかは、一江も分かっている。
 大森も指示無く、邪魔にならない位置で聖の右腿の処置を始めた。
 俺は頸動脈の縫合を終え、こめかみの傷の処置を終えて腸の縫合に入っていた。
 院長が処置していたが俺と交代し、院長は肺の縫合に移った。
 ここまでの処置もギリギリだ。
 聖の頑強な肉体が、何とか命を残している。
 腸と肺の縫合が終われば、一安心出来る。
 聖の生命がもてば、だが。
 院長が俺を時々見ていた。
 何か言いたげだったが、黙っていた。
 分かっている、危ないのだ。

 「一江! 腸を一旦出すぞ! お前も手伝え!」
 「はい!」
 
 腸を全て出して刻まれた箇所を縫合して行く。

 「急げ! 時間の勝負だ!」
 「はい!」

 



 16時間のオペが終わり、聖はまだバイタルを残していた。
 オペ室を出ると、ルーとハーが待っていた。

 「後は私たちが!」
 「絶対に助けるから!」
 「ああ、頼むぞ」

 ストレッチャーで運ばれる聖に、双子が両側から手をかざしていた。
 まだ予断は許されないが、出来ることは全てやった。

 「石神、俺も付きそうぞ」
 「いえ、あとは双子がやりますよ。院長は休んで下さい」
 「いや、行くぞ」
 「大丈夫ですよ」

 俺は手ごたえを感じていた。
 やるだけのことをやった結果が、何とか繋がっているのが分かる。
 俺が微笑んで言うと、院長も信じてくれた。
 院長は現場に出るのも滅多にないし、こんな長時間手術も久しぶりのはずだ。

 「ああ、それじゃ少し休ませてもらうか」
 「その前に食事をしましょう。何か喰っておかないと」
 「そうだな」

 深夜になっていた。
 斎藤と山岸がまだいた。
 着替えている俺たちの所へ来た。

 「部長! みなさんのお食事を用意してます!」
 「おう、気が利くな!」
 「石神組ですから!」

 こいつら。
 外へ出て食堂へ行くと、俺の部の全員が残っていた。
 
 「お前ら、どうしたんだよ」
 「いえ、たまには部長と食事をしたいなって」
 
 斎木が笑顔で言った。

 「自分も手伝いたかったですよ」
 「悪いな。オペ台を囲める人数が限られるからな」
 「次はお願いします!」
 「頼むな。再手術もあるかもしれんしな」
 「是非!」

 みんなで食事をした。
 宮川の鰻と叙々苑の弁当が大量にあった。
 山岸やオペに参加したナースたちが温めてくれ、みんなで食べた。
 院長が鰻を食べながら言った。

 「石神、お前のオペを久し振りに見たけどな」
 「はい?」
 「お前、凄まじい腕前になったな」
 「そうですか?」
 「ああ。あの速さは人間のものじゃない。峰岸、お前はどう思っている?」

 オペ看として一緒にいた鷹に院長が聞いた。

 「はい、最高だと思ってます!」
 「おい、そんなレベルじゃねぇぞ。今だから言うけどな、聖さんは助からないはずだった」
 「え!」
 「お前もオペ看のベテランだ、観て分からなかったか?」
 「酷い怪我だとは思いましたが。でも、石神先生が始めましたので」
 「おい」
 「だから助かるだろうと」
 「お前らはなぁ」
 
 部下たちが笑っていた。

 「響子ちゃんほどじゃなかったですよね!」
 「そうだな」

 一江が言い、また全員が笑った。
 院長も苦笑して言った。

 「まあ、俺もよ。石神の処置の速さを見て、途中からな。だから久し振りに必死になった」
 「ありがとうございました」

 「エグリゴリΩ」、「オロチ」、院長の「手かざし」、そして俺の血、全ての手は打った。
 今も双子が「手かざし」をしてくれている。





 食事を終えて、全員が帰った。
 俺はICUへ行き、防疫服を着込んだ上で聖の傍に座った。
 特別に双子も入っている。

 「聖、安定してきたよ」
 「そうか」
 「もう大丈夫だと思う」
 「ありがとうな」
 「「ううん!」」

 俺たちは夜を徹して聖の傍にいた。

 聖は翌朝に目を覚ました。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「よう、気分はどうだ?」
 「トラ……」

 聖は少し記憶が混乱しているようだ。
 でも、しばらくすると明晰になった。
 朝方に、もう双子は眠らせて、今は俺だけが残っていた。
 今はきっと、双子は皇紀のベッドの傍にいる。
 眠れと言ったが、きっとまだ「手かざし」をしているだろう。

 聖は記憶を手繰ったか、苦い顔をした。

 「やられたぜ」
 「ああ、見事にな」
 「あれはヤバい。《神》よりもヤバい奴だ」
 「そうか」
 「トラ、お前でも危うい」
 「聖がやられたんだからな」
 
 聖のあれだけの疵が、もう表面上はほとんど塞がっている。
 まだチューブは繋がっているが、もう外してもいいだろう。
 聖が俺を真直ぐに見た。

 「トラ、あれは石神家の剣技だ」
 「なんだと!」

 聖がとんでもないことを言った。

 「凄まじい剣技だ。人間の身体じゃなかったけどな。でも、あれは間違いない。虎白さんに並ぶ、いや、きっとそれ以上の剣技だ」
 「おい、虎白さん以上なんていないぞ!」
 「多分妖魔化したせいだ。人間では届かない域まで練り上げたんだろうよ」
 「そんなバカな……」

 聖が俺を睨んだ。

 「トラ、受け入れろ。実際に俺が観たんだ」
 「あ、ああ……」
 
 でも、どうして「業」は石神家の剣技を手に入れたのか。
 あの剣技は、石神家以外の人間が盗むことは出来ないはずだ。
 今は多くの人間に広めてはいるが、剣聖の技はまだ会得出来ないだろう。
 妖魔化で能力が上がったとしてもだ。
 剣士になるのでさえ、真白の技が必須だ。
 外にいる「業」になんとか出来るわけではない。






 聖の状態を精査した後で、午後に聖を個室へ移した。

 「トラ、窓を開けてくれ」
 「あ? ああ、分かった」

 聖の言う通りに窓を開けた。
 聖が目を閉じた。
 何かが飛来して来るのが分かった。

 「おい!」

 「聖光」と「散華」が窓から飛んで来たので驚いた。

 「トラも「虎王」を呼べるんだろ?」
 「あ、ああ」
 「だからな」
 「お前、最高だな!」
 「ワハハハハハハハ!」

 崋山の銃は、やはり尋常ではない。
 何か、俺にも理解出来ない秘密があるようだ。

 子どもたちが見舞いに来た。
 亜紀ちゃんが泣きそうな顔で聖のベッドの脇に来た。

 「聖さん!」
 「よう!」

 聖はちょっと照れながら笑った。
 こいつがこんな顔をするのは滅多に無い。
 一応、アンジーたちにはまだ黙っている。
 聖が心配を掛けたくないと言ったからだ。
 もちろん、右腕のスージーには話しているが、飛んで来たいというのを聖自身が止めた。
 「セイントPMC」の精鋭たちが大勢死んだのだ。
 その処理と今後の部隊の構築を急がなければならない。

 とにかく、元気そうな聖を見て、みんな嬉しそうだった。
 双子が皇紀をストレッチャーに乗せて運んで来た。
 皇紀は聖を見た途端に涙を流した。

 「聖さん!」
 「よう、お前を護り切れなかった。すまない」
 「そんな! 聖さんのお陰で生き延びたんですよ!」
 「……」

 聖が目を背けた。
 きっと、死んで行った部下たちを思ったのだろう。

 「あいつらのお陰だ」
 「はい! 勇敢な方々でした!」
 「あいつらが一瞬を作ってくれた。そのお陰だ」
 「はい!」

 聖が撃破された。
 俺たちは強大な敵を知った。
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