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鏑木の銃 Ⅲ

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 午後になって柏木さんが来た。
 吉原龍子の遺産の整理を頼んでいたのだが、俺が忙しく久し振りのことになっていた。
 俺が裏の研究棟の鍵を開け、柏木さんと一緒に保管部屋へ入る。

 「おや?」

 柏木さんが奥の壁際の方を向き、歩いて行く。
 俺も自然に後ろを付いて行った。

 「どうしました?」
 「いえ、こちらが私を呼んでいたようでして」
 「ほう」

 柏木さんならではの感覚だ。
 遺品の整理は柏木さんの意向に合わせるつもりで、順番は任せている。
 随分と長い箱だ。
 柏木さんがやっと持ち上げるほどの重量がある。
 俺が手伝うと、30キロほどの重量があった。

 「何でしょうね?」

 柏木さんが俺に断って木箱を開けた。

 「これは」
 「!」

 ライフル銃だった。
 しかも、一目で分かるスナイパー・ライフルだ。
 まあ、大分大きいのだが。
 全長で2メートル近いが対物ライフルではない。
 オートマチックで、堅牢で繊細な造りであることはすぐに分かる。
 ボルトアクションに劣らない性能があるだろう。

 「私は銃には素人ですが、随分と素晴らしいものなのは分かります」
 「はい。これは尋常じゃありませんよ」

 俺は箱からライフルを取り出した。
 側面に意匠が施されている。

 《獄花》

 「!」
 「石神さん?」
 「これは、「崋山」のものですよ!」
 「カサン?」

 俺は柏木さんに説明した。
 日本にあった、銃器で妖魔に対抗するものを造り続けていた家系のものだと。

 「崋山家は「業」によっと滅ぼされました。現存する崋山の銃は幾つもありません。聖が2丁、「ガンスリンガー」の者が1丁、それだけです」
 「そんなに希少な銃なのですか」
 「はい。まさかここにあったとは」

 俺は先日、「アドヴェロス」の鏑木という男が崋山の銃を欲しがっていた話をした。

 「ならば、これは鏑木さんに渡るようになっていたものですね」
 「やっぱりそう思いますか」
 「はい」

 俺は早乙女に連絡し、鏑木が崋山にどういう銃を頼んでいたのかを聞いてもらった。
 しばらくして早乙女から電話が来た。

 「狙撃銃だったらしい。しかも、アサルトライフルとしての機能も備えたものだそうだ」
 「名前は聞いているか?」
 「いや、それは知らない」
 「そうか」

 恐らく銃の銘は崋山の人間が決めるのだろう。
 俺は早乙女に崋山の銃が見つかった話をした。

 「本当か!」
 「ああ。吉原龍子の遺産の中にあった。さっき柏木さんが見つけてくれたんだ」
 「石神、それは!」
 「スナイパーライフルだ。多分、鏑木が崋山家に頼んでいたものに間違いないだろう」
 「それは鏑木が使ってもいいのか!」
 「ああ、これはもう運命だな」
 「あいつ、喜ぶぞ!」

 早乙女がすぐに取りに来ると言った。
 鏑木も一緒に連れて来る。
 一応鏑木には俺が誰なのかは話していない。
 ただ、「アドヴェロス」の協力者とだけ伝えてある。

 早乙女のハマーが来た。
 俺が門を開けて中へ入れた。

 「石神!」
 「よう。お前が鏑木だな?」
 「はい、今回は本当にありがとうございます!」
 「まあ、中へ入れよ」

 二人をリヴィングへ上げた。
 鏑木は早乙女の家を知っている。
 そのすぐ近くにいる俺のことは何か感じているに違いない。
 そのことも聞きたいのだろうが、早乙女から何も聞くなと言われているはずだ。
 リヴィングで《獄花》を見せた。
 鏑木がもう興奮している。
 俺に断って、箱を開いた。

 「これは……」

 鏑木が銃に手を触れずに感動していた。

 「完璧だ……全て分かる……まるで俺に話しかけてくるように……」
 
 俺と早乙女は黙って見ていた。
 鏑木が俺を見て言った。

 「石神さん、本当にこれは俺が頂いていいんですか?」
 「ああ、もちろんだ」
 「あの、俺のことは御存知で?」
 「まあな。でも、今回のことは俺はただの仲介人だ。これはお前のものになる運命だったんだろう」
 「そうですか。不思議な話ですが、本当にそんな気がしますよ」

 鏑木はいい男のようだった。
 誠実で、真面目な人間だ。
 早乙女に言わせれば剽軽な所もあるようだが、俺にはそれがこの男の真直ぐな心を示しているように思える。
 自分の為すべきことを知り、そこへ向かって進む男だ。
 だから全てが楽しく愛おしいのだろう。
 表面の現われ方は違うが、六花と同じだ。
 あいつも真直ぐに生きているから、いつも楽しそうに笑う。

 「一つだけ約束して欲しい」
 「はい、何でもおっしゃって下さい」
 「俺のことは、まだ誰にも話さないでくれ」
 「はい、分かりました」
 「そう遠くない時期に公表する。それまではな」
 「はい」

 鏑木には俺のことが分かっているのではないかと思った。
 早乙女は「親友」と言っているが、その人間が早乙女に「アドヴェロス」を組織させた人物と皆は知っている。
 ならば、その男が「虎」の軍を創設した男であることは分かるだろう。
 その「親友」が俺であることを、多分鏑木は察した。

 箱の中には、専用のライフル弾が200発あった。
 鏑木にも、それが特別な弾丸であることは知れただろう。

 「大切に使わせて頂きます」
 「待て。その弾丸は支給できるぞ」
 「え! 本当ですか!」
 「ヒヒイロカネで、特殊な刻印を施してある」
 「はい、そうですね。ヒヒイロカネというのはよくは分かりませんが」
 「既に崋山の銃を持つ者たちに製造して支給している。この弾丸は7.62ミリだ。大丈夫だ」
 「そうですか! ありがとうございます!」
 「お前が仲間を守り、そして仲間と共に戦ってくれ」
 「はい、必ず!」

 鏑木は嬉しそうに笑った。
 
 「ああ、一つだけ。その銃を試射したら、もうお前以外には持てなくなる」
 「はい?」
 「とんでもない重量が掛かってな。お前以外は持ち上げることも出来なくなるぞ」
 「そうなんですか!」
 
 早乙女がハマーに銃を乗せ、鏑木と共に帰って行った。





 その夜に、早乙女がまたうちを訪ねて来た。
 リヴィングで少し酒を飲んだ。

 「鏑木な、少し思い悩んでいたんだ」
 「そうなのか?」
 「他の人間はそれぞれに鍛錬して、以前よりも格段に強くなっている」
 「ああ、青森での防衛戦はそのお陰で助かったな」
 「うん。でもな、鏑木はなかなか伸び悩んでいた」
 「まあ、銃技は限界があるよな」
 「だからだろうな。以前に手に入れられなかった崋山の銃を求めていた」
 「そうだったか」

 鏑木の技量が幾ら高まっても、銃の破壊力には限界がある。
 以前に《デモノイド》の襲撃を受けた時にも、鏑木だけは直接自分の力で敵を撃破出来なかった。
 その後は他の仲間の支援に活躍したのだが、それは敵の兆しを叩くという消極的な攻撃だった。
 銃で破壊出来るのは、自ずと限界があったのだ。

 「鏑木はどうして崋山の銃を欲しがっていたんだ?」

 その当時は、鏑木はまだ「アドヴェロス」には所属しておらず、元々「アドヴェロス」自体も存在していなかった。
 だからライカンスロープや妖魔と戦うという発想は無いはずだ。

 「それがな、吉野の山中で化け物に襲われたそうなんだよ」
 「ん?」

 なんか知ってる気がする。

 「当時は自衛隊にいてな。地元警察が害獣に襲われた林業の人間の訴えで捜査したらしいんだが、その時に警官も襲われて」
 「あー」
 「それで自衛隊に話が回ったそうだ」
 「なるほどー」

 間違いなく「堕乱蛾」だ。

 「鏑木もそのメンバーの中に入っていたんだが、やはり怪物に襲われた。普通の銃がほとんど効かなかった」
 「だよなー」
 「怪物に囲まれて、どうしようもないって時に、謎の剣士の集団に救われたそうだ」
 「よかったなー」
 「凄まじい剣技だったそうだ。鏑木たちが必死に応戦していたのに、一瞬で怪物たちを斃したんだって」
 「なんかわかるー」
 「どうやら剣士の人たちが鏑木の銃の腕を見てて、感心してたそうでな」
 「へぇー」
 「その時にな、「崋山」のことを聞いたそうだ」
 「そういうことかー」

 虎白さん辺りかなー。
 鏑木は石神家の人間に「崋山」のことを聞き、渡りまで付けてくれたそうだ。
 相当気に入られたのだろう。
 もしかしたら「鏑木」という名前で銃士の家系と知っていたか。
 今度聴いてみよう。
 なんにせよ、「アドヴェロス」は強力な戦力を得ることになった。
 鏑木は今後、ますます活躍して行くだろう。






 早乙女が嬉しそうに笑っていた。
 この能天気な野郎は、「アドヴェロス」の戦力増強よりも、思い悩んでいた鏑木になんとかしてやれたことを喜んでいる。
 まあ、そういう奴だ。
 それでいい。
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