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母がなくては…… Ⅳ
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翌朝、8時に陽子さんのお宅へ伺った。
近くで電話で連絡したので皆さんが玄関に出て来ていて、タカさんの両脇に猛君と美鈴ちゃんが手を握っている。
あー、すっかりタカさんの虜だー。
みなさんが一緒に最後部のシートに座る。
30分ほど走って、お寺に着いた。
南原さんは地元の名士だったので、やはり立派なお寺だ。
予約していたので、まず本堂でお経をあげてもらう。
タカさんのお母様と陽子さんのお父様の分だ。
位牌はそれぞれ持って来て、卒塔婆も一杯頼んであった。
ご住職のお経が終わり、みんなで位牌と卒塔婆、お花を持ってお墓へ向かった。
タカさんがお母様の位牌を持っている。
平然とした顔をしているけど、何かに耐えているのが私には分かった。
タカさんが心配になった。
また、思わず心が乱れてしまうのではないか。
奈津江さんのことでよく知っている。
タカさんが大事に思っている人間は多い。
その中でも、奈津江さんは超特別だ。
ふとしたことで、タカさんの心が大きく掻き乱される。
お母様のことでは、これまでそういうことは無かったけど、きっと奈津江さんと同じなのだろう。
もしかしたら、もっと深いのかもしれない。
歩きながら思い出した。
タカさんは、奈津江さんのことでは時にはジョークを飛ばしたり、奈津江さんの可愛らしい失敗なども話していた。
でも、お母様のことでは一切そういうことは無かったんじゃないか?
いつも、ひたすらお母様のことを褒め、優しく素敵な方だったことしか話してないんじゃないか?
だったら……
奈津江さんのお墓にはよくお参りに行くけど、私たちがタカさんの家に入ってから、お母様のお墓参りは私が知る限り初めてだ。
それがどういうことなのか……
それって、タカさんが未だに向き合えないことだからじゃないのか。
でも、タカさんは表面上は落ち着いており、私たちが掃除をしているのを黙って見ていた。
お墓は陽子さんがお世話をして下さっているのがよく分かった。
墓石も綺麗に磨かれ、少し拭くだけで艶が出た。
用意した線香を焚き、タカさんがいつものように般若心経を唱える。
私たちも一緒に唱えた。
大勢いるので、順番に手を合わせて行った。
手を合わせる響子ちゃん、栞さんや六花さん、麗星さんをタカさんが紹介し、子どもたちも私たちのことも紹介してくれた。
陽子さんたちも手を合わせ、タカさんが今も陽子さんたちがお墓の世話をしてくれていることに感謝していた。
そして南原さんにまずお礼を言い、お母様に初めて話し掛けた。
たくさんの思い出。
本当にタカさんはいろんな話をしている。
これがタカさんの墓参りなのだ。
死んだ人に、まるで生きているかのように話し掛ける。
目の前にしてまた会えたみたいにして楽しそうに話す。
奈津江さんのお墓でもそうだし、私たちの両親にも同じように話していた。
一緒に参ったことはないけど、他の人たちにもきっと同じに違いない。
タカさんが夢中で話している。
しばらくして、陽子さんが私の手を取った。
「二人きりにしてあげましょう」
「はい」
みんなでお墓を離れた。
一度振り返ると、タカさんがやっぱり一生懸命にお墓に話し掛けていた。
自動販売機とベンチがある場所を見つけ、そこでみんなで休んだ。
ルーとハーがみんなの注文を受けて、ジュースなどを買って配った。
タカさんは今、何をお母様と話しているのだろう。
そんなことを考えていると、陽子さんが私に寄って来た。
「多分ね、トラちゃんはお父様のことを話していると思う」
「ああ!」
そうだ、きっとそうだ。
「昨夜ね、そんなこと言ってたから。お父様は酷い方じゃなかったんだって」
「そうなんです! タカさんのために自分の全てを擲ったんです! 本当に立派な人でした!」
「うん、少し聞いたの。でも、それを孝子さんに話していいのかどうか悩んでいたわ」
「そうですね。孝子さんは再婚されてますもんね」
「それにね、孝子さんも苦しむんじゃないかって思っていると思う」
「あ、そうか!」
「でも、トラちゃんは話すんだと思うよ」
「はい、タカさんはそういう人ですね」
陽子さんのお子さんたちはルーとハーたちが一緒に遊んでいた。
士王や吹雪、天狼と奈々も一緒だ。
自然と大人たちだけになっていた。
陽子さんが、私たちにタカさんのお母様の話をしてくれた。
まるでタカさんが今お母様と話しているのと合わせているように。
陽子さんは本当に気遣いの方だ。
みんなでタカさんを待った。
誰ももう話さなかった。
いつまででも待つつもりだった。
2時間後、タカさんが来た。
良かった、タカさんが笑ってる!
「よう、待たせてしまったな」
「タカさん、お腹減ったよー」
ハーがわざとそう言った。
タカさんに気遣いさせないようにだ。
丁度11時半だった。
「ああ、悪い! じゃあ昼食にしよう」
「トラちゃん、美味しいお蕎麦屋さんがあるから。これから予約するね?」
「そうなんですか!」
「あのさ、これくらいはご馳走させてね!」
「え、でも。こいつらの薬味ってステーキなんですよ?」
「エェー! 何それ!」
「マジですって。な、亜紀ちゃん?」
「今日はいいですよ!」
「私、生姜焼きは食べたいな」
私がルーの頭をはたいた。
「え、じゃあ出来るだけ頑張るね」
「蕎麦屋に生姜焼きはないでしょう」
「でも、なんか丼とか」
「いや、普通でいいですから」
みんなで笑いながら陽子さんが予約して下さったお蕎麦屋さんに行った。
うな重と親子丼と天丼の他に、生姜焼きがあってびっくりした。
タカさんがうな重以外の丼一杯までで、丼を頼んだら蕎麦は盛り蕎麦にすることを明言した。
陽子さんが慌てて幾らでも食べて欲しいと言った。
「陽子さん、こいつら舐めちゃいけません。丼は10杯以上喰いますよ?」
「え?」
「全部で確実に50万円は超えます」
「!」
結局タカさんの申し出の通りになった。
みんなで楽しく食べた。
ロボは申し訳ないけど、バスでササミ。
お蕎麦が本当に美味しかった。
そう言うと、陽子さんが嬉しそうに笑った。
マイクロバスでまた陽子さんたちを家まで送った。
猛君と美鈴ちゃんがタカさんに抱き着いて、また来て欲しいと言っていた。
「じゃあ、陽子さん、旦那さん。また来ますね」
「うん、本当に近いうちにね」
「そう言えばこの家、大分古くなってますよね?」
陽子さんが真面目に怒った。
「トラちゃん! 本当に辞めてよ!」
「ワハハハハハハハハ!」
みんなで窓から手を振ってお別れした。
ホテルに戻って荷物を引き揚げた。
「タカさん、大丈夫ですか?」
「うん? 別に何もしてないだろう?」
「そんなはずないです。タカさんは神と戦ったよりも疲れてますよ!」
「お前、何言ってんだよ?」
タカさんの目が真っ赤なのは誰も言わなかった。
きっとお母様のお墓でたくさん泣いたのだろう。
「取敢えず、帰ってからお風呂ですね!」
「なんでだよ!」
「虎温泉をみんなで」
「お、いいな!」
「あ、ノッて来ましたね!」
「ワハハハハハハハハ!」
タカさん、無理しないで下さい。
私は心配で、なるべくタカさんの傍にいた。
タカさんが山口を発つ時に呟いたのが聞こえた。
《母がなくては、愛することは出来ない。 母がなくては、死ぬことは出来ない。(Ohne Mutter kann man nicht lieben. Ohne Mutter kann man nicht sterben. )》
タカさんに気付かれないように、必死で覚えた。
帰ってから調べると、ヘルマン・ヘッセの『知と愛』の中の言葉だと分かった。
タカさんのお母様は、タカさんの全てだったんだ。
お母様がいらっしゃったから、タカさんはタカさんになった。
タカさん……
近くで電話で連絡したので皆さんが玄関に出て来ていて、タカさんの両脇に猛君と美鈴ちゃんが手を握っている。
あー、すっかりタカさんの虜だー。
みなさんが一緒に最後部のシートに座る。
30分ほど走って、お寺に着いた。
南原さんは地元の名士だったので、やはり立派なお寺だ。
予約していたので、まず本堂でお経をあげてもらう。
タカさんのお母様と陽子さんのお父様の分だ。
位牌はそれぞれ持って来て、卒塔婆も一杯頼んであった。
ご住職のお経が終わり、みんなで位牌と卒塔婆、お花を持ってお墓へ向かった。
タカさんがお母様の位牌を持っている。
平然とした顔をしているけど、何かに耐えているのが私には分かった。
タカさんが心配になった。
また、思わず心が乱れてしまうのではないか。
奈津江さんのことでよく知っている。
タカさんが大事に思っている人間は多い。
その中でも、奈津江さんは超特別だ。
ふとしたことで、タカさんの心が大きく掻き乱される。
お母様のことでは、これまでそういうことは無かったけど、きっと奈津江さんと同じなのだろう。
もしかしたら、もっと深いのかもしれない。
歩きながら思い出した。
タカさんは、奈津江さんのことでは時にはジョークを飛ばしたり、奈津江さんの可愛らしい失敗なども話していた。
でも、お母様のことでは一切そういうことは無かったんじゃないか?
いつも、ひたすらお母様のことを褒め、優しく素敵な方だったことしか話してないんじゃないか?
だったら……
奈津江さんのお墓にはよくお参りに行くけど、私たちがタカさんの家に入ってから、お母様のお墓参りは私が知る限り初めてだ。
それがどういうことなのか……
それって、タカさんが未だに向き合えないことだからじゃないのか。
でも、タカさんは表面上は落ち着いており、私たちが掃除をしているのを黙って見ていた。
お墓は陽子さんがお世話をして下さっているのがよく分かった。
墓石も綺麗に磨かれ、少し拭くだけで艶が出た。
用意した線香を焚き、タカさんがいつものように般若心経を唱える。
私たちも一緒に唱えた。
大勢いるので、順番に手を合わせて行った。
手を合わせる響子ちゃん、栞さんや六花さん、麗星さんをタカさんが紹介し、子どもたちも私たちのことも紹介してくれた。
陽子さんたちも手を合わせ、タカさんが今も陽子さんたちがお墓の世話をしてくれていることに感謝していた。
そして南原さんにまずお礼を言い、お母様に初めて話し掛けた。
たくさんの思い出。
本当にタカさんはいろんな話をしている。
これがタカさんの墓参りなのだ。
死んだ人に、まるで生きているかのように話し掛ける。
目の前にしてまた会えたみたいにして楽しそうに話す。
奈津江さんのお墓でもそうだし、私たちの両親にも同じように話していた。
一緒に参ったことはないけど、他の人たちにもきっと同じに違いない。
タカさんが夢中で話している。
しばらくして、陽子さんが私の手を取った。
「二人きりにしてあげましょう」
「はい」
みんなでお墓を離れた。
一度振り返ると、タカさんがやっぱり一生懸命にお墓に話し掛けていた。
自動販売機とベンチがある場所を見つけ、そこでみんなで休んだ。
ルーとハーがみんなの注文を受けて、ジュースなどを買って配った。
タカさんは今、何をお母様と話しているのだろう。
そんなことを考えていると、陽子さんが私に寄って来た。
「多分ね、トラちゃんはお父様のことを話していると思う」
「ああ!」
そうだ、きっとそうだ。
「昨夜ね、そんなこと言ってたから。お父様は酷い方じゃなかったんだって」
「そうなんです! タカさんのために自分の全てを擲ったんです! 本当に立派な人でした!」
「うん、少し聞いたの。でも、それを孝子さんに話していいのかどうか悩んでいたわ」
「そうですね。孝子さんは再婚されてますもんね」
「それにね、孝子さんも苦しむんじゃないかって思っていると思う」
「あ、そうか!」
「でも、トラちゃんは話すんだと思うよ」
「はい、タカさんはそういう人ですね」
陽子さんのお子さんたちはルーとハーたちが一緒に遊んでいた。
士王や吹雪、天狼と奈々も一緒だ。
自然と大人たちだけになっていた。
陽子さんが、私たちにタカさんのお母様の話をしてくれた。
まるでタカさんが今お母様と話しているのと合わせているように。
陽子さんは本当に気遣いの方だ。
みんなでタカさんを待った。
誰ももう話さなかった。
いつまででも待つつもりだった。
2時間後、タカさんが来た。
良かった、タカさんが笑ってる!
「よう、待たせてしまったな」
「タカさん、お腹減ったよー」
ハーがわざとそう言った。
タカさんに気遣いさせないようにだ。
丁度11時半だった。
「ああ、悪い! じゃあ昼食にしよう」
「トラちゃん、美味しいお蕎麦屋さんがあるから。これから予約するね?」
「そうなんですか!」
「あのさ、これくらいはご馳走させてね!」
「え、でも。こいつらの薬味ってステーキなんですよ?」
「エェー! 何それ!」
「マジですって。な、亜紀ちゃん?」
「今日はいいですよ!」
「私、生姜焼きは食べたいな」
私がルーの頭をはたいた。
「え、じゃあ出来るだけ頑張るね」
「蕎麦屋に生姜焼きはないでしょう」
「でも、なんか丼とか」
「いや、普通でいいですから」
みんなで笑いながら陽子さんが予約して下さったお蕎麦屋さんに行った。
うな重と親子丼と天丼の他に、生姜焼きがあってびっくりした。
タカさんがうな重以外の丼一杯までで、丼を頼んだら蕎麦は盛り蕎麦にすることを明言した。
陽子さんが慌てて幾らでも食べて欲しいと言った。
「陽子さん、こいつら舐めちゃいけません。丼は10杯以上喰いますよ?」
「え?」
「全部で確実に50万円は超えます」
「!」
結局タカさんの申し出の通りになった。
みんなで楽しく食べた。
ロボは申し訳ないけど、バスでササミ。
お蕎麦が本当に美味しかった。
そう言うと、陽子さんが嬉しそうに笑った。
マイクロバスでまた陽子さんたちを家まで送った。
猛君と美鈴ちゃんがタカさんに抱き着いて、また来て欲しいと言っていた。
「じゃあ、陽子さん、旦那さん。また来ますね」
「うん、本当に近いうちにね」
「そう言えばこの家、大分古くなってますよね?」
陽子さんが真面目に怒った。
「トラちゃん! 本当に辞めてよ!」
「ワハハハハハハハハ!」
みんなで窓から手を振ってお別れした。
ホテルに戻って荷物を引き揚げた。
「タカさん、大丈夫ですか?」
「うん? 別に何もしてないだろう?」
「そんなはずないです。タカさんは神と戦ったよりも疲れてますよ!」
「お前、何言ってんだよ?」
タカさんの目が真っ赤なのは誰も言わなかった。
きっとお母様のお墓でたくさん泣いたのだろう。
「取敢えず、帰ってからお風呂ですね!」
「なんでだよ!」
「虎温泉をみんなで」
「お、いいな!」
「あ、ノッて来ましたね!」
「ワハハハハハハハハ!」
タカさん、無理しないで下さい。
私は心配で、なるべくタカさんの傍にいた。
タカさんが山口を発つ時に呟いたのが聞こえた。
《母がなくては、愛することは出来ない。 母がなくては、死ぬことは出来ない。(Ohne Mutter kann man nicht lieben. Ohne Mutter kann man nicht sterben. )》
タカさんに気付かれないように、必死で覚えた。
帰ってから調べると、ヘルマン・ヘッセの『知と愛』の中の言葉だと分かった。
タカさんのお母様は、タカさんの全てだったんだ。
お母様がいらっしゃったから、タカさんはタカさんになった。
タカさん……
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