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母がなくては…… Ⅲ

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 「石神さん、今日は楽しかった」
 「そうですか。それは何より」
 「トラちゃん、今日はゆっくりしてね」
 「はい、お世話になります。すいません、ロボまで」
 「随分と大きくて可愛らしいネコよね?」
 「ええ。頭もいいんで、お邪魔にはなりませんよ」
 「にゃ」
 
 陽子さんが笑った。
 一応トイレなども持って来ている。
 ロボも初めての場所で戸惑うこともない。
 俺と一緒にいれば大丈夫だと分かっている。

 俺も陽子さんの家は久し振りだ。
 最初にこの家をお渡しした時と、あと一回くらいか。

 「随分大きなお宅ですね!」
 「トラちゃんがやったのよ!」

 またみんなで笑った。
 猛も美鈴も笑っている。
 中へ入り、リヴィングへ通された。
 俺が勝手に入れたソファセットや調度がそのまま使われていた。
 大事に使ってくれているのがよく分かった。
 多分、他の部屋も綺麗に使って下さっているんだろう。
 コーヒーを頂き、その後で風呂を勧められた。
 遠慮なく一番風呂を頂く。
 ロボは風呂場の外の廊下で待っていた。
 陽子さんがロボのために床にバスタオルを敷いてくれていた。
 本当に気遣いの人だ。

 早めに風呂を上がり、ロボと部屋に上がる。
 浴衣に着替えると、陽子さんが呼びに来た。

 「少しお酒を飲もうよ」
 「はい、分かりました」

 ロボと一緒にまたリヴィングへ行く。
 俺の好きなワイルドターキーと、ソーセージなどのつまみが用意してあった。
 申し訳ないが、ロボのために持って来たササミを焼いてもらう。
 猛と美鈴が俺の隣に座りたがった。

 「こら、石神さんが困ってるでしょう!」
 「ああ、いいですよ。俺たちは仲良しだもんな!」
 「「うん!」」
 「もう。トラちゃんに会ったばかりじゃない」

 陽子さんが言っても、二人は俺から離れない。

 「もう!」

 陽子さんが呆れていた。
 俺が二人にいろいろ話していると、俺の話を夢中になって喜んだ。
 陽子さんや旦那さんも笑っている。

 「トラちゃんは誰からも好かれるのよねー!」
 「アハハハハハ!」

 そのうちに、子どもたちは寝る時間になったようだ。
 うちのように夜更かしはさせない。
 挨拶をし、自分の部屋へ行った。

 「トラちゃん、本当に久しぶりね」
 「ええ。お袋から墓参りは不要と言われて、本当に放りっぱなしで」
 「そうよ、もうちょっと来てよ」
 「そうですね。でも、陽子さんが世話してくれてるのが分かってるんで。つい甘えてます」
 「トラちゃん!」
 「アハハハ、すいません」

 俺は旦那さんに陽子さんに如何にお世話になって、陽子さんが如何にいい人なのかを話した。

 「陽子もね、石神さんの話をよくするんだ。自慢の弟なんだってね」
 「俺なんてそんな」
 「左門のことも良くしてくれてるじゃない」
 「まあ、よくぶっ飛ばしには行ってますけどね」
 「アハハハハハ!」
 
 陽子さんたちには、左門が自衛隊の「対特」を率いて、「業」の軍勢と戦っていることは伝えている。
 その関係で、俺が「虎」の軍の人間であることも。
 旦那さんに「Ω」と「オロチ」を処方した時点で話していることだ。
 関係者でなければ、使えないものだからだ。
 
 「左門も段々忙しくなってますね。自衛隊内でも「対特」の人員や設備が大掛かりになってます」
 「そうなんだ。あの子は何も教えてくれないんだけど」
 「それは機密に触るからですね」
 「トラちゃんはいいの?」
 「俺は「虎」の軍ですから」
 「えー、何が違うのよー」
 「アハハハハハ!」

 しばらく楽しく話していると、旦那さんも酔いが回ったと言って部屋へ行った。
 俺も、じゃあそろそろと言ったが、陽子さんに引き留められた。
 ソファに座り直し、二人で飲んだ。
 陽子さんは酒が強い。
 陽子さんが少し真面目な顔で俺に言った。

 「トラちゃん、やっぱりお母さんのお墓参りは辛い?」
 「……」
 「分かってるよ。あんなに大事なお母さんだもんね」
 「すいません……」

 陽子さんが俺に微笑んで見ていた。
 やはり陽子さんには全て見透かされる。
 いつだって誰かの感情に敏感な人なのだ。

 「トラちゃんの最愛の人ですもんね。奈津江さんとお母さんと」
 「ええ。奈津江の墓参りは結構平気なんですけどね。どうもお袋は」
 「そうなんだ。やっぱり違うものなのかな」

 陽子さんは「違う」と言った。
 俺にもよくは分からない。
 でも、確かに違うんだろう。
 奈津江の死は何とか受け止めたが、お袋はどうもまだのようだ。
 奈津江よりもずっと長く、それに、俺を生んでくれた人だ。
 どちらも喪って悲しいわけだが、お袋への感情はまた違うらしい。
 自分でもどうしようもない。

 「今回はどうして来てくれたの?」
 「もうすぐ、忙しくなりそうだったんで」
 「そうなんだ。じゃあ、戦争が本格的に始まるのね」
 「ええ。それと、一度親父のことを話したくて」
 「お父さん?」
 「はい。俺の親父は借金をこさえて出て行ったんだと思っていたんです。でも、それが違った」
 「良かったら聞かせて」
 「はい」

 俺は陽子さんに親父のことを話した。
 石神家のことから、俺の大病のことも。
 吉原龍子と道間家のこと。
 結構長い話になったが、陽子さんは黙って聞いていてくれた。
 話しているうちに分かった。
 陽子さんは俺にけじめをつけさせようとしてくれていたのだ。
 そういう、頭がよく、そして優しい人だった。
 錯綜とした、曖昧模糊とした俺の心を優しく解きほぐし、心の整理をさせてくれようとしていた。
 時折俺にする質問は、全てそうしたものだった。
 俺がまだ迷っていたり考えていることを明確にさせてくれた。

 「南原さんには申し訳ないんですが、お袋に親父が立派な人間だったことを伝えたいんです」
 「うん、そうだね。そうしなきゃね」
 「お袋はここで本当に幸せそうでした。そのことには心底感謝してるんです。でも、親父のこともどうしても伝えたくて」
 「それで迷っていたのね?」
 「すいません。お袋にはもしかしたら話さないでもいいことなのかもしれませんけど」
 「ううん。トラちゃんの思った通りだよ。孝子さんだって思い違いがあったら直したいよ」
 「そうですかね。そうだといいんですが」
 
 陽子さんがまた見ていた。

 「トラちゃん、泣いてもいいんだよ?」
 「え?」
 「孝子さんが亡くなった時、トラちゃん、ちゃんと泣けなかったじゃない」
 「……」
 「あの時、泣いてもいいんだよって言ったら、突然大泣きして。あんなに我慢することないんだよ?」
 「陽子さん……」
 「トラちゃんは頑張り過ぎ。いつも一番大事な人なのに素直になれない。孝子さんのことは、トラちゃんの中でも最大級だよ。奈津江さんもそうだけど、きっと孝子さんはもっと特別。だから今でも死んだことに向き合えない」
 「俺は……」

 陽子さんが立ち上がった。

 「じゃあ、私はもう寝るね。ここはそのままにしてね」
 「はい」
 「おやすみなさい」
 「おやすみなさい」

 陽子さんの足音が遠ざかり、俺は泣いた。
 自分でも、何のために泣いているのかは分からなかった。

 ただ、ただ、悲しかった。
 寂しかった。
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