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最後の晩餐 Ⅱ
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井上さんにお話を聞けて良かった。
井上さんは私に、あまり思いつめないように言ってくれた。
優しい方だ。
でも、私には、まだ一つだけ分からないことがあった。
タカさんは、イサさんの死ぬ決意を実は分かっていたのではないだろうか?
あのタカさんが、マクシミリアンさんからフランス政府の話を聞いて、イサさんが巻き込まれたことを分かっていないというのはおかしい。
でも、そうだったら、タカさんは絶対にまずイサさんを助けようと動くはずだ。
しかし、タカさんは何もせずに、イサさんと楽しそうに食事をした。
マクシミリアンさんも連れて、一緒に楽しく話したのだ。
私には、そのことがどうしても分からなかった。
後から思えば、もう何も出来なかったのだけど、どうしてタカさんはイサさんに尋ねなかったのだろうか?
私たちの前では、タカさんはもう普通の顔をしている。
だけど、その奥底でまだイサさんの死を悲しんでいるのが分かる。
タカさんには絶対に聞けない。
だから、マクシミリアンさんに会いに行った。
最後に一緒にいたマクシミリアンさんだ。
何か感じているかもしれない。
忙しく、立場も高いマクシミリアンさんだったけど、私が連絡するとすぐに時間を取ってくれた。
バチカンまで「飛行」で移動し、教皇庁の中で着替えさせてもらった。
教皇庁でお話を聞こうと思っていたのだけど、マクシミリアンさんはレストランを用意すると言ってくれたのだ。
本当に多忙な方のはずだけど、私がお話を聞きたいと言ったらそういう手配をして下さった。
「やあ、アキ!」
「マクシミリアンさん! 今日はありがとうございます!」
マクシミリアンさんがローマのレストランを予約してくれていた。
ドレスに着替えた私をエスコートし、リムジンまで用意してくれた。
私なんかをレディとして扱ってくれるのが嬉しかった。
グルメであるマクシミリアンさんは、いろんな美味しいレストランを知っている。
明るい店内のお店で、前に青さんと再会した場所なのだと教えて頂いた。
そういうことまで考えてくれる方だった。
イタリア語の分からない私のために、メニューを私に説明しながら注文してくれる。
私は早速切り出した。
「あの、私、どうしても分からないことがあって」
「うん」
正直に、あの日のタカさんが、どうしてイサさんに事件に巻き込まれたのではないかと聞かなかったかを話した。
「タカさんは、絶対にイサさんを救いたいと思ったはずです。イサさんが敵に接触されたことはマクシミリアンさんの情報でタカさんも分かっていたと思うんですけど」
「ああ、そのことか」
マクシミリアンさんが頼んだ料理を食べながら、二人で話した。
「確かにイシガミは分かっていたよ。俺がイサハヤさんが何らかの形で暗殺計画に関わっていると話した。でも、イシガミは聞き入れなかった」
「本当に、イサさんが無関係と思っていたのでしょうか?」
マクシミリアンさんが少し黙った。
言葉を選んでいるようだった。
「いや、イシガミは、イサハヤさんが自分を絶対に裏切らないとだけ言っていた。でも、イサハヤさんが巻き込まれていることは分かっていたのだと思う」
「それじゃ……」
マクシミリアンさんが食事の手を止めて言った。
「亜紀、これは俺の想像でしかない」
「はい」
「イシガミは、イサハヤさんに会う前から全てが分かっていたのではないかと思う」
「え?」
「もう全てが手遅れなこと。そしてイサハヤさんが自分に別れを告げに来たということを」
「そんな! タカさんが何もしないで、そんな!」
「本当に想像なんだ。イシガミは、それでもイサハヤさんが自分に何か言ってくれるのではないかと思っていたんだと思うよ。でも、イサハヤさんは終始そんなことはおくびにも出さなかった。だから俺たちは最後まで食事を楽しんだ」
「分かりません……それじゃあんまりにも……」
「ああ。俺にはそうとしか考えられない。だから付き合った。イシガミはイサハヤさんと別れの晩餐のつもりだったんじゃないかな」
「マクシミリアンさん……そんな悲しい……」
「そうだね。でも、もちろんイシガミはイサハヤさんを救おうと思っていた。まさか家族を人質に取られ、自分が毒を煽るとは思ってもいなかっただろう。いや、違うな。イシガミは全部分かっていたのかもしれない。「ルート20」は強い絆で結ばれた仲間だったのだろう。だから、イサハヤさんの心が全て分かっていたのかもしれない。きっとそうなんだ」
「……」
私は言葉が出なかった。
そんな悲しいことがあるだろうか。
絶対にイサさんを助けたかったタカさん。
でも、それが出来ないと分かって、最後に一緒に食事を楽しむなんて。
それしか出来ないから、精一杯でそうしたなんて。
「イシガミはさ、終始イサハヤさんと楽しく話していた。今思えば、全部「ルート20」の時代の話だったよ。俺に話してくれる態で、二人であの時代を、本当に楽しそうに話していた。ああ、本当に楽しそうにな」
「タカさん……」
「亜紀、俺にも分からないことだ。最後でしかない相手のために、精一杯楽しもうなんてな。俺はそんな別れは経験していない。大事な人間が死んだことはあるが、そんな気持ちで最後を過ごしたことはない」
「あ!」
私は思い出した。
「イサさんの前に、同じ「ルート20」の仲間の槙野さんが亡くなったんです」
「ああ、聞いている」
「槙野さんには妹さんがいて。花さんっていうんですけど、心臓が悪くて余命もあまりなくて」
「そうだったのか」
「タカさん、花さんのために毎日見舞いに行って! 花さんと話して花さんを喜ばせて! そうでした! タカさんはそういう人でしたぁ!」
「亜紀……」
思わず涙が出て来た。
「タカさんは、イサさんのために! きっとそうです! もう最期になるから、イサさんを喜ばせようと!」
「ああ、何となく分かるよ。そうだったんだろう。一緒にいた俺も、自然にイサハヤさんと親しんだ。敵かもしれないなんて疑いは、最初に吹っ飛んだ。イシガミがどれほど信頼しているのかが分かったからな。イサハヤさんも本当にいい人だった」
「はい! 「ルート20」は最高なんです!」
「そうだな」
食事を終え、マクシミリアンさんにお礼を言った。
「今日は本当にありがとうございました」
「いや、こちらこそだ。亜紀と話して俺もいろいろと納得したよ」
「はい! ではまた!」
「ああ、元気でな。まあ全然心配してないけどな」
「アハハハハハハハハ!」
マクシミリアンさんと、笑って握手した。
マクシミリアンさんのお陰で、何かが少し分かった気がした。
井上さんは私に、あまり思いつめないように言ってくれた。
優しい方だ。
でも、私には、まだ一つだけ分からないことがあった。
タカさんは、イサさんの死ぬ決意を実は分かっていたのではないだろうか?
あのタカさんが、マクシミリアンさんからフランス政府の話を聞いて、イサさんが巻き込まれたことを分かっていないというのはおかしい。
でも、そうだったら、タカさんは絶対にまずイサさんを助けようと動くはずだ。
しかし、タカさんは何もせずに、イサさんと楽しそうに食事をした。
マクシミリアンさんも連れて、一緒に楽しく話したのだ。
私には、そのことがどうしても分からなかった。
後から思えば、もう何も出来なかったのだけど、どうしてタカさんはイサさんに尋ねなかったのだろうか?
私たちの前では、タカさんはもう普通の顔をしている。
だけど、その奥底でまだイサさんの死を悲しんでいるのが分かる。
タカさんには絶対に聞けない。
だから、マクシミリアンさんに会いに行った。
最後に一緒にいたマクシミリアンさんだ。
何か感じているかもしれない。
忙しく、立場も高いマクシミリアンさんだったけど、私が連絡するとすぐに時間を取ってくれた。
バチカンまで「飛行」で移動し、教皇庁の中で着替えさせてもらった。
教皇庁でお話を聞こうと思っていたのだけど、マクシミリアンさんはレストランを用意すると言ってくれたのだ。
本当に多忙な方のはずだけど、私がお話を聞きたいと言ったらそういう手配をして下さった。
「やあ、アキ!」
「マクシミリアンさん! 今日はありがとうございます!」
マクシミリアンさんがローマのレストランを予約してくれていた。
ドレスに着替えた私をエスコートし、リムジンまで用意してくれた。
私なんかをレディとして扱ってくれるのが嬉しかった。
グルメであるマクシミリアンさんは、いろんな美味しいレストランを知っている。
明るい店内のお店で、前に青さんと再会した場所なのだと教えて頂いた。
そういうことまで考えてくれる方だった。
イタリア語の分からない私のために、メニューを私に説明しながら注文してくれる。
私は早速切り出した。
「あの、私、どうしても分からないことがあって」
「うん」
正直に、あの日のタカさんが、どうしてイサさんに事件に巻き込まれたのではないかと聞かなかったかを話した。
「タカさんは、絶対にイサさんを救いたいと思ったはずです。イサさんが敵に接触されたことはマクシミリアンさんの情報でタカさんも分かっていたと思うんですけど」
「ああ、そのことか」
マクシミリアンさんが頼んだ料理を食べながら、二人で話した。
「確かにイシガミは分かっていたよ。俺がイサハヤさんが何らかの形で暗殺計画に関わっていると話した。でも、イシガミは聞き入れなかった」
「本当に、イサさんが無関係と思っていたのでしょうか?」
マクシミリアンさんが少し黙った。
言葉を選んでいるようだった。
「いや、イシガミは、イサハヤさんが自分を絶対に裏切らないとだけ言っていた。でも、イサハヤさんが巻き込まれていることは分かっていたのだと思う」
「それじゃ……」
マクシミリアンさんが食事の手を止めて言った。
「亜紀、これは俺の想像でしかない」
「はい」
「イシガミは、イサハヤさんに会う前から全てが分かっていたのではないかと思う」
「え?」
「もう全てが手遅れなこと。そしてイサハヤさんが自分に別れを告げに来たということを」
「そんな! タカさんが何もしないで、そんな!」
「本当に想像なんだ。イシガミは、それでもイサハヤさんが自分に何か言ってくれるのではないかと思っていたんだと思うよ。でも、イサハヤさんは終始そんなことはおくびにも出さなかった。だから俺たちは最後まで食事を楽しんだ」
「分かりません……それじゃあんまりにも……」
「ああ。俺にはそうとしか考えられない。だから付き合った。イシガミはイサハヤさんと別れの晩餐のつもりだったんじゃないかな」
「マクシミリアンさん……そんな悲しい……」
「そうだね。でも、もちろんイシガミはイサハヤさんを救おうと思っていた。まさか家族を人質に取られ、自分が毒を煽るとは思ってもいなかっただろう。いや、違うな。イシガミは全部分かっていたのかもしれない。「ルート20」は強い絆で結ばれた仲間だったのだろう。だから、イサハヤさんの心が全て分かっていたのかもしれない。きっとそうなんだ」
「……」
私は言葉が出なかった。
そんな悲しいことがあるだろうか。
絶対にイサさんを助けたかったタカさん。
でも、それが出来ないと分かって、最後に一緒に食事を楽しむなんて。
それしか出来ないから、精一杯でそうしたなんて。
「イシガミはさ、終始イサハヤさんと楽しく話していた。今思えば、全部「ルート20」の時代の話だったよ。俺に話してくれる態で、二人であの時代を、本当に楽しそうに話していた。ああ、本当に楽しそうにな」
「タカさん……」
「亜紀、俺にも分からないことだ。最後でしかない相手のために、精一杯楽しもうなんてな。俺はそんな別れは経験していない。大事な人間が死んだことはあるが、そんな気持ちで最後を過ごしたことはない」
「あ!」
私は思い出した。
「イサさんの前に、同じ「ルート20」の仲間の槙野さんが亡くなったんです」
「ああ、聞いている」
「槙野さんには妹さんがいて。花さんっていうんですけど、心臓が悪くて余命もあまりなくて」
「そうだったのか」
「タカさん、花さんのために毎日見舞いに行って! 花さんと話して花さんを喜ばせて! そうでした! タカさんはそういう人でしたぁ!」
「亜紀……」
思わず涙が出て来た。
「タカさんは、イサさんのために! きっとそうです! もう最期になるから、イサさんを喜ばせようと!」
「ああ、何となく分かるよ。そうだったんだろう。一緒にいた俺も、自然にイサハヤさんと親しんだ。敵かもしれないなんて疑いは、最初に吹っ飛んだ。イシガミがどれほど信頼しているのかが分かったからな。イサハヤさんも本当にいい人だった」
「はい! 「ルート20」は最高なんです!」
「そうだな」
食事を終え、マクシミリアンさんにお礼を言った。
「今日は本当にありがとうございました」
「いや、こちらこそだ。亜紀と話して俺もいろいろと納得したよ」
「はい! ではまた!」
「ああ、元気でな。まあ全然心配してないけどな」
「アハハハハハハハハ!」
マクシミリアンさんと、笑って握手した。
マクシミリアンさんのお陰で、何かが少し分かった気がした。
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