上 下
2,542 / 2,818

最後の晩餐 Ⅱ

しおりを挟む
 井上さんにお話を聞けて良かった。
 井上さんは私に、あまり思いつめないように言ってくれた。
 優しい方だ。

 でも、私には、まだ一つだけ分からないことがあった。
 タカさんは、イサさんの死ぬ決意を実は分かっていたのではないだろうか?
 あのタカさんが、マクシミリアンさんからフランス政府の話を聞いて、イサさんが巻き込まれたことを分かっていないというのはおかしい。
 でも、そうだったら、タカさんは絶対にまずイサさんを助けようと動くはずだ。
 しかし、タカさんは何もせずに、イサさんと楽しそうに食事をした。
 マクシミリアンさんも連れて、一緒に楽しく話したのだ。

 私には、そのことがどうしても分からなかった。
 後から思えば、もう何も出来なかったのだけど、どうしてタカさんはイサさんに尋ねなかったのだろうか?
 私たちの前では、タカさんはもう普通の顔をしている。
 だけど、その奥底でまだイサさんの死を悲しんでいるのが分かる。
 タカさんには絶対に聞けない。
 だから、マクシミリアンさんに会いに行った。
 最後に一緒にいたマクシミリアンさんだ。
 何か感じているかもしれない。

 忙しく、立場も高いマクシミリアンさんだったけど、私が連絡するとすぐに時間を取ってくれた。
 バチカンまで「飛行」で移動し、教皇庁の中で着替えさせてもらった。
 教皇庁でお話を聞こうと思っていたのだけど、マクシミリアンさんはレストランを用意すると言ってくれたのだ。
 本当に多忙な方のはずだけど、私がお話を聞きたいと言ったらそういう手配をして下さった。

 「やあ、アキ!」
 「マクシミリアンさん! 今日はありがとうございます!」

 マクシミリアンさんがローマのレストランを予約してくれていた。
 ドレスに着替えた私をエスコートし、リムジンまで用意してくれた。
 私なんかをレディとして扱ってくれるのが嬉しかった。
 グルメであるマクシミリアンさんは、いろんな美味しいレストランを知っている。
 明るい店内のお店で、前に青さんと再会した場所なのだと教えて頂いた。
 そういうことまで考えてくれる方だった。
 イタリア語の分からない私のために、メニューを私に説明しながら注文してくれる。
 私は早速切り出した。

 「あの、私、どうしても分からないことがあって」
 「うん」

 正直に、あの日のタカさんが、どうしてイサさんに事件に巻き込まれたのではないかと聞かなかったかを話した。

 「タカさんは、絶対にイサさんを救いたいと思ったはずです。イサさんが敵に接触されたことはマクシミリアンさんの情報でタカさんも分かっていたと思うんですけど」
 「ああ、そのことか」

 マクシミリアンさんが頼んだ料理を食べながら、二人で話した。

 「確かにイシガミは分かっていたよ。俺がイサハヤさんが何らかの形で暗殺計画に関わっていると話した。でも、イシガミは聞き入れなかった」
 「本当に、イサさんが無関係と思っていたのでしょうか?」
 
 マクシミリアンさんが少し黙った。
 言葉を選んでいるようだった。

 「いや、イシガミは、イサハヤさんが自分を絶対に裏切らないとだけ言っていた。でも、イサハヤさんが巻き込まれていることは分かっていたのだと思う」
 「それじゃ……」

 マクシミリアンさんが食事の手を止めて言った。

 「亜紀、これは俺の想像でしかない」
 「はい」
 「イシガミは、イサハヤさんに会う前から全てが分かっていたのではないかと思う」
 「え?」
 「もう全てが手遅れなこと。そしてイサハヤさんが自分に別れを告げに来たということを」
 「そんな! タカさんが何もしないで、そんな!」
 「本当に想像なんだ。イシガミは、それでもイサハヤさんが自分に何か言ってくれるのではないかと思っていたんだと思うよ。でも、イサハヤさんは終始そんなことはおくびにも出さなかった。だから俺たちは最後まで食事を楽しんだ」
 「分かりません……それじゃあんまりにも……」
 「ああ。俺にはそうとしか考えられない。だから付き合った。イシガミはイサハヤさんと別れの晩餐のつもりだったんじゃないかな」
 「マクシミリアンさん……そんな悲しい……」
 「そうだね。でも、もちろんイシガミはイサハヤさんを救おうと思っていた。まさか家族を人質に取られ、自分が毒を煽るとは思ってもいなかっただろう。いや、違うな。イシガミは全部分かっていたのかもしれない。「ルート20」は強い絆で結ばれた仲間だったのだろう。だから、イサハヤさんの心が全て分かっていたのかもしれない。きっとそうなんだ」
 「……」

 私は言葉が出なかった。
 そんな悲しいことがあるだろうか。
 絶対にイサさんを助けたかったタカさん。
 でも、それが出来ないと分かって、最後に一緒に食事を楽しむなんて。
 それしか出来ないから、精一杯でそうしたなんて。

 「イシガミはさ、終始イサハヤさんと楽しく話していた。今思えば、全部「ルート20」の時代の話だったよ。俺に話してくれる態で、二人であの時代を、本当に楽しそうに話していた。ああ、本当に楽しそうにな」
 「タカさん……」

 「亜紀、俺にも分からないことだ。最後でしかない相手のために、精一杯楽しもうなんてな。俺はそんな別れは経験していない。大事な人間が死んだことはあるが、そんな気持ちで最後を過ごしたことはない」
 「あ!」

 私は思い出した。

 「イサさんの前に、同じ「ルート20」の仲間の槙野さんが亡くなったんです」
 「ああ、聞いている」
 「槙野さんには妹さんがいて。花さんっていうんですけど、心臓が悪くて余命もあまりなくて」
 「そうだったのか」
 「タカさん、花さんのために毎日見舞いに行って! 花さんと話して花さんを喜ばせて! そうでした! タカさんはそういう人でしたぁ!」
 「亜紀……」

 思わず涙が出て来た。

 「タカさんは、イサさんのために! きっとそうです! もう最期になるから、イサさんを喜ばせようと!」
 「ああ、何となく分かるよ。そうだったんだろう。一緒にいた俺も、自然にイサハヤさんと親しんだ。敵かもしれないなんて疑いは、最初に吹っ飛んだ。イシガミがどれほど信頼しているのかが分かったからな。イサハヤさんも本当にいい人だった」
 「はい! 「ルート20」は最高なんです!」
 「そうだな」

 食事を終え、マクシミリアンさんにお礼を言った。

 「今日は本当にありがとうございました」
 「いや、こちらこそだ。亜紀と話して俺もいろいろと納得したよ」
 「はい! ではまた!」
 「ああ、元気でな。まあ全然心配してないけどな」
 「アハハハハハハハハ!」

 マクシミリアンさんと、笑って握手した。
 マクシミリアンさんのお陰で、何かが少し分かった気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...