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「ルート20」絆

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 9月の下旬。
 俺は槙野と花の墓参りに行った。
 特に決めているわけではないのだが、月に1度は行っている。
 奈津江と同じくらいか。
 俺が何もしてやれなかった二人。
 今更謝ることも出来ないが、俺はあの美しい兄妹を忘れることは絶対に無い。
 不意に、どうしても行きたくなる。
 自分でもどういう気持ちなのかは分からないが、自然に墓前へ向かう。
 悲しみはもちろんある。
 だが、あの美しい兄妹に会いたいのだ。
 思い立つのは何故か夜が多い。
 無性に会いたくなるのは、いつも夜だった。

 その日も夜遅くに行った。
 オペが9時までかかり、みんなで遅い夕食を軽く食べてからのことだったので、墓地に着いたのは10時を回っていた。
 墓前に供える花も買っていなかったが、槙野と花に顔を出したかった。

 雨が降って来た。

 その日はコルベットに乗っていた。
 寺の駐車場に停め、FOXのラビットのアニマルヘッドの傘を挿した。
 線香はいつも車の中に用意してある。
 突然誰かの墓参りに行きたくなっても大丈夫なようにだ。
 俺は、随分と墓に入った知り合いが多くなった。

 槙野と花の墓に行き、線香を焚こうとした。
 墓石の前に30センチほどのバイクのフィギュアが置いてあるのに気付いた。

 「誰だ?」

 バイクは見てすぐに分かった。
 槙野の愛車だったケッチ(カワサキKH400)だった。
 プラスチックと軽合金の削り出しで作られたもので、見事な出来栄えだった。
 それを見て、誰が置いて行ったのかが分かった。

 「イサ(諫早)か」

 少し濡れたケッチのフィギュアをハンカチで拭い、濡れないようにスーツの下に忍ばせた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 諫早嗣生、「ルート20」で俺の一つ下、槙野と同期の男だ。
 槙野と仲が良く、特攻隊の2番隊の隊長でもあった。
 ルート20を解散しても、槙野とは連絡を取り合っていたようだ。
 
 イサは手先が器用で、最初は車の整備工になったが、やがて国内のレースチームに引き抜かれた。
 そこでも頭角を現わし、今はフランスのF1チームに所属している。
 「ルート20」時代にはプラモデルが趣味で、そのうちに警察官の赤木さんと親しくなり、手ほどきを受けてから一緒にフィギュアなども作り始めた。
 赤木さんの趣味を一番理解していたのはイサだったろう。
 時々、交番にイサが自分の作品を持って来て赤木さんに見せていたのを知っている。

 槙野の死を知り、忙しい中をフランスから葬儀に参列するために帰国した。
 通夜では随分と悪酔いし、酔い潰れた。
 周囲の人間に散々絡み、泣き喚き愚痴と悲しみをぶつけた。
 みんな乱れたイサに優しく接していた。
 イサが槙野の親友だったことは分かっていた。
 葬儀では一番大泣きし、棺に抱き着いて出棺が遅れるほどだった。
 葬儀の後で、イサは残された妹の花の面倒を自分が看ると言ったが、俺が花も長くはないことを伝え、また泣き崩れた。
 自分が親友の槙野のために何も出来ないのかと嘆いた。
 俺が花に会って行けと言ったが、自分は感情を抑えられないと言って会わなかった。
 俺に何十回も花のことを頼んでフランスへ帰って行った。
 イサは花の葬儀にも戻って来て、また激しく泣いた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 俺は線香を焚いて般若心経を読み、槙野と花と話し、墓参りを終えた。
 コルベットに乗ってからケッチのフィギュアを助手席に乗せ、イサに連絡した。
 槙野の葬儀の時に、「ルート20」全員の連絡先を交換している。
 フランスは今、午後の3時過ぎのはずだ。
 イサはすぐに電話に出た。
 
 「よう、俺だよ」
 「トラさん! お久しぶりです!」
 「おい、お前また日本に帰って来てたのかよ?」
 「え?」
 「今、槙野と花の墓参りに来たんだ」
 「ああ!」
 「墓に置いてあったあのケッチは、お前が作ったんだろう?」
 「ええ、自分はあんなことしか出来なくって」
 「なんだよ、帰ったんなら連絡してくれよ」
 「いや、本当にトンボ帰りだったんですよ。トラさんとかに顔を出す時間もなくって」
 「そうか、お前忙しいもんな」
 「いえ、でもトラさんに見てもらえて良かったですよ」

 イサは嬉しそうにそう言った。
 2日前に一時帰国したらしい。

 「今、こっちは雨が降ってるんだ」
 「そうなんですか」
 「あのケッチ、俺が預かってもいいか?」
 「え、トラさんがですか!」
 「雨に濡れると可哀そうだ。俺が墓参りに来る時には持って来るからさ」
 「ほんとですか! 是非お願いします!」
 「そうか、じゃあ俺が預かるな」
 「はい! 嬉しいです!」

 少し近況を話して電話を切った。
 イサから、ヨーロッパに来たら連絡して欲しいと言われた。
 別にフランスでなくても、どこへでも行くからと。
 EUは国境を越えやすくなっている。
 イサは本当にそのつもりなのだろう。
 俺はイサのケッチを手にして家に帰った。

 




 イサからヨーロッパへ来たらと言われていたが、10月初旬に本当に用事が出来た。
 フランスではなく、バチカンだったが。
 マクシミリアンから、俺に伝えたい情報があると言われたのだ。
 通信では話せないということだったので、出向くことにした。
 それに幾つかローマ教皇庁と話し合いたいこともあった。
 すぐにイサに連絡し、俺がバチカンへ行くついでに会えないかと言うと、イサは喜んでくれた。

 「今は時間が空いてる時期なので、大歓迎ですよ。じゃあ、自分がローマまで行きますから!」
 「そうか、楽しみだな!」
 「はい!」

 俺はバチカンの用事の後でローマで一泊すると伝えた。
 その時にイサに会える。
 本当に楽しみだった。
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