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白い少女 Ⅳ

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 ルイーサをリヴィングへ通し、紅茶を出した。
 紅茶の淹れ方が一番上手いハーが淹れた。
 リヴィングの大テーブルに座らせたが、違和感が半端ない。
 ローマ教皇たちなどは、意外と馴染んでいたのだが。
 子どもたちはテーブルの端に座らせている。
 ルイーサがハーの紅茶を口に含み、微笑んだ。

 「ほう、なかなかだな」
 「やった!」
 「フフフ」

 俺は丁度昨日「緑翠」で買って来た《虎好》を茶うけに出した。
 ルイーサがしばらく眺めて和菓子切で口に入れた。

 「これはいいな」
 「そうだろう?」
 「タカトラへの愛を感じる菓子だ」
 「そうか」

 説明せずとも、ルイーサにはそういうことが分かるらしい。

 俺はルイーサの突然の訪問の目的を聞いた。
 まさか、あの甲冑を届けに来たわけではないだろう。
 そうであれば、ルイーサが一人だけで来ることはない。
 大仰に家来たちを引き連れていたはずだ。
 顕さんのフィリピンの家にはそうやって訪問した。
 まあ、顕さんが大層驚いて、慌てて俺に電話してきたが。
 一生忘れられないと言ってた。

 うちに来たのも初めてだ。
 何度か俺はルイーサの館には行っていた。
 呼ばれて行ったこともあるが、俺から顔を見に行くこともあった。
 それで用事は済んでいた。
 ルイーサがうちに来るというのは、それなりの目的があるはずだった。

 「タカトラ、《エイル》については知っているか?」
 「ああ、北欧神話のアース神族の女神か?」
 「そうだ、話が早いな。《エイル》がまた活動を始めたようなのだ」
 「それはどういうことだ?」

 話がよく分からなかったが、ルイーサが何か重要な情報を持ってきたことが分かった。
 しかもそれは通話では語れない極秘事項だ。
 要するに、「業」には聞かせられない情報なのだ。
 そしてルイーサは一人でやって来た。
 それは、自分の眷属たちにも聞かせられないという意味だ。
 信頼とは別な、徹底的な情報統制が必要な事柄だったということだ。

 「《エイル》は医学の神だったな」
 「その通りだ。クルスの崇拝する神だ。クルスは《エイル》の神力を扱う」
 「なるほど」

 納得したわけではないが、早乙女の子久留守は俺を護るために来たと言っていた。
 俺にも分からんが、前世ではクルスは先に死に、俺を救えなかったと聞いている。

 「その《エイル》が動き出したというのはどういうことだ?」
 「クルスがまだ幼いため、タカトラに力を貸しに来たのだ」
 「え?」
 「クルスが祈ったのかもしれない」
 「よく分からんな」
 「「カルマ」との戦いに於いて、今タカトラに必要なことを為すためだ。お前を助け、何かに気付かせるためだろう」
 「俺に?」

 ルイーサがハーに紅茶をもう一杯頼んだ。

 「何度か《エイル》がニホンに現われている。私たちの巫女がそれを感知した」
 「お前たちにも巫女なんているのか?」
 「そうだ」
 「じゃあ、以前に俺を襲ったのは、巫女が居眠りしてたか?」

 ルイーサが大笑いした。

 「あれはあいつらが勝手にやったことだ。我は眠っていたしな」
 「気付いていなかったということか?」
 「そうではない。巫女は私にしか予言を伝えない。気位が高いのだ」
 「ほう」
 「それに、お前が乗り込んで来ることで私が目覚めるということまで分かっていたのだろうよ」
 「なるほどな」

 ルイーサは巫女の名を話さなかった。
 相当な重要人物なのだろうと思った。

 「巫女が私に《エイル》のことを話した」
 「なんだ?」
 「一つは2年前のシブヤでの事件」
 「!」
 「もう一度は最近だ。恐らくシブヤの事件に関わる者の前に。それとホッカイドウか」
 「稔か!」
 「そういう名の者か。多分そうだろう」

 俺は稔が渋谷の事件の中で白い少女を見たことをルイーサに話した。

 「では、あの《白い少女》というのが!」
 「《エイル》は好んで純白の少女の姿で顕現する」
 
 俺は驚いてはいたが、これで全て理解出来た。
 
 「二年前の無差別憑依事件を俺たちは「渋谷HELL」と呼んでいる。《エイル》の存在を知ったのは最近なんだ」
 「そうか。まあ、《エイル》は見込んだ人間にしか姿を見せないからな」
 「後から探してみたが、渋谷の事件では映像では確認出来なかった。うちの研究所に現われた時には、0.01秒映っていた」
 「その映像は貴重だな。恐らく、人類史上で唯一だぞ」
 「そうなのか」
 「ああ、タカトラのことを相当気に入っているんだろう」
 「そういうものか?」
 「そういうものだ」

 俺とルイーサはドイツ語で話している。
 俺は英語は苦手だが、ドイツ語の会話はずっと出来る。
 柳と亜紀ちゃんはドイツ語も多少出来るが、会話はまだまだだ。
 だからルイーサに断って量子AI《アイオーン》が同時通訳している。

 「レジーナさん、《エイル》さんは「渋谷HELL」では2人の人間を助けたということですか?」
 
 ルーが聞いた。
 ルイーサと呼んでいいのは俺だけなので、他の人間は「レジーナ」と呼ぶ。
 その辺は格式高い一族だ。

 「そうだ。その者たちは《エイル》のお陰で、妖魔の侵入をある程度妨げたのだろう」
 「完全に排除はしなかったんですね」
 「それには意味がある。一人は妖魔の力を得るために、もう一人は妖魔を排除する方法をタカトラに知らせるために」
 「そういうことか……」

 獅子丸は瞬時にライカンスロープ化するのを防がれ、ゴールドによって意識を乗っ取られることを防がれた。
 そのことで、獅子丸は愛鈴と同じく妖魔の力を発揮できるようになった。
 稔はまた違う。
 稔は「Ωカメムシ」の存在を俺に伝えるために助けられたということか。
 しかし、ルイーサがまた予想外のことを話した。

 「タカトラ、《エイル》の姿を観た者がいるな?」
 「ああ。さっき話した稔という少年だ」
 「その者は、今後重要な人物になるぞ」
 「なんだって?」
 「今は何の力もないだろう。だが、必ず能力に目覚める」
 「でも、稔は華道の宗家になるんだぞ?」
 「関係ない。その者は決してそうならない。《エイル》に見込まれたのだ。必ずタカトラと強い縁になる」
 「そうなのかよ」

 今の俺にはまったく分からない。
 ルイーサを夕飯に呼んで、和食を食べさせた。
 あまり東洋的なものに触れていないルイーサが楽しんだ。
 泊って行けとも言ったが、俺の家はあまりにも狭く格式がないそうだ。
 早乙女の家ならばどうかと思って連れて行った。
 しかし、ルイーサは家を見るなり「ふざけるな」と言った。

 「ダメかぁ」
 「なんだ、このバカげた建物は?」
 「えーと」
 「特にアレだ」
 「あれは「武神ぴーぽん」というなぁ」
 
 早乙女と雪野さんが呆然と俺を見ていた。
 二人を紹介した。

 「稀に見る美しい人間たちだな」
 「石神!」
 「良かったね」

 中へ案内すると、「柱」たちが寄って来た。

 「おお、こういう者がいるのか」
 「大丈夫か?」

 「柱」たちがルイーサに挨拶している。
 ルイーサも嬉しそうにしていた。
 リヴィングへ上がり、久留守がルイーサに恭しく頭を下げた。
 もう、あの「モード」に入っている。
 
 「クルス、久しいな」
 「ルイーサ様は相変わらずお美しい」
 「また共に戦えるな」
 「はい」

 ルイーサが久留守を抱き寄せ、耳元で何かを言っていた。
 久留守が顔を輝かせた。
 怜花を紹介され、ルイーサは「ほう」と呟いた。
 何かを見たのか。
 
 ルイーサはまたあの豪奢な馬車に乗って帰って行った。
 あれ、飛行して行くのだろうか。






 その後、俺は北海道の釧路平原でライカンスロープ化した被害者を収容していた時期の映像を徹底的に洗わせた。
 その結果、合計で0.3秒ほど、《エイル》と思われる映像を確認出来た。
 眠っている犠牲者たちの間に立っている映像だった。
 時折、画面が真っ白にハレーションのようになっていた。
 《エイル》は恐らく被害者たちに処置のようなことをしてくれていたのではないか。
 もしかしたら、タマの昏睡の能力はそれほどもたなかったのかもしれない。
 タマも何の保証も口にしなかった。
 《エイル》はそれを悟り、何らかの手助けをしてくれていた。
 お陰で恐らく時間が稼げ、俺たちは犠牲者たちを救うことが出来た。
  
 それと、佐野原稔と俺との縁は終わったかと思っていたのだが。
 ルイーサは重要な縁が始まると言った。
 まあ、俺には分からんが、なるようになるのだろう。
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