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院長夫妻のガーディアン

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 退魔師の柏木さんに「虎」の軍に入ってもらい、俺は最初の仕事としてうちの吉原龍子の遺産の整理を依頼した。
 
 「多くの物がありますから、ゆっくりと出来る範囲でいいですからね」
 「分かりました」

 相変わらず実に穏やかな人だ。
 でも、その底に非常に熱いものを持っていることも知っている。
 一体どれほどの過酷な人生を歩んできたことか。
 幾つか聞いた話でも、とんでもなく悲しく、そして美しい経験だった。

 「石神さん、まずは先日見た香炉にしたいと思うのですが」
 「ああ、鬼の王が封印されているというものですね」
 「ええ」

 先日はいろいろなことがあったので、香炉についても詳しく聞いていなかった。
 あらためて柏木さんにどういうものなのかを聞いた。

 「恐らくは守護の存在と思いました」
 「守護ですか」
 「はい。以前にも誰かを護っていた者だと思います。その方が亡くなったので、あの香炉に自ら篭ったのだろうと」
 「ほう」

 柏木さんが俺を見た。

 「石神さん。もしも守護の者だとしたら、誰か御守りしたい方はいらっしゃいますか?」
 「います!」

 柏木さんがあらためて確認し、確かに強力な守護の者だと分かった。
 俺は院長夫妻を家に呼んだ。
 7月中旬のことだった。





 「おい、石神。こないだの話は本当か?」
 
 院長と静子さんがうちに来て、緊張した面持ちで俺を見ている。
 今日は子どもたちを遠ざけていた。
 「桜蘭」で焼肉を喰いに行けと言っている。
 もちろん、大喜びで出掛けて行った。

 「院長、柏木さんは御存知ですよね?」
 「ああ。柏木さん、今日はあらためてお願いします」

 お二人が挨拶する。

 「こちらこそ。先日調べ直しまして、確かに人間を守護する存在だ分かりました」
 「そうですか。でも……」
 
 院長が不安そうな顔をしている。
 院長にも、響子のレイ、御堂のアザゼル、柳のハスハ、早乙女のモハメド、シャドウのアラキバ、双子のウンちゃんなどの話はしている。
 院長にも以前からガーディアンを付けたかったのだが、どういう存在が良いのか迷っていた。
 大事なお二人なのだが、アザゼルの仲間の13柱は強力過ぎる。
 それにお立場的にそうそう狙われる可能性も低い方々なので、強力なガーディアンは必要ないはずだった。
 しかし、俺にとっては掛け替えのない方々だ。
 それなりに強いガーディアンをと考えていた。

 鬼の王という話を聞き、俺はこれだと思った。
 柏木さんの調べたところによると、妖魔の中でも桁違いに強い者だということだった。
 それに以前は人間に仕えていたようなので、そういうことも安心出来た。

 「蓼科様、今日の香炉の鬼の王は、飛鳥時代に貴人を護った者のようです。その貴人を崇敬した存在で、貴人亡き後、自ら貴人の大切にしていた香炉に篭りました」
 「その鬼の王が、私を護ってくれるんですか?」
 「はい、恐らくは。石神さんが命じればそのようになるかと思います」

 院長はそれでも迷っていた。
 というか、恐れていたのだろう。
 訳の分からない者が自分の傍に付くということは、確かに怖いかもしれない。

 「でも、守護者というのはどうにも理解出来ず」
 「分かります。でも、蓼科様は実際に守護者を持っている方々を御存知ですね?」
 「ええ、まあ。実際にその守護者を見たことはありませんが」
 「実を言えば私にもはっきりしたことは申し上げられません。もしかすると相性が悪く、御守りする者にはならないかもしれません」
 「そうですか」

 冷房は入っているのだが、院長はしきりに額の汗を拭いていた。

 「院長、話したじゃないですか。いい加減に覚悟を決めて下さいよ」
 「おい、石神。そうは言ってもだな」
 「もう! 静子さんはいいですよね?」
 「そうね。これから危険なこともあるかもしれないし」
 「そうですよ!」
 「石神、でもだな」

 俺はもう無視して、柏木さんに儀式を頼んだ。
 柏木さんはリヴィングのテーブルに乗せた香炉に祝詞を唱え始める。
 しばらくすると、香炉から非常に良い香りが立ち込めて来た。
 電灯を点けたわけでもないのに、リヴィングが明るくなって行く。

 「来ました」

 俺の前に体長2メートル半の逞しい鬼がいた。
 妖魔の体長はそのままではない。
 恐らくは、この部屋に合わせて登場したのだろう。
 そういうことを考えるということも、俺は気に入った。
 院長にも見えているようだが、静子さんには分からないようだ。

 《神獣の王よ、我を呼び出されましたか》

 鬼の声が頭の中に響いた。
 丁寧な口調だ。
 柏木さんは俺の命に従うと言っていたが、間違いないようだ。
 声は静子さんにも響いたようで、驚いた顔をしている。

 「そうだ。お前にこの人たちを護って欲しい」
 
 鬼が院長と静子さんを見た。

 《お二人とも美しい魂ですね。承知しました》
 「宜しく頼む。お前の名は何と言う?」
 《鬼羅(キラ)と呼ばれておりましたが、既に主君は無く》
 「そうか。お前を鬼理流(キリル)と名付ける。いいか?」
 《有難く。良い名でございます》
 「では鬼理流、これからお二人を護ってくれ」
 《承知いたしました》

 鬼理流は消え、部屋の明るさも戻った。

 「石神さん、終わりましたね」
 「ええ、お陰様で。院長、終わりましたよ」
 「え、そうなのか?」
 「聴いてたでしょう!」
 「あ、ああ。よく分からんが」
 「今後、あの鬼理流がお二人を護ってくれますから」
 「そうなのか」
 「静子さんは如何ですか?」
 「ええ、何か声は聞こえたのだけど」
 「もう大丈夫ですからね」

 その夜は俺が鰻を取って、帰って来た子どもたちと院長夫妻、柏木さんとで楽しく話した。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 




 
 石神に蓮花さんの研究所と別荘に誘われたが、俺は広島の実家だったお堂に行くつもりだった。
 以前に石神があの時のことを話し、俺も気になっていたのだ。
 忘れていたわけではなかったが、思い起こすことが多くなかなか行く気にはなれなかった。
 しかし、石神が語ったことを聞きながら、俺の中で猛烈に行きたい気持ちが湧き起って来たのだ。
 石神は不思議な男だ。
 俺の中で辛かったはずの記憶が、何か美しい思い出になっていたことに気付かせてくれた。
 あの時のことを静子も覚えていて、俺がお堂に行くと言うと大丈夫かと心配して聞いて来た。
 
 「石神のお陰でいろいろと整い終えることが出来た。あらためて俺の大切な場所なのだと分かったんだ」
 「そうですか、そうですよね」

 そうして俺と静子で出掛けることにした。
 
 静子と話したのは6月の頃だった。
 石神にも夏休みを利用して出掛けることを話した。

 「そうですか」

 石神は何かを考えているようだった。
 その時には俺にも石神の気持ちは分からなかったが。
 後から、石神が俺たちを護るガーディアンを付けたいとずっと思っていてくれたことを知る。
 そして7月に石神に呼ばれた。
 
 「お二人は俺にとって掛け替えのない人たちです」
 「ああ、そう思ってくれてありがとうな」
 「ですから、お二人に強いガーディアンを付けたいと思っているんです」
 「ガーディアン?」

 石神の言うガーディアンのことは知っている。
 まず響子ちゃんを護っているレイという大きな虎。
 他にも御堂総理や柳さんなど、何人かの話は聞いている。
 でも、俺たちにまでそういうことが必要なのだろうか。

 しかし石神は強引に俺に頼み込んで来た。
 あまりにも真剣に言うので、俺も静子に話して承諾した。
 どうやら石神の家にある吉原龍子さんの遺産の中に、ガーディアンになるものがあるという。
 静子と石神の家に行き、柏木さんの手引きで儀式をした。
 不思議なことはあったのだが、よくは分からなかった。
 何も変わることはなく、静子と一緒にいつしか気にすることは無くなった。
 鬼理流と石神が名付けたガーディアンは、普段は姿は見えないが、何となく自分たちが護られている感じがした。
 安心感と言うのだろうか。
 俺も静子も、石神に感謝していた。
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