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真夏の別荘 愛する者たちと Ⅵ 茜の定食屋

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 鷹の料理は絶品だった。
 子どもたちが容赦なく鷹に叱られながら作っていた。
 手伝いに入った雪野さんまで怒鳴られる。
 厨房に入ると鷹は人格が変わる。

 伊勢海老の酒蒸し。
 鮑のバターソテー。
 鯛と鮎、サザエの焼物。
 各種御造り。
 アナゴとキス、各種野菜の天ぷら。
 里芋と鳥肉の煮物。
 その他多くの器。
 椀はホタテと揚げナス、絹サヤだった。
 
 食材は金に糸目を付けずにスーパーの店長さんに頼んでいた。
 みんなで唸りながら頂き、鷹を褒め称えた。
 ロボも盛りだくさんの刺身や焼き物をもらって大喜びだ。
 食べている途中で鷹にお礼を言いに行く。

 「にゃー!」
 「ウフフフフ」

 鷹がロボの額を撫でると喜んで、また食べに戻った。
 響子は涙目で食べていた。
 もう満腹なのだが、美味し過ぎるのでもっと食べたいのだ。
 一番小さい久留守も、どんどん食べている。
 久留守は大人めいたものが結構好きなのを聞いている。
 今日はサザエの焼物と高野豆腐の煮物を特に喜んでいた。
 非常に美味い夕飯を堪能し、交代で風呂に入った。

 早乙女たちはすっかり麻雀が気に入って、桜花たちを誘って楽しんでいた。
 俺が入ろうとすると、みんなに止められた。

 「タカトラはインチキだからダメ」
 
 響子が両手を拡げて止めた。

 「……」

 風呂から上がった子どもたちが、つまみの準備を始めた。
 今日は夕飯が絶品だったので、あっさりとしたものにした。

 焼きナス。
 大根サラダ。
 アスパラの炒め物。
 ジャーマンポテト。
 冷奴。
 それに大量の唐揚げ。

 小さな子どもたちはもう寝ている。
 ロボは鷹にマグロの刺身と冷酒を貰っている。
 バギーカーが楽しかったという話をみんなでして盛り上がった。
 早乙女も雪野さんと楽しかったと言った。
 栞ももうしょ気ることなく、明るく笑っている。
 まあ、スゲェ女だ。
 しばらく楽しく話し、亜紀ちゃんが言った。

 「タカさん、昨日のお話も良かったです!」

 亜紀ちゃんがニコニコして言う。

 「茜ちゃん、来週も来るよ!」
 「そうか」
 「じゃあ今日は茜さんのお話ですかね!」
 「なんでだよ!」

 みんなが拍手をする。

 「おい、たまにはゆっくり飲ませてくれよ」
 「私たちは飲んでますよ?」
 「ばかやろう!」

 亜紀ちゃんに箸で掴んだ唐揚げを投げると、口で受け止めてムシャムシャと食べた。

 「亜紀ちゃん、真岡を覚えてるか?」
 「ふぁい! フィフィフィンで!」

 亜紀ちゃんが唐揚げを呑み込んだ。

 「フィリピンでいつも手伝ってくれますよね? 皇紀も結構お世話になって」
 「はい! いい人ですよね!」

 皇紀も返事する。

 「ああ、あいつは俺が言ってる真岡の息子だよ。ほら、千両の兄弟分の真岡に、盃事で会っただろう?」
 「あー! あの真岡さんですか!」
 「あいつな、茜に車で轢かれたことがあるんだよ」
 「エェー!」

 亜紀ちゃん以外は会ったことは無い。
 まあ、何度か俺に大勢で挨拶に来た時にもいたのだが、覚えてはいないだろう。
 毎年恒例の花見にも、千万組が招待されているからと遠慮して来ない。

 「茜が普通免許を取って、軽トラで群馬の配送会社で働いてた時なんだ」
 「え、今の加奈子さんと志野さんの会社じゃないんですか?」
 「ああ、加奈子が会社を立てたのはその後だよ。その前の話な」
 「ああ、なるほど」

 俺は話し出した。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「えーとー、次はあっちか」

 茜は初心者マークを付けた軽トラで配達をしていた。
 大通りを左折しようとし、地図を見て下を向いた。
 その時に、横断歩道を渡ろうとした男性たちがいたことに気付いた。

 「うわぁ!」

 ブレーキを踏んだが、男性が転んだ。
 二人の男性が大声で怒鳴りながら近づいて来る。
 後ろで後続車がクラクションを鳴らした。

 「すいません! すぐにどけます!」

 咄嗟に茜はアクセルを踏んで、左に軽トラを移動しようとした。

 「おい! バカ!」
 「ん?」

 軽トラが何かに乗り上げた。

 「え! まだいたのぉ!」

 パニックになりブレーキを踏まずにアクセルを踏み込んでしまった。
 後輪も何かに乗り上げた。
 
 「グォォォー!」

 押し殺した悲鳴が聞こえ、茜はやっと軽トラを脇に停めた。

 「テッメェ! 降りて来い!」
 「す、すいません!」

 慌てて軽トラを降りると、中年の男性が道路に仰向けになって苦しんでいた。
 両足がヘンな方向に曲がっている。
 茜は胸倉を掴まれ、殴られると思った。

 「まて!」

 足を怪我した男性が男を止めた。
 もう一人の男が走って行った。
 まだ携帯電話の無い時代だ。
 多分、救急車を呼びに行ったのだろう。
 茜はそのうちに警察も来て、自分は現行犯で捕まると思った。
 まだ働き出したばかりの運送会社にも迷惑を掛けてしまった。
 本当に申し訳ないと思う。

 「おい、〇〇病院へ行け」
 「はい?」
 「俺が運転する。お前は後ろの荷台で親父を守れ」
 「は、はい!」

 茜は何も考えることも出来ず、男の言う通りにした。
 男は軽トラの荷台に初老の男性を乗せ、茜も上に上がった。
 乗せていた毛布があったので、男性の下に敷き、頭を自分の膝に乗せた。

 「本当にすみませんでした! 足、大丈夫ですか?」
 「見りゃ分かるだろう!」
 「あ、すみません。あたし、バカなんで」
 「お前ぇ!」
 「すみませんでした! 何でもします!」
 「ふん!」

 激痛があるだろうに、男性は呻き声も挙げなかった。
 茜はずっと謝り、男性の容態を聞き続けた。

 「痛いですよね、すみません。あ、冷たいお茶があるんです、飲みますか?」
 「いらん!」
 「本当にすみません。なんでもしたいんですが、何をしたらいいのか分からなくって」
 「だったらもう黙れ!」
 「いえ、トラさんが、事故に遭った人には話し掛け続けろって」
 「トラ?」
 「暴走族の特攻隊長だった人です。頭がよくって」
 「お前、何言ってんだ?」
 「そうだ、トラさんの話をしますね! 本当にスゴイ人で」
 「おい、黙れよ!」
 「あのですね。赤虎って呼ばれるほど地元で恐れられてて」
 「なんだよ、そいつは!」
 「それでですね! 周辺で一番の進学校でトップの成績で!」
 「おい、すげぇな」
 「そうなんですよ! 背も高くて、187センチ! お顔がすっげぇお綺麗で、女たちにいつも囲まれてて」
 「おう!」
 「でも、保奈美さんが一番ですから! 保奈美さんってですね」
 「おい、トラの話をしろ!」
 「はい! トラさんは……」

 茜はどういうわけか、ずっと俺の話をしていたそうだ。
 じきに病院に着いて、10人近い人間が入り口で待っていて、すぐにストレッチャーが出て来て男性は中へ運ばれた。

 「娘! てめぇは一緒に来い!」
 「はい! あ、すいません!」
 「なんだ?」
 「配達が一つ残ってまして! それに会社に連絡しないと!」
 「ああ、こっちでやる。どこの会社だ?」

 茜は会社の名前と連絡先を告げた。
 茜は10人の男たちと一緒に手術室の前で待っていた。
 男たちがそれぞれに動き、しばらくして茜の会社の先輩が来た。

 「すいません! 事故っちゃいました!」

 先輩は困った顔をしていた。

 「茜、お前真岡さんを轢いたそうだな」
 「え、あ、あの人真岡さんっていうんですね」
 「お前はクビな」
 「えぇー!」
 「冗談じゃないよ。よりによってあの真岡さんにとんでもないことを」
 「でも!」
 
 先輩は茜の軽トラのキーを受け取って去って行った。
 茜は呆然としてそれを見ていた。
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