上 下
2,459 / 2,818

愛する者の帰還 Ⅷ 柳のブレイクスルー 3

しおりを挟む
 《地獄の悪魔》と戦っていたはずが、急に周囲の景色が崩れた。
 戦闘はわしの圧倒的な負けになりかけてはいたが、突然の終焉に激怒した。
 そしてポッドのハッチが開き、現実の景色になった。

 《斬様、急な中断で申し訳ありません。お身体は如何ですか?》

 この研究所の量子コンピューター《ロータス》だ。

 「ああ、問題ない。何か起きたのか?」
 《はい、強大な何者かの攻撃を受けました。外壁が200メートルもの幅で崩されています》
 「なんだと!」

 この研究所の防壁の強固さは聞いている。
 相当な強力な攻撃でなければ、破壊など出来ない。

 「想定出来るのは《地獄の悪魔》級の攻撃です。今、避難場所へご案内いたします》
 「避難だと?」
 《はい》」
 「ふざけるな。わしに戦わせろ」
 《今の斬様では、《地獄の悪魔》の撃破は難しいかと》
 「おい、わしを誰じゃと思っておる」
 《……》
 「すぐに行かせろ。わしには隠しておる技がある」
 《はい。しかし、斬様にはお二方の護衛をお願いしたく思います」
 「二人?」
 
 見ると離れたポッドが二つ開かれ、裸の女が二人立っていた。
 あやつの部下の二人か。
 《ロータス》に指示されたか、二人はわしの方へ歩いて来た。

 「猿か?」
 「ひどいですよ!」

 貧相な女が身体を隠して立っている。
 もう一人はそこそこはやるようだが、まだまだ弱い。
 あやつの大事な人間だ。
 ここは仕方ない。
 こやつらを護衛することにした。

 「どこへ連れて行けばいい?」
 《はい、どうぞこちらへ》

 赤い光のラインが進むべき方向を示していた。

 《現在の所、最初の外壁の破壊以降攻撃はありません。また敵影も確認出来ていません》
 「お前にも分からぬのか」
 《申し訳なく。ですので、先にお二人の避難をご援助下さい》
 「分かった」

 仕方がない。
 じゃが、再び攻撃が始まればすぐに向かおう。
 今はあやつもいない。
 わしがここを持ちこたえねば。






 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■






 《御虎》シティから戻る途中、蓮花から連絡が入った。
 
 「《ロータス》が敵の攻撃を感知しました! 外壁が200メートルに亘って破壊されています!」
 「なんだと!」

 研究所の外壁を破壊するのは尋常なことではない。
 栞と士王が戻ったのを察知し、早速攻撃を仕掛けて来たか!

 「敵影は見えません! しかし現在レベル5の厳戒態勢が敷かれ、庭で訓練中のお子様たちやブランたちは緊急避難しています。状況によってはブランたちの出撃になります!」
 「分かった、すぐに戻る!」
 「それから、タヌ吉さんの《地獄道》が暴走しそうです!」
 「なんだ?」
 「恐ろしい霊的破壊力の攻撃だったようです!」
 「わ、分かったぁ!」
 
 俺はすぐに「飛行」で戻ろうかとも考えたが、ここには栞と士王がいる。
 六花と鷹もいるが、万全を期せば残してはいけない。
 あの外壁を破壊するほどの力を有するのは《地獄の悪魔》クラスだ。
 六花も鷹も、まだ相手には出来ないだろう。
 その敵の本当の狙いが栞と士王だった場合、俺がいなければ危ない。
 ハマーを飛ばして戻った。
 状況によっては「飛行」を使う。
 栞に士王を護らせながら飛ぶつもりだ。
 その場合、申し訳ないが、正巳さんには別途の手段で戻ってもらう。
 俺は全員に蓮花研究所の襲撃を知らせ、俺たちも周囲を警戒するように話した。
 
 走行中、蓮花から第二報が届き、外壁の崩壊以降攻撃は無いとのことだった。
 しかも敵影も無い。
 攻撃方法も《ロータス》は解析出来ていないようだった。
 研究所内部で突然高エネルギーが発生し、外壁を破壊したようだ。
 まさか《ロータス》の監視機構やタヌ吉の結界などを抜けて侵入者が敷地内に入ることは考えにくい。
 そうなると、子どもたちがとんでもない大技を撃ち込んだか。
 俺はその予想に少し安心した。

 しかし《ロータス》が常に監視していたが、訓練中の技ではそのような破壊力のものは無かったとのことだ。
 そもそも蓮花研究所の外壁はとんでもなく強固なものだ。
 「花岡」の大技でも滅多なことでは壊れない。
 亜紀ちゃんの「最後の涙」の最大出力にも十分耐えられるようになっている。
 それがどうして。
 まさか亜紀ちゃんがもっと上の大技をぶっ放したわけでもない。

 蓮花から第三報が届いた。

 「石神様、大変でございます!」
 「どうした!」
 「柳様が《ロータス》の指示で拘束されました」
 「なに?」
 「どうやら、柳様が大きな威力の技を撃った模様です!」
 「おい、あいつにはそんなものは無いぞ!」
 「はい。「オロチブレイカー」を使おうとしていたようですが、それが予想外に大きな威力になったようでして」
 「なんなんだよ……」

 まるで事態が分からん。

 1時間後、正巳さんを途中で降ろして俺たちが戻ると、多数のデュールゲリエが上空と地上に展開していた。
 敵の姿はないが、まだ厳戒態勢でいる。
 俺は最初にタヌ吉を呼んで、《地獄道》を制御させた。
 タヌ吉もここでは自律的な防衛ラインを敷いており、異常があると出現するようになっている。
 俺が到着すると、タヌ吉は恐ろしい巨大な狼の姿になっていた。
 黒い長い体毛に覆われ、体中に無数の眼が開いている。
 自分の鉄壁の《地獄道》が破壊され掛かり、その激怒で大分興奮しているようだ。
 タヌ吉にとっては余程の事態なのだろう。

 「タヌ吉、落ち着け!」
 「主様……」
 「柳の失敗だったようだ。偶発的に高威力の技になってしまったらしい」
 「あの小娘が!」
 「だから事故なんだよ! あいつのせいじゃない!」
 「……」

 タヌ吉を宥めるのに少し苦労した。
 頭を抱き締め、「愛している」と言い続け、なんとか落ち着かせた。

 俺は避難した子どもたちやブランたちの所へ行った。
 《ロータス》に命じて避難所の扉を開放する。

 「「「タカさん!」」」

 亜紀ちゃんと双子が俺の傍に駆け寄って来た。
 皇紀は蓮花とは別な隔離場所にいるらしい。
 
 「柳さんが!」
 「ああ、今拘束されてるんだよな? どこだ?」
 「地下の拘留施設らしいです!」
 「あの外壁は柳がやったのか?」
 「ええ、まあ。「オロチブレイカー」だったようですけど、突然あんな威力に!」
 「……」

 みんなで柳の所へ向かった。
 移動中に双子が言った。

 「あのね、タカさん。アナイアレイターの中に、柳ちゃんの足にしがみつく小さな女の子を見た人がいるの」
 「《ロータス》もその訴えから再度解析して、その女の子を確認したの!」
 「そうしたら拘束されたの!」

 なんだ?
 いや、小さな女の子だって?
 それは柳のガーディアンのハスハじゃないのか?

 柳は俺の顔を見るなり大泣きした。

 「石神さーん!」
 「おい、泣くな! 状況を説明しろ!」

 柳は鉄格子の檻の中で大きな金属の筐体に収められ顔だけ出して拘束されていた。
 四肢を筐体で挟まれて身動きできない状態だ。
 金属は「Ω合金」の中でも特殊なもので、受肉した者であれば、大妖魔であっても拘束できる。
 柳が泣きながら俺に訴えた。
 両手が使えないので涙や鼻水を拭うことも出来ず、酷い面相になっている。
 必死に訴える柳の話は、先に蓮花から聞いていたものと同じ内容だった。

 「おい、どうしてあんな威力になった」
 「分かりません! 右足を固定されて撃ったらあんなに!」

 またワンワン泣いている。
 泣きながら謝り、許して欲しいと言う。
 可哀そうに。

 「《ロータス》!」
 《はい、石神様》
 「あれは事故だ。柳の攻撃じゃねぇ」
 《……さようでございますか》
 「その証明をしよう。柳を解放しろ」
 《かしこまりました……》

 不満そうだったが、俺の命令は《ロータス》にとって絶対だ。
 柳が「Ω合金」の筐体を外され、太い鉄格子がスライドして開かれた。
 真っ裸で柳がうずくまった。
 亜紀ちゃんがすぐに毛布を取りに行き、柳に被せた。
 泣きぐずる柳を抱き上げ、《ロータス》に訓練所まで戻すように命じた。
 ティーグフが派遣され、みんなで乗り込む。

 「柳、さっきの右足を掴まれるタイミングは覚えているか?」
 「え、でも、咄嗟で」
 「何とかしろ」
 「は、はい!」

 俺は事態の経過が分かった。
 恐らく、「オロチブレイカー」を大きく上回る技を、ハスハが柳に教えたのだ。
 ハーが柳のコンバットスーツを持って来た。
 急いで柳が着る。
 柳が「オロチブレイカー」を構えた。

 「オロチブレイカー!」

 相変わらず柳は技名を大声で叫ぶ。
 柳は空中に向かって撃ち込んだ。

 「……」

 ふつーじゃん。
 みんなも何も言わずに見ている。

 「おい、さっきと違うだろう」
 「えーと、すいません」

 柳は一生懸命に先ほどの動きを思い出そうとしている。
 しばらく待ったが、いつまでも完成しない。
 仕方ない。

 「ハスハ!」
 《はい》

 俺の他にはハスハは見えないし、声も聞こえない。
 柳にもだ。

 「ハスハが柳に「オロチブレイカー」の改変をさせたのか?」
 《さようでございます。この者の努力は賞賛に値します。わたくしが助けるに値する者かと》
 「そうか、ありがとうな。でも、柳は思い出せないようだ」
 《はい。しかしそう遠からず完成することでしょう。わたくしがしたのは些細な手助けですので》
 「そうか、分かった。本当にありがとうな。これからも柳を護ってやってくれ」
 《はい、わたくしも楽しみでございます》

 ハスハは消えた。
 柳は懸命に動きを繰り返し、俺とハスハの会話にも気付いていない。
 他の子どもたちも柳を応援している。
 今の会話は俺にしか感じられていない。

 「おい、柳、もういい」
 「はい?」
 「そのうちに出来るようになるだろう。今日はここまでにしろ」
 「はい、分かりました」

 柳はやっと笑顔になった。
 亜紀ちゃんも気軽に声を掛けた。
 
 「柳さーん! らすとぉー!」
 「うん!」

 柳が笑ったまま気軽に最後の「オロチブレイカー」を放った。
 水平に。
 
 
 ドゥッゴゴォォォーーーーーン


 「「「……」」」

 あのバカ……

 幅200メートルに渡り、外壁が崩壊した。
 警報が鳴る前に、俺が《ロータス》に命じて止めた。

 《あのバカ娘、性懲りもなく!》

 《ロータス》の怒りの声が響き、柳が必死に謝った。

 「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ……」

 《ロータス》は俺が命じたので何もしなかったが、黒い巨大な影が飛んで来て柳がぶっ飛んだ。

 「タヌ吉! もうよせ!」
 「はい、主様」

 柳は失神していた。






 蓮花研究所の外壁は特別な構造になっている。
 相当な機密事項であり一部の作業員によって構築されたものなので、今は世界中に散っているその人間たちを集め、修復させなければならない。
 京都から麗星も呼んで、結界を張り直させる。
 タヌ吉は御立腹で、俺が機嫌を直し、結界を修復させた。

 柳はあれからあの技を再現出来ず、俺も試すなと言った。
 いつか「虎星」へ連れて行った時にやらせるつもりだ。

 「石神さん、あの技名は「オロチ大ブレイカー」にしようと思います!」
 「……」

 俺は、せめて技が再現出来てからにしろと言っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...