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愛するあなたの元へ

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 あの人が、日本へ帰って来た私たちに気を遣っている。
 長い間私と士王、それに桜花たちを遠いアラスカへ住まわせたことに対する懺悔だ。
 もちろん私も分かっている。
 桜花たちも同様だ。
 あの人は私たちの安全のために、最善の手を打ったのだ。
 それは寂しい思いもあったし、ワガママからの怒りもあった。
 でも、あの人の愛情を疑ったことは一度もない。
 時々会いに来てくれたときには、本当に優しかった。
 亜紀ちゃんたちを連れていると少し照れているが、それでも私と士王を一番上に置いてくれていた。
 今も士王を抱き上げて、嬉しそうに話し掛けている。
 あの人のことがが大好きな士王が、幸せそうに笑っている。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 士王を妊娠したと分かった時、あの人はこれまで見たことが無いくらいに喜んだ。
 何度も私を抱き締めてキスをし、私のお腹に何度も礼を言っていた。
 もううるさいくらいに私の身体を気遣い、労わってくれた。
 レイを喪って可哀想なくらいに気落ちしていたあの人が、また猛然と動き始めた。
 アラスカに「虎」の軍の軍事基地の建設に動き始めたのだ。
 それは、私と士王を護るためのものだったのだと、後から知った。
 
 初めてあの人がアラスカへ来てくれた時、最初に私に頭を下げた。

 「騙すような状況で連れてきてしまい、申し訳ない」

 両手を脇に伸ばして、深々と頭を下げた。
 あの人は謝ることに躊躇はない。
 私のために、誠心誠意で謝っていた。
 桜花たちにもだ。
 桜花たちには事前に話していたようだが、それでも不自由で寒さの厳しい土地で生活させてしまうことを謝っていた。
 桜花たちは慌ててあの人にそんなことはないと言っていた。

 私は言えなかった。

 理屈ではもう分かっている。
 「業」の力は、蓮花研究所でも耐えられない可能性があった。
 アラスカでも分からなかった。
 何しろ様々な設備はまだ建設中だったし、ヘッジホッグは完成していたものの、防衛面では穴が多い時期だった。
 だから私にさえ知らせずに移動したのだ。
 万一にも私の行方が分からないようにし、急いでアラスカの防備を固めて行った。
 あの人も必死だった。
 私に会いに来ながら、私のために 防衛システムの構築を最大限に急がせていた。
 皇紀君も大変だったが、あの人は夜も休むことなく活動していた。
 その姿を見たら、私も何も言えなかった。
 本当に必死に私たちのため、そして「業」との戦いのために動いているのだ。

 意地を張ってあの人の謝罪を受け入れなかった私は、あの人に泣いて謝った。
 あの人は優しく「俺が悪かったんだ」と言い、私を抱き締めた。
 どこまでも優し過ぎる人。
 それからあの人は一層、基地の建設に全精力を注いで行った。 

 あの人のそんな姿を見て、だから他の多くの人間も頑張ってくれたのだ。
 短期間にこれほどの強固な基地を作ったのは、作業に携わる人々があの人の必死の頑張りを見ていたからだ。
 心の底から尊敬する。
 私の愛しい人。





 士王が生まれ、あの人は本当に喜んでいた。
 あの人も私の経過を知っていたし出産に何の不安も無かったはずだが、実際に元気な士王を見て嬉しそうに抱き上げていた。
 
 「よく生まれてきてくれたな!」

 何も分からない士王に笑顔で話し掛けていた。
 あの人はいつもそうだ。
 子ども相手でも相手を一人前の人間として扱う。
 だから難しい話も平気でするし、人間の尊厳を持つ相手として対峙する。
 
 不思議なことに、あの人に抱かれると士王はご機嫌になる。
 寸前まで泣いていても、安心したようにスヤスヤと眠る。
 またはジッとあの人を見ている。
 少し経って士王が成長すると、手を伸ばしあの人を求めるうようになった。
 笑うようになると、いつも最も嬉しそうに笑う。
 四六時中傍にいる私でもそうはいかない。
 ちょっと頭に来る。
 どうしてたまにしか来ないあの人をそれほど士王が好きなのか。
 まあ、あの人のことだから仕方がないが。
 まったくもって特別過ぎる人なのだ。

 あの神獣たちにしてもそうだ。
 道間麗星さんが持てる力の全てでアラスカの基地の霊的防衛を築いてくれた。
 それをあっさりと乗り越える、ワキンとミミクンを護りにつけてしまった。
 麗星さんは呆れるのを通り越して失神しそうだった。
 土地そのものも、クロピョンによって最高の波動に整えてくれた。
 万全という言葉が軽くなるほど、あの人のお陰で史上最高の軍事基地になってしまった。
 恐らく、この土地を攻めることが出来る者はいないだろう。
 「業」を除いて。
 その「業」であっても、相当な勢力を整えなければこの基地は落とせない。
 多分無理だろう。

 それだけのことをしながら、あの人はいつも忙しい。
 あまりにもそれが日常になっているので、あの人自身も気付いていないだろう。
 体力のお化けのような人だが、時々疲れて辛そうなこともある。

 「あなた、一緒にお風呂に入りましょうよ」
 「ああ、そうだな」

 私から誘って風呂場でマッサージしたりする。
 「花岡」の一環で、癒す技術は身に着けている。

 「ああ、気持ちいいよ」
 「そう?」
 「ありがとうな」
 「ううん」

 私こそ「ありがとう」と言いたい。
 でも、あの人はそういう言葉が苦手だ。
 自分は死にそうになってもやるくせに、他人がやるのは本当に嫌がる。
 その辺が厄介な人だ。
 みんな言ってるんだぞ?

 あの人が気持ちよさそうに身体を預けて来るので、私も何も言えなくなる。
 それが私にとって最も嬉しいことだから。
 あの人が幸せそうな顔をすると、それだけで満たされてしまう。
 ずるいよ、あなた……





 あの人は最初は士王を戦いに巻き込まないと言っていた。
 その理由はよく分かる。
 「花岡」の最高の遣い手、最強の人間となるはずの士王を自分の戦いに加えたくなかったのだ。
 士王には、その後の「花岡」を集大成し、更に発展させる輝かしい未来を歩いて欲しかったのだろう。
 それはおじいちゃんの悲願でもあった。
 だからあの人は士王に危険な道を避けたのだ。
 同じく後から生まれた六花の吹雪ちゃんも、麗星さんの天狼ちゃんも、士王を戦いから避けたことで同じくされた。
 
 しかし、それは間違いだ。
 あの人の生きる道は、私たちの生きる道だ。

 士王が2歳になった時、私はあの人に言った。

 私が誘い、荒野のオーロラが見たいと言って基地の外へ出たのだ。
 あの人がハンヴィを運転し、極寒の中をひたすらに進んだ。
 丘の上に着いて、あの人がここが一番綺麗に見えるそうだと言った。
 いつだってあの人は相手のために最高のことをしようとする。
 いろんな人に聞いて回ったのだろう。
 ハンヴィを出て、あの人は折り畳みの椅子を降ろした。
 分厚い毛布を敷き、私にフットウォーマーを履かせて座らせると、その上からまた毛布を掛けてくれた。
 自分も毛布にくるまって椅子に座る。
 毛布の上から私を抱き寄せてくれた。
 
 「あっちの方に見えるらしいぞ」
 「そうなんだ」

 あの人が魔法瓶のコーヒーを私に渡した。
 間もなく、緑色の美しいカーテンのようなオーロラが棚引いた。
 まるであの人の言葉に天が従ったかのようだった。
 それを見ながらあの人に言った。

 「あのね、言っておくことがあるの」
 「なんだ?」
 「あなたは士王を「業」との戦いに巻き込まないと言ったよね?」
 「ああ、そのつもりだ」
 「士王は戦うよ?」
 「なんだと?」
 「あの子はきっと戦う。あなたがどう決めようと何と言おうと」
 「おい! 俺は絶対に許さんぞ!」

 あの人は本気で怒った。
 愛の怒りだから、私は全然怖くない。
 私は笑顔で言った。

 「無理よ」
 「いや、駄目だ!」
 「だってあなたの子だよ?」
 「!」
 
 あの人が口を噤んだ。
 
 「あなたの子が、ただ守られて安全な場所で暮らすと思う?」
 「……」
 「それはあなたの生き方じゃないわ。だったら士王だって絶対にやらないよ」
 「……」

 あの人はしばらく黙り込んで、唐突に私を抱き締めた。

 「済まなかった。俺は危うく親として最低なことをするところだった」
 「うん」
 「そうだよな。俺たちは家族だ。親がろくでなしのヤクザなら、子どもにも付き合わせるしかないよな」
 「そうだよ! 実際ヤクザの大親分だしね!」
 「ワハハハハ! そうだな。六花と麗星にも謝らないと」
 「うん。でもきっと分かってくれる」
 「ああ」
 「というかね、とっくにそのつもりだと思うよ?」
 「え?」
 
 私は笑いながら言った。

 「六花もね、今からどう訓練すればいいかってこないだ聞いて来た。麗星さんもね、道間家がどれほど強いのか証明するって言ってたよ?」
 「お前ら、そんなことを……」
 「だって、みんなあなたの妻だよ! あなたの子どもたちだよ!」
 「そうか……」

 あの人が嬉しそうに笑った。
 私の前に顔を持って来た。
 目を閉じると、優しくキスをしてくれた。

 「栞、お前は最高だ」
 「うん!」
 「ありがとうな」
 「忘れないでね」
 「ああ、絶対に忘れない」

 余りに愛の強い人だ。
 親というのは、子どもの幸せを祈る者だ。
 だからあの人も、士王たちを危険から避けようとしたのだ。
 大きな愛が、あの人をすら誤らせようとした。
 私はそれで十分だった。
 あの人はあの人の道を行って欲しい。
 私たちも、その道を一緒に歩むのだ。

 オーロラが青い色に変わった。

 「青だぞ!」
 「うん、あなたの好きな色だよね」
 「ああ! 青いオーロラなんて珍しいよな!」
 「あなただもの」
 「そう思うか?」
 「うん!」

 またキスをされた。





 「来年は、お前たちを日本に呼ぼうと思っている」
 「え! 本当に!」
 「ああ。蓮花の研究所になるけどな。そのつもりであそこの防備を強化した」
 「そうなの!」
 「長い間苦労を掛けたな」
 「うん、でも分かってるから」
 「済まない。士王を斬に仕上げてもらおう」
 「うん、おじいちゃんも喜ぶよ」
 「あいつ、しょっちゅう来てただろ?」
 「そうでもないよ!」
 「ウソつけ。俺には分かる」
 「もう!」

 あの人は何でも分かる。
 人が愛のために動けば、それはあの人の道だ。

 愛。

 以前はよく分からなかった。
 でも、あの人と一緒にいれば分かるようになった。
 妻となり、母となり、そしてあの人と共に歩むのだ。
 その果てに何があるのかは分からない。
 それでいい。

 私は愛を知ったのだから。





 オーロラが一段と激しく舞い始めた。
 あの人と一緒に、それを眺めた。
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