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挿話: 響子の家出

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 また少し前の8月初旬。
 オペが終わった午後3時に、六花が俺の第一外科部に駈け込んで来た。

 「石神先生!」
 「おう、どうした?」

 六花の顔は青く、泣きそうな顔になっている。

 「響子が!」
 「なんだ!」
 「いなくなりました!」
 「なんだと!」

 六花を落ち着かせ、状況を聞いた。
 いつもは午睡で眠っているはずが、六花が昼食から戻ると響子がベッドからいなくなっていたそうだ。
 置手紙を残して。
 六花がその手紙を俺に見せた。

 《旅に出ます。探さないで》

 「……」
 「あの、石神先生」
 「あんだこれ?」
 「響子はどこへ行ってしまったのでしょうか!」
 「あ?」
 「だってぇ!」
 「まあなぁ」

 一応家出かぁ。
 そういえば昨日、響子がぐずっていた。
 俺が最近どこへも連れて行かないということだ。
 石神家などへ出掛けていて、俺も忙しかったのだ。
 虎白さんからもらった岩海苔を土産にやったら、「美味しい!」と喰っていたのだが。

 「こんなものじゃ誤魔化されないよ!」
 「お前、美味そうに喰ってるじゃん」
 「なによ!」

 ご飯をお替りした。
 六花が笑っていると、また響子が怒った。

 「もう、二人とも!」
 「「ワハハハハハ!」」
 「!!!!」

 ご飯はしっかり食べて、不貞寝した。






 「昨日の癇癪かぁ」
 「はぁ、多分」
 「「般若」あたりじゃねぇの?」
 「さっき見に行きましたが、来てないそうです」
 「じゃあ、「緑翠」?」
 「そっちも念のために電話で」
 「チビザップ?」
 「マシンが全然動かないんで、もう飽きてて」
 「……」

 また飽きたかぁー。
 しかし、響子の行動範囲は狭い。
 それにそんなに遠くまでは歩けない。

 「あ、セグウェイはどうなってる?」
 「あ!」

 二人で見に行った。
 セグウェイが無くなってた。

 「あれで行ったかー」
 「じゃあ、結構移動しますね」
 「でもこの炎天下になぁ」
 「心配です!」

 六花がまた泣きそうな顔になった。

 「大丈夫だ、レイが付いてるんだからよ!」
 「はい、でも……」
 「とにかく俺も探す。おい、手の空いてる奴!」

 部下が数名手を挙げた。
 俺と六花の話を聞いている。

 「病院内を探してくれ。俺と六花は外に出る」
 
 4人の部下が部屋を出て行った。
 六花を着替えさせ、俺と一緒に外へ出た。

 



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 頑張って、アラームを掛けてお昼寝を早く起きた。
 今は午後2時。
 ねむいよー。
 六花はまだ30分は戻ってこないだろう。
 顔を洗って服を着替えた。
 フェラガモの白の半袖のシルク混のワンピースにエスカーダの鍔の大き目の帽子を被った。
 一応、タカトラにもらったプラダのキャッツアイのサングラスを掛ける。
 これで誰も分からないはずだ。
 
 「え? 辞めた方がいいって?」

 レイが私を止めた。
 分かってるけど辞められない。
 タカトラも六花も、私のことを放りっぱなしだ。
 だったら、私が自分で外に出るしかないじゃない。
 ルーちゃんたちに貰った虎ポーチを肩に掛けた。

 「ちょっと外へ出るだけだからさ」

 手紙を置いた。
 ちょっと心配させてやろう。

 《旅に出ます。探さないで》

 これでよし!

 病院内は、誰にも見咎められずにお見舞い客用の出口から出られた。
 タカトラに止められている場所もセグウェイで走った。
 あたしは不良だぁー!

 ♪ 盗んだバイクで走り出す 行き先も解らぬまま ♪

 セグウェイはタカトラにもらったものだけど。





 外に出た。
 ものすごい、暑かった。
 目の前は「般若」だ。
 でも、あそこだとすぐにタカトラに捕まる。
 オニオニや涼ちゃんには頼んだらちょっとは匿ってもらえるかもしれないけど、カスミちゃんはダメだ。
 絶対にタカトラに忠実だからだ。
 セグウェイで移動しようと思ってたけど、暑くてムリ。
 「般若」の駐車場の隅に行って、可愛らしいワゴン車の隣に置かせてもらった。
 帽子も邪魔なので一緒に置く。
 ごめんなさい。
 最近は随分と体力が出来て、結構遠くまで歩けるようになった。

 「今日は渋谷に行くぞー」

 頑張って虎ノ門駅まで歩いた。
 途中で3回休んだ。
 ふー。

 虎ノ門駅は知ってる。
 前にタカトラと六花と一緒に銀座から帰って来たことがある。
 あの時よりも体力がある。
 地下鉄口の階段を降りて、タカトラにもらったパスモで改札を潜った。
 サングラスはポーチに仕舞った。
 丁度病院からの降り口が渋谷本面行きだ。
 すぐに銀座線が来て、乗り込んだ。
 良かった、シートが空いてる。
 私が座ると、乗客から一斉に見られた。
 なんでだろ?

 渋谷が近付くと、若い男性二人が私の前に立った。

 「ねぇ、どこ行くの?」
 「渋谷」
 「うわぁ、日本語喋れるんだ!」
 「うん」
 「へぇー、一人?」
 「ううん、レイと一緒」
 「れい?」

 渋谷駅に着いた。
 私が降りると、その二人も後ろを付いて来た。

 「ねぇ、一緒に遊ぼうよ」
 「いい」
 「レイさんって、女の子?」
 「虎」
 「え?」
 「ちょっとウザいんだけど」
 「なに?」
 「もうあっちいって」
 「おい」

 男の一人が私に触ろうとした。
 ぶっ飛んだ。

 「おい、今なにし……」
 
 もう一人もぶっ飛んだ。
 なんか動かないので、そのまま歩いた。

 「ありがとう、レイ!」
 「え、危ないって? うん、気を付けるね」
 「エヘヘヘヘ」

 取り敢えず、ハチ公口に降りた。
 渋谷だぁー!
 暑いよー。

 目の前のスタバに入ろうと思った。
 交差点で信号を待ってると、ゴーカートの集団が道路を走って来た。
 10台くらい。
 なんか楽しそう。
 すると先頭の何台かが私の前で停まった。

 「君、カワイイね!」
 「なに?」

 他のゴーカートも気付いて私の前に集まって来る。
 大勢の人が私たちを見ていた。
 なんなんだ。
 10人くらいの人が私を取り囲んだ。
 突然竜巻みたいに空中に巻き上げられて、どっかに飛んでった。

 「……」

 交差点で信号待ちをしてた大勢の人たちが驚いて叫んでいる。
 信号が変わった。
 急いで横断歩道を渡った。
 後ろで大騒ぎになってる。
 知らないもん……

 「うん、分かった。気を付けるって」

 レイが危ないって言ってる。
 でも、とにかくどっかで冷たいものを飲みたいよー。
 人混みに紛れてセンター街って道を歩いた。

 「カワイー! ねぇ……」

 ぶっ飛ぶ。

 「ちょっとちょっと、ねぇ……」

 ぶっ飛ぶ。

 「あ、君さ……」

 ぶっ飛ぶ。

 「エクスキューズ……」

 ぶっ飛ぶ……

 なんか20人くらいどっかに消えてった。
 なかなかお店に入れないよー!
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