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佐野さんとの再会 Ⅷ

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 もう夜の11時を回っていたが、俺は早乙女に電話した。
 金曜の晩だ、まだ起きているだろう。
 それにあいつなら全然気にしないでいいだろう。
 しかし、いつもよりもコールの時間が長かった。
 やっぱり不味かったか。
 やっと早乙女が電話に出た。

 「おーす! 遅い時間に悪いな!」
 「い、いや、構わない、ハァハァ」
 「もう寝てたか?」
 「だ、大丈夫だ、ハァハァ」

 ハァハァいってる。

 「あ、ヤッてた?」
 「な、何を言う!」
 「悪いな、タイミングが悪かったよ」
 「そ、そんなことないぞ! 大丈夫だ、ハァハァ」
 「もしかして、寸前だったとか?」
 「何言ってるんだ」
 「ちゃんと終わってた?」
 「うん、いや! 何言ってるのか分からないぞ!」
 
 ごめんねー。

 「ところでさ、俺が子どもの頃にお世話になってた佐野刑事が今来てるんだ」
 「え! あの佐野さんか!」

 早乙女もよく知っている。
 『虎は孤高に』でも佐野さんはよく登場もしている。

 「ああ。それでな、「虎」の軍に協力したいって言うんだよ」
 「そうなのか!」

 早乙女の荒い息がようやく落ち着いたようだ。

 「俺は「アドヴェロス」でどうかと思っているんだ」
 「うちで? そうか、分かった」

 早乙女は二つ返事だった。
 あいつも佐野さんという人間のことはよく分かっているのだろう。

 「明日、悪いけどうちに来てくれないか?」
 「ああ、構わない。何時頃がいいかな」
 「10時くらいでどうだ。ああ、みんなで来てうちで昼食を食べてってくれよ」
 「いいのか!」
 「もちろんだ。じゃあ10時に待ってる」
 「ああ、分かった」
 
 「もう一回やるの?」
 「……」

 そうらしい。
 俺は電話を切った。
 三人目も早いかなー。






 翌朝。
 朝食を8時に食べる。
 双子がまたコッコ卵を獲りに行ったが、千鶴と御坂も一緒に連れて行ったようだ。
 二人は前回、ちゃんとコッコたちと戦い、認められている。
 まあ、ニワトリに負けるような戦士はいらねぇ。
 2メートル越えの連中だが。

 朝食はコッコ卵のスクランブルエッグと焼き鮭、シーザーサラダと味噌汁。
 味噌汁はナメコと豆腐だ。
 俺は佐野さんに、虎白さんに貰った岩ノリを出した。

 「美味いな、この海苔」
 「そうでしょう! 石神家本家で貰って来たんですよ」
 「へぇー」

 よくは分からないだろうが。
 
 朝食後に、千鶴と御坂は帰った。
 柳にアルファードで送ってもらう。
 佐野さんに一部の俺たちの戦闘記録を、リヴィングのテレビで見せた。
 フランス外人部隊との戦闘や、御堂家での防衛戦など。
 佐野さんは真剣な目でそれを観ていた。
 しかし、恐れることは一切無かった。
 
 「凄まじいな」
 「佐野さんも鍛え直さないとですね」
 「え、お、おう」
 「冗談ですよ」
 「このやろう!」

 まさか俺も佐野さんを戦闘に参加させようとは思っていない。
 長年の刑事の経験を生かした仕事が無いかと考えている。

 10時に早乙女達が来た。
 亜紀ちゃんが玄関から迎えに出る。
 ロボが大興奮で雪野さんや早乙女に挨拶してきた。
 リヴィングに上がって来る。

 「よう、わざわざ悪いな」
 「いや、あ、おはようございます!」
 「おはよう。雪野さんもすいません」
 「いいえ、石神さんのお宅に来るのはいつも楽しみですよ」
 「怜花もおはよう、今日も可愛いな!」
 「はい! おはようございます!」
 「久留守もおはようさん」
 「いしがみさん!」

 早乙女に抱かれた久留守が俺に手を伸ばして来るので、握って振ってやった。
 まだ喋り方は子どものそれで拙いが、俺は久留守の中に知性が備わっていることに気付いていた。
 この子は普通の子どもではない。
 レジーナが言っていた、俺と共に昔戦っていた仲間だということが感じられる。
 俺にその記憶は無いのだが。
 佐野さんを招いて早乙女たちを紹介した。

 「こちらが有名な佐野健也様だ。俺の数々の犯罪歴を揉み消してくれた」
 「おい、トラ!」

 早乙女が笑って自己紹介し、握手をした。

 「こちらは早乙女の奥さんの雪野さん。雪野さんも「アドヴェロス」の構成員で、主に情報解析を担当してもらってます」
 「え、この人も!」
 「雪野です。解析と言っても、石神さんがうちに量子コンピューター《ぴーぽん》を設置してくれてますので。私は早乙女や他の「アドヴェロス」の方々と連絡を取り合っているだけですよ」
 「そんなことはないよ、雪野さんは本当によくやってくれている!」

 早乙女が言い、雪野さんが困った顔をしながら笑っていた。

 「まあ、こういう奴らです」

 佐野さんにはよく分かっただろう。
 早乙女が雪野さんにベタ惚れで、優しい男なのだということが。
 そして早乙女が率いる「アドヴェロス」が互いに信頼する人間たちの組織であることも。
 早乙女という純粋な男がどのような組織を築くかということは、長年刑事をして来た佐野さんであればこの遣り取りで分かる。
 全員に座ってもらい、亜紀ちゃんがコーヒーを淹れた。

 「トラ、俺は何をすればいい?」
 
 佐野さんが早速言った。

 「早乙女、どう思う? 佐野さんは刑事としては一流で、捜査全般は任せられるぞ」
 「うん、そっちの方面は本当に助かるよ。「アドヴェロス」は戦闘には特化しているけど、地道な捜査となると人員が少ない。一般警官の中から異動もしてもらってるが、なかなかいい人材はいないんだ」
 「そうか。佐野さん、どうですか?」
 「ああ、俺にやらせてくれ。絶対に役立つ」
 
 早乙女が言った。

 「今は各所轄に協力を仰ぐことが多いんです」
 「早乙女は所轄の刑事たちとのパイプを作っているんですけどね。でもどうしても自由に出来る人間がいないんです」
 「そうか、でも早乙女さんであればみんな協力してくれてるんじゃないか?」
 「え?」

 佐野さんは、早乙女が御堂に表彰された時のことを知っていた。
 全国の警察官が早乙女という男を知り、早乙女は彼らの信頼を得た。
 自分の手柄とされているもののの全てが、全国の警察官の力なのだと言ったのだ。
 それを本心から早乙女が思い、感謝していることが伝わった。
 警察組織は硬直している。
 縦のセクションに固まり、横の連携が不得意だ。
 所轄、部署同士の確執も多い。
 しかし早乙女の「アドヴェロス」に関しては、所轄の刑事たちが率先して協力してくれ、信頼関係を築いている。
 偏に早乙女という純粋で優しく、本気で戦う男のお陰だ。
 佐野さんもそのことを知っている。

 「早乙女はあちこちで信頼されてはいますけどね。でも直属の人間で動ける優秀な人材が欲しいんですよ」
 「そうか。俺などで良ければ精一杯やらせてもらうよ」
 「そうですか!」
 「でも俺はもう定年退職した身だ。また警察に戻れるのかな」
 
 佐野さんは62歳だ。
 身体は壮健でまだまだ動けることは分かっている。

 「大丈夫ですよ。「アドヴェロス」はちょっと異質でしてね。90代の人も、中学生のメンバーもいますよ」
 「なんだと!」
 「機密の多い組織ですしね。年齢や身分はどうとでもなります」
 「そうなのか。しかし中学生というのは……」
 「ああ、そいつは磯良というね、実は小学生の頃からライカンスロープ相手の戦闘に出てます」
 「なんだってぇ!」

 佐野さんが流石に驚く。

 「神宮寺磯良はうちのトップハンターですよ」
 「マジかよ」
 「ハンターというのは、実際に戦闘を担う人間たちです。完全に実力主義ですよ」
 「しかし子どもが……」
 「俺もガキの頃から相当だったじゃないですか」
 「おい、トラ!」

 みんなで笑った。

 「イソラは強い。それにきれいだ」

 久留守が突然喋った。
 普段のたどたどしい喋り方ではなく、威厳のある大人の話し方だった。
 俺以外の全員が驚く。
 雪野さんまでびっくりして久留守を見ていた。

 「そうだろう?」

 俺が微笑みかけると、久留守が嬉しそうに笑った。

 「はい!」
 「おい、久留守はまだ言葉を覚え始めたばかりだぞ」
 「ええ、びっくりしました」
 
 久留守はニコニコしていて、もう普通の子どもにしか見えなかった。
 もう先ほどの大人びた表情も無い。

 「さてと、じゃあ佐野さんにはこっちに引っ越してもらいますね」
 「え、あ、ああ。そうだな。厚木じゃ遠いよな」
 「ええ、どうせ家を建てるつもりでしたし」
 「え?」
 「俺たちの仲間になったんです。防衛システムも入れなきゃですよ」
 「え?」
 
 俺は笑って乾さんに電話した。

 「乾さん! こんにちは!」
 「おお、トラか! 最近すっかりこっちにこねぇな!」
 「すいません! 近いうちに伺いますよ」
 「おう、待ってるからな!」
 「それでですね。俺がガキの頃にお世話になった刑事さんが今俺の家に来てまして」
 「あ? ああ、お前がよく話してたな」
 「はい。佐野さんという人なんですけど、昨日再会して、俺たちの仕事を手伝ってくれることになりました」
 「そうなのかよ、良かったな!」
 「ええ。それでね、俺と再会して乾さんがどうだったかちょっと話して欲しくて」
 「あぁ! お前、その人にもやるのかよ!」
 「当たり前ですよ! 乾さんと同じで散々お世話になった方なんですから!」
 「ワハハハハハハハハ!」

 俺はよく分からないという顔をしている佐野さんに、俺のスマホを渡した。

 「すいません。佐野と申します」
 
 佐野さんが乾さんと話し始めた。
 ちょっと驚いている。
 段々顔が強張って行く。
 顔色が青くなり、汗を流し始めた。

 電話を俺に寄越した。

 「乾さん、ありがとうございました!」
 「いいよ。じゃあほんとにこっちに来いよな!」
 「はい!」

 電話を切った。






 「おい、トラ」
 「はい」
 「お前、絶対にやめろよな!」
 「乾さんには本当にお世話になってましてね」
 「おい!」
 「佐野さんにも同じくらいお世話になってましてね」
 「バカ! 絶対にお前、やめろぉー!」

 佐野さんが絶叫し、みんなで笑った。
 やめるわけないでしょう、佐野さん。
 本当にお世話になりっぱなしだったじゃないですか。
 俺は忘れたことはありませんよ。

 本当にありがとうございました、佐野さん。
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