上 下
2,410 / 2,808

佐野健也

しおりを挟む
 佐野さんが現在、厚木市にある警備会社に勤めていることが分かった。
 そこで部長さんになっているようだ。
 私はすぐにその警備会社に電話してみた。
 心臓がドキドキした。
 ちょっとの不安と、あの佐野さんと話せる嬉しさで。
 中年の女性の方が電話に出られた。

 「はい、暁警備です」
 「あの、私、石神亜紀と申します」
 「はい、石神様ですね。どのような御用件でしょうか」
 「実はそちらにいらっしゃる佐野健也さんとお話ししたいのですが」
 「佐野ですか?」
 「はい、父の古い知り合いで、そちらでお勤めと最近知りまして」
 「すみません。佐野健也という者はうちにはおりませんが?」
 「はい?」
 「何かお間違いではないでしょうか?」

 おかしい。
 でも、女性の声も嘘を言っている感じはまったく無い。

 「いいえ、確かに調べてですね……」
 「申し訳ありません。弊社にはそういう者はいないのです」
 「そんな……それでは以前に勤めていたことはありませんか?」
 「申し訳ありません。個人情報は明かせないことになっていまして」
 「そうですか」

 もしかしたら、個人的な用件なので取り次いでもらえないのだろうか。
 でも、もう一度確認しても先方ではいないということだけだった。
 電話に出た女性も困惑しているようだった。
 仕方なく突然ヘンな用件でお邪魔したお詫びを言って電話を切った。
 柳さんも私の遣り取りを傍で聞いていて不審に思っていた。

 「柳さん、暁警備には佐野さんはいないんですって」
 「おかしいね。一江さんが間違った情報を掴んでいるなんて考えにくいけど」
 「そうですよね。もう辞められたのかとも思って、以前に勤めてないか確認もしたんですけど」
 「そう」

 佐野さんの携帯電話の情報は無かった。
 住所は分かっていて、厚木市内になっている。
 私たちは確実と思っていた当てが外れて当惑していた。
 柳さんがコーヒーを淹れてくれた。
 ここで終わりたくはなかった。

 「私、ここの住所に行ってみますね!」
 「うん、じゃあ私も行くよ」
 「いいえ、柳さんはどうか家にいて下さい。何の緊急連絡が入るかも分かりませんから」
 「そっか。でも亜紀ちゃんも何かあったら電話してね」
 「はい、すみません」

 私はCBRで行くことにした。
 バイクの方が早く着きそうだ。
 厚木ならば、高速を飛ばせば1時間くらいで着けるだろう。
 昼前には帰れると思う。
 白のデニムのパンツを履き、Tシャツに白のライダースジャケットを羽織った。
 柳さんに見送られ、私は出発した。
 初台から高速に乗り、東名、圏央道路をぶっ飛ばす。
 タカさんと出掛ける時によく使う道だから慣れている。
 そういえば、乾さんに初めて会いに行った時もこのCBRで行ったことを思い出して、何だか嬉しくなった。
 今度はあの佐野さんだ!

 結構飛ばしたので、45分で厚木市に入った。

 「えーとー」

 住所はスマホのナビで探した。
 佐野さんのお宅は部屋番号があるのでマンションのようだった。
 
 「アレ?」

 ナビが案内した場所は、オフィスビルだった。
 住所は間違いない。
 一応ビルの入り口を見てみると、全部会社名の看板しかなかった。
 佐野さんの部屋番号に該当するものも無い。
 ちなみに近辺にもマンションはない。
 オフィスビルの並ぶ一角だった。

 「おかしいな?」

 最近建て直されたものではないようだ。
 あの一江さんが間違ってるとは思えない。
 なんだ?

 私は仕方なく先ほど電話した「暁警備」のビルに行ってみることにした。

 「……」

 小さな事務所だった。
 雑居ビルの1階にある事務所。
 上の階は別な会社が入っている。
 30坪ほどの部屋が「暁警備」だった。
 事務所には女性の事務員さんと、年配の男性がいた。
 デスクが4つと対面のソファが一つずつ。
 壁にはスチール家具があり、いかにも小さなオフィスという感じだ。

 「すみません」
 「はい?」
 「先ほどお電話した石神亜紀と申します」
 「ああ!」

 事務員の女性が私と話した方のようだった。
 驚いてはいたが、私の顔を見て微笑んでくれた。

 「何度も申し訳ありません。ここに佐野健也さんという方は……」
 「うちはね、20年前からこの会社をしてるんですよ。でもね、佐野さんという方はうちにいたことは無いんです」
 「そうなんですかー」
 「あそこの社長と私、あとは従業員は5人でね。ずっとそんな感じ」
 「はぁ」

 うーん、困った。

 「佐野さんとは、どういう関係なのかな?」

 奥に座っていた社長さんが出て来てくれた。

 「はい、父が子どもの頃に大変お世話になった刑事さんなんです。今では警察は定年退職されて、警備会社にお勤めと聞きまして」
 「そうなんだ。まあ、警察の人が警備会社に行くことはよくあるけどね」
 「そうなんですか。是非お会いしてお礼をしたかったんですけど」
 「そういうことか。ところで、どこでうちのことを?」

 答えに詰まってしまった。
 まさか正直には話せない。

 「ちょっと調べてもらったんです」
 「ああ、なるほど」

 探偵事務所とか想像しただろうか。

 「まあうちは違うけど、取引のある警備会社もあるから。今度聴いてみてあげるよ」
 「ほんとですか!」
 「わざわざここまで来るとはね。よほどお会いしたいんでしょ?」
 「はい! 父が本当にお世話になって、大好きな方だったんです」
 「そうなんだ」
 「あの、虎がサーカスから逃げて! 父が捕まえてその表彰状もあるんです!」
 「なんだい、そりゃ」

 社長さんが大笑いした。
 うーん、ちょっと話しにくいなー。
 タカさん、捕まってばっかだからなー。

 私は連絡先を伝え、御礼と押し掛けたお詫びを言って事務所を出た。

 昼前に家に戻った。
 がっかりはしたが、今日はもう仕方がない。
 柳さんが「御苦労様」と言ってくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...