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亜紀と柳のお留守番 Ⅲ

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 一晩寝ると、下痢はすっかり治った。
 昨夜はあれほど苦しかったのだが。
 下痢なんて子どもの頃だけで、あんまし記憶もない。
 今回は何しろお腹が痛くて、トイレに行ってもすぐにまた催してくる。
 割りばしを使わないトイレは久し振りだった。
 柳さんも同じ状態で、本当に申し訳ないことをした。
 だから柳さんに3階のトイレを使ってもらい、私は2階のトイレを使った。
 そのくらいしか出来なかった。
 私が勝手にお店のためにと思ったのを、柳さんも真夜と真昼も、左門さんとリーさんにも付き合わせてしまった。
 今から思えば、全然そんな必要は無かったのに。
 でも、柳さんたちも、私がやらなきゃと思ったことに付き合ってくれたのだ。
 優しい人たちだ。

 真夜と真昼は体調は問題ないようだった。
 左門さんたちには謝罪の電話を入れた。
 笑って許してくれ「楽しかった」と言って下さったけど。





 「亜紀ちゃん、おはよう」
 「おはようございます! 柳さん、お腹は大丈夫ですか?」
 「うん、もう大丈夫。亜紀ちゃんは?」
 「私も大丈夫です! 昨日は本当にすみません!」
 「いいのよ、私も自分で一生懸命食べたいと思ってただけだから」

 柳さんも本当に優しい。

 「亜紀ちゃん、今日は大人しくしとこうね」

 一緒に朝食を食べながら、柳さんが言った。

 「ええ、今日は家のお掃除をしようかと」
 「うん、私もやるよ」
 「普段やらないような場所でもと思ってます」
 「そうだね」

 普通の掃除は昨日のうちに終わってる。
 二人だけでも、石神家のみんなは手際がよくて午前中早くに終わらせていた。
 その後で柳さんが草むしりを提案したのだ。
 だから今日は普段やってない場所の掃除をしよう。
 今日は鍛錬とかお休みにしようと柳さんと話し合っていた。
 体調はほぼ戻ってるけど、無理はしないように。

 「亜紀ちゃん、どこをやろうか?」
 「あまり出入りしてない部屋でもと思ってます」
 「ああ、そうだね」
 
 うちにはお部屋が一杯ある。
 タカさんの元の家だけでも、数室普段入らないお部屋がある。
 荷物置き場だ。 
 一つは山中家のものを置かせてもらっている。
 その部屋は私たちも時々入っているので、比較的掃除もしている。
 あとは雑多な物置で、一つは先日まで青さんの荷物が仕舞ってあったお部屋で、今はタカさんの荷物だけになっている。
 もう一部屋もタカさんの倉庫的なお部屋で、昔の物が仕舞ってあると聞いた。
 入ってはいけないお部屋ではなかったが、今まで用事も無いのでほとんど入ったことがない。
 時々、掃除に入るけど、荷物が多いので大したことはしてなかった。
 今日は荷物を移動しながら、置いてあるものもなるべく綺麗にしていこう。

 柳さんと一緒に、青さんの荷物を出したお部屋に入った。
 大分空間が出来て、柳さんが床を拭いて私が荷物を移動しながら綺麗にしていった。
 荷物はタカさんが前に使っていた家具が多く、椅子やテーブルなどだ。
 来客時にも使えるものもあるが、いつもの来客時には今は別な新しい椅子やテーブルを出している。
 裏に増築した部屋に沢山ある。
 ここに置いてあるのは、タカさんの思い出の品なのかもしれない。
 揃いのものではない大ぶりの藤の椅子や、王様が座るような大きな椅子もあった。
 柳さんと二人で座ってみて楽しかった。
 このお部屋はすぐに片付いた。

 次にタカさんの小物などが多いお部屋だ。
 思い出の深い品はタカさんの寝室に置いてあるけど、このお部屋のものは納まりきれないものなのだろう。
 タカさんは本当に思い出が多い。
 タカさんの寝室ほどではないが、高級そうなガラスの扉のついた棚が並んでいる。
 
 よく見たことは無かったので、どういうものがあるのか、まずは柳さんと調べた。

 「亜紀ちゃん、こっちは紙筒なんかが多いよ」
 「そうですか」

 何だろうと思って、柳さんと一緒に開けてみた。
 筒には内容が記されていないものも多い。

 「小学校の卒業証書だ!」
 「こっちは表彰状です! 中学生の時の陸上大会!」
 「見せてー!」
 
 2000メートル走の県大会の優勝のものだった。

 「凄いですね!」
 「ほんとだね!」

 タカさんは中学時代に陸上部だった。
 阿久津先輩との思い出のある部だ。
 他にも陸上競技での表彰状が幾つもあった。

 「タカさん、スゴイなー!」
 
 二人で見ていった。
 一通り見て、別な棚の紙筒を開けてみた。

 「あ!」
 「なに?」

 警察署からの表彰状だった。
 犯人逮捕の協力の感謝状、人命救助の表彰など、たくさんあった。
 年代的に、小学生時代からだ。
 高校生の頃のものが一番多い。
 何十枚もあった。
 柳さんと二人で感動した。

 「柳さん、これ!」
 「なーに?」

 猛獣の捕獲に対する感謝状だった。

 「え! レイの時の!」
 「多分そうですよね!」
 
 間違い無いだろう。
 タカさんのお話では感謝状のことなんて聞いていなかった。
 最後に裸になってレイを見送って逮捕されたということで終わっていた。
 本当に、自分の自慢になるようなことは話さない人だ。
 それにしても、警察からの感謝状や表彰状が多い。
 消防署からのものも幾つかあった。
 タカさんはこんなにも人々のためにいろいろとやって来たのだ。
 礼状が一緒になっているものもあった。
 助けられた人からのものだろう。
 タカさん……

 他に柔道や弓道の昇段の証書やいろいろな企業からの感謝状などもあった。
 柔道は二段、弓道は五段錬士と書いてあった。
 タカさんは本当にいろいろやってる。

 手紙の入った棚もあった。
 
 「亜紀ちゃん、これはあんまり読まない方がいいよ」
 「そうですね」

 でも、差出人が偶然に見えた。

 「佐野さんのお手紙ですよ!」
 「え!」

 柳さんと顔を見合わせて、お互いにうなずき合った。
 刑事だった佐野さんのお手紙はどうしても読みたい!
 
 そっと封を開いて手紙を取り出した。

 《拝啓 石神高虎様 トラ、お前一体何があった? 先日城戸さんから突然連絡があった。お前が東大に行かなくなったと。困っていることがあるのなら、俺に相談してくれ……》

 すぐに分かった。
 タカさんが高校を卒業して、聖さんと一緒にアメリカへ行く頃の手紙だろう。
 ギリギリ、タカさんが引っ越す前に家に届いたのか。
 佐野さんのお手紙はタカさんを心配する内容で一杯だった。
 手紙の端に、涙の痕があった。
 
 タカさんは自分は思い出に浸るために生きているのではないと言っている。
 会いたい人間は幾らでもいるけど、もう別れた人間なのだから会うつもりもないと。
 でも私は佐野さんの心に触れてしまった。

 「柳さん!」
 「どうしたの、亜紀ちゃん?」
 「私、佐野さんを探します!」
 「え!」
 「こんなにもタカさんのことを心配してるんですよ! せめてタカさんが無事で、今は立派にやっていることをお伝えしたいです!」
 
 柳さんが慌てた。
 
 「亜紀ちゃん、ダメだよ! 石神さんからそういうことは禁じられてるじゃない!」
 「はい! だから今なんです!」
 「どういうこと?」
 「タカさんが帰ってきたら、真夜が掘り出したものとか、昨日の「桜蘭」のこととかありますよね!」
 「ん?」
 「どうせ怒られるんです! だったらいい機会じゃないですか!」
 「!」

 柳さんは驚いていたが、すぐに大笑いした。

 「そうだね! 私も佐野さんにはお会いしたいもの」
 「そうですよね!」

 そういうことになった。
 じゃあ、やるぜぇー!
 あたしにまかせろぉー!
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