上 下
2,406 / 2,840

千鶴・御坂 石神家へ XⅠ

しおりを挟む
 「斬は今も自分を殺しそうになるほどの鍛錬をしている」

 俺がそう言っても虎白さんは黙っていた。
 石神家として毎日必死で鍛錬している人だからこそ、斬の壮絶な日々を理解しているのだろう。

 「虎影の兄貴が、花岡家に行ったことがあるんだ」
 「そうなんですか!」
 「怒貪虎さんの命令でな。そこでしばらく修業をしていた」
 「親父が……そうだったんですね」
 「斬とは会っていると思うけどな。その当時はあまりその話を聞かなかった。兄貴は他にも多くの流派の所へ行っていたからよ。どの流派でどんなことを、なんていちいち聞かなかったな」
 「そうですか」

 元々は怒貪虎さんが「花岡」も他の流派も納めていたはずだ。
 親父には自分と同じように、直接流派に触れさせたかったのだろう。

 「俺は「花岡」の技を自然に理解出来ました。もちろんルーとハーが解析してくれたお陰も大きいのですが」
 「そうか」
 「俺、親父に何かされてましたかね?」
 「多分な。虎影は高虎の運命もある程度は見ていただろうからな」
 「はい」

 親父に武道の訓練を受けたことはない。
 しかし、今から思えば日常の中で、自然にそれとは分からないように何かをされていたのではないかと思うことがある。

 「親父はよく庭先で剣を振っていました」
 「ああ、そうだろうな」
 「それがとんでもなく美しくて。ああ、石神家の奥義みたいな凄いことはやってませんでしたけどね。でも美しい型を舞っていました」
 「虎影は本当に美しかったな」
 「はい。俺はそれをいつも見ていて。あれも何か俺に与えようとしていたのかもしれません。俺も憧れて見様見真似でやってましたし」
 「そうだろうな」
 「親父が俺と遊んでくれた時は、ああ、滅多には無かったです。でも、俺にプロレスを教えてやるとか、一緒に山に走って行ったり。ああいうことも、今思えばいろいろと俺の身体に教えていたんじゃないかって。ああ、思い出した。親父が俺が病弱だからって、いろいろな体操みたいなことを教えてました。今思えば不思議な動きも多かったですね」
 「……」
 「俺はよく親父に殴られましたけど、そういうことですら親父から何かを教わってたような気がします」
 「……」
 「小学生の途中から突然喧嘩が大好きになって。そうしたらほとんど勝てないことが無くなって行って」
 
 虎白さんが小さく笑った。

 「石神の子はよ、みんなそうされてんだ」
 「そうですか」
 「だから鍛錬に入ると、すぐに実力が伸びて来る。本人は気付かなくても、幼い頃からずっと教えられてんだよ」
 「そうですね」

 虎白さんが言った。

 「しかし、花岡斬は凄まじいな」
 「はい。たった独りで尋常じゃない鍛え方をしてますよ」
 「何となく分かるよ。そんな決意をしたからにはな」
 「はい」

 虎白さんは遠い目をしていた。
 虎白さんも求道者だ。
 毎日剣の鍛錬に明け暮れて来た人だからこそ、斬の壮絶な思いも理解出来るのかもしれない。

 「お前は果報者だな」
 「まったくです」

 千鶴と御坂の方を見た。
 二人ともまだ痛むようで当分眠れそうにない。
 俺たちは付き合うつもりだった。

 玄関が開いた。
 虎白さんが立ち上がると、廊下を歩いて来るペタペタという音が聴こえる。
 誰だろうと思っていると、襖が開き、怒貪虎さんが立っていた。

 「ケロケロ」
 
 全員が立ち上がり迎える。

 「ケロケロ」
 「わざわざ様子を見に来て下さったんですか」
 「ケロケロ」
 「大丈夫そうです。今はまだ多少辛そうですが」

 どうやら千鶴と御坂の様子を見に来てくれたらしい。
 怒貪虎さんは二人の傍に座り、肩や背中に触れた。

 「あ、温かい!」
 「え、楽になりましたよ!」

 二人が驚いて怒貪虎さんを見た。

 「ありがとうございます!」
 「随分と楽になりました。ありがとうございます!」

 「ケロケロ」

 何をされたのかは分からんが、千鶴と御坂は本当に楽になったようで喜んでいた。
 やはり優しい人なのだ。

 双子が正座して言った。
 いつになく真剣な顔をして頭を下げた。

 「怒貪虎さん、お願いがあります!」
 「私たちにも「虎相」の稽古をつけて下さい!」
 「おい!」

 俺は慌てた。

 「お前ら、千鶴のことを見てただろう!」
 「うん! でもどうしてもやりたいの!」
 「タカさんの役に立つことならなんでもしたいの!」
 「バカ!」

 冗談じゃない。
 「虎相」が使えなくても、双子はまったく構わないのだ。

 「ちょっとね、何か観えた気がするんだ」
 「私たちでも出来るかもしれない!」
 
 「ケロケロ」

 怒貪虎さんが何か言った。

 「ほんとですかー!」
 「やったぁー!」

 どうやら承諾されてしまったようだ。
 虎白さんは何も言わなかったが、恐らく虎白さんなりの考えがあったのだろう。
 嬉しそうに双子を見て、その頭を撫でた。

 「お前らもやるか」
 「「はい!」」
 「じゃあ、真白に言っといてやるよ」
 「「お願いします!」」

 もう俺の出る幕はない。
 危険な場合は止めるつもりだが、恐らくそういうことも無いだろう。
 俺にも少しは何かを感じている部分がある。
 
 「ケロケロ」
 「はい、そうですね」
 「ケロケロ」
 「楽しみになって来ました!」

 なんて?

 千鶴と御坂が大分加減が良さそうになったので、今晩はもう寝ることにした。
 二人を虎蘭と虎水が連れ帰った。
 俺は双子と一緒に布団を敷いた。
 ピッタリとくっつけている。
 俺たちは仲良しだ。

 「お前ら本気だよな?」
 「「うん!」」
 「明日はかえ……家に戻るつもりなんだけどなー」
 「大丈夫だよ」
 「でもなー」
 「なーに、タカさん?」
 「お前らが倒れるとよ」
 「うん?」
 「ボロボロになった俺を誰が介抱すんだよ?」
 
 「「ギャハハハハハハハハ!」」

 



 割と切実な問題なんですけど。
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。  彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。  そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!  彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。  離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。  香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

人形の中の人の憂鬱

ジャン・幸田
キャラ文芸
 等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。 【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。 【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...