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千鶴・御坂 石神家へ X

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 「ケロケロ」

 千鶴に、怒貪虎さんが近付いた。
 どうやら怒貪虎さん自ら相手をしてくれるらしい。

 「ケロケロ」
 「はい!」
 「ケロケロ」
 「分かりました!」

 返答している間も、千鶴の身体は震えていた。
 激痛に耐え切れずに、身体を捩っている。
 まっすぐに立っていられないようだった。
 千鶴の様子を見て、虎白さんが呟いた。

 「真白の奴、本気でやりやがったな」
 「え?」
 「まったく無茶しやがる。ありゃ、相当辛いぞ」
 「そうなんですか!」

 虎白さんは真白の鍼灸の術を高く評価していた。

 「あいつは多分日本で最高の腕前だよ。怒貪虎さんが中国に行かせてよ。向こうで最高の漢方の術師に弟子入りしたんだ」
 「そうなんですか」
 「死人も生き返らせるって程の人だったらしいぞ」

 東洋医学は深い。
 西洋医学で治せない病気や怪我も治す人間がいる。
 もちろん偽者も多いが。

 千鶴は激痛に喘ぎながら、怒貪虎さんの前に立っていた。
 怒貪虎さんはまったく動かない。
 しかし、もう何かが始まっているのを感じていた。
 千鶴は必死に何かに抗っている。
 千鶴も剣を握ってはいるが、まったく動かしていない。
 持っていることで精いっぱいなのが分かる。
 
 「タカさん! マンロウちゃんが!」
 「もう無理だよ! 止めてあげて!」

 双子が泣きながら叫んだ。
 双子には何かが見えているのだろう。
 俺はそれを聞きながら動かなかった。
 
 「ケロケロ」
 「!」

 怒貪虎さんが千鶴に何か言い、千鶴の目が変わった。
 恐らく百目鬼家の「神聖瞳術」を使ったのだろう。
 怒貪虎さんがそれを使うように言ったのか。

 千鶴はどうにか立っているという状態だった。
 剣は握ってはいるが、やはりまったく動かせないでいる。
 体中の激痛に耐えることで精一杯なのだ。
 その中で、何とか「神聖瞳術」を出した。

 千鶴の瞳を確認し、怒貪虎さんが剣を振り始めた。
 鋭い剣筋であり、当然千鶴はまったく反応できない。
 しかし怒貪虎さんの剣は千鶴には当たっていない。
 精妙に操作され、千鶴の皮膚すれすれを薙いでいる。

 千鶴の身体が揺れてきた。
 俺は剣圧でそうなっているのかと思っていたが、徐々にそうではないことに気付いた。
 千鶴の身体は何かをされて動いているのだ。

 (斬られているのか!)

 マンロウ千鶴は、彼女が感ずる現実の中で、怒貪虎さんに実際に斬られているのではないか。
 そう感じるように、怒貪虎さんは誘導しているのではないか。

 「ケロ!」

 怒貪虎さんの鋭い突きが、千鶴の左眼に向かった。
 千鶴は目を閉じる間もなく、その突きを喰らった。

 「おい!」
 「出やがったぞ!」
 「なんだありゃ!」
 「両眼から噴き出しているのはなんだ!」
 「全身の「虎相」もおかしいぞ!」

 剣士たちが驚いて叫んでいた。
 俺も「虎眼」を使っているので見えた。
 千鶴は両眼から激しい炎を噴き出し、更に全身は焔に覆われているばかりでなく、背中から二対の翼のように広がって伸びていた。
 恐らく石神家の「虎相」とは別なものだ。

 千鶴が突然倒れ、同時に焔も消えた。

 虎蘭と虎水が駆け寄って千鶴を運んだ。
 双子も駆け寄る。

 「マンロウちゃん!」

 ハーが「手かざし」をし、ルーが「Ω」と「オロチ」を口移しで飲ませた。
 御坂もよろけながら来た。

 「千鶴!」

 手足が思い通りに動かず、千鶴の傍で倒れた。
 虎水が抱きかかえて千鶴の傍に寄せる。

 「大丈夫だよ。ボロボロだけどね」
 「はい!」

 石神家の血が無ければ出現するはずのない「虎相」が、マンロウ千鶴にも出た。
 もしかすると「虎相」とは違うものなのかもしれないが。
 怒貪虎さんには、その可能性が見えていたのだろうか。
 石神家だけでなく、日本中の武道や武術をその身に宿した人だ。
 だから、千鶴に何が起きるのかが予測出来たのか。
 だが、千鶴は御坂以上の激痛を味わったようだ。
 身体がまったく動かせないほどの苦痛だった。
 御坂の場合は石神家の血が流れているので、そこまでのものは必要なかった。
 しかし、千鶴の場合は、ある意味でゼロから生じ展開させる必要があったのだ。

 それを為した千鶴の精神力はもちろんだが、発現させた怒貪虎さんの知識、そしてそれを言われずともやった真白の深さ。
 石神家は本当にとんでもない連中だ。

 俺は無言で佇む怒貪虎さんに、畏怖の念を抱いた。
 真白は離れた場所から見ていた。
 その眼は、不断のふざけたものではなかった。
 自分の施術の結果を冷静に見届ける、求道者のものだった。
 あの女は只者ではない。
 中国で最高の漢方医の下で修行したと聞いた。
 鍼灸だけではないのかもしれない。
 東洋医学には漢方薬も気功もある。
 中国の文化は相当深い。
 それに怒貪虎さんには吉原一族の道教、仙術の技まである。
 真白がどこまでそれを習得しているのかは分からない。
 普段は下品な老女を演じてはいるが、石神家で全員から頼りにされている。
 何大抵の人物ではないはずだ。

 「千鶴、聞こえるか」
 「……」

 口は動かさないが、千鶴は俺の眼を見た。

 「お前、やったぞ。「虎相」を出した」
 「……」

 千鶴が何とか口元に笑みを浮かべた。
 精一杯の返事だ。

 「御坂もよくやったな」
 「はい!」
 「いい「虎相」だった。みんながお前はいい剣士になれるってさ」
 「ほんとですか!」

 御坂は喜んだ。
 まだ口を利くのも辛そうだが、千鶴よりはましだった。
 虎蘭と虎水は鍛錬に戻った。
 「小雷」が使えるようになった剣士は、次に魔法陣を描く訓練に入る。
 双子も手伝いに行った。

 剣聖たちは魔法陣を描けるようになった剣士に、《神雷》を教えて行く。
 その剣聖たちも、《神雷》に「轟雷」を重ねる訓練をして行く。

 怒貪虎さんだけは、独りで何かをやっていた。
 魔法陣を幾つか描いてみている。
 俺は気になって近づいた。
 魔法陣は、外周のルーン文字を入れ替えたものだった。

 「怒貪虎さん!」

 出力調整の仕組みを理解したのか!
 怒貪虎さんであればルーン文字を知っていることはあり得るが、あの魔法陣の構造までこんなにも早く解析したとは。

 「ケロケロ」

 何かうなずいて、怒貪虎さんが《神雷》を撃った。

 「でかいですよ!」

 直径1200メートルの《神雷》が上空に飛んだ。
 やはり時空の裂け目が出来た。

 「不味い!」

 怒貪虎さんは即座に別な魔法陣を描き、そこにまた《神雷》を撃つ。
 今度は直径2000メートル以上の巨大な柱が続いて行った。
 時空の裂け目から出て来た山羊頭の黒い怪物が吹っ飛ばされ、時空の裂け目も消えた。

 「!」

 他の剣士たちもそれを見ていた。

 「ケロケロ」

 怒貪虎さんが俺を見て笑っていた。






 とんでもねぇことをする人だ。
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