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病葉衆 久我倫人 Ⅲ

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 星蘭高校への入学が決まった。

 「小島将軍がお前を誘って下さったんだ!」

 父が珍しく、嬉しそうに笑って私に言った。

 「お前に学校の支配管理を任せたいと仰っている」
 「そうなのですか!」
 「そうだ! 小島将軍が認めて下さったのだ。これでお前は病葉衆を率いる人間になるだろう」
 「はい!」

 しばらくの間、父は私の修行が進まないことに不満を抱いていた。
 その当時には、私自身も原因を分かっていた。
 井筒の死以来、私は病葉衆に何か反発するものを抱いてしまったのだ。
 それがどういうものなのかまでは、自分でも分からなかったが。
 修業は真面目に取り組んでいた。
 だが平吾の方が一部の技や術に精通するようになった。
 それでも平吾には病葉衆の奥義は教えられず、私のみがそれを身に付けた。
 平吾はあくまでも私の従者になる人間だったのだ。

 父は平吾に劣る面のある私に大層な不満を抱いていた。
 しかし星蘭高校へ小島将軍からお誘いを受けたということで、有頂天になっていた。
 私はと言えば、自分の中にある病葉衆を拒む心を持て余していた。
 その正体すら自分で分からず、鬱屈することも多かった。

 星蘭高校では平吾の協力もあり、部団連盟によって全校を支配することが出来た。
 幾つか反抗する人間や勢力もあったが、平吾が手配して納められた。

 「剣道部の島津は使えますよ」
 「そうか」
 「早霧家の剣技を一部習得しているようです」
 「本当か!」
 「はい」

 翌年、島津に匹敵する剣の天才・御坂も転入して来た。
 ボクシング部の榊も全国大会で優勝する実力者だった。
 百目鬼家のマンロウも私に協力的だ。
 万全の支配体制を敷いた私も嬉しかった。
 鬱屈した気持ちを忘れることもあった。
 
 そしてあの「渋谷HELL」に遭遇した。

 あの日私は平吾と一緒に渋谷の繁華街の見回りに行った。
 時々そうやって使えそうな若い人間を集めていた。
 将来病葉衆を私が継ぐ時に、自分の自由になる人間は多い方が良いからだ。

 ハチ公口に出た時、突然周囲に悲鳴が上がり、平吾と一緒にそちらを見ると信じられないモノがいた。
 全身を毛に覆われた体長2メートルを越す鬼のような怪物。
 そして次々にあちこちに怪物が現われ、周囲の人間を殺し喰い始めた。

 「久我さん!」
 「なんだ、あれは!」
 「分かりません! でもすぐにここを離れないと」
 「あ、ああ」
 「こいつらを楯にしましょう! 怪物に向かわせて、その間に逃げるんです」
 「分かった!」

 平吾は意外と冷静だった。
 今思えば、平吾は既にこの時、「デミウルゴス」の怪物化を知っていたのかもしれない。

 平吾と二人で目の前の人間を操ろうとした。
 しかしその瞬間にそいつが怪物になった。
 怪物は人間が変化しているのだ。
 至近距離で襲われ、武術の心得の無い私はどうにもならなかった。
 多少のことを学んでいるはずの平吾も動けないでいる。

 突然怪物の首が飛び、私たちよりずっと若い少年が叫んだ。
 観たことも無いほど美しい顔をした少年だ。

 「逃げて下さい!」

 私たちに叫んでいる。
 その間も少年は怪物たちと戦っていた。

 私と平吾は逃げようとした。
 だがあちこちで怪物化した連中がいて、どちらへ逃げれば良いか分からない。

 「久我さん! あっちへ!」

 平吾が私の手を掴んで叫んだ。
 私たちを助けた少年が突然倒れた。
 そしていつの間にか、周囲で仮面をかぶった人間たちが怪物と戦っているのが見えた。

 その時、大きなエンジン音を響かせて、派手なスポーツカーがハチ公口へ入って来た。
 車が停まり、そこから出て来た人物に驚いた。

 「御堂候補!」

 今や日本中で知らない人間がいない、有名人だった。
 これから選挙戦で一番大事な時期だ。
 どうしてそれがこんな危険な場所へやって来たのか。
 その答えはすぐに分かった。
 御堂候補は車のスピーカーを使って叫んだ。
 自分を囮にして妖魔をおびき出すつもりだった。

 「久我さん! 早く!」

 私は咄嗟に平吾の腕を払った。

 「久我さん!」
 「先に行け!」
 「!」

 平吾は私を一瞥し、すぐに走り去った。
 そのほんの一瞬、平吾の顔が笑ったように見えたが、すぐに気にせずに御堂候補を見た。
 御堂候補の身体で何かが弾き飛ばされたように見えた。
 そこから混乱していた現場が徐々に収拾していった。
 仮面をかぶった人間たちが次々と怪物を斃して行く。
 御堂候補はすぐに怪我をした人たちの救護に入った。
 一際大きな仮面をつけた男の人が御堂候補に近づいて怒鳴っていた。
 危険な場所へ来たことを怒っている。
 しかし御堂候補は微笑み、また救護に戻った。
 私もすぐに御堂候補と一緒に怪我人の救護を手伝った。
 
 私の中で大きな氷の塊が溶けて行った。
 私はこういうことがしたかったのだ。
 あの日、井筒が私のためにしてくれたように、私も誰かのために何かをしたいのだ。
 私は久し振りに景色が強く色づいていることに歓喜していた。
 そして、私は自分が何を望んでいるのかをはっきりと悟った。
 私は人を傷つけるのではなく、助けたいのだと。
 御堂候補と一緒に、必死に救助活動を手伝った。
 井筒が傍で笑ってくれているような気がした。
 私に井筒が戻って来た。

 「君、大丈夫か!」

 御堂候補が私に驚いて声を掛けて来た。
 その時初めて自分が泣いていることに気付いた。

 「はい、大丈夫です」
 「どこか怪我をしているんじゃないのか?」
 「いいえ、大丈夫です」
 「そうか、少し休んでいた方がいいよ」
 「いえ、是非ご一緒にやらせて下さい!」
 
 御堂候補が微笑んで私を見てくれた。

 「君は立派だね」
 「いいえ、御堂候補こそ!」

 嬉しかった。
 本当に嬉しかった。





 しかし、また学校生活が始まると、私は戻ってしまった。
 特に「髑髏連盟」が部団連盟を支配してきてから、すっかり私は諦めてしまった。
 所詮一族の出来損ないだった。
 病葉衆にもなれず、かといって私はそうでない者にもなれなかった。
 平吾は相変わらず私のために動いてくれていたが、いつしかそれに甘え流されるようになった。

 猫神たちが入学し、一気にすべてが変わった。
 初日に部団連盟の最強の一角であった榊を呆気なく潰し、翌日には殺人剣の島津まで難なく倒した。
 そしてその日のうちに「髑髏連盟」の怪物たちまで壊滅させ、星蘭高校の全ての邪悪が消え去った。

 私は何一つ出来ず、ただ猫神たちを眺めていることしか出来なかった。
 平吾の裏切りと、積年の私への憎しみを知った。
 私はそのことで全て埋まってしまっただけだった。

 実家へ戻り、平吾の裏切りを父に話した。
 もちろん父は激怒したが、既に病葉衆は「業」に従うことになっていた。
 私は全てに絶望した。

 そして猫神が、あの石神高虎であることを知った。
 石神さんに呼ばれ、家に行った。
 石神さんは私を「虎」の軍へ呼んでくれるつもりだったことを知った。
 しかし私は自分の弱さの全てを告白し、自分から申し出を断った。
 自分を誘う言葉が出る前に、そうした。
 それでも石神さんは私を見捨てようとしなかった。

 その場にいた、柏木さんという老人が私の肩に手を置き、私が長年苦しんでいたものの正体を暴いてくれた。
 あの男たちが割腹する悪夢。
 それが久我家の先祖が一族の悪業を詫びる行為だったのだと教えてくれた。
 柏木さんが私の背で祝詞を唱えた。
 その瞬間、私の身体が軽くなった。
 今まで重かったことを初めて知る、そんな奇跡だった。
 柏木さんは私に「もういいのだ」と言ってくれた。
 もう苦しまなくて良い、石神さんに任せれば良い、自由になったのだと。
 柏木さんの優しさに、私がこれまで堪えて来た物が溢れ出して来た。
 私は泣き、そしてやっと決心した。
 私は病葉衆なのだと。
 尚も私を誘ってくれる石神さんの言葉を拒否し、病葉衆の全てを話した。






 病葉衆の本拠地へ行った。
 父にもう星蘭高校でするべきことが無いと話し、本拠地でしばらく過ごしたいと話すと了解された。
 すぐに石神さんたちが来ることは分かっていた。
 石神さんと柏木さんに手紙を書いた。
 こんな自分を最後まで救おうとしてくれた石神さん。
 自分の苦しみを掬い上げ、優しく和らげてくれた柏木さん。
 その礼を書いた。
 それで私のこの世での全てが終わった。

 久し振りに、井筒の写真を出した。
 常に手元にあったが、一度も取り出すことは無かった。
 あまりにも汚れている自分を、井筒に見られたくなかった。

 「井筒、久し振りだね」

 写真の井筒は笑っていた。

 ♪ 緑の星二つ寄り添う 離れても離れても寄り添う ♪

 『シャロームの歌』を歌った。
 歌い終えて、腹に小刀を突き立てた。
 瞼の裏に、眩しい程の井筒の笑顔が浮かんだ。
 
 私の魂が、私を探しに来た。
 私から離れていた魂が私を上に連れて行った。






 井筒が優しい笑顔で私を迎えてくれた。
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