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退魔師 XX

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 昨年。
 御堂の選挙戦が始まり、日本中が御堂に注目していた時。
 久我は郷間と共に渋谷にいた。
 突如周囲に怪物が現われ、久我と郷間は恐ろしい地獄の中で逃げ惑っていた。
 病葉衆の技はあったが、到底何も出来ずに逃げるしか無かった。

 「久我さん! 周囲の人間を楯にしましょう!」
 「わ、分かった!」

 郷間と二人で周囲の連中に暗示を掛けようとした。
 自分たちを怪物から守るように動かすつもりだった。
 それが非道なことだとは二人とも考えもしなかった。
 助かるために必死だった。
 しかし、暗示を掛けようとした人間が、突如怪物となった。
 暗示は全く通用せずに、自分たちを襲った。
 久我も郷間も自分たちの末路を悟った。
 戦闘力の無い二人では、怪物の攻撃は防げない。

 その怪物の首が飛んだ。

 「逃げて下さい!」

 少年が自分たちを見て叫んでいた。
 恐らく「アドヴェロス」の磯良だっただろう。

 「とにかく離れて!」
 「君は!」
 「いいから! すぐに移動して下さい!」
 
 少年は他の怪物に向かい、次々と斃して行った。
 どのような技かは分からない。
 見えない刃が次々と怪物たちを切り裂いているようだった。
 少年がこの場の救援に来た特別な人間であることが分かった。

 しかし、突如少年が硬直した。

 「おい!」
 
 郷間が少年に近づこうとする久我の腕を掴んで、急いで離れようとした。
 その時、派手なスポーツカーがハチ公口に飛び込んで来て、御堂が車から降りて来た。

 「どうしてここへ!」

 久我は突然現われた御堂の目的が分からなかった。
 これから大事な選挙が始まるのに、こんな危険な場所へどうして。
 御堂が叫んだ。

 《御堂正嗣だ! ここにいる! ここにいるぞ!》

 大音量のスピーカーの音声で、御堂の声が響いた。
 久我は何が起きているのかがすぐに分かった。
 自分を標的にして敵をおびき出そうとしているのだ。
 この地獄の中で、どうしてそんなことが。
 辺り一帯に、無残に引き裂かれ殺された遺体が沢山あるのに。
 久我は郷間の手を振りほどき、逃げるのをやめた。
 郷間は一瞬久我を見たが、すぐに走り去った。
 病葉衆としてはそれが正しい。
 だが、久我は御堂から目を離せなかった。
 自分はこれを絶対に見届けなければならないと思っていた。
 不思議な確信だった。
 そして、久我は生まれて初めて自分が正しいことを選択したと感じていた。

 御堂の身体の表面で何かが弾け飛び、そこから事態は急展開した。
 仮面をつけた人間たちが飛び交い、怪物たちを駆逐していくのを久我は観た。

 しばらく後に地獄のハチ公口が徐々に沈静化していった。
 自分を助け倒れた少年も無事のようだった。
 御堂はすぐに怪我人の救助を始めた。
 久我もそこへ行き、救助を手伝った。
 まだ恐怖は残っていたが、必死に頑張った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「自分はあの時、助けられたんです。あの少年はもちろん、御堂総理によって。自分の中で鬱屈していた何かが初めて明確になった」
 
 久我は拳を握りしめたまま、吐き出すように話していた。

 「でも、本当には自分は変われませんでした。すぐに病葉衆の倣いによってまた元に戻った。他人を操って支配するモノになってしまった」
 「お前はそれでいいのか?」

 久我が顔を歪めて口を閉じた。
 柏木さんが久我の後ろへ行って、久我の肩に手を乗せた。

 「君は苦しいんだね?」
 「え?」
 「ずっと苦しんできた。一族の生き方をなぞり、その通りに生きようとした。でも君は別なものを見ていた」
 「……」
 「苦しいね、本当に辛かったんだね」
 「……」

 柏木さんが、久我の後ろで印を組み、何かを唱え始めた。
 清澄な空気が拡がって行くのを感じた。
 これが退魔師の技なのか。
 苦悶の表情だった久我の顔が徐々に和らいで行った。
 全員、何かが起きているのを感じていた。
 柏木さんが印を結んだまま、手を動かし久我の後頭部へ印を向けた。

 「エイ! エイ! エイ!」

 三度叫び、印を解いてまた久我の肩に手を置いた。

 「君は夢を見て来たはずだ」
 「はい?」
 「先祖が刀で腹を割いていた。何人も何人も。そういう夢を見たよね?」
 「!」

 久我が目を見開いて驚いていた。
 柏木さんには見えているのだろう。

 「それはね、人を操り酷い目に合わせて来たことを詫びているんだ。心のある先祖がいるんだよ。その人たちが一族の業を詫びている。死んだ後に何度も腹を割き、苦痛の中で詫び続けているんだ」
 「どうしてそれを!」
 「見えるさ。君がそれを見て苦しんでいるからね。私には分かるよ」
 「!」

 久我が立ち上がり、柏木さんに振り向いた。
 柏木さんは微笑んで久我の肩にまた手を置いた。

 「君はもう苦しまなくていい。もう十分だ。石神さんに全てを任せなさい」
 「でも、自分は……」
 「もういいんだよ。病葉衆は多分もう終わる。君は一人の人間として、君の人生を歩みなさい。ご先祖の苦しみももうすぐ終わる。君は自由になるんだよ」
 「!」

 久我は床にうずくまり、号泣した。
 柏木さんも床に座り、久我の肩を優しく撫でていた。
 柏木さんの言葉が、久我の中で優しく拡がって行った。





 
 その後また話し合い、榊は「虎」の軍へ加わるが、久我は拒んだ。
 自分がこれまでして来たことを考えれば、とても「虎」の軍には入れないと。
 久我は決意を固めた。

 「石神さん、病葉衆を滅ぼして下さい」
 「ああ。でもお前はどうするんだ?」
 「自分も病葉衆です」
 「……」

 久我は静かな声で、そう言った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 久我から、病葉衆の本拠地を聞いた。
 信州の山の中の大きな寺院だった。
 表向きはある宗教団体の建物になっている。
 巨大な鉄筋の本殿の建物の他、恐らく住居になっているマンションのような建物も多い。

 俺が乗り込んだ時、百人近い人間がそこで暮らしていた。

 「タマ」
 「ああ、分かっている」

 タマが全員の記憶を探り、今ここにいない病葉衆の意識も辿った。

 「やるぞ」
 「ああ」

 タマは病葉衆に精神操作し、ロシアの「業」の《ハイヴ》に攻め入るように命じた。
 全員が意識を誘導された。

 「終わったぞ」
 「御苦労」

 病葉衆が敷地を出て行く。
 俺の方は見向きもしない。
 それもタマの精神操作だ。
 一切遅滞なく、荷物をまとめて出て行く。
 もうロシアへ向かう段取りが瞬時に組まれ、出発したのだ。
 自分では何の疑問も感じずに、各々がそのために必要なことを為して行った。

 「一人死んでいるぞ」
 「……」

 俺には、その意味が分かった気がした。
 タマが住居棟の方へ俺を導いた。
 2階の部屋のドアの前に立つ。

 「ここだ」
 
 俺がドアノブを捻ると、ロックは掛かっていなかった。
 
 「……」

 久我が小刀で腹を斬って絶命していた。

 「久我……お前……」

 何をしたのかは分かっている。
 久我は先祖たちと同じく、病葉衆の非道を詫びたのだ。
 介錯も無いまま、久我は数時間は苦しんで死んだはずだ。
 しかしその顔は不思議と安らかだった。

 「お前、まだ10代だったろう……」

 久我がどれほど苦しんできたのかは分からない。
 自分の弱さを知り、尚非道に染まり切れずに苦しんで来た。
 そして全てから解放されると聞いても、久我は一族のやって来たことを詫びずにはいられなかった。
 柏木さんから、自分が見て来た悪夢の正体を知らされたからだ。

 久我の中で、初めて勇気が生まれた。

 「ばかやろう。もっと楽に生きればいいものを……」

 久我の部屋だったのだろう。
 机の上に遺書が残してあった。
 柏木さんと俺へ宛てたものだった。
 俺は遺書を懐へ仕舞い、上空へ飛んで敷地を全て吹っ飛ばした。

 建物全てが消え、1万坪はあっただろう敷地は赤い溶岩となった。
 




 翌日、俺は柏木さんに病葉衆を滅ぼしたことを話した。

 「はい、見えていました」
 「そうですか」
 「久我君の魂が、久我君を探していました」
 「……」

 柏木さんの言葉がどういう意味なのか、俺には分からなかった。
 だが、久我の魂は解放されたのだろうと思った。
 
 病葉衆たちが、その後どうなったのかは分からない。





 こちらも他国の闇にのめりこんだ
 そのはずみに
 そこまで大事に背負ってきた
 大きながらくた包みが破れて
 中から
 バネ仕掛けのおもちゃが たくさん
 地面にころがりだした
 するとそれが
 どいつもこいつも
 ことこと ことことと
 思い思いの闇の中へ
 みんな歩いて行ってしまった

 《村野四郎『詩人の夜』より》
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