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挿話: 修学旅行小学生篇
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小学生の修学旅行。
行き先は秋の日光だった。
俺の家は貧乏で、旅行などほとんど行ったことはなかった。
あったのは、親父の実家の盛岡へ行ったことくらいだ。
それも当時は家に食い物がなくなったので、親父の実家でしばらく世話になるという名目。
俺の小学3年生の夏休みのことだった。
実際には親父が石神家当主としての問題を抱えており、俺とお袋の安全のためだった。
だから石神家本家の剣術バカは見せられず、田舎の素朴な生活をしただけだ。
その旅行が唯一で、他には全くない。
だから、俺は修学旅行には随分と期待していた。
観光バスで日光へ行き、一泊。
流石にお袋が準備をしてくれ、持って行く菓子と現地での小遣いまでくれた。
菓子代で500円、小遣いが二千円。
とんでもない大金だった!
俺は矢田と五十嵐と一緒に菓子を買いに行き、吟味に吟味を重ねて買った。
小遣いは学校で五千円までと決められていた。
まあ、俺にとっては二千円は大金だ。
文句はない。
お袋がどれだけの思いでその金を作ってくれたのかが俺には分かっている。
だから有難いだけだった。
グループ分けで、矢田と五十嵐、そしてミユキと杉本が一緒になった。
最高だ!
前の晩は興奮して眠れず、少々寝不足で学校へ行った。
「もう来てるのかぁ!」
大きな観光バスが2台校庭に止まっていた。
みんな旅行用の綺麗な服を着ていた。
俺はもちろんいつも通りだ。
ジーンズに長袖のTシャツ、そしてお袋が買ってくれた俺のお気に入りの青のコーデュロイのハーフコート。
「石神、いつもと同じ服かよ!」
口の悪い男子生徒たちが俺をバカにする。
「おう! うちは貧乏だかんな!」
みんなが笑うが、俺は全然気にならなかった。
それどころじゃないのだ。
「今日は修学旅行なんだぞ?」
「おう!」
「もっといい服着て来いよ!」
「おう!」
俺がいつものように喧嘩しないので、相手も拍子抜けした。
俺は上機嫌でバスに乗り、ミユキと一緒にシートに座った。
バスの中で歌い、ゲームをし、楽しく過ごした。
ミユキがバスの中でバナナをくれた。
「いいのか!」
「うん、石神君と一緒に食べようと思って」
「お前! 天使かぁ!」
みんなが笑った。
他の女子も俺に菓子をくれた。
「俺! 修学旅行って大好き!」
みんなが爆笑した。
華厳の滝を見学した。
ガイドさんの説明を聞き、俺は藤村操の『巌頭之感』を暗唱した。
《悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小?を以て 此大をはからむとす。……》
それを聞いて、安田先生が近寄って来た。
「石神君! 『巌頭之感』を暗記しているの!」
「はい! 大好きな詩なんで!」
「それは遺書でしょ?」
「遺書かもしれないですけど、あれは素敵な詩ですよ」
「あなたは本当に凄いわね!」
「エヘヘヘヘヘ!」
俺の周りにいたミユキたちには何のことか分からなかった。
安田先生が、藤村操のことを話してくれた。
「明治時代のとても優秀な人でね。この華厳の滝に身を投げて死んだの」
そして藤村操の自死が、当時多くの人間たちに影響を与えたのだと言った。
「私は自殺は嫌い。でも、藤村操の死には何か大きなものを感じるわ」
他の子どもたちにはよく分からない話だったと思う。
でも、俺は華厳の滝を見て、藤村操の死を感じた。
俺たちは他の名所を巡り、グループごとに行動し、本当に楽しい時間を過ごした。
俺はお袋への土産を探した。
厳選した結果、輪王寺の「鈴鳴龍守」にした。
1000円だった。
「石神君、それにするの?」
ミユキに聞かれた。
「ああ、お袋の土産にする」
「そうなんだ!」
「魔除けの効果があるんだってさ!」
「へぇー」
「お袋、綺麗だからさ。時々ヘンな男が寄ってくんだよ」
「えぇ!」
「前にノゾキに来た奴がいてさ」
「ほんとに!」
「親父に半殺しにされた」
「!」
「お袋、喜んでくれるかなー」
「うん、きっと大丈夫だよ」
ミユキが引き攣った顔でそう言ってくれた。
いよいよ宿で夕食だ!
夕食はカレーだった。
俺の大好物だ。
他の連中はもっと豪華な食事を期待していたようだが、俺には十分だった。
それに5杯もお替りできた。
うちではあり得ない。
その後でグループごとの演芸大会になり、俺たちのグループは俺のギター伴奏で岩崎宏美の『ロマンス』を歌った。
安田先生がギターを持って来てくれた。
俺が貢さんにギターを習っているのを知っていたためだ。
その後みんなで風呂に入り、俺は安田先生たちに呼ばれて、またギターを弾いた。
「石神君、本当に上手いのね!」
「そんなことは」
「ううん、本当に素敵だよ!」
安田先生が褒めてくれ、他の先生方も上手いと言ってくれた。
その時、襖が開かれて他の数人の宿泊客が入って来た。
隣で宴会をやっていたのだ。
「お前らよ! うるせぇんだよ!」
「すみませんでした!」
大分酔っているようで、安田先生が真っ先に謝った。
でも、隣の部屋でその人たちも大分大騒ぎしている。
酒が入っているため、怒鳴り声も響く。
「他の客もいるんだ。いい加減にしろ!」
「はい、すぐにやめます」
「それで済まそうってか?」
「どういうことですか?」
気の強い安田先生が男たちを睨んだ。
その安田先生に男の一人が近付き、浴衣の胸を掴んだ。
俺がすっ飛んで行って、そいつの頭にハイキックを見舞った。
男が真横に吹っ飛ぶ。
俺は男の耳を掴み、そのまま襖の向こうで宴会をしている所へ入って行った。
「こいつが俺の大事な先生の胸を掴んだ! てめぇら! 覚悟しろ!」
俺の後ろから安田先生や担任の島津先生たちが慌てて俺を追って来た。
俺が大事な人間を傷つけられると手が付けられないことを知っている。
宴会をしている数十人の男たちが俺を睨んだ。
数人が立ち上がり、俺に近づこうとしてくる。
「このガキ!」
俺はもちろんやる気だった。
先生たちが俺を後ろから掴もうとし、俺は前に走った。
上座で座っていた男が立ち上がった。
「やめろ!」
男たちが動かなくなり、男に向かって頭を下げた。
俺も止まった。
凄い威圧だった。
「おい、今の話は本当かな?」
男が俺に尋ねて来た。
「そうだよ! こいつが安田先生の胸を掴みやがった!」
「それは申し訳ないことをした」
「俺たちがうるさいって怒鳴り込んで来てよ! ただギターを弾いてただけじゃねぇか!」
「ああ、ギターは聞こえていた。随分と綺麗な曲だった」
「だったら!」
男が俺に頭を下げた。
「本当に済まない。この通り謝る」
「組長!」
「親父!」
宴会の中の男たちが次々と声を挙げた。
「黙れ! この学生さんの言う通りだ! 辰巳! お前のとこの不始末だ!」
「すいません!」
前の方にいた大柄の男が土下座した。
「この方々に謝れ!」
「へい! 申し訳ありませんでした! おい!」
土下座した男が他の男に命じ、財布を持って来た。
「これでどうか」
安田先生に財布を差し出し、安田先生が慌てて断った。
「もう結構ですから! こちらも非があったわけですし」
「それでは千両の親父の顔が立ちません。どうか受け取って下さい」
「絶対受け取れません!」
安田先生は受け取らないだろうと俺も思った。
「おい! 指を詰めろ!」
「石神!」
島津先生に頭をはたかれた。
安田先生が必死に謝って、その場はなんとか引っ込んだ。
それから俺たちは就寝となり、翌日は何事もなく帰宅した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「た、タカさん!」
「おう、不思議な縁だよなぁ」
「千両さんだったんですか!」
「なんかな」
亜紀ちゃんが大興奮だ。
他の子どもたちも驚いていた。
「いやぁ、俺もすっかり忘れててさ。千両って名前も覚えて無かった」
「じゃあ!」
「前に一緒に飲んだ時にさ。千両が昔日光でスゴイ子どもがいたって話をしてさ」
「はいはい!」
「千両は石神って覚えてたんだよな。でも、俺、まだ子どもだったから顔もちょっとな」
「女の子みたいでしたもんね!」
「まあ、あの頃は多少はなぁ。でも今とはちょっと違うしよ」
「でも、石神って名前で!」
「おう、千両も最近思い出したってさ」
「ガァァァァァーーー!」
柏木さんたちは何のことか分からないので、亜紀ちゃんが説明した。
三人とも笑っていた。
「縁ってあるんだよなー」
「ほんとですね」
「辰巳ってさ」
「はぁー」
「縁だよなー」
「まったくです」
「まー、そんな感じ」
「ありがとうございました」
「いやいや」
ちゃんと修学旅行の話になってただろうか。
どうでもいいのだが。
行き先は秋の日光だった。
俺の家は貧乏で、旅行などほとんど行ったことはなかった。
あったのは、親父の実家の盛岡へ行ったことくらいだ。
それも当時は家に食い物がなくなったので、親父の実家でしばらく世話になるという名目。
俺の小学3年生の夏休みのことだった。
実際には親父が石神家当主としての問題を抱えており、俺とお袋の安全のためだった。
だから石神家本家の剣術バカは見せられず、田舎の素朴な生活をしただけだ。
その旅行が唯一で、他には全くない。
だから、俺は修学旅行には随分と期待していた。
観光バスで日光へ行き、一泊。
流石にお袋が準備をしてくれ、持って行く菓子と現地での小遣いまでくれた。
菓子代で500円、小遣いが二千円。
とんでもない大金だった!
俺は矢田と五十嵐と一緒に菓子を買いに行き、吟味に吟味を重ねて買った。
小遣いは学校で五千円までと決められていた。
まあ、俺にとっては二千円は大金だ。
文句はない。
お袋がどれだけの思いでその金を作ってくれたのかが俺には分かっている。
だから有難いだけだった。
グループ分けで、矢田と五十嵐、そしてミユキと杉本が一緒になった。
最高だ!
前の晩は興奮して眠れず、少々寝不足で学校へ行った。
「もう来てるのかぁ!」
大きな観光バスが2台校庭に止まっていた。
みんな旅行用の綺麗な服を着ていた。
俺はもちろんいつも通りだ。
ジーンズに長袖のTシャツ、そしてお袋が買ってくれた俺のお気に入りの青のコーデュロイのハーフコート。
「石神、いつもと同じ服かよ!」
口の悪い男子生徒たちが俺をバカにする。
「おう! うちは貧乏だかんな!」
みんなが笑うが、俺は全然気にならなかった。
それどころじゃないのだ。
「今日は修学旅行なんだぞ?」
「おう!」
「もっといい服着て来いよ!」
「おう!」
俺がいつものように喧嘩しないので、相手も拍子抜けした。
俺は上機嫌でバスに乗り、ミユキと一緒にシートに座った。
バスの中で歌い、ゲームをし、楽しく過ごした。
ミユキがバスの中でバナナをくれた。
「いいのか!」
「うん、石神君と一緒に食べようと思って」
「お前! 天使かぁ!」
みんなが笑った。
他の女子も俺に菓子をくれた。
「俺! 修学旅行って大好き!」
みんなが爆笑した。
華厳の滝を見学した。
ガイドさんの説明を聞き、俺は藤村操の『巌頭之感』を暗唱した。
《悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小?を以て 此大をはからむとす。……》
それを聞いて、安田先生が近寄って来た。
「石神君! 『巌頭之感』を暗記しているの!」
「はい! 大好きな詩なんで!」
「それは遺書でしょ?」
「遺書かもしれないですけど、あれは素敵な詩ですよ」
「あなたは本当に凄いわね!」
「エヘヘヘヘヘ!」
俺の周りにいたミユキたちには何のことか分からなかった。
安田先生が、藤村操のことを話してくれた。
「明治時代のとても優秀な人でね。この華厳の滝に身を投げて死んだの」
そして藤村操の自死が、当時多くの人間たちに影響を与えたのだと言った。
「私は自殺は嫌い。でも、藤村操の死には何か大きなものを感じるわ」
他の子どもたちにはよく分からない話だったと思う。
でも、俺は華厳の滝を見て、藤村操の死を感じた。
俺たちは他の名所を巡り、グループごとに行動し、本当に楽しい時間を過ごした。
俺はお袋への土産を探した。
厳選した結果、輪王寺の「鈴鳴龍守」にした。
1000円だった。
「石神君、それにするの?」
ミユキに聞かれた。
「ああ、お袋の土産にする」
「そうなんだ!」
「魔除けの効果があるんだってさ!」
「へぇー」
「お袋、綺麗だからさ。時々ヘンな男が寄ってくんだよ」
「えぇ!」
「前にノゾキに来た奴がいてさ」
「ほんとに!」
「親父に半殺しにされた」
「!」
「お袋、喜んでくれるかなー」
「うん、きっと大丈夫だよ」
ミユキが引き攣った顔でそう言ってくれた。
いよいよ宿で夕食だ!
夕食はカレーだった。
俺の大好物だ。
他の連中はもっと豪華な食事を期待していたようだが、俺には十分だった。
それに5杯もお替りできた。
うちではあり得ない。
その後でグループごとの演芸大会になり、俺たちのグループは俺のギター伴奏で岩崎宏美の『ロマンス』を歌った。
安田先生がギターを持って来てくれた。
俺が貢さんにギターを習っているのを知っていたためだ。
その後みんなで風呂に入り、俺は安田先生たちに呼ばれて、またギターを弾いた。
「石神君、本当に上手いのね!」
「そんなことは」
「ううん、本当に素敵だよ!」
安田先生が褒めてくれ、他の先生方も上手いと言ってくれた。
その時、襖が開かれて他の数人の宿泊客が入って来た。
隣で宴会をやっていたのだ。
「お前らよ! うるせぇんだよ!」
「すみませんでした!」
大分酔っているようで、安田先生が真っ先に謝った。
でも、隣の部屋でその人たちも大分大騒ぎしている。
酒が入っているため、怒鳴り声も響く。
「他の客もいるんだ。いい加減にしろ!」
「はい、すぐにやめます」
「それで済まそうってか?」
「どういうことですか?」
気の強い安田先生が男たちを睨んだ。
その安田先生に男の一人が近付き、浴衣の胸を掴んだ。
俺がすっ飛んで行って、そいつの頭にハイキックを見舞った。
男が真横に吹っ飛ぶ。
俺は男の耳を掴み、そのまま襖の向こうで宴会をしている所へ入って行った。
「こいつが俺の大事な先生の胸を掴んだ! てめぇら! 覚悟しろ!」
俺の後ろから安田先生や担任の島津先生たちが慌てて俺を追って来た。
俺が大事な人間を傷つけられると手が付けられないことを知っている。
宴会をしている数十人の男たちが俺を睨んだ。
数人が立ち上がり、俺に近づこうとしてくる。
「このガキ!」
俺はもちろんやる気だった。
先生たちが俺を後ろから掴もうとし、俺は前に走った。
上座で座っていた男が立ち上がった。
「やめろ!」
男たちが動かなくなり、男に向かって頭を下げた。
俺も止まった。
凄い威圧だった。
「おい、今の話は本当かな?」
男が俺に尋ねて来た。
「そうだよ! こいつが安田先生の胸を掴みやがった!」
「それは申し訳ないことをした」
「俺たちがうるさいって怒鳴り込んで来てよ! ただギターを弾いてただけじゃねぇか!」
「ああ、ギターは聞こえていた。随分と綺麗な曲だった」
「だったら!」
男が俺に頭を下げた。
「本当に済まない。この通り謝る」
「組長!」
「親父!」
宴会の中の男たちが次々と声を挙げた。
「黙れ! この学生さんの言う通りだ! 辰巳! お前のとこの不始末だ!」
「すいません!」
前の方にいた大柄の男が土下座した。
「この方々に謝れ!」
「へい! 申し訳ありませんでした! おい!」
土下座した男が他の男に命じ、財布を持って来た。
「これでどうか」
安田先生に財布を差し出し、安田先生が慌てて断った。
「もう結構ですから! こちらも非があったわけですし」
「それでは千両の親父の顔が立ちません。どうか受け取って下さい」
「絶対受け取れません!」
安田先生は受け取らないだろうと俺も思った。
「おい! 指を詰めろ!」
「石神!」
島津先生に頭をはたかれた。
安田先生が必死に謝って、その場はなんとか引っ込んだ。
それから俺たちは就寝となり、翌日は何事もなく帰宅した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「た、タカさん!」
「おう、不思議な縁だよなぁ」
「千両さんだったんですか!」
「なんかな」
亜紀ちゃんが大興奮だ。
他の子どもたちも驚いていた。
「いやぁ、俺もすっかり忘れててさ。千両って名前も覚えて無かった」
「じゃあ!」
「前に一緒に飲んだ時にさ。千両が昔日光でスゴイ子どもがいたって話をしてさ」
「はいはい!」
「千両は石神って覚えてたんだよな。でも、俺、まだ子どもだったから顔もちょっとな」
「女の子みたいでしたもんね!」
「まあ、あの頃は多少はなぁ。でも今とはちょっと違うしよ」
「でも、石神って名前で!」
「おう、千両も最近思い出したってさ」
「ガァァァァァーーー!」
柏木さんたちは何のことか分からないので、亜紀ちゃんが説明した。
三人とも笑っていた。
「縁ってあるんだよなー」
「ほんとですね」
「辰巳ってさ」
「はぁー」
「縁だよなー」
「まったくです」
「まー、そんな感じ」
「ありがとうございました」
「いやいや」
ちゃんと修学旅行の話になってただろうか。
どうでもいいのだが。
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