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退魔師 Ⅸ

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 柏木さんのオペは、俺にとっては難度も低かった。
 高齢者の場合は身体への負担を考えてオペのやり方を組み立てるものだ。
 例えば切開をしないで穿孔オペを取り入れるなど。
 しかし柏木さんの場合はその必要も無かった。
 途轍もなく頑健だ。
 腫瘍のせいで多少は体力は以前よりも衰えていただろうが、それでも十二分だった。
 だから確実な方法として切開オペでやった。

 内臓の色も綺麗で、節制をしてきた人間なのが分かる。
 膵臓と胆嚢の腫瘍を切除し、念のために他の臓器も見てみたが異常は無かった。
 処置をしてから縫合し、輸血もほとんど必要ないほどだった。
 
 「お見事なオペでした!」

 鷹が褒めてくれる。
 無事にオペが終了し、俺は念のために集中治療室で麻酔から覚めるまで待機した。
 普段はやらないことだが、柏木さんの場合は色々と事情が異なる。
 特異能力だ。
 どのような能力なのかは、いろいろな話の中で予想は付けていたが、それが全てとも限らない。
 全身麻酔により、本人が認識していなかった能力の発現もあり得る。

 医者としては外れた考えだが、俺は能力者について甘くは見ていない。
 例えばこれがジョナサンであった場合、彼が無意識にPKを発動する可能性だってある。
 あの強力なPK能力が無意識に発動すれば、大きな被害も出かねない。
 柏木さんの場合も、安易に考えるべきではない思っていた。

 柏木さんはベッドの上で安らかに眠っている。
 やがて自発呼吸も安定し、しばらくすれば覚醒することが分かった。
 何事もなく良かったと思っていた時に、不意にそれが始まった。
 柏木さんのベッドの横で、以前に会った長谷川氏が立っていた。
 突然の出現ではあったが、俺にそれほどの驚きは無かった。

 「石神先生、ありがとうございました」

 長谷川氏は深々と俺に頭を下げ、礼を述べた。

 「いいえ、医者として当然のことをしたまでです」
 「石神先生のお陰で、天宗も助かりました」
 「柏木さんの運命でしょう。真面目に生きて来られたせいですよ」

 長谷川氏は微笑んでいた。

 「まったくね。こいつはバカが付くほどに真面目一本でした。師匠の自分としても、なんだか眩しいくらいで」
 「そうですか」
 
 死んだ者とここまで普通に会話していることが、おかしくなった。

 「長谷川さんはもう亡くなっているのですよね?」
 「ええ。しばらくあちこちを彷徨っていたんですが、先日光の大天使に救っていただきました」
 「!」

 もちろん驚いたが、俺は口には出さなかった。

 「自分としちゃ、もうやるべきことはやったんでね。満足もしていたんですが」
 「柏木さんを小野木から助けることですよね?」
 「ええ。天宗は可愛い弟子ですからね。あんな化け物に何かされるなんてとんでもない」
 「成仏を拒んでですか」
 
 「ワハハハハハハハハ!」

 長谷川氏が大声で笑ったので俺がびっくりした。
 幽霊が楽しくて笑うのか。

 「そうですよ! 俺はバカですからね。弟子が可愛いなら何でもします」
 
 俺も笑った。
 本当に素晴らしい方だ。

 「どうして俺の所へ?」
 「石神先生にお礼を言いたくて。俺が何とかしなきゃいけなかったんですが、こいつは小野木にとんでもない呪詛を掛けられました」
 「神を使った呪いだったとか」
 「はい。まさかそんなことまでするとは。神は人間には祓えません。だから神を使った呪詛はどうにもならないんです」
 「そういうものなんですね」
 「吉原さんが、それでも何とかしてくれました。すぐにでも死ぬ所を、生き延びさせてくれた。あの方も大概です」
 「吉原龍子さん……」
 「天宗は重い病気にはなっちまいましたが、それでも何とか。まあ、こいつもバカですからね。病が重くなるのを分かっていながら他人を何とか救おうといつも。のたうちまわって苦しいのにね」
 「それが柏木さんなのでしょう」

 「その通り!」

 また長谷川氏が嬉しそうに笑った。

 「金を貰ったってね、ほとんど治療で使っちまう。自分が苦しむだけ損だ。でも、こいつはただの一度も困った人を見捨てませんでしたよ」
 「そうですか」
 
 長谷川氏が俺を真直ぐに見た。

 「石神先生は、神の呪いを打ち消しましたね」
 「……」

 俺は答えなかった。
 長谷川氏を信頼していないとかという問題ではない。
 軽々しく口にしてはいけないのだと感じた。

 「今回、天宗が石神先生と出会ったのは、偶然じゃありません」
 「どういうことですか?」
 「いよいよ天宗は死ぬはずでした」
 「ガンになったからですか?」
 「そういうことなのですが、吉原龍子の術がそろそろ終わりそうだったんです」

 神の呪いを軽減してきたことだろうか。

 「でも、最後に石神先生に出会った。だから天宗の呪いも解けました」
 「え?」
 「石神先生が消して下さったんですよ」
 「いえ、俺はそんな特別なことは」
 「おやりになったのです。ありがたいことです」

 そう言って長谷川氏は両手を合わせて俺に頭を下げた。

 「天宗をこれからよろしくお願いします」
 「いえ、俺はただの医者ですから」
 「「業」との戦いに役立ててやって下さい」
 「天宗さんは……」
 「お願いします」

 俺の言葉を遮って長谷川氏が頼み込んだ。

 「天宗には言って聴かせます。まあ、こいつも分かっちゃいるとは思いますけどね」
 「待って下さい!」
 「いえ、もう時間です。石神先生、ありがとうございました!」

 そう言って長谷川氏の姿は薄れて観えなくなった。

 「しょうがねぇな……」

 こっちの話を聞かない人だ。
 だが、とんでもなくいい方だ。
 自然に笑みが浮かんだ。

 ベッドで柏木さんが動くのを感じた。

 「柏木さん」
 「先生……」
 「手術は無事に終わりましたよ」
 「そうですか、お手数をお掛けしました」
 
 柏木さんの眼がすぐに光を取り戻した。
 朦朧としていたのは一瞬だ。
 
 「師匠が来ていたのですね」
 「分かりますか」

 柏木さんには感じられたらしい。

 「ええ、さっきまで夢の中で話していました」
 「そうですか」

 普通ならばただの夢だろうが、柏木さんが見たと言っているのはそういうものではない。

 「師匠、喜んでましたよ」
 「良かったですね」
 「ええ、懐かしく、久し振りに話が出来ました。やっと直接お礼を言うことが出来ました」
 「そうですか」

 柏木さんには自分の生死よりも、長谷川氏に礼を述べることの方が余程重要だったに違いない。
 自分のために成仏を拒否して守ろうとしてくれたことを。
 それが言えたのか。

 「師匠に言われました。これからは石神先生のために働けと」
 「それは気にしないでも結構ですよ。長谷川氏にもそう言いました」
 「いいえ、そうは行きません」

 俺は笑って、まずは養生をすることだと言った。

 「私を「虎」の軍へ加えて下さい」
 「それはまた今度。それに柏木さんが来ると、ちょっと困った問題があるんですよ」
 「それは何でしょうか! 自分に出来ることなら何でも改善いたします!」
 「いや、それは無理なんです」
 「石神先生! どうか!」
 「柏木さんが「虎」の軍に入るとね、平均年齢が上がっちゃうんですよ」
 「!」
 
 「これからも大々的に募集を掛けるつもりなんですけどね。平均年齢が高い組織だと、若い人が集まんないから」
 
 「ワハハハハハハハハ!」

 柏木さんが大笑いした。

 「それは申し訳ない! でも、他のことできっと挽回いたしますから!」
 「どうしよーかなー」

 二人で笑った。
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