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退魔師 Ⅶ
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柏木さんの凄まじい話が終わった。
あまりの内容に、俺はしばし呆然としていた。
柏木さんも何か大きなものを吐き出したためなのか、ベッドの上で目を閉じて息を整えていた。
そして薄く目を開いて、明るい窓を見た。
窓から入る初夏の陽光が、柏木さんの細い切れ込みの瞳に反射し、美しい三日月のような輝きを見せた。
「師匠は、自分に呪(しゅ)を掛けたのです」
「自分に?」
「はい。成仏すればこの世にはいられなくなります。だから自分が成仏出来ないようにして、この世に残って私を守ろうとしてくれたのです」
「!」
俺には死後のことは分からない。
しかし、魂が成仏するということは、最も大切なことなのではないのか。
柏木さんの師匠の長谷川氏は、それを拒んだ。
この世で最も大事な弟子を守るために。
それはどのような決意なのだろうか。
「あの日、小野木が来た。師匠は私の前に小野木が現われたら、即座に殺すつもりだったのです。そのためにずっと私の傍についていてくれました」
「長谷川さんはその後成仏したのでしょうか?」
「いいえ。一度成仏を拒んだ魂は、あの世に受け入れられることはありません」
「それでは長谷川さんの魂は……」
「目的を果たし、そのまま彷徨っています。吉原さんは目的を遂げたことで、いずれは成仏するだろうと仰ってくれました」
「それは……」
そのことを分かっていながら、柏木さんを守るためにそうしたのだ。
俺は崇高な人間に圧倒された。
「私はあれから、毎日師匠の魂の成仏を祈っていました。どうなったのかは分かりませんでした。師匠の魂は私から離れてしまったので。でも、私には祈り続けることしか出来なかった」
「そうですか」
俺には何も言えなかった。
今は死んだ家族や友人が天国へ行ったなどと軽々しくみんなが口にする。
そんなことがあるはずがない。
だからみんな、死者の魂を悼み、祈って来たのではないのか。
俺は柏木さんの心がよく分かった。
そして柏木さんが言った。
「でも、師匠が石神さんに会いに行ったと伺いました」
「はい、確かに長谷川仁間さんと名乗られました」
「彷徨っているはずの師匠が、石神先生に会えた! それを聞いて私は嬉しかったのです!」
「どういうことですか?」
「石神先生のような方に会えたということは、師匠は成仏どころではなく、もっと高い場所に行けたということですから」
「そうなのですか?」
「はい!」
柏木さんが嬉しそうに笑っていた。
長い話になってしまった。
俺は柏木さんとの不思議な縁を知れたことに礼を言った。
「私の方こそ。こうやってあの日私が出会った石神先生にまたこうしてお会い出来た。幸甚です」
「はい、俺も同じ思いです」
「またお話し出来ますか?」
「是非」
俺は柏木さんの部屋を出た。
本当に不思議な縁であり、柏木さんの壮絶でいて清澄な人生を知れて嬉しかった。
その後も柏木さんとは何度も話をした。
俺の話をし、柏木さんの話も伺った。
「前に仰っていた、子どもの頃の俺に会っていたことをお話しされないつもりだったというのは、どういうことですかね?」
柏木さんが真剣な眼差しで俺を見た。
その純粋な瞳を向けられると、俺も少々恥ずかしくなる。
俺などは、薄汚れている。
「随分と大きな運命を背負っているのだと、吉原さんから伺いました」
「はい、そう仰っていましたね」
「でも、今は素晴らしい経歴とはいえ、お医者様になられている。それが大きな運命とは思えず、石神先生が普通の暮らしをされているのかもしれないと思いまして」
「ああ、そういうことだったのですね」
あの時は柏木さんの壮絶な人生を伺ったので、俺のことはすっかり忘れていた。
「でも、それが間違いであることが分かりました」
「何故ですか?」
俺は「業」との関りの話をほとんどしていなかったはずだ。
確かに「業」との戦いという運命を生きてはいるのだが、そのことにはもちろん触れていない。
「石神先生の火柱が、大きくなり、一層苛烈に燃えていることが分かったからです」
「そうなのですか」
「普通の人生では、絶対にそのようなことはありません。その燃え盛る焔は、必ずや石神先生が今も巨大な運命の中にいらっしゃることを示していると気づきました」
「……」
俺は答えられなかった。
でも、柏木さんは、確かに俺の普通ではないものを感じ取られているのだろう。
「確かに、普通の人生ではないのでしょうね」
「やはりそうですか。お医者様をやりながら、何かを背負っておられるのですね」
「俺にとっては医者は自分の決めた道なのですが。どうにもそうではない、別な道もあるようです」
柏木さんが黙って前を見ていた。
「吉原さんが私の名前を石神先生に渡したノートに記されていたとお聞きしました」
「はい、確かに」
「私以外の方は、どのような方々なんでしょうか?」
今度は真っすぐに見据えられた。
柏木さんの、子どものように澄んだ瞳が俺を映していた。
「俺が接触したのは、全員戦う人間です」
「そうですか」
「俺はある者との戦争を準備しています。もちろん、これまでも何度も交戦してきました。いずれより本格的にぶつかることになる。そのために、吉原龍子のノートの人間たちに一緒に戦ってもらうように頼んでいます」
「それは「業」のことですね?」
やはり、知っておられたか。
俺も真っすぐに答えた。
「その通りです。「業」の軍勢は途轍もない規模です。向こうももちろん準備を進めています」
「そうですか」
柏木さんが頭を下げた。
何も言わなかったが、俺が正直に答えたことへの礼なのだろう。
そしてまた、とんでもない過去を話した。
「「業」にも会ったことがあるのです」
「え!」
「花岡家からの依頼でした。長男の異常な性格を祓うことが出来るかと言われました」
「じゃあ、子どもの頃の「業」に……」
「はい。まだ6歳と聞きました。自分の世話をする人間を殺したのだと。俄かには信じがたいことです。まさかたった6歳の子どもが殺人をなど」
「そうですね」
あいつは生まれながらの邪悪だった。
「でも、直接会ってすぐに分かりました。アレは殺人が出来ると。そしてそれを一切の躊躇なく行なえるのだと」
「はい」
花岡斬が呼んだのだろう。
腕のいい退魔師として、柏木さんは名を知られていたに違いない。
あまりの内容に、俺はしばし呆然としていた。
柏木さんも何か大きなものを吐き出したためなのか、ベッドの上で目を閉じて息を整えていた。
そして薄く目を開いて、明るい窓を見た。
窓から入る初夏の陽光が、柏木さんの細い切れ込みの瞳に反射し、美しい三日月のような輝きを見せた。
「師匠は、自分に呪(しゅ)を掛けたのです」
「自分に?」
「はい。成仏すればこの世にはいられなくなります。だから自分が成仏出来ないようにして、この世に残って私を守ろうとしてくれたのです」
「!」
俺には死後のことは分からない。
しかし、魂が成仏するということは、最も大切なことなのではないのか。
柏木さんの師匠の長谷川氏は、それを拒んだ。
この世で最も大事な弟子を守るために。
それはどのような決意なのだろうか。
「あの日、小野木が来た。師匠は私の前に小野木が現われたら、即座に殺すつもりだったのです。そのためにずっと私の傍についていてくれました」
「長谷川さんはその後成仏したのでしょうか?」
「いいえ。一度成仏を拒んだ魂は、あの世に受け入れられることはありません」
「それでは長谷川さんの魂は……」
「目的を果たし、そのまま彷徨っています。吉原さんは目的を遂げたことで、いずれは成仏するだろうと仰ってくれました」
「それは……」
そのことを分かっていながら、柏木さんを守るためにそうしたのだ。
俺は崇高な人間に圧倒された。
「私はあれから、毎日師匠の魂の成仏を祈っていました。どうなったのかは分かりませんでした。師匠の魂は私から離れてしまったので。でも、私には祈り続けることしか出来なかった」
「そうですか」
俺には何も言えなかった。
今は死んだ家族や友人が天国へ行ったなどと軽々しくみんなが口にする。
そんなことがあるはずがない。
だからみんな、死者の魂を悼み、祈って来たのではないのか。
俺は柏木さんの心がよく分かった。
そして柏木さんが言った。
「でも、師匠が石神さんに会いに行ったと伺いました」
「はい、確かに長谷川仁間さんと名乗られました」
「彷徨っているはずの師匠が、石神先生に会えた! それを聞いて私は嬉しかったのです!」
「どういうことですか?」
「石神先生のような方に会えたということは、師匠は成仏どころではなく、もっと高い場所に行けたということですから」
「そうなのですか?」
「はい!」
柏木さんが嬉しそうに笑っていた。
長い話になってしまった。
俺は柏木さんとの不思議な縁を知れたことに礼を言った。
「私の方こそ。こうやってあの日私が出会った石神先生にまたこうしてお会い出来た。幸甚です」
「はい、俺も同じ思いです」
「またお話し出来ますか?」
「是非」
俺は柏木さんの部屋を出た。
本当に不思議な縁であり、柏木さんの壮絶でいて清澄な人生を知れて嬉しかった。
その後も柏木さんとは何度も話をした。
俺の話をし、柏木さんの話も伺った。
「前に仰っていた、子どもの頃の俺に会っていたことをお話しされないつもりだったというのは、どういうことですかね?」
柏木さんが真剣な眼差しで俺を見た。
その純粋な瞳を向けられると、俺も少々恥ずかしくなる。
俺などは、薄汚れている。
「随分と大きな運命を背負っているのだと、吉原さんから伺いました」
「はい、そう仰っていましたね」
「でも、今は素晴らしい経歴とはいえ、お医者様になられている。それが大きな運命とは思えず、石神先生が普通の暮らしをされているのかもしれないと思いまして」
「ああ、そういうことだったのですね」
あの時は柏木さんの壮絶な人生を伺ったので、俺のことはすっかり忘れていた。
「でも、それが間違いであることが分かりました」
「何故ですか?」
俺は「業」との関りの話をほとんどしていなかったはずだ。
確かに「業」との戦いという運命を生きてはいるのだが、そのことにはもちろん触れていない。
「石神先生の火柱が、大きくなり、一層苛烈に燃えていることが分かったからです」
「そうなのですか」
「普通の人生では、絶対にそのようなことはありません。その燃え盛る焔は、必ずや石神先生が今も巨大な運命の中にいらっしゃることを示していると気づきました」
「……」
俺は答えられなかった。
でも、柏木さんは、確かに俺の普通ではないものを感じ取られているのだろう。
「確かに、普通の人生ではないのでしょうね」
「やはりそうですか。お医者様をやりながら、何かを背負っておられるのですね」
「俺にとっては医者は自分の決めた道なのですが。どうにもそうではない、別な道もあるようです」
柏木さんが黙って前を見ていた。
「吉原さんが私の名前を石神先生に渡したノートに記されていたとお聞きしました」
「はい、確かに」
「私以外の方は、どのような方々なんでしょうか?」
今度は真っすぐに見据えられた。
柏木さんの、子どものように澄んだ瞳が俺を映していた。
「俺が接触したのは、全員戦う人間です」
「そうですか」
「俺はある者との戦争を準備しています。もちろん、これまでも何度も交戦してきました。いずれより本格的にぶつかることになる。そのために、吉原龍子のノートの人間たちに一緒に戦ってもらうように頼んでいます」
「それは「業」のことですね?」
やはり、知っておられたか。
俺も真っすぐに答えた。
「その通りです。「業」の軍勢は途轍もない規模です。向こうももちろん準備を進めています」
「そうですか」
柏木さんが頭を下げた。
何も言わなかったが、俺が正直に答えたことへの礼なのだろう。
そしてまた、とんでもない過去を話した。
「「業」にも会ったことがあるのです」
「え!」
「花岡家からの依頼でした。長男の異常な性格を祓うことが出来るかと言われました」
「じゃあ、子どもの頃の「業」に……」
「はい。まだ6歳と聞きました。自分の世話をする人間を殺したのだと。俄かには信じがたいことです。まさかたった6歳の子どもが殺人をなど」
「そうですね」
あいつは生まれながらの邪悪だった。
「でも、直接会ってすぐに分かりました。アレは殺人が出来ると。そしてそれを一切の躊躇なく行なえるのだと」
「はい」
花岡斬が呼んだのだろう。
腕のいい退魔師として、柏木さんは名を知られていたに違いない。
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