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「般若」オープン計画 Ⅶ

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 俺はこういう情報番組はほとんど見ないので、『いい店みぃーつけた!』も初めて観る。
 番組はスタジオで司会者とレギュラー、ゲストがいて、毎回一つの店にスポットを当てていくという作りのようだ。
 いつもは1時間番組だ。
 冒頭で今日の特別拡大枠での放送が、番組史上最高の店が見つかったためだと説明された。
 青が困った顔をしているのが面白かった。

 「おい、最高なんだってよ!」
 「う、うるせぇ」
 「すげぇな!」
 「フン!」

 涼ちゃんとカスミがおかしそうに笑っていた。
 二人はすっかり仲良しになっている。

 「あ! 出ましたよ!」

 画面に「般若」の外観が映った。
 そして女性のナレーションで、「般若」の紹介がされていく。
 ほぼホームページの内容で、青や明穂さん、昔の店、一部常連の写真が流れていく。
 蔦の絡んだ壁面が懐かしかった。
 青も同じ思いで観ていただろう。

 出演者たちのコメントがあり、クイズなどもあった。

 《柴葉さんと奥さんの明穂さんが一番お世話になったという方が、この写真の中にいます。さてどの方でしょうか!》

 青の最後の送別会での写真だった。
 嫌な予感がした。
 多くの出演者が、僧衣の明恵和尚を挙げた。
 一人だけ、ゲストの女優が俺を挙げた。

 《はい、正解はこの人! なんとこの人は石神高虎氏です!》
 《えぇ! じゃああの『虎は孤高に』の!》
 《そうなんです! 柴葉さんとは学生時代からの知り合いで、明穂さんとの結婚も石神氏が……》

 「おい、青! なんだこりゃ!」
 「え、知らねぇよ!」
 「なんだよ! なんで俺の名前がぁ!」
 「まあ落ち着けって」

 「タカさんだぁー! やったぁー!」
 「うるせぇ!」

 双子がちょっと静かにして、と俺に言った。
 
 「!」

 番組の中で、俺が青の相談に乗って一緒に明穂さんのアパートへ行ったこと。
 そして病気のために余命が少ないことも医者だった俺が引き受け、病院近くの場所に二人の喫茶店を開かせたのだと司会者が語っていた。
 どうして「般若」の番組で俺なんかが出て来る!

 やっと俺の話が終わり、「般若」の店内の紹介が始まった。
 青とカスミ、涼ちゃんが紹介されていく。
 料理とコーヒーが出され、出演の先ほどの女優と芸人が食事の美味しさをベタ褒めしていく。
 実際に美味いのだが。
 カスミの調理風景と青がコーヒーを淹れている映像が流れる。
 それを運んで行くカワイイ涼ちゃんも。
 青は恥ずかしがり、カスミと涼ちゃんは喜んだ。

 ソファ席に移り、あのシクラメンがアップになった。
 ナレーションがまた入り、シクラメンの話が始まった。
 明穂さんの写真が出て、青へ遺したい花を選んだエピソードが語られた。
 開花した青いシクラメンと病室の明穂さんと青。
 そして一緒に病室で写っている俺。

 「おい! なんでまた俺が出てるんだよ!」
 「知らねぇよ!」
 「このやろう!」

 双子に静かにしてと言われた。

 「……」

 スタジオで出演者たちが泣いていた。

 《石神氏が明穂さんのために特別な病室を用意し、柴葉さんと明穂さんがいつでも静かに……》

 「おい!」
 「タカさん! 静かに!」
 「!」

 そして明穂さんの死。
 明恵和尚が出て来た。
 青と明穂さんの思い出を語り、旅に出るという青のために、シクラメンを引き取った話。
 肥料のことは出なかったので安心した。

 「あれさ」
 「なんだよ?」
 「実は和尚がウンコの話もしてたんだ」
 「やっぱ……」
 「カットされたな」
 「よかったな」
 「うん」

 あのクソ坊主!

 青のヨーロッパ旅行の写真が出て来る。
 そして青が首から提げた、明穂さんの遺影。
 目が見えず旅行の行けなかった明穂さんのために、ヨーロッパを数年も旅して歩いたのだと。
 またスタジオの出演者たちが泣いた。

 《柴葉さんは、旅行に出る前に、石神氏に言われたそうです》
 《何をですか?》
 《必ず帰って来いと》

 「!」

 双子が俺の口を押さえに来た。
 もう俺のことはいいですよー。

 青がヨーロッパでローマ教皇庁の人間と偶然出会って親しくなり、青が明穂さんのためにヨーロッパを回っている話がローマ教皇の耳に入ったこと。
 それをローマ教皇が感動され、式典の談話で語ったこと。
 ローマ教皇のコメントが流れた。

 《私は美しい愛の話としてサイバさんのことを語りました。サイバさんの帰国を祝うパーティにも伺ってしまいました。しかしそのことでサイバさんのお店が大混雑するのだとお聞きし、申し訳なく思っています》

 ローマ教皇は、自分の軽率な言動が青に迷惑を掛けて申し訳ないと言っていた。
 あのような立場の方が謝罪するなど、本来はあり得ない。
 最期に、素晴らしい店、青が大切にしている店なので、節度を以て出掛けて欲しいとコメントした。
 ローマ教皇の後ろで、マクシミリアンがガードとして立っていた。

 「マクシミリアンさんだぁ!」
 「そうだな」
 
 なんなんだ、あの野郎。
 青の帰国祝いのパーティの様子が流れる。
 ローマ教皇に俺と青が挨拶しているシーン。

 「……」

 そして青のインタビューが始まった。

 「このお店は東京の一等地で、しかもこの広さというのは」
 「はい、親友の石神が用意してくれました」
 
 「てっめぇ!」
 「だってそうだっただろう!」
 「お前の金で建てたんだぁ! そう言っただろうがぁ!」
 「用意したのは赤虎で、そこは嘘言ってねぇだろう!」
 「なんだとぉー!」

 「「タカさん!」」
 「!」

 ちきしょう!

 青が、この店の思い出を語り、そして思いもよらずローマ教皇をお迎えしたこと。
 そのことで想像以上に評判が高まり、光栄ではあるが、身に余ることであり、また本来の自分の理想の店が運営出来なくなりそうなことを話した。

 《明穂とは、小さな喫茶店で近隣の方々に楽しく利用してもらいたいと話していました。石神のお陰でそのような店が持てました》
 《遠方からいらして下さるのは嬉しい限りなのですが、わざわざいらして下さるような店ではなく、平凡な喫茶店です》
 《何かの機会があれば、お立ち寄り下さるのは嬉しい限りで、その際には是非ご予約下さい》

 インタビュアーが「般若」の名前の由来を聞いた。
 青は自分がずっとヤクザをし、金貸しで人を苦しめながら金儲けをしていたこと、そしてヤクザになった時に、背中に大きな般若の刺青を入れたことを話した。

 《もちろん今も背中には刺青があります。若い頃の自分のバカさ加減とは思いますが、刺青は一生背負っていくつもりです。明穂には結婚前に全てを話しています。喫茶店の名前を決めた時に、明穂が「般若」にしようと言ってくれました。自分も一緒に背負っていくのだと。私は嬉しくて涙が出ました》

 話していた青がハンカチで目を押さえていた。
 そのまま話した。

 《私はそういう下らない人間だった。でも明穂のお陰で少しは真っ当な人生に入れた。明穂は私の全てです。これからも、明穂と一緒にこの喫茶店をやって行きたい。その思いだけです》

 観ていた子どもたちも涼ちゃんも泣いていた。
 青は全てを語った。
 明穂さんへの愛の全てを。
 それは青の暗い過去と繋がっているものだった。
 だから全てを語ったのだ。

 《石神には本当に世話になった。明穂とのことも、あいつがいなければとても勇気が無かった。ああ、石神、いや赤虎とはガキの頃に暴走族の敵同士でして。『虎は孤高に』は先日初めて見ました。ピエロの青というのが私です。あいつとは敵同士だったのに、明穂のことを相談できるのは赤虎しかいなかった。あいつは敵でありながら、本当に優しく信頼出来る奴でした》

 青が最愛の妹の柴葉典子の話をした。

 《今をときめく御堂総理に学生時代に一目惚れしましてね。アフリカで病気に罹って死んでしまったのですが。俺には典子しか人生で大切なものは無かった。その時に、俺を支えてくれたのが赤虎でした》

 双子が俺の身体に巻き付いて拘束し、口も塞がれた。

 《明穂の病気のことも、本当に一生懸命に力になってくれ。明穂が笑いながら逝ったのは、赤虎のお陰です》
 《よく明穂の病室にも寄ってくれて。明穂をいつも笑わせてくれた。あいつはギターと歌が上手くて、私が『シクラメンのかほり』を歌ってくれと頼むと、すぐにやってくれました。それに明穂の……》

 青はずっと俺のことを語っていた。

 《ありがとう赤虎! 石神先生、ありがとうございました!》

 スタジオで青と俺のことが語られ、それぞれに感動的なコメントがなされた。
 俺は青を睨みつけ、双子に拘束されていた。

 「ワハハハハハハハハ!」

 青が大笑いしやがった。

 「やっと言えたぞ! お前にいろいろなことで礼を言えた! やったぞ!」
 「青! てっめぇ!」

 青は尚も笑っていた。
 涼ちゃんは泣いていた。
 初めて全部を耳にしたのだろう。
 カスミも泣いていた。
 青がそれに気付いて驚いていた。
 
 「泣くなカスミ。俺たちはこれからだ。あの店を守って行くぞ」
 「はい、マスター!」

 番組が終わり、やっと双子の拘束が解かれた。
 その瞬間に唐揚げが口に突っ込まれた。
 むしゃむしゃ。

 電話が鳴った。
 亜紀ちゃんが出る。

 「あ! 南さん!」
 「石神君に替わって!」
 「はい!」

 亜紀ちゃんが南の電話だと俺に言った。
 
 「なんであんな話を私に教えてくれなかったの!」
 「え、いや、それはさ」
 「酷いよ! もう、すぐに書くからね!」
 「おい、待てって!」
 「またヤマトテレビで特別篇を作ってもらうよ!」
 「待てぇー!」

 亜紀ちゃんが今度は自分のスマホで誰かと話していた。

 「橘さん!」
 「!」

 南にはまた話すと言い、亜紀ちゃんのスマホに出た。

 「トラ、いい番組だったわ」
 「はい!」
 「そのお店でミニコンサートでもやりましょうか」
 「ちょっとぉー!」
 「とにかく感動したわ。またそっちへ伺ってもいい?」
 「そりゃいいですけどぉー」
 「じゃあ、またスケジュールを調整して行くから」
 「どうぞぉー!」

 響子と六花(一緒に観てた)、鷹、麗星、早乙女(号泣)、御堂(すまんね)、院長(泣いてた)、一江と大森(うぜぇ)、風花、蓮花、その他あちこちから電話が来た。
 青に怒る気力も無くなった。

 青が俺に自分のスマホを差し出した。

 「あんだよ」
 「犬浦大聖堂」
 「!」
 
 めっちゃ感動されてた。
 天の使いに違いないと言われ、是非会いたいというので当然断った。

 「亜紀ちゃん」
 「はい?」
 「俺、しばらくヨーロッパを回って来るな」
 「はい?」
 「奈津江の遺影を抱いてさ」
 「ワハハハハハハハハ!」

 一笑に付された。






 7月20日、青の「般若」がオープンした。
 当然予約が殺到し混雑したが、以前に思ったほどのことは無かった。
 クリスチャンの方々もあの番組のお陰か遠慮して下さり、時折遠方からの予約が入る程度だった。
 常連たちも気軽に通えるようになり、一安心だ。
 プレオープンのパーティで、俺と響子、六花で、リヤドロの人形をプレゼントした。
 青と明穂さん、そしてカスミの三人がカウンターの中で笑っている。
 青は感激し、その人形を出窓のシクラメンと一緒に置いた。

 うちの病院の敷地に向かって大勢の人たちが十字を切ったり写真を撮って行くようになった。
 敷地内に入ることは無かったが。
 何か外来の患者さんが異常に増えたと院長から言われた。
 
 俺のせいじゃねぇもん。
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